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新政府綱領八策 第一義 天下有名ノ人材ヲ招致シ、顧問ニ供フ 第二義 有材ノ諸侯ヲ撰用シ、朝廷ノ官爵ヲ賜ヒ、現今有名無実ノ官ヲ除ク 第三義 外国ノ交際ヲ議定ス 第四義 律令ヲ撰シ、新ニ無窮ノ大典ヲ定ム。律令既ニ定レバ、諸侯伯皆此ヲ奉ジテ部下ヲ率ス 第五義 上下義政所 第六義 海陸軍局 第七義 親兵 第八義 皇国今日ノ金銀物価ヲ外国ト平均ス 右預メ二三ノ明眼士ト議定シ、諸侯会盟ノ日ヲ待ツテ云々 〇〇〇自ラ盟主ト為リ、此ヲ以テ朝廷ニ奉リ、始テ天下万民ニ 公布云々。強抗非礼公議ニ違ウ者ハ、断然征討ス。権門貴族モ 賃借スル事ナシ 慶応丁卯十一月 坂本直柔 ■近代史料、HPで公開=帝国憲法草案など150点−国会図書館
幕末の志士坂本竜馬が起草した政体構想「新政府綱領八策」(1867年)や、大日本帝国憲法の草案(1888年)など、日本の開国から100年間の史料約150点が、20日正午から国立国会図書館のホームページ(HP)で公開される。 (時事通信) - 7月18日6時0分更新 憲政資料(国立国会図書館) http://www.ndl.go.jp/site_nippon/kensei/index.html 活字や白黒の画像でしか見ることがなかった資料がパソコンで手軽に見れるようになった。 進化だ。 漢字が多すぎるので解読するのは至難の業だが、歴史上の人物の筆跡を眺めるだけでも面白い。 ちょっと嬉しい気分。
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幕末・明治
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それぞれの幕末−龍馬・半平太・そして以蔵−」展 期間 平成18年7月1日(土)〜平成18年8月31日(木) 半平太が切腹時に使ったと伝わる短刀に見入る来館者 ■「それぞれの幕末」展開幕 高知市の龍馬記念館 「それぞれの幕末―龍馬、半平太、そして以蔵」展が1日、高知市浦戸の県立坂本龍馬記念館で始まり、半平太が切腹に使ったと伝えられている短刀など約40点が展示されている。8月31日まで。 33歳で暗殺された坂本龍馬、37歳で切腹した武市半平太、28歳で斬首となり首をさらされた岡田以蔵。3人のそれぞれの死にざまを通して、その生涯や信念を知ってもらおうと同館が企画した。 龍馬の資料で展示されているのは、暗殺される約1カ月前に土佐藩の友人に送った手紙で、命が狙われていることを知った龍馬が新しい宿を探してくれと依頼する内容。また、現存する最後の手紙で暗殺2日前に陸奥宗光にあてた手紙もある。 半平太の資料は、切腹の時に使用したと伝えられる短刀のほか、切腹に臨むところを描いた絵、獄中から妻に送った手紙など。以蔵の資料は、以蔵が所有していたとされるフランス製のピストル。以蔵の弟の子孫の家に伝わっている。 こうした資料のほか、それぞれの誕生から活躍、死までを分かりやすく解説したパネルを展示している。 また、同館は関連企画として7月22日と8月19日、3人のゆかりの地を観光する「それぞれの幕末バスツアー」を企画。各定員35人で参加者を募集。参加費1150円。問い合わせ・申し込みは、同館(088・841・0001)まで。 (高知新聞2006年07月02日) ■野村望東尼:生誕200年、防府で記念行事 連歌大会や講演、資料展、音楽劇 /山口
◇望東尼しのぶ−−波乱の生涯閉じた防府で、今月から11月まで 今年、幕末の女流歌人で、勤皇の志士を支えて活躍した野村望東尼(ぼうとうに)の生誕200年。62年の波乱の生涯を閉じた防府市で今月〜11月、防府野村望東尼会(上山喜誉会長)が中心となって記念行事が行われる。【北元和生】 望東尼は1806(文化3)年、福岡藩士の家に生まれ、24歳で同藩士の野村貞貫と結婚。夫と死別して1859(安政6)年に仏門に入り、一方で勤皇の志士との交流を深め、長州から逃れた高杉晋作をかくまったりした。 福岡藩の勤皇派弾圧で流刑になったが、1866(慶応2)年、高杉の計らいで救出され、下関などを経て防府に来た。翌年9月防府天満宮で薩長などの討幕軍の戦勝祈願をしたが病気に倒れ11月に死去した。防府市桑山南麓に墓があり、県の史跡に指定されている。 記念行事のスタートは今月16日午前10時から同市のルルサス防府である「小学生連歌大会」。高杉の辞世は、高杉の「面白きこともなき世を面白く」の上の句に望東尼が「すみなすものは心なりけり」と下の句を付けた連歌。これにならい4〜6年生100人が「夏」をテーマに連歌を作る。 「面白きこともなき世を面白く」の上の句に付ける思い思いの下の句も8月末まで公募する。望東尼のブロンズ製胸像も製作中で10月1日に防府天満宮で除幕式がある。 10月15日には同市のアスピラートでメーンの記念祭。萩博物館の一坂太郎・特別学芸員の「勤皇の志士と野村望東尼」の講演、資料展、音楽劇などのアトラクションなどが行われる。今年は140回忌に当たり、11月6日の命日には法要も営む。問い合わせは上山会長(0835・22・3689)。 (毎日新聞7月14日朝刊) ■GyaO、サンライズ制作オリジナルアニメ「幕末機関説 いろはにほへと」
USENは、同社が運営する動画配信サービス「GyaO」にてオリジナルアニメ「幕末機関説 いろはにほへと」を10月6日より配信すると発表した。 「幕末機関説 いろはにほへと」は、GyaOでは初となるオリジナルアニメ作品で、「装甲騎兵ボトムズ」や「機甲界ガリアン」「火の鳥」などを手がけた高橋良輔氏が総監督を務め、サンライズが企画・制作を行なう。幕末を舞台に混沌を呼ぶ「覇者の首」と、それを封じる「永遠の刺客」である秋月耀次郎を中心に描き、坂本龍馬や勝海舟、沖田総司といった歴史上の人物が多数登場する特徴を持つ作品だ。 GyaOでは、同作品を10月6日より開始する予定。1話30分の全26話構成で、毎週金曜日正午に更新するとしている。 (impress Watch - 7月10日23時30分) GyaO、「幕末機関説 いろはにほへと」特設サイト http://www.gyao.jp/anime/iroha/ |
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岡田以蔵の所有とされるピストル ■岡田以蔵の所有とされるピストル公開 高知 幕末に活躍した土佐勤王党の岡田以蔵の所有とされるピストルの公開が1日、高知県立坂本龍馬記念館(高知市)で始まった。来月31日まで。 フランス製で県内の子孫が保管。幕府はフランスの支援を受けており、同館は「一時、護衛をした幕臣の勝海舟からもらったのでは」。 「人斬(き)り以蔵」の異名を取り、京都で暗殺を繰り返したが、28歳で斬(ざん)首の刑に。剣の達人も、刀とピストルの“二刀流”だった? (毎日新聞) - 7月2日10時38分更新 映画「長州ファイブ -CHOSYU Five-」公式ウェブサイト http://www.chosyu-five.com/ ■1日から「長州ファイブ」展 映画上映に先立ち 萩博物館、9月3日まで 幕末に長州藩から英国に密航して技術や制度を学び、近代日本の礎を築いた伊藤博文や井上馨、山尾庸三など5人の若者の足跡を紹介する「長州ファイブ展〜密航留学生と明治維新」が1日から、萩市堀内の萩博物館で開かれる。30日には、野村興児市長らが出席してオープニングセレモニーがあった。今回は、初代首相に就任した伊藤博文(1841―1909)の関係資料を中心に展示する。9月3日まで。 萩、下関両市などでロケが行われ、5人の志士をモデルに描いた映画「長州ファイブ」(五十嵐匠監督)は5月に完成。11月の県内先行上映を前に、同博物館が所蔵、保管する資料を中心に、パネルや写真も添え、約100点を展示する。明治維新で、5人がどのような役割を果たし、活躍したかに迫る。 伊藤博文は幕末に尊王攘夷(じょうい)・倒幕運動に参加。新政府の知事、参議を歴任。1882(明治15)年、憲法調査のためヨーロッパに渡航。85年に内閣制度をつくり、初代の内閣総理大臣に就任した。その後、三度首相となったが、1909(明治42)年、旧満州(現中国・黒竜江省)のハルビン駅で暗殺された。 会場には、伊藤が暗殺された1カ月後に描かれた肖像画や、伊藤が手に入れた吉田松陰のものとされる脇差し、書簡などを展示。今回、公式に初公開される井上馨の肖像画(1900年制作)などが目を引く。 観覧料は大人500円、高校・大学生300円、小中学生100円。問い合わせは同博物館=0838(25)6447。 =2006/07/01付 西日本新聞朝刊=(西日本新聞) - 7月1日10時7分更新 ■西郷隆盛は「遣韓論」 知事が出版社に要請へ
鹿児島県の伊藤祐一郎知事は28日の県議会答弁で、西郷隆盛らが「征韓論」を唱えたとされることを取り上げ、西郷が対話による開国を目指した「遣韓論」を唱えていたことも併記するよう、教科書出版社に要請する意向を明らかにした。 自民党県議から、西郷の遣韓論を浸透させるべきだと求められて答えた。 征韓論は幕末から明治初期にかけて、政府首脳らによって唱えられた武力で韓国を開国させようとする主張。西郷を開国に向けた使節の大使として派遣することが決定したが、欧州視察から帰国した大久保利道らが内政重視を唱え、西郷の派遣は幻となった。 (共同通信) - 6月28日20時35分更新 ■函館山要塞の修復進まず ロシアに備えた砲台など
太平洋戦争終結まで要塞(ようさい)だった北海道函館市の観光名所函館山には、「大規模で残存度が高い」(文化庁)などと近代軍事遺跡として高く評価される砲台跡や観測所など約20の遺構が残っている。 しかし、同市による修復作業は予算面などから進んでいない。一般公開されていない場所も多く、関係者からは公開を望む声が上がっている。 標高334メートルの函館山は函館湾の入り口に位置し、幕末に函館を訪れた米国のペリー提督が「ジブラルタルの岩山のよう」と形容したとされる天然の要害。 日清戦争以降高まるロシアの脅威に備え、旧陸軍が1898年に要塞の建設を始め、日露戦争前までに5カ所の砲台を建設。津軽海峡をにらむ28センチりゅう弾砲16門に加え、上陸したロシア軍を狙うため市街を向いた砲もあったという。 (共同通信) - 6月3日16時58分更新 |
ペリーが贈った置き時計 横浜で公開、5月7日まで 幕末に来日した米提督ペリーが下田(静岡県)に滞在中、幕府の中堅役人だった山本謙兵衛に贈ったとされる「ペルリ時計」が8日から、横浜市中区の横浜開港資料館で公開される。 資料館は「現存するペリーの贈り物は少なく、当時の日本人との交流を物語る貴重な史料」としている。公開は5月7日まで。 資料館によると、山本は1854年に上陸したペリーの艦隊の警備などを担当した。高さ約33センチ、幅約25センチの置き時計で、米国で量産されていたS・B・テリー社製。後に山本から譲り受けた明治の海軍中佐但馬惟孝の子孫が保管していた。 (共同通信) - 4月7日 GWは横浜へ旅行の予定。 タイミングよくいいニュースを発見したものだ! 横浜へは5年前に一度いったきり。 それも日が暮れたころに生麦事件参考館というところに寄っただけ。 景色もよく見れなかった。 今回は下調べをしっかりするつもりで、ガイドブックを購入。 神奈川県の歴史散歩 上(山川出版社) これはかなり詳しい。 地元の高校の先生達が執筆している。 山川出版といえば、大学受験時に「日本史用語集」でお世話になった出版社。 十数年ぶりにまた世話になる。 横浜開港資料館はもちろんのこと、日米和親調印の地、神奈川奉行所跡
井伊直弼像に佐久間象山顕彰碑、横浜ドッグ、そして、生麦事件の碑と参考資料館ははずせない。 中華街も行ったことないし、、、もう今から楽しみ!! |
亀山社中跡:龍馬が結成・ゆかりの地、18日閉鎖 仮設展示場を設置へ /長崎 ◇運営団体、仮設展示場を設置へ 坂本龍馬が結成した日本最初の商社といわれる「亀山社中」跡(長崎市伊良林2)が18日で閉鎖される。週末と祝日は一般公開されてきたが、運営団体と家屋所有者の協議で閉鎖が決まった。閉鎖に伴い、近くに仮設展示場が設けられ、写真や手紙など内部の資料展示が続けられる予定だ。 亀山社中は江戸時代末期の1865(慶応元)年、亀山焼の絵付け場だった建物を借りて創設された。現在も残っている家屋のうち、玄関わきの八畳間が創設当時のものとされる。 地元住民らが「歴史的な財産を何とか生かせないか」と89年に「亀山社中ば活(い)かす会」(針屋武士会長)を結成し、土日曜と祝日の午前10時〜午後3時に一般公開を続けてきた。来訪者は当初の年間3000人から近年は1万5000人前後に増えている。 社中跡は観光客に根強い人気があり、4月開幕の観光イベント「長崎さるく博」のコースにも入っていることから、同会は近くの伊良林平薬師堂そばに仮設展示場を設置し、貴重な資料などの展示を続けることにした。4月初めから土日曜と祝日の午前10時〜正午と午後1〜3時、資料を展示する。一方、閉鎖に先立つ社中跡の公開は11、12、18日となる。 (毎日新聞- 3月11日) 亀山社中跡の閉鎖が決まった。 諸事情により維持が困難な状況になっているという噂はきいていたものの、 まさか現実になるとは思いもよらなかった。 もうあの座敷にあがれないと思うととても残念! 社中跡の座敷には龍馬が寄りかかったといわれていた柱もあって、 訪問する度に真似して寄りかかったものだ。 幕末の史跡が点在している長崎の史跡めぐりには、社中跡で入手したパンフレットが大いに役立った。 この辺の歴史的財産はうまく長崎市が引き継いでくれたらいいと思うのだが。 |


