岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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 前の記事「景気との戦争」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/30210307.html )で上の図(わが国の政府債務の対GDP比)を紹介したときは,とりとめもない話でとどめたが,もう少し経済学的に,なぜ財政赤字が発生するか,を考えてみよう。
 上の図の国名と年代を伏せて,これが日本だと知らない経済学者に見せて,この国で何が起こったかを推測させる場面を想像してみてほしい。経済学者は,以下のように推理していくだろう。
 まず,左側,中央,右端の3箇所で政府債務比率が大きく上昇する場面が目に飛び込んでくる。ここに,経験法則として,

財政赤字の2つの主要な原因は,経済の低迷と戦争である
債務の大幅な増加の原因は戦争である

を適用する。3つとも大幅な増加なので,まずは戦争が原因ではないかと考える。また債務の減少局面には,経験法則として,

債務の減少は,財政再建か,経済の好転か,インフレで生じる

を適用する。
 左側の山では,債務の上昇はすぐに止まったので,戦争は長期化せずに終結したのではないか,という推測できる。減少は緩やかなので,どの要因かは特定できない。中央の山は非常に高水準まで上昇したので,大規模な戦争にのめりこんでいったと想像できる。その後の急低下は財政再建か経済の好転では説明が無理な現象であり,おそらくハイパーインフレだと推測される。
 以上の推理が外れているところは,右端の山の原因が戦争ではないことである。
 ただし,右端でグラフが切れているので直近のデータかもしれない,ということに思い至ると,経済学者は別の可能性を推理し始める。1970年以降の多くの先進国では,平時でも政府債務の累積が見られたからである。もしそうだとすると,債務比率の水準から見て,そのなかでも最悪の事例のひとつだということになる。

 経済学では,経験則を見つけるだけでなく,もう少し踏み込んで,財政赤字の発生が理にかなったものかどうかも考えている。
 戦争が債務比率の上昇をもたらすことは財政運営として合理性がある(戦争そのものの是非は棚上げする)ことを指摘したのがBarro (1979)である。戦争によって財政需要が一時的に非常に増加するが,かりに均衡財政をとると,税率を大幅に引き上げる必要がある。財政の教科書で説明されているように,租税は資源配分を撹乱することで,民間の活動水準は税収以上に低下するという「超過負担」が発生する。この超過負担は近似的に税率の自乗に比例するという法則があるので,時間を通して税率の安定化を図ることで,同じ税収のもとで超過負担を小さくすることができる。
 簡単な例で説明すると,xを今の税収,yを将来の税収として,x+yが一定でxの自乗とyの自乗の和(これは超過負担に比例する)を最小にするには,x=yとすればよい。
 このような財政運営は「課税平準化(tax smoothing)」と呼ばれる。戦争で一時的な出費が生じる場合には,戦時は財政赤字を出して,戦後の黒字財政で債務を償還し,税率を安定化させる方が,戦時に大きく税率を上げ,財政赤字を小さくするよりも超過負担が小さくなる。
 課税平準化の理論は,戦費以外の財政需要にも適用できる。わが国で現在に大きな財政需要があり,将来に財政需要が減少する状況だとすれば,日本の債務の累積も合理的だということになる。しかし,これから高齢化が進展することで,むしろ将来の方に大きな財政需要が発生するので,いま政府債務を増やしていることは合理的ではない。いまは景気が悪いので,現在に経済安定化のための財政需要があることにも一理あるが,高齢化による財政需要の変化は量的にそれをはるかにしのぐ。景気対策で現状の債務の動きを正当化しようとするのは,数字にまったく基づかない議論である(数字に基づく議論はそれなりの分量を要するので,いずれ別記事で論じたい)。

 諸外国の近年の財政赤字も課税平準化では十分に説明できないので,非合理的・政治的な要因で政府債務の累増が生じたのではないかと考えられている。Alesina and Perotti (1995)は,政治経済学的な諸仮説を検討して,戦後の先進国の平時での財政赤字を説明するのに適しているのは,Alesina and Drazen (1991)によって考えられた「問題先送り」の理論だと結論づけている。この考え方は現在の財政赤字に対する標準的な理解になっており,日本の現状もよく説明できる。
 Alesina and Drazen (1991)は抽象的なモデル分析なので非専門家にはとっつきにくいが,かいつまんでいうと,以下のような話になる。経済成長の鈍化のような財政収支を悪化させるショックが生じたときには,その対応をしないと構造的な財政赤字が生じる。しかし,財政支出にはさまざまな利害関係者がからんでいる。財政収支を改善するには,その痛みを利害関係者間で分担してもらわないといけないが,その合意の形成が遅れると,財政赤字が持続することになる。この調整が早くおこなわれるか,時間がかかるかで,財政赤字の問題の深刻さが違ってくる。この違いには,各国の財政制度の違い(予算制度の透明性の高さ,総合調整能力の強さ)が関係しているのではないかと考えられており,実証研究でも支持されている。予算編成過程において,予算編成部局が支出官庁と比較して力が強い国の方が財政再建は早期におこなわれると考えられている。

 まとめると,
 最近の平時の財政赤字の発生は非合理的・政治的原因による
 予算制度の違いによって,財政赤字の問題の深刻さの違いが生じる
ということが標準的な理解となっている。すると,財政赤字問題を解決する手段として,
 財政運営をルール化して,その時々の政治的な意図が働きすぎないようにする
 総合調整が働きやすく,透明な予算制度とする
という処方箋を書くことができる。これが,各国がこの四半世紀に試みてきたことである。一般にはあまり知られてないかもしれないが,わが国でも橋本政権時の財政構造改革以来の財政運営の底流となっている。

(注)
 浅子・伊藤・坂本(1991)は1980年代までの日本の財政赤字の経緯を分析している。岩本(2002)は,この記事に関係する内容に加え,最近の状況を議論している。

(参考文献)
Alesina, Alberto, and Alan Drazen (1991), “Why Are Stabilization Delayed?” American Economic Review, Vol. 81, No. 5, December, pp. 1170-1188.

Alesina, Alberto, and Roberto Perotti (1995), “The Political Economy of Budget Deficits,” IMF Staff Papers, Vol. 42, No. 1, March, pp. 1-31.

Barro, Robert J. (1979), “On the Determination of the Public Debt,” Journal of Political Economy, Vol. 87, No. 5, Part 1, October, pp. 940-971.

浅子和美・伊藤隆敏・坂本和典(1991),「赤字と再建:日本の財政1975-90」,『フィナンシャル・レビュー』,第21号,131-162頁。
http://www.mof.go.jp/f-review/r21/r_21_131_162.pdf

岩本康志(2002),「財政政策の役割に関する理論的整理」,『フィナンシャル・レビュー』,第63号,8-28頁。
http://www.mof.go.jp/f-review/r63/r_63_008_028.pdf

(関係する過去記事)
「景気との戦争」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/30210307.html

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