岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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「デフレの原因(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34032730.html )の続き。

 第2の批判は,クルーグマン教授は岩本とは違う考えをもっていて,「日銀はデフレの原因」と断定している,というもの。ここでは何が争われているのかが複雑なので,まずその整理を丁寧にしておきたい。まず,私のブログの文章は,
「クルーグマン教授の立場は,効果が確実かどうかはわからなくても,デフレ脱却のためにそれを試すべきだ,というものである。したがって,日銀がそうした行動に出ないことを舌鋒鋭く批判する。しかし,効果が不確実であるという立場からは,日銀が行動を起こさないからデフレが続いている,と断定はできない。デフレの原因が日銀の失政にある,とも断言できない。」
である。「…舌鋒鋭く批判する」までは,クルーグマン教授の持論を私が要約したもの。それ以降は,私の論評になる。「日銀がデフレの原因とは断定できない」とは,クルーグマン教授の考え方から私が敷衍したものである。しかし,クルーグマン教授の文章や発言に私がすべて目を通しているわけではないので,「クルーグマン教授は,日銀がデフレの原因と断定した発言をしていない」と私が言えるわけではない。
 つまり,私の考えをまとめると,
(1)因果関係の標準的な推論を適用すれば,日銀はデフレの原因とは断定できない。
(2)私が参照したクルーグマン教授の文章では,クルーグマン教授は原因と断定していない。
となる。
 問題になった「because文」の場合は,原因と断定しているとしか読めないわけではないから,私は原因ではないと解釈した。「because文」の意図を曲げているという批判には,曲げていないと答えている。しかし,個別例と一般論は違うものだ。クルーグマン教授の全文章について,彼が原因と断定していないと保証するつもりはない。「because文」は私が引用したブログ記事のなかに登場するので,そこで原因と断定していることを見落としていたら私が相当不注意だから,それは批判になる。しかし,他の個所で彼が原因と断定としているのを私が見落としていたら,それは私のブログ記事への批判ではなく,指摘になるだろう。
 かりに私が参照しなかったところでクルーグマン教授が原因と断定していることがわかったならば,(2)は変更が必要で,
(2’)私の考え方に反して,クルーグマン教授は原因と断定している。
にしなければいけない。そして,私は当然に,
(3)クルーグマン教授の原因の用法は,混乱を招くものであり,不適当である。
と言わなければいけない。
 Twitter上でも発言しているが,そういう材料が見つかれば,私の考えに(2’),(3)を加えることにまったくやぶさかではない。
 というわけで,第2の批判(指摘)は,もしかしたら正しいかもしれない。しかし,正しいとしても,その可能性は私も最初から念頭に置いていることである。

 ここからはTwitterでのやり取りになくて,「岩本康志氏との論争のまとめ」(http://reflation-jp.net/?p=374 )で新しく持ち出された材料の検討である。『週刊現代』誌に掲載されたインタビュー記事「独占インタビュー ノーベル賞経済学者 P・クルーグマン 「間違いだらけの日本経済 考え方がダメ」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/994 )では,「日銀が原因」に間接的に言及しているかのような個所がある。このインタビューは当然に,不況下の日本が何をすればいいか,の意見が期待されている場面である。医者が病気の原因を説明するときと同じことが期待されていると考えていいだろう。一方,注意しておきたいのは,日本語化されたインタビュー記事であるから,クルーグマン教授の真意が記者のまとめ方や翻訳で歪められている可能性があることである。文献の扱い方としては,このインタビュー記事は傍証には使えても,これだけを根拠にすることは危険である。
 さて,「日銀が原因」に関係する個所は2つある。順に見ていこう。結論から言えば,どちらも「デフレの原因は日銀の失政にある」という意味ではない。

―マクロ経済学的には打つ手はもはやないと?

クルーグマン いや、まだまだあります。実は、日本の不況の原因は、マクロ経済学がやるべきだと説いていることを実行しないことにあるのです。
 まず必要なのは、経済を回復軌道に乗せうる、大型の財政刺激策です。これはアメリカではまだ行われていないし、日本でもまだまだです。1990年代を通して、少しずつやったに過ぎません。
 また金融政策面では、日銀自体にやる気がないので大変難しいことですが、インフレ・ターゲット政策を採用させる必要がある。本当に人々が今後、年間1・5%でなく、4%の物価上昇率になると信じれば、景気回復に向かう可能性が大きいからです。4%はほぼ市場の期待値でもあります。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/994?page=3

「原因」の記述を金融政策だけ抜き取ってまとめると,「日本の不況の原因はインフレ・ターゲット政策を採用しないことです。この政策を実行すれば景気回復に向かう可能性が大きいです」という発言になる。これは,おやっ,という感じである。医者から「めまいの原因は高血圧です。血圧を下げればめまいが治る可能性が大きいです」と言われているようなものだ。こういうときは,医者は「めまいの原因は高血圧かもしれません」と言うべきだというのが,私の主張である。
 ここでクルーグマン教授が(私の立場から見て)変なことを言っている,または記者が変なまとめ方をしているかというと,そうとは言えない。原因に言及した直後に来るのは,財政政策だからだ。財政支出の拡大をとことんやれば,GDPギャップはすべて埋まって,不況は脱出できるだろう。したがって,財政政策をとことんやらない(あるいは,とことんやれない政治的制約がある)ことが不況の原因である,との言い方は適切である(今回の記事の本筋とは関係ないが,財政政策をそこまですべしというのはクルーグマン教授個人の政策に対する考え方であって,学者の誰もが支持するわけではない)。
 金融政策だけ抜き出すとおかしくなるが,全体の大意からは,おかしいとまでは言えないだろう。

 もう一箇所は,「銃殺」に関係する個所である。今回の記事の本筋ではないが,「日銀が重い腰をあげないというなら、(その責任者たる総裁は)銃殺に処すべきです」という発言も波紋を呼んでいるので,まず,それに触れておきたい。
 この記事を最初に読んだときの私の第一感は,誤訳ではないか,というもの。発言の原文を『週刊現代』編集部に問い合わせて確認した人によれば,
「クルーグマンの「銃殺に処すべきです。http://j.mp/dijtpS 」の件、電話で確認が取れた。" then it's time to bring out the big gun. "だったそうな。日本語のニュアンスもクルーグマンさんに確認した上で、あの表現になったとのこと」(http://twitter.com/naokigwin/status/22074414646
だそうだ。
 この方のツイートが正しくて,原文が「bring out the big gun」だとすれば,意味が通る。これは直訳すれば「大砲を持ち出す」となるが,「切り札を出す,奥の手を出す」という意味である。例えば,2007年2月のSydney Morning Herald紙の記事
「Obama about to bring out the big gun: his wife」(http://www.smh.com.au/news/world/obama-about-to-bring-out-the-big-gun-his-wife/2007/02/09/1170524304065.html )は,大統領候補者レースの前面にミシェル・オバマ夫人が登場する場面を伝えている。ここは「オバマ氏が切り札(ミシェル夫人)投入」であって,「オバマ氏がミシェル夫人を銃殺」ではない。
 そこで,該当個所を原文に置き換えて,やりとりを見てみよう。

―今回の参院選で躍進した「みんなの党」の渡辺喜美代表は、2%のインフレ・ターゲットを掲げるとともに、これを達成できない時は日銀総裁の解任を国会で検討してはどうかと言っていますが、どう思いますか。

クルーグマン 我々は中央銀行の独立性をずいぶん擁護してきました。しかし今や、この独立した中央銀行が、失敗による面目失墜を恐れるあまり、自国経済のためになることすら、やらない存在となっていることが不況の大きな原因なのです。
 それは日銀だけではなく、FRBも同様です。国を問わず、根本的には組織に問題がある。自分の仕事、その本分を果たすのではなく、自分の組織上の地位や組織そのものを守ろうとしている。
 中央銀行の独立性への介入に関しては、もはやあれこれ躊躇すべきではありません。日本のGDPデフレーター(名目GDPを実質GDPで割った値。経済全体の物価動向を示す)は、ここ13年間、下がりっ放しです。それなのに今、日銀が重い腰をあげないというなら、then it’s time to bring out the big gun。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/994?page=4

 クルーグマン教授の回答は,まず質問が中央銀行の独立性に介入することになることから,まず独立性に意義があるとする学界の見解を踏まえた上で,中央銀行の行動に非常に問題がある場合には,介入もやむを得ないという認識を示そうとしている。その結びとして,日銀が重い腰をあげなければ,「最後の手段(中央銀行の独立性への介入)を行使すべきです」という流れなら自然だ。
『週刊現代』編集部が,銃殺で良いことを本人に確認済みだと言うなら,それを覆す材料を持たないが,ちゃんとした翻訳者が「bring out the big gun」をわざわざ「銃殺」に訳して本人に確認を求める状況というのはちょっと想像しがたい。

 さて,本題の「原因」に戻ろう。FRBも言及されているが,日銀だけを抜き取れば,大筋として「日銀が行動しないことが不況の大きな原因である」と断定されている。大小の原因がいろいろあって,そのなかで大きいもの,だということだろう。これは,「デフレの原因(その1)」でのべたように,私の文章の対象外である(本筋から外れるが,この大きな原因を除いたら不況はどうなるのだろうか,というのは少し気になる。このインタビュー記事の読者は,不況が終わると受け止めるかもしれないからだ)。
 なお,ここで引用したやりとりは,私がブログ記事で書いた「日銀が行動を起こさないという批判と,デフレの原因は日銀にあるという批判の間にある空隙は見落としてしまいがちであるが,非常に大事である」そのものを指している。「日銀が目標を達成しなかったら,日銀に責任をとらせる」ことをどう思うか,という質問に対して,クルーグマン教授は直接答えず,「日銀が大胆に行動しなかったら責任をとらせるべき」と回答している。聞き手の考え方は,日銀が大胆に行動すればデフレは脱却できる,という状況で成立する。最善を尽くしても目標を達成できるかどうかわからなければ,最善を尽くした者に対して,目標が達成されなかったことを責めることはできない。それとは別に,最善を尽くさないことは責められるべきである,というのがクルーグマン教授の回答になっている。
 この違いに無頓着なことは,中央銀行に与えるインセンティブの設計を誤ることにつながる。

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