岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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 前回の記事「通貨発行益」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33222258.html )では,ゼロ金利の期間中だけ国債保有増加を増やすことは,通貨発行益を増やさないことを示した。また,満期まで国債を保有すると通貨発行益が生まれる(長期債が償還される途中でゼロ金利が終わると考えている)。
 この保有期間の想定の違いは,ゼロ金利下での金融政策の効果の違いにつながる。Eggertsson and Woodford (2003)は前者の想定で国債買いオペの効果はないとし,Auerbach and Obstfeld (2005)は後者の想定で国債買いオペが有効としている。つまり,流動性の罠の状況では現在の貨幣の増加は無効であるが,将来の貨幣の増加に効果がある,という議論を通貨発行益の側からながめたものと解釈できる。

 ゼロ金利の解除と国債の売却は密接に関連している。金利が上がると,(名目所得が変化ないとして)人々は貨幣保有を減らそうとする。前のブログ記事と同様に,t期がゼロ金利で,t+1期が正の金利だったとしよう(t期がx年間であれば,x年後にゼロ金利解除ということになる)。もし両期の名目所得が同じだったら,t+1期の貨幣残高はt期の貨幣残高より小さくなければいけない。つまり,t+1期には中央銀行は国債を売却して,貨幣を減少させないといけない。t期にさらに国債を買い増すならば,その国債はt+1期に全額売ることになるだろう。
 名目所得が増加すれば,貨幣需要が増える。t+1期に名目所得が増加していたら(それもかなり増加していたら),t期から貨幣を減少させなくていいかもしれない。つまり,t+1期で中央銀行は国債を売却しなくていいかもしれない。そして,t期に国債を買い増しても,それをt+1期に売却しなくていいかもしれない。そうなれば好都合かもしれないが,国債を売却しないと決めることで,名目所得が相当に大きくなるまでゼロ金利を継続するという風に金融政策が縛られてしまったら,その期間中のインフレ率を適切に制御できるかどうかわからなくなる。

 ここからは,t期の長さを固定されたものではなくて,金融政策で決まるものだと考えよう。つまり,中央銀行がゼロ金利をとる時間だけt期が続く。流動性の罠の状態で期待インフレ率を高めるには将来の金融緩和を皆に信じてもらいたいのだが,「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32325439.html )で議論したように,時間非整合性の問題がある。その記事から引用するが,「将来に金融緩和をすることを皆が信じればいいが,実際にその将来になってみれば,その金融緩和は過剰なので,裁量的な政策をとるならばやめた方がいい。そういうことを皆が見透かすと,将来に金融緩和することを信じてもらえなくなり,インフレが起こらない。」
 さて,前回の記事では,ゼロ金利解除時に国債を売却すると売却損が発生するので,かりにそれまでの利子を納付金として政府に納めていたら中央銀行は債務超過になることを最後に指摘した。これを,中央銀行が金融緩和を長めに続ける仕組み(コミットメント・デバイス)として使う手がある。
 中央銀行が債務超過になったらどうなるか。経済学的に冷静に考えると,じつは深刻な問題でもない。しかし,世論や政治家がそのように冷静に判断してくれるかどうか。日銀の乱脈経営の結果だという批判(いわれのないものだが)の声があがったり,通貨に対する信認が揺らぐかもしれない。ということで,中央銀行は自己資本を気にし,債務超過になることを避ける行動をとる,と考えられている。そうすると,満期保有目的の債券は時価評価しないという会計基準のもとでは,国債を売却しなければ,時価での評価損はバランスシートに現れないことになる。つまり,債務超過を避けるという行動が,国債の売却を避け,ゼロ金利の解除を遅らせることにつながる(注)。
 このように中央銀行が債務超過を避ける行動を利用して,将来の金融緩和へのコミットメントを引き出すアイデアは,Jeanne and Svensson (2007)で展開され,外貨建て資産を中央銀行が購入する案として示されている(ただし彼らの議論では,資産は時価評価される会計基準を考えているため,今回の記事で考えている方法は無効になる)。

 このようなコミットメント・デバイスは実際に使えるか。
 最大の問題は,保有国債の償還期間で金融緩和を拘束することになるため,その期間の経済の状況次第では金融緩和が行き過ぎたり,足りなかったりする事態が生じることである。モデル分析では,ある経済状況の設定のもとでの望ましい国債保有額を計算することは可能だろうが,現実の経済がその通り動かないときは,金融政策がそれに対応できず,マイルドインフレへの誘導,という本来目指していることも実現できなくなるかもしれない。
 時間軸政策では,例えば「物価上昇率がx%以上になるまでゼロ金利を継続する」という形で,景気回復が遅ければ緩和は長めに,回復が早ければ緩和は短めに,と経済の状況に合わせた形をとる。その分,例えば「経済がどうであれ,5年間ゼロ金利を継続する」という形のコミットメントよりも勝っていると思われる。

 結論。
 Jeanne and Svensson (2007)のアイデアを追求するよりは,時間軸政策を用いた方が得策である。

(注)
 会計基準上は債務超過でなくても,「時価評価すれば債務超過だ」という声を中央銀行が気にして最初から長期国債を保有しないことも考えられる。これに対しては,ボンド・コンバージョンという手法(固定金利と変動金利をスワップする)をとれば,時価評価でも債務超過とならない。くわしくは,himaginary氏のブログ「日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”」(http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100531/Some_Thoughts_on_Monetary_Policy_in_Japan3 )において,前回のブログ記事に対応する形でボンド・コンバージョンを説明していただいている。
 コミットメントメント・デバイスとして機能させるには,ボンド・コンバージョンは政府と中央銀行の間の契約として,国債が転売された場合は買い手に効力が及ばないようにしておかないといけない。そうすることで,もとの固定金利に基づいた市場価格で取引されることになり,売却損が発生する。
 かりに新しい保有者にもコンバージョンの効力が及んでしまったり,あるいは最初から変動金利長期国債であったりすると,短期変動金利に基づいた市場価格で取引されることになり,売却損が発生しない。このため,中央銀行には国債売却をためらう誘因がなくなってしまう。

(参考)
「日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”」(himaginaryの日記,2010年5月31日)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100531/Some_Thoughts_on_Monetary_Policy_in_Japan3

(参考文献)
Alan J. Auerbach and Mourice Obstfeld (2005), “The Case for Open Market Purchases in a Liquidity Trap,” American Economic Review, Vol. 95, No. 1, pp. 110-137.

Gauti B. Eggertsson and Michael Woodford (2003), “The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy,” Brookings Papers on Economic Activity, No. 1, pp. 139-211.

Oliver Jeanne and Lars E. O. Svensson (2007), “Credible Commitment to Optimal Escape from a Liquidity Trap: The Role of the Balance Sheet of an Independent Central Bank,” American Economic Review, Vol. 97, No. 1, March, pp. 474-490.

(関係する過去記事)
「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32325439.html

「通貨発行益」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33222258.html

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