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岩井渓の自然と遊ぼ!
今まで使っていたカスタム背景が突如消えてしまったので、新たに作り直しました♪

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デザイン学校時代の漫画仲間に田中くんがいて、

一緒に同人誌を作った。

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その頃田中くん早坂七瀬』『三村けいを名乗っていた。



同人誌みだれがみ』VOLⅣ(4.5月合併号)

B6サイズで青焼きとゼロックスコピーの併用。
合併号ということで、54頁
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長尾さんはその後チーフアシスタントとなり、独立して
漫画家長尾ともひさとして活躍している。


この同人誌には、矢口高雄先生も寄稿してくれた。
「泥縄の漫画家」という文章。
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この頃から私は、日中はデザイン学校、夕方から夜中朝近くまで
矢口プロのアシスタント。
それから帰って学校の課題作成。と多忙な日々が続いたのだった。


田中くんはデザイン学校を中退。

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かつらぎ龍太』とサインされたカットイラストの原画が、
『みだれがみ』関連の資料の中に入っていた。
これも田中くんのペンネームだったのか?

なかなか会う機会が無くなり、このグループみだれがみ
自然消滅して行ったのだった。



この頃、相模原の漫画愛好家が作った赤ちょうちんという同人があった。

この時期の同人誌は、ほとんど青焼きコピーで製本したものだった。
ゼロックス(コピー)はまだまだ単価が高かったため、青焼きが一般的だったのだ。
青焼きする原画は、トレーシングペーパー(トレペ)にペンで描いたもの。
スクリントーンも貼る事も出来、薄墨もOK。ただホワイト修正が出来ないため、
もし、はみ出したり間違ったりした場合は、
その所をナイフでカットしなければならなかった。
そのため慎重に描いたものだった。


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この同人誌を見てみると、
三村けいとして田中くんが参加していたのだった。
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早坂未紀になる前の美少女イラストだな。
空の星は、ホワイトが使えないため、
トレペにベタしたあとピンホールで星点を描くという技法を使っている。
十字に光る星は、カッターでカットしてセロテープで止めたんだな。




その後、田中くんは少女漫画家の和田慎二さん(スケバン刑事)のとこの
アシスタントになったようだ。
その後、村上もとかさんのとこのアシスタントになる。
それはから直接聞いたように思う。
それが田中くんと連絡を取ったのが最後だ・・・


そしてたまたま書店で見かけた「アニメージュ増刊」の
「ザ・モーションコミック」で、田中くんの作品を見かけて、

おおーーーっ!! 頑張ってるんだぁ♪(ノ^o^)ノ
と思ったもんだ。



’90年になってからはその名前も聞かなくなった・・・


青春時代の友よ!元気でいるだろうか?

当時の写真が出て来た♪

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これは、たぶん西武池袋線の「ひばりが丘」にあった、
みっちゃんのアパートで撮ったもの。
みんな夢を追い掛けて、貧しいながら生き生きしていた♪(^o^)ノ

S木先輩とみっちゃんはもその後、郷里の仙台に帰って行った・・・
私が帰仙した際、飲んだりしている。
もう二人は漫画からは足を洗った。
以前は、「田中くんどうしてるかな?」という話も出たが・・・


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