天誅組ゆかりの旧家燃える − 奈良県御所市 16日午前11時半ごろ、御所市重阪、酪農業、西尾禎造さん(86)方から出火。 母屋と離れ、倉庫の3棟計約1100平方メートルを全焼した。けが人はなかった。 西尾家は旧重阪村の庄屋。1863年、高取城攻めで負傷した天誅組の総裁、吉村寅太郎 をかくまったと伝わる。 御所署によると、西尾さん方は9人家族。出火当時、禎造さんら4人が家にいたが、逃げ 出して無事だった。 (毎日新聞/奈良 - 1月17日) 西尾家が焼けた・・・・とても残念だ。 家の人が無事だったのはとてもよかった。 幕末当時の面影を残す建物がひとつなくなってしまった。 この家は幕末の土佐四天王の一人、吉村虎太郎ゆかりの地である。 (土佐四天王:坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太、吉村虎太郎) 虎太郎ら天誅組の数人は高取攻めの際、西尾家に宿泊している。 その際に「天誅組が署名した巻紙」や、「虎太郎の肌襦袢」が西尾家に保存されていたと思われる。 家は焼けてしまったが、資料はどうなっただろう。とても気になる。 西尾家へは天誅組大和義挙から140年目の2003年の秋に一度だけ訪れたことがある。 御所市の国道から奥へ奥へとはいったところで、想像してた以上にのどかな所だった。 家の写真を撮らせてくださいと頼んだところ、快く承知してくれた。 吉村虎太郎(1837−1863) 虎太郎は、さらに二十名の十津川兵を選抜した。これだけで高取へ潜入し、城下町を焼討ちする計画である。生還もとより期していない。 峠を超えた。部落がある。重坂だ。街道の左手、石垣の上に大きな屋敷が目についた。ひとまずここで休むことにした。 あるじは倉皇として一同を招じ入れてくれた。この家の屋号は「油清」という。油屋もいとなむ豪農である。主人の名は西尾清右衛門。 酒が出た。これが、この世との別れの杯だと、みんなで酌み交わした。辞世の句を短冊に書いて、庭の竹に結ぶ者もいる。巻紙に、各自氏名を書きしるした。 この巻紙はいまも西尾家に大切に保存されている。(吉村虎太郎含め24名の署名) 高取攻めの際に負傷した虎太郎は西尾家で応急手当を受けた。 肌襦袢には右脇腹のところに血で染まった弾痕が残っていた。 西尾清一氏の話 「この肌襦袢が、そのとき 吉村虎太郎先生が着ていたものです。背中に『尽忠報国土浪士吉村重郷』と、書いてありますが、吉村先生の手筆です。右前、上から35センチほどのところにある穴が弾痕です。 そのとき、七、八人の浪士につきそわれて、虎太郎先生が駕籠でやってこられたのは、真夜中の十二時ごろだったそうです。夕刻、元気で出発した吉村先生が、血だるまになって帰ってこられたので、清右衛門はびっくりして離れへ招じいれたのでした。(中略) 吉村先生の着ていた金襴の下着は、見つかったら大変ということで、裏の山へ埋めてしもたんですが、あとで、吉村先生のお墓参りができるようになって、村の人が掘り出し、ハサミで切ってわけてしまいました。なんでも吉村大明神ということで、お守りになさったそうです。傷の手当てが終わると、吉村先生は、午前四時ごろまで休息され、駕籠で五条の宿舎"常善"へ引きあげてゆかれたのでした。」 「実記天誅組始末」樋口三郎著/昭和48年発行 より |
幕末・明治
[ リスト | 詳細 ]
|
明治30年1月15日 「ほとゝぎす」 創刊。 発行部数:300部、一部:6銭 「日本は売れぬ」 「ホトトギス」は売れる」 と、子規は漱石にいう。子規にすれば陸羯南の「日本」の社員としてそこから月給をもらっているのであるが、かれ個人で仲間をあつめて出している雑誌「ホトトギス」が大いに売れるのである。 「ホトトギス」は、明治三十年一月、伊予松山で創刊号を出した。その創刊号いらい、子規は 日本と「ホトトギス」におもに詩文を発表するようになった。 松山で出していた「ホトトギス」は、明治三十一年の十月、発行所を東京に移した。 いよいよ売れるようになった。 司馬遼太郎「坂の上の雲」子規堂より 「ホトトギス」は、明治30(1897)年に、正岡子規の友人である柳原極堂によって創刊された。 子規が提唱する俳句革新の手助けを思い立ったことがきっかけである。 海南新聞社の社員であった極堂は号外用の印刷機で仕事が終わった後に印刷した。 翌31(1898)年10月、東京に発行所を移し子規の弟子・高浜虚子が主宰発行人となった。 「坊ちゃん」原稿 (松山市 子規堂に展示されているもの) ホトトギスは、日本一長寿の雑誌として今もなお現役である。 句帖 |
|
楽しみにしていた「河井継之助 〜駆け抜けた蒼龍〜」が放映された。 司馬遼太郎は小説「峠」で河井継之助のことを 「万事、この男は不逞であり、可愛気がない。」と表現している。 見るからにガンコで無骨な面構えだ。 この河井継之助を中村勘三郎が演じた。 幕末ものは写真が残ってるからイメージが先行してしまう。似た雰囲気じゃないと受け付けない部分 がある。勘三郎さんは、継之助のビジュアル的にガンコで豪快なイメージとは正反対で、どちらかというと 上品で物腰柔らかなイメージ。まったくの正反対だから大丈夫かなと心配していたが、 いざドラマが始まってみれば、それはそれでよかったと思う。 製作側のストーリの構成や映像、演出もよかったかな。 でも、松嶋尚美の「吉原の小稲」ダイコンすぎ。萎え〜 稲森いずみの「おすが」美人すぎるがよかった。 佐野史郎の「小林虎三郎」学者らしさがでてて馴染んでた。 唐沢寿明の「坂本竜馬」野性的なところがGOOD。 石橋蓮司の「山田方谷」大柄な山田方谷だったけど雰囲気でてた。 中村獅童の「岩村精一郎」は小千谷会談の雰囲気がうまく伝わって抜群によかった。 中村勘太郎の「加藤一作」長岡戦争での殺陣シーンは板についててよかった。 伊藤英明の「稲葉隼人」という備中松山の花屋旅館で出会ったホラガイの男は今回の盲点だった。 夕刻、妙な武士が入ってきた。 「ご酒宴のところを、お邪魔つかまつる。拙者は」 と、廊下で膝をつき、朗々と自己紹介をはじめた。 「信州松代藩士稲葉隼人と申すものでござるが、ご座談のお席にお加えねがえませぬか」 ・・・・ (妙なやつだ) と、継之助はこの新入りの信州人には多少困惑した。・・・・(略) やたらと声のみが大きくて言うことがいちいちくだらない。 「ご遊歴の目的は」 ときくと、なんと法螺貝の勝負だというのである。・・・(略) この男は継之助の前で法螺貝を一声、吹き上げてみせた。 「とるに足らざる者」 と、継之助はその日記に書いた。 司馬遼太郎「峠」より抜粋このホラガイの男が、明治4年 旅の途中に長岡の壊されてしまった継之助の墓に訪ねてくる。 そこには、その墓を片付けている松蔵と継之助の妹安子がいた。 その回想でドラマが始まるという設定だ。 久々の幕末ものドラマ。 こんな「河井継之助」もたまにはアリかな・・・と思った。 河井継之助 … 中村勘三郎 すが … 稲森いずみ 安子 … 京野ことみ 稲葉隼人 … 伊藤英明 小林虎三郎 … 佐野史郎 川島億次郎 … 吹越満 小山良運 … 火野正平 山本帯刀 … 田中実 河井代右衛門 … 北村和夫 貞子 … 淡路恵子 椰野嘉兵衛 … 中村育二 牧野忠雅 … 神山繁 牧野忠恭 … 坂東三津五郎 むつ … 田畑智子 いね … 松嶋尚美 おとき … 吉田日出子 松蔵 … 荒川良々 山田方谷 … 石橋蓮司 鈴木虎太郎 … 中村七之助 古賀茶渓 … 串田和美 土井幾之助 … 笹野高史 加藤一作 … 中村勘太郎 佐川官兵衛 … 六平直政 平山図書 … 中村源左衛門 秋月悌二郎 … 高知東生 牧野市右衛門 … 坂東弥十郎 山本勘右衛門 … 川辺久造 三間安右衛門 … 浜田晃 酒井貞蔵 … 斎藤歩 牧野貞直 … 中原丈雄 三間市之進 … 内田健介 大川市左衛門 … 梶浦昭生 外山寅太 … もとのもくあ 大崎彦助 … 田島俊弥 プラント … ジョージ・エシャート 岩村精一郎 … 中村獅童 坂本竜馬 … 唐沢寿明 時代劇「河井継之助」主演 中村 勘三郎 「好奇心」 遺伝子の仕業 幕末の混乱期に越後・長岡藩で家老を務めた河井継之助(つぎのすけ)。藩を、スイスのような永世中立国にしようと兵制の近代化や財政の立て直しに敏腕を振るった男の人生に、幕末に興味を抱いた20年前から共感し、「いつか彼を演じてみたい」と思い続けてきた。その願いがかない、27日に日本テレビ系で放送される年末大型時代劇「河井継之助」(後9・00)に主演する。 「『西の坂本竜馬、東の河井継之助』と言っても過言ではない業績を上げているのに、知名度は竜馬が100なら継之助は0。何とか東の雄に光を当てたかった」 「民は国の本、吏(役人)は民の雇」 継之助が政治の理想として掲げたスローガンである。身分によって異なる武士の給料を、一緒にしてしまうという荒療治まで断行した彼に敬意を表し、ドラマのエンドロールである仕掛けを施した。 実は、出演した俳優の名前はすべて五十音順で、字の大きさも同じにしたのだ。その訳は簡単。「もし継之助だったら、きっとそうしただろうから」。出演者に序列をつけない試みで、映画では時折あるが、テレビでは珍しい。 「コクーン歌舞伎」「平成中村座」など、新しい試みに挑戦するのがめっぽう好き。10代後半から唐十郎の紅テントやアングラ劇、小劇場の舞台に通い、衝撃を受けてきた。 「そもそもウチの家系は好奇心が強い。小津安二郎監督の記録映画『鏡獅子』には祖父が、山本薩夫監督の『赤い陣羽織』には父が、それぞれ出演している。これは、どうも遺伝子の仕業だね」 継之助を主演に据えたドラマが、これまで1本もなかった点にも“新しもの好き”の血が騒いだ。「先人の演技に束縛されることなく、自由にやれるでしょ。よく今まで誰もやんないでいてくれたものだと感謝しています」 撮影中には、トラブルもあった。琵琶湖畔でのシーンを、スタッフが誤って消してしまったのだ。すでに勘三郎は時代劇の扮装(ふんそう)も解いてしまっていた。 「何事もなかったかのように再び衣装を身に着け、場を和ませようと冗談まで言いながら、改めて撮影に臨んでくれた。本当にあの人には救われました」。松原信吾監督が、振り返る。 天衣無縫といっていいほどの明るさにひかれる俳優は多い。「唐沢寿明さんや稲森いずみさんら人気俳優がどんなに多忙でも、『勘三郎さんと一緒に仕事がしたい』と集まってくれた」と金田和樹プロデューサーは話す。 「時代考証から台本作りまでかかわった」と自負する作品。しかし、「思い入れが強すぎると、失敗することが多い」と自己分析するだけに、「テレビで見るのが怖い」というのもあながち誇張ではなさそうだ。スタッフは、「継之助が乗り移ったような名演だった」と口をそろえるのだが……。 (2005年12月19日 読売新聞) |

- >
- エンターテインメント
- >
- テレビ
- >
- ドラマ番組
構成的には2000年発売の「週刊ビジュアル日本の歴史(デアゴスティーニ)」 とほとんど同じだが、内容的には新しいネタだから買いである。 気軽に眺めるには、この手の本は好きだ。 文章だけの知識だと、風景や格好など勝手に間違った想像をすることもあるが、 こういうのを見ていると、ある程度正しいイメージが浮かびやすいのがいい。 先々週・先週の久坂玄瑞・高杉晋作に続き、今週は「徳川慶喜と鳥羽伏見」が発売される。 来週は勝海舟と江戸開城・彰義隊、そして河井継之助、榎本武揚、西郷隆盛へと続く。 そこまでは、買い続けよう。 その後、戦国時代へと一旦戻る。山中鹿助、毛利元就ものち登場。
戦国時代はよかったら買うとしようかな。 |
また本を買ってしまった。いつものネット購入である。 セブンアンドワイだと安い本を買っても、高い本を買っても 指定のセブンイレブンで受け取りをすれば送料無料なのだ。 そして、また山田方谷である。 この前の童門冬二の「山田方谷」に満足がいかなかったからだ。 さて、今度はどんな内容だろう。 山田方谷ものといえば今はこの本が本流みたいだ。 ちょっと3,465円(税込)と高かったが・・・ 内容に期待している。 先月、岡山の山田方谷記念館で「炎の陽明学」の続編である
「ケインズに先駆けた日本人 −山田方谷外伝−(矢吹邦彦 著)」 を先に買っていた。(2,800円+税) この本で方谷革命についてサクッと知るつもりだったのだが、 最近、その生涯までも知りたいと思うようになった。 方谷は松山藩の財政改革のみでなく、大政奉還にも起草者という形で関わっている。 あまり有名な話ではないが、これはかなりスゴイことではないか。 気になる。 早く読もう。 |





