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平和への願い いつまでも平和を・・・その想いを万世に語り継ぐために。 太刀洗航空隊は、西日本における陸軍航空発祥の地であり、 満州・上海・支那事変から大東亜戦争までのあいだ、 ここで数多くの航空関係部隊が編成され、 それらの部隊は大陸や南方全域で活躍しました。 また、大東亜戦争末期には特攻基地、 あるいはその中継基地として 全世界に「太刀洗」の名を轟かせました。 しかしその陰には、この太刀洗駅頭で、肉親に別れを告げて 勇躍出征しながら、無言の帰還をされた方々も多くいました。 そこで、今の平和はこれら数多くの尊い犠牲の上にあることを思い その鎮魂と平和を守り続けるために 戦後五十有余年の風雪に耐えて歴史を語り続ける この太刀洗駅に、昭和六十二年四月 「平和記念館」を設立致しました。 パンフレットより 福岡に帰省した8月15日、両親と一緒に訪れてみた。 太刀洗は実家のすぐ近くだ。 戦時中に飛行場があったことは小学生のときに先生から聞かされて 知っていたが記念館があることは最近まで知らなかった。 戦時中の太刀洗は飛行訓練所、若いパイロットの養成所として機能していた。 戦争も終わりかけになると、ここで訓練したあと鹿児島の知覧へ向かい、 あるいは、この太刀洗から「特攻」していく若者も多かったと聞く。 こういう悲しい場所だったなんて・・・。 戦争は二度としてはならない。改めて思った。 場所:福岡県 甘木鉄道太刀洗駅構内(地図)
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ご実家の近くに訓練所があるのですね。そこから特攻していく人も多かったなんて。。。最近、テレビでもあまり戦争の番組をしませんが、戦争を体験した人たちが少なくなっているので、私たちが戦争を忘れないためにもこういう記念館は貴重ですね!
2006/8/17(木) 午後 9:55 [ mks*eet*105 ]
mksweet1105>こじんまりとした私設の記念館でした。辛かった戦争のことをこれからも伝えてほしいですね。
2006/8/20(日) 午後 8:28
よく特攻を各地の玉砕やバンザイ突撃、戦艦大和の海上特攻なんかと同じでムダ死にだと言う人がいますけど、ボクは決してムダ死にじゃなかったと思います。日本がアメリカを躊躇させた唯一の戦法だったからです。豊田十郎武光が太刀を洗った場所というのも、なにか因果を感じさせますね。
2006/8/22(火) 午後 8:54
ゆうゆうさん>同じく、彼らは決してムダ死にだとは思いません。ただ、一部の上層部の考え方からすれば残念ながらそう言う人もいるんでしょうね。南北朝時代苛烈を極めた戦いの地・・・今はとても平和なところです。
2006/8/22(火) 午後 11:02
数年前に初めて“太刀洗平和祈念館”に足を運ばせて頂きました。当時、小学3年生の子供と行ったのですが、私自身“亜然”としてしまいました。
はっきり言いまして、言葉では表現が厳しいです。とにかく、同じ事を繰り返さないことですね。
2009/3/2(月) 午後 5:56 [ hide ]