維新ふるさと館:きょう改装オープン 郷中教育体感コーナー新設−−鹿児島 /鹿児島 ◇下級武士の住居再現−−バリアフリー化、外国語の説明も 鹿児島市加治屋町の市維新ふるさと館が1日、展示内容の改装を終えてリニューアルオープンする。下級武士の住居を再現し、郷中教育を体感できるコーナーなどが新たに加わった。 同館は94年4月に開館。改装工事は昨年7月から始まり、参加体験型の展示コーナーや海外からの観光客に対応した外国語による内容説明、バリアフリー化などを行い、集客力アップを目指した。工事費用は3億1290万円。 今回の改装で、西郷隆盛や大久保利通などの鹿児島出身者が幕末や明治維新に活躍した背景の一つとして郷中教育を紹介。パソコンなどを用いて、コンピューターゲーム感覚で郷中教育について学べるようにした。また、明治維新への道のりを描いたドラマを英、中、韓国語の音声で楽しめるようにしたほか、市内の観光情報を紹介するパソコンも設置したという。 小瀬戸哲子館長は「分かりやすく、体感できる施設にしたいと心がけた。この施設で鹿児島の歴史に興味を持ってもらい、観光客が市内の史跡に足を運ぶきっかけになれば」と話していた。 入館料は高校生以上300円▽小中生150円。問い合わせは同館(099・239・7700)。 (毎日新聞) - 3月1日 幕末に興味をもってから一度も鹿児島へ行っていない〜。 中学校の修学旅行で西郷さんの銅像をはじめて見たときの記憶が、 学生時代に火山灰だらけの桜島をバイクで走った記憶が・・・蘇った。 また、行きたいな〜鹿児島!
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幕末・明治
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日本最初のビールぐいっ キリンが21、22日多賀で試飲会 キリンビール(本社・東京)は、日本で最初にビールを醸造したとされる川本幸民のビールを再現し、 21、22の両日、滋賀県多賀町の滋賀工場で試飲会を開く。参加者を募集している。 川本幸民(1810―71)は、摂津三田藩(現・兵庫県三田市)出身の学者で、ペリー来航と同年の 1853年、ドイツの化学書を基にビールを醸造したと伝わる。 同社によると、当時はまだ酵母の働きが解明されていなかったため、「川本は日本酒の酵母を使ったのでは」と推測して醸造した。再現したビールは淡い白色で、炭酸が弱く、アルコール度数は4.0%。 日本酒酵母の影響もあってか、ほのかに甘みがあるという。 試飲会は21日が午後2時―4時、22日は午前10時―正午。対象は20歳以上で、2人1組で申し込む。試飲は無料だが、両日とも25組50人に限る。 応募多数の場合は抽選。 希望者ははがきに、参加日と交通手段(送迎バスか自家用車)、住所、氏名などを書いて 〒522―0342 多賀町敏満寺1600 キリンビール滋賀工場「川本幸民のビール試飲会係」 TEL0749(48)2810へ。9日の消印有効。 (京都新聞) - 3月2日 ちなみに神戸(最寄駅:JR・神鉄三田駅)は3月17〜26日。先着順で予約不要。 滋賀が外れたら、神戸に行かなければ。 でも並ぶんだったらいやだなあ・・。 |
■ 二・二六事件 陸軍皇道派青年将校が起こしたクーデター事件。1936年(昭和11)2月26日未明、首相官邸・警視庁などを千四百余名の部隊で襲撃、斎藤実内大臣・高橋是清蔵相・渡辺錠太郎教育総監らを殺害、永田町一帯を占領した。政府は翌日戒厳令を公布、二九日反乱は天皇の命令で鎮圧された。これにより岡田内閣にかわった広田内閣は陸軍の要求で軍部大臣現役武官制を復活、以後、軍の内閣介入の端緒となった。 (大辞林より) <概要> かねてから、陸軍の青年将校の一部に、政治腐敗・不況等の現状を打破する必要性が声高に叫ばれていた。そして、永田鉄山陸軍省軍務局長を斬殺した相沢三郎中佐の行動に共鳴を憶える者もいた。 1932年(昭和7年)に起きた、五・一五事件で犬養毅首相を殺害した海軍青年将校らが禁錮15年以下の刑しか受けなかったことも、一部青年将校に影響を与えたとも言われる。但し、五・一五事件では古賀清志海軍中尉らは、将校としての地位を利用して天皇から預かった兵卒を動員して事件を起こしたわけではないことから、単純に同一論上に論ずることはできない。 それらの一部青年将校らは、陸軍将校としての地位を利用して下士官兵を用いて、元老・重臣らを殺害する計画を立てた。一部青年将校らは主に歩兵第1連隊及び歩兵第3連隊に属していたところ、第1師団の満州への派遣が内定したことから、第1師団が渡満する前に、決起することとなった。そして、一部青年将校らは、1936年(昭和11年)2月26日未明に、決起した。 当日は雪(ただし襲撃時刻前後においては、雪は降っていない)で、歩兵第一連隊の栗原安秀率いる隊は総理大臣官邸を襲撃し、内閣総理大臣 岡田啓介の身代わりになった岡田の義弟である秘書官 松尾伝蔵を射殺し、安藤輝三率いる部隊は侍従長 鈴木貫太郎邸を襲撃し、鈴木は銃弾を浴びたが安藤がとどめは刺さず一命は取り止めた。四谷の内大臣 斎藤実邸、赤坂区表町の大蔵大臣 高橋是清邸を襲撃して両人を射殺および刺殺、杉並区上荻窪の教育総監 渡辺錠太郎らを殺害し、神奈川県湯河原の前内大臣 牧野伸顕の療養先、麹町区上桜田の内務大臣 後藤文夫邸、さらに陸軍省、参謀本部や警視庁なども襲撃され、東京の中心部である霞ヶ関・三宅坂一帯を占領した。 反乱軍は、襲撃先の抵抗を抑えるため、圧倒的な兵力や機関銃を動員しており、概ね抵抗を受けることなく襲撃に成功した。但し、首相官邸、渡辺大将私邸、牧野伯爵逗留地では、警備の警察官又は憲兵の激しい抵抗を受け、これらの警察官又は憲兵を殺害している。また、渡辺大将は拳銃で応戦したとされる。 (フリー百科事典ウィキペディアより) 今日は2・26事件から70年目の日だ。 「昭和維新」をスローガンに若い兵隊たちが立ち上がった事件。 背景は、戦争等による不況・貧困、政治腐敗。 純粋な若者をこのような暴挙に走らせた指導者の責任は計り知れない。 この事件後、日本は第二次大戦へまっしぐらになってしまった。 奈良県東吉野村の「天誅組終焉の地」碑 「2・26事件」は、幕末の「天誅組の変」と酷似しているともいわれている。 純粋な若者や村人が立ち上がった点 幕府を倒して天皇の政治にしようとした点、 状況を見極めず、あとの事もよく考えず行動を起こしてしまった点、 米国など外国の圧力が背景にある点。 彼等の行動や背景は確かに似ているが、それは表面上だけという気がしてならない。 もうすこし詰めていくと「酷似」ではなく「少し似ている」だと思う。 天誅組の場合は、 背後には長州藩がいた。有る程度公然な黒幕である。 長州藩は公卿を取り込み、天皇中心の政治に変えるための裏工作をマメにしていた。 しかし、「八月十八日の政変」により長州藩の政治的力がなくなり、 さらには、裏での援助もできなくなると、決起した天誅組は壊滅してしまった。 しかし、のちに長州は復活し、薩摩と手を組んで維新を実現している。 2・26事件の場合は、 「陸軍の皇道派」が、幕末における「長州藩の尊攘派」という立場、 「青年将校」が、「天誅組に参加した隊員たち」、 「内閣」が、幕末における「徳川幕府」という立場で考えることが出来るかもしれない。 最初の襲撃は成功するがすぐ鎮圧された。 ここまでは似てるが、あとが違った。 「陸軍の統制派」東条英機らの発言力が増してしまう。 やがて彼は内閣に就任し戦争を始めた・・・。 幕末の長州の場合、八月十八日の政変のあと、尊攘派が追いやられ保守派(俗論党)が力をもった。 長州藩尊攘派は陸軍皇道派と立場的に似ている。しかし長州藩の保守派は陸軍統制派とは根本的に違う。 【皇道派】 旧日本陸軍内部の一派閥。荒木貞夫・真崎甚三郎を中心に、昭和七年(一九三二)ごろから勢力をもった。クーデターによる国家改造を計画したが、統制派と対立、二・二六事件の失敗により衰退した。 【統制派】 昭和期、旧陸軍内の一派閥。永田鉄山・東条英機らが中心。皇道派の派閥人事や急進的青年将校の運動に反発した中央幕僚層を基盤とし、軍中央による統制下に国家改造をはかろうとした。二・二六事件以降粛軍の名のもとに皇道派を抑えて主導権を握り、太平洋戦争にいたる諸政策を推進した。 (大辞泉より)当時の「内閣」を徳川幕府と仮定した場合「陸軍の統制派」は、 あえていうなら徳川幕府の改革派となるのだろう。 幕末初期でいえば「水戸藩」、後期は「松平春嶽」ら政治総裁のグループ、または「榎本武揚」ら。 しかし「陸軍の統制派」のように国家を動かすような権力を行使することができなかった。 天誅組の乱を抑えた事をきっかけに力を持つ事はなかった。 むしろ、尊攘派の復讐心を掻き立てる結果におわっている。 「陸軍の統制派」と「徳川の改革派」、似ているようで似ていない。 このことについては、まだまだ勉強不足だが・・・。 |
歴史ミステリー「龍馬の黒幕」 明治維新のキーマン、坂本龍馬の行動を再現ドラマを交えてさまざまな角度から大胆に検証する。日本初の貿易商社、亀山社中を長崎に設立した龍馬は、常識ではあり得ないほどの短期間で大量の武器を輸入した。作家の加治将一氏は、無名の下級武士だった龍馬の黒幕が貿易商のトーマス・グラバーだと考えている。長崎をはじめスコットランドやオランダ、上海などグラバーの足跡をたどりながら、2人の謎めいた生涯に迫る。 出演は及川光博、パトリック・ハーランほか。 あっ!と気づいた時には番組はもう後半(涙)。録画もしてない・・。 ミッチー扮する坂本龍馬。噂は知っていたがクールな印象が先行してるからどうかと思っていた。 ところがどっこい、予想以上に表情豊かで、感情こもった演技。 なかなかやるものだ。見直した! 幕末ミニ知識盛りだくさんで内容的には楽しめたが、 なかでもやはりグラバーの話は一番興味深かった。 及川光博が、グラバーの故郷スコットランドまで行って取材していた。 今までの龍馬関係のドキュメンタリーで、ここまでグラバーについて掘り下げた番組はなかったのでは。 イギリスでの愛称は「スコティッシュ・サムライ」 龍馬が暗殺されたとき、グラバーはスコットランドに里帰りしていた。 里帰りした時に植えた木が今もあった。 日本−イギリス間の情報は約50日かかる時代なだけに、グラバーは龍馬の死をいつ知ったのだろう? 攘夷志士も多い時代だから明治維新に関ることになったグラバーは意図的に歴史上から自分の 痕跡を消していたという。番組によると、龍馬についてのコメントが残ってないらしい・・・。 グラバーは龍馬が暗殺されることを知っていたのだろうか? それとも、その情報を知ることが出来ないように里帰りを勧めた者がいたのだろうか? 龍馬もグラバーも、裏の権力者が維新をすすめる上で知って欲しくないことを沢山知ったいたはずだ。 ちなみに私が思う龍馬暗殺の黒幕は「薩摩藩」だ。 グラバー商会は倒幕派の藩への貸出しがかさみ倒産。のち三菱に招かれている。 日本人の妻をもち男女二人の子供を得たグラバーは日本に骨を埋めた。 その長男倉場富三郎。彼は混血のため第二次大戦中、監視下におかれることになる。 そして、戦後すぐの1945年8月26日、自ら命を絶つ。日本におけるグラバーの系譜は終わった・・・。 グラバーの息子の謎の自殺。。もうひとつのミステリーを投げかけてこの番組は終了した。 気になる!! 何故死ななければならなかったのか?!! 幕末と何かつながりはあるのか?? |
龍馬の写真付き記念切手 3月24日発売へ 幕末の志士、坂本龍馬の写真付き記念切手「龍馬、夢への足跡」が、龍馬が土佐藩を脱藩したとされる 3月24日に発売される。龍馬の故郷の「高知編」として盟友の志士らの姿も登場する。 幕末史に詳しい京都霊山歴史館(京都市東山区)の木村幸比古学芸課長らが監修。 名古屋市の企画制作会社が京都編、人物編に続く龍馬シリーズ第三弾として通信販売する。 80円切手10枚シート。シートの下部に、共に活動した中岡慎太郎や生誕地の碑の写真も添えた。 龍馬の書簡をデザインした特製フォルダ入りで、幕末愛好家ら好みに仕上がった。 (京都新聞) - 2月25日 |





