岩本康志のブログ

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通貨発行益

 通貨発行益(seigniorage)とは,現金通貨(貨幣)の増加分である(注1)。これは経済理論上の概念であって,会計基準でこれを利益として表示しているわけではない。なぜ「益」と呼ぶかというと,以下のような理屈になる。
 中央銀行は国債を資産に,貨幣を負債にもっている。話を簡単化するため,自己資本を捨象して,両者が等しいとしよう(負債側には準備預金があるが,これには利子がつくので,国債と同様の資産と見なして,資産・負債の両側からのぞいて考えることにする。かつては準備預金に利子がつかなかったが,その場合は貨幣として扱うことになるので,例えばBuiter [2007]はマネタリーベースの増加分と定義している)。政府は国債を発行するが,これを民間は国債と貨幣の2種類の資産で保有することになる。国債は償還期限が来たら,返済しなければいけない。貨幣には償還期限はない。貨幣経済が続く限り,返済する必要はない。したがって,中央銀行が保有し続ける国債は返済する必要がないので,政府の収入と考えてよい。なお,中央銀行が貨幣を減少させた場合,それは負の発行益,つまり「発行損」であることを押さえておこう。
 通貨発行益は,別のとらえ方もできる。中央銀行は,資産側の国債の利子を得るが,負債側の貨幣には利子を支払わない。政府から見ると,中央銀行に利子を支払うが,これは納付金になって政府に還流してくる。t期に短期債(1期で償還される)を購入して貨幣をΔM増加させ,その後も償還された資金で毎期短期債を購入して,増加した貨幣を維持すると,t期以降の利子節約分は,
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となる。無限の将来にわたる,この節約分の割引現在価値は,
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で表わされる(実質価値を考える場合には実質金利で割り引く必要があるが,実質価値を実質金利で割り引くことと,名目価値を名目金利で割り引くのは同じことである)。この括弧のなかを変形すると,
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となる。つまり,
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が成立するので,通貨発行益は,中央銀行が保有することによって節約される国債の利払費の割引現在価値になる。
 マネタリーベースの増加が一時的な場合の通貨発行益も同様に考えることができる。例えば,t期にマネタリーベースをΔM増加させ,t+2期後に同額だけ減少させると,2期間の利子節約分の合計は,
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となる。つまり,t期の貨幣増加の発行益からt+2期の貨幣減少の発行損を引いたものが,一時的な貨幣増加の通貨発行益である。

 以上の計算の金利は短期金利である。そして,ゼロ金利のときには利子節約額はゼロである。ゼロ金利期間中だけ貨幣を拡大する(ゼロ金利解除までに元に戻す)場合は,通算の通貨発行益はゼロである。短期債対象のオペをした場合,中央銀行はゼロ金利の資産をもつわけだから,利子節約額がゼロなのは納得いただけるだろう。
 さて,短期金利はゼロでも長期金利はゼロではない。いまの10年物国債の流通利回りは約1.3%である。2009年度補正後予算では,一般会計の利払費は8.4兆円である。日銀が長期国債を保有すれば,その利払費は政府に還流するので,利払費の節約になるのではないか,と思われるかもしれない。しかし,それは正しくなく,ゼロ金利の期間中だけ長期国債を保有しても,通貨発行益はゼロである。
 数値例で確認しよう。t期とt+1期の2期間を考えて,t期の短期金利はゼロ,t+1期の短期金利は5%としよう。t期の短期債を100円で購入すると,期末に利子ゼロ,元本100円が償還され,t+1期の短期債は100円で購入すると,期末に利子5円,元本100年が償還される。つぎに,2期間の長期債があり,t期末にx円の利子,t+1期末にx円の利子と元本100円が償還されるとする。この国債の当初の価格が100円となるようなxを求めよう。そこで,t期末=t+1期初の市場価格をP円とする。t期にこれを100円で購入すると,期末に利子x円が支払われ,元本の価値はP円である。短期債で運用しても長期債で運用しても利回りが等しくなるように裁定が働くと,
100=x+P
となる。t+1期にこの長期債をP円で購入すると,t+1期末にx円の利子と100円の元本の償還を受け取る。短期債で運用しても長期債で運用しても利回りが等しくなるように裁定が働くと,
105/100=(x+100)/P
となる。これらの式からxは100/41=2.439…,Pは4000/41=97.56…と求められる。
 さて,日銀がt期に利率が約2.4%の長期国債を100兆円購入すると,その利払費である約2.4兆円が節約できているように見える。しかし,日銀がこの国債をゼロ金利が終わるt期末に約97.6兆円で売ると,利払費に相当する2.4兆円の売却損が出てしまう。
 このように債券間で金利裁定が働いている場合には,どちらの債券をオペの対象にするか,で中央銀行のキャッシュフローは変わらない。つまり,短期債対象のオペでも長期債対象のオペでも,政策としての効果は同じである。これはWallace (1981)で公開市場操作のModigliani-Miller定理と呼ばれたものである(注2)。
 さて,かりに日銀が利払費2.4兆円を納付金として政府に納めたら,どうなるか。最初に十分な自己資本がなければ,2.4兆円の国債の売却損の結果で日銀は債務超過となるだろう。債務超過になるのは,通貨発行益ではないものを,あたかも発行益のようにして政府に還流させてしまうからである。

(注1) 『新しい日本銀行−その機能と業務(増補版)』(日本銀行金融研究所編)では「貨幣」とは硬貨を指し,銀行券と硬貨を総称して現金通貨と呼んでいる。今回の記事での「貨幣」は経済学での用語法に合わせている。
(注2) 将来の金利が確実であることを前提に説明したが,不確実な場合でも,この性質が成立することがWallace (1981)で示されている。

(参考文献)
Willem H. Buiter (2007), “Seigniorage,” Economics: The Open-Access, Open-Assessment E-Journal, Vol. 1, 2007-10.
http://www.economics-ejournal.org/economics/journalarticles/2007-10

Neil Wallace (1981), “A Modigliani-Miller Theorem for Open-Market Operations,” American Economic Review, Vol. 71, No. 3, June, pp. 267-274

『新しい日本銀行−その機能と業務(増補版)』(日本銀行金融研究所編)
http://www.imes.boj.or.jp/japanese/fpf.html

(参考)
「通貨発行益とは何か」(深尾光洋)
http://www.jcer.or.jp/column/fukao/index47.html

(関係する過去記事)
「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

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