岩本康志のブログ

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 日本銀行が14日に導入した「中長期の物価安定の目途」についてのコメントである。
「日銀とFRBの『インフレ目標』を比較する(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html )で整理した事実関係を再掲すると,日米の違いは,

(1)【同】 法律で中央銀行に与えられた責務を,物価上昇率の具体的な数値で表現。
(2)【違】→【同】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布→日本銀行の判断。
(3)【違】 米国は2%。日本は0〜2%の範囲。
(4)【同】 「目標」が達成できるまで,ゼロ金利政策を続ける(時間軸政策の採用)。
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。

となる。
(2)の矢印が14日に変更になった部分である。

 金融政策の効果の観点から重要なのは(4)で,(2)ではない。金融政策は政策委員の意見で決まるから,「理解」のように委員が物価安定を0〜2%だと考えていれば,この範囲にインフレ率が入らないうちに利上げする理屈はない。「目途」のように日本銀行として物価安定を0〜2%だと判断していれば,この範囲にインフレ率が入らないうちに利上げする理屈はない。「理解」に基づいて日銀の将来の金融政策を読むことと,「目途」に基づいて読むことに違いはない。そこまで読み込めない市場関係者がいるとすると,それは間の抜けた話になる。時間軸政策については「当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで」と具体的に書き込まれたが,これは2010年10月の包括緩和実施時に「『包括的な金融緩和政策』について」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34208019.html )で書いたことでもあり,市場ではすでに織り込み済みである。したがって,市場の反応に大した変化はないと考えられる。
 今回の政策変更で,長期国債をさらに10兆円買い取ることにした。長期国債を買うことについては,「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html )執筆時点で必要なし,と書いたが,現時点でも私は同じ判断である。

 私は「『包括的な金融緩和政策』について」で,2010年10月の包括緩和での時間軸政策の明確化について,「これまで伝わる人にしか伝わっていないことを,もっと広い人に伝える趣旨のものだと理解できる。」とコメントした。今回の「目途」の導入も,わかりにくい「理解」をよりわかりやすくするものにして,これまで伝わっていな人に伝える努力だといえる。これに関連して,2つコメントする。
 第1に,金融政策の透明性を高めることは意義あることであり,「理解」から「目途」への変更は評価できる。しかし,振り返れば,非常にわかりにくい形である種の「インフレーション・ターゲティング」的なものを導入したのは,2001年3月の量的緩和開始時であった。今回の「目途」に到達するのだったら,11年前に同じことをしていれば,もっとわかりやすかったと言える。金融政策の透明性の向上の観点から「インフレーション・ターゲティング」の導入を訴えていた論者でそう思う人は多いのではないか。
 結局は,日銀は圧力に押されて「インフレーション・ターゲティング」の明確化を小出しにしてきて現在に至ったと周囲からは見られてしまう。これに対して米連邦準備制度理事会(FRB)は,自ら先んじて「goal」を明示することで,金融緩和の姿勢を示した。情報発信の巧みさではFRBに軍配が上がるだろう。
 第2に,はたしてこれまで伝わっていなかった人たちに伝わるであろうか。これが,より深刻な問題である。1月25日以降に(2)の違いを重視していた意見は,そのことが金融政策の効果として意味があると考えている向きがある(私はそれとは違う意見である)。それは,日銀が追加的に金融緩和すればインフレ率を目標に誘導できるのに日銀はそれをしない,インフレ目標を課せば日銀は金融緩和せざるを得なくなる,という考え方である。私はそれほど簡単ではなく(日銀が法律違反のことまでするなら話は別だが[注]),残念ながら「目途」の1%に到達するまでは時間がかかると見ている。日銀の見方も同じではないかと思われる。しかし,このことはいま日銀に圧力をかけている人たちに伝わっていないだろう。早期にインフレ率が「目途」となった1%に近づかないと,このすれ違いは問題化しそうだ。「インフレ目標を導入すればデフレ脱却できる」と考えている人たちは,容易に自説は曲げずに,日銀が目標を達成できないのは日銀が十分に金融緩和をしていないからだ,あるいは日銀が効かないと思っているから効く政策も効かなくなる,という形でさらに批判を強めることになるだろう。このすれ違いは簡単に解決できない難問である。

(注)
「『バーナンキの背理法』のなかで政府は何をしているのか」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35743510.html )を参照。

(関係する過去記事)
「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

「包括的な金融緩和政策」について
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34208019.html

「バーナンキの背理法」のなかで政府は何をしているのか
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35743510.html

日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その1)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html

(参考 (その1)で引用した日本銀行とFRBの文書)
「金融市場調節方式の変更と一段の金融緩和措置について」(日本銀行,2001年3月19日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2001/k010319a.htm/

「金融市場調節方針の変更について」(日本銀行,2006年3月9日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2006/k060309.htm

「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」(日本銀行,2009年12月18日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2009/un0912c.pdf

「『包括的な金融緩和政策』の実施について」(日本銀行,2010年10月5日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2010/k101005.pdf

「金融機能の強化について」(日本銀行,2012年2月14日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/k120214a.pdf

FOMC Statement(FRB,2012年1月25日)
http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/monetary/20120125a.htm

FOMC Statement of longer run goals and policy strategy(FRB,2012年1月25日)
http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/monetary/20120125c.htm

 日本銀行が14日に導入した「中長期の物価安定の目途」で何が変わったのかを整理しよう。今回の政策変更へのコメントも準備しているが,事実関係の整理だけで分量が多くなったので,その部分だけを(その1)として掲載する。
 1月25日の米連邦準備制度理事会(FRB)の発表をめぐって「インフレ目標」の議論がひとしきり起こったこともあり,最初に14日以前に日銀とFRBの何が違っていたかを比較してみる。

 日銀が「中長期の物価安定の理解」(以下「理解」)を導入したのは,2006年3月9日の「金融市場調節方針の変更について」である。そこから,2か所を抜粋する。

「日本銀行法は、金融政策の理念として、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定めている。日本銀行はこの理念に基づいて適切な金融政策運営に努めている。本日の政策委員会・金融政策決定会合では、新たな金融政策運営の枠組みを導入するとともに、改めて「物価の安定」についての考え方を整理することとした。」
「消費者物価指数の前年比で表現すると、0〜2%程度であれば、各委員の「中長期的な物価安定の理解」の範囲と大きくは異ならないとの見方で一致した。また、委員の中心値は、大勢として、概ね1%の前後で分散していた。」

 日銀法により物価の安定を図ることは日銀の責務であって,その「物価の安定」について政策委員の意見分布が「理解」である。この「理解」は,2009年12月18日の「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」で,意見分布の表現が以下のように変更された。

「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている。」

この「理解」が時間軸政策として作用することは,「飯田泰之氏の「リフレ政策」について(あるいは感想への感想への感想)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32411110.html )で説明したが,日銀は2010年10月の包括緩和実施時に「理解」をさらに活用している。「『包括的な金融緩和政策』の実施について」では,以下のように書かれている。

「日本銀行は、「中長期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく。」

 つぎに,FRBの1月25日の「Longer-run Goals and Policy Strategy」から,2か所を抜粋する。

「Following careful deliberations at its recent meetings, the Federal Open Market Committee (FOMC) has reached broad agreement on the following principles regarding its longer-run goals and monetary policy strategy.」
「The inflation rate over the longer run is primarily determined by monetary policy, and hence the Committee has the ability to specify a longer-run goal for inflation. The Committee judges that inflation at the rate of 2 percent, as measured by the annual change in the price index for personal consumption expenditures, is most consistent over the longer run with the Federal Reserve's statutory mandate.」

 こちらは,2%の「goal」は連邦公開市場委員会の合意である。
 同日の声明文では,これを活用した時間軸政策が以下のようにのべられている。

「The Committee also anticipates that over coming quarters, inflation will run at levels at or below those consistent with the Committee's dual mandate.」
「To support a stronger economic recovery and to help ensure that inflation, over time, is at levels consistent with the dual mandate, the Committee expects to maintain a highly accommodative stance for monetary policy. In particular, the Committee decided today to keep the target range for the federal funds rate at 0 to 1/4 percent and currently anticipates that economic conditions--including low rates of resource utilization and a subdued outlook for inflation over the medium run--are likely to warrant exceptionally low levels for the federal funds rate at least through late 2014.」

 当面のインフレ率が「goal」よりも低く推移するので,FRBはゼロ金利政策を続け,それは2014年後半まで継続するだろう,とのべている。
 日銀の政策とFRBの政策は同じだ,違う,という議論が争われていたが,同じところと,違っているところがある。同じ,違う,と決めつけるのではなく,何が類似点で何が相違点かを見極めることの方が重要だ。
 整理すると,以下のようになる。

(1)【同】 法律で中央銀行に与えられた責務を,物価上昇率の具体的な数値で表現。
(2)【違】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布
(3)【違】 米国は2%。日本は0〜2%の範囲。
(4)【同】 「目標」が達成できるまで,ゼロ金利政策を続ける(時間軸政策の採用)。
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。

 同じところは,どちらも中央銀行に法的に与えられた責務を中央銀行が具体的な数値で表現しており,それを時間軸政策に活用していること。また,目標が達成できない場合の措置(責任問題,罰則等)は規定されていない。
 違うところは,日銀は政策委員の意見の分布を示したものであり,政策委員会の決定ではないことと,数値の違いである。
 どこを重視するかで,日銀とFRBは似ているとも,違っているとも言える。
 正式な「インフレ目標」か否か,という点では,制度に関わる(2)と(5)が重要である。(1)はそもそも出発点であり,これが満たされないと始まらない。そこからの「インフレーション・ターゲティング」には幅があって,日米は以前から広い意味では「インフレーション・ターゲティング」であった。そこが,1月のFRBの動きで(2)の違いが注目を浴びることになった。
 さて,14日に発表した「金融政策の強化について」では,「理解」から「目途」に変わることで(2)が以下のように変更された。

「中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として,「中長期的な物価安定の目途」を示すこととする。日本銀行としては,「中長期的な物価安定の目途」は,消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており,当面は1%を目途とする。」
「当面,消費者物価の前年比上昇率1%を目指して,それが見通せるようになるまで,実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により,強力に金融緩和を推進していく。」

「理解」は委員の意見分布であるが,「目途」は日本銀行の判断,と変わった。また,「中長期的物価安定の理解」の英語名は「the price stability goal in medium to long term」であり,「goal」が使われている。
 日銀法との関係から見ると,「目途」の方がすっきりしている。日銀法で「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」とされている金融政策の理念について,日銀が具体的な数値を表明しているからだ。これに対して「理解」は,各委員の考えという扱いである。
「理解」から「目途」に変わったことで,日米間の差はなくなったといえるだろう。(2)は,以下のように改められる。

(2)【違】→【同】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布→日本銀行の判断。

 したがって,日米の違いとして残るのは「goal」の数値の違いである。

 金融政策の効果を重視する視点からは,(4)が重要である。日米ともに「インフレ目標」を時間軸政策で活用している点では,同じである(注)。
 このように,日米を同じと見るか,違うと見るかは,視点の違いによることがわかる。

(注)
 金融政策の効果として,(3)を重要であると考える人もいるが,私は違う意見である。これについては,「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html )を参照されたい。

(関係する過去記事)
飯田泰之氏の「リフレ政策」について(あるいは感想への感想への感想)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32411110.html

「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

 10月22日に成城大学で開催された日本財政学会のシンポジウム「社会保障と財政−今後の方向性−」でパネリストを務めました。用意した原稿の後半(社会保障改革の具体策に関する部分)を以下に掲載します。シンポジウムの後半で各分野の話題についてのパネリストとの議論で話した内容に相当します。前半(税制改革に関する部分)は,「日本財政学会・シンポジウム『社会保障と財政−今後の方向性−』」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36347197.html )に掲載しています。

「一体改革成案」での社会保障改革の具体策では,長期的視野から財政の持続可能性を高め,制度への信頼を高めることに貢献するものを見ることができない。直近の問題に対処することと給付の充実を目指したものが中心となっている。本来目指すべき道は,必要な施策にしぼり,給付の削減にも取り組んで,消費税1%分の財政支出拡大は回避することであろう。各分野での主要な問題点と課題を以下に指摘していきたい。
「子ども・子育て」では7000億円の公費増によるサービスの充実案が提示されているが,それほどの財政支出増は本当に必要となるのだろうか。保育サービス等で現状の供給能力で満たされない需要が存在することは事実であるが,潜在的なサービス需要を過大評価しており,非現実的な計画となってはいないだろうか。
「医療・介護」では,現役世代が高齢者の費用の多くを賄っている医療・介護保険の構造への理解を得ることが何よりも重要であるが,このことは改革では無視されている。2008年に高齢者医療制度が改革された当初の混乱は落ち着いてきたが,後期高齢者医療制度への支援金や前期高齢者の財政調整にともなう納付金が増加することで被用者保険の側からは改革以前と同じような不満が起こっている。根本的な問題が何も解決していないし,今回の改革では解決を目指そうともしていない。
 日本経済は長らくデフレの状況にあるが,医療・介護サービスは公定価格であるため,デフレの影響は部分的にしか及ばず,価格が高止まりしている。2012年の診療報酬・介護報酬改訂では,最近のデフレを反映した改訂がされるべきである。
 「年金」では,民主党マニフェストを反映した「新しい年金制度の創設」は実現に取り組む必要はない。「一体改革成案」では財政面の試算はされていないが,実行に移すと大幅な給付増になって,年金財政を危うくものである。子ども手当や高速道路無料化のように,民主党のマニフェストが一時的・部分的に実現したとしても,最後は従来の路線に戻すことが最近されてきている。これは該当する民主党マニフェストが思慮に欠いたものであったからであり,年金改革についても同様な作業がされるべきである。
 また,財政の持続可能性を考えると,将来世代の負担を緩和するために,すでに支給されている年金額の削減にも踏み込むことが必要である。デフレの反映という点で医療・介護と共通するが,デフレで停止しているマクロ経済スライドの実施が望まれる。
 以上の分野は辛口の評価になったが,「貧困・格差対策」の内容は評価したい。生活保護制度周辺のセーフティネットの整備を図ることは適切な対応である。この分野には政権交代の意義があったといえる。多くの専門家が必要と考える施策が長らく実行されなかったことがいま動いているのは,自民党と民主党のイデオロギーの違いが反映している。
 生活・就労支援は実施主体を一本化し,体系的な整備を目指すのが望ましい。生活保護では,医療扶助は医療保険に移動させる,低年金・無年金者をなくし高齢者は年金で支えるようにして,本来の対象者に向けた制度となるような改革が必要である。

(参考)
「社会保障・税一体改革成案」(政府・与党社会保障改革検討本部決定,2011年6月30日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/pdf/230630kettei.pdf

(関係する過去記事)
日本財政学会・シンポジウム「社会保障と財政−今後の方向性−」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36347197.html

 10月22日に成城大学で開催された日本財政学会のシンポジウム「社会保障と財政−今後の方向性−」でパネリストを務めました。座長は油井雄二・星城大学学長,他のパネリストは京極高宣・全国社会福祉協議会中央福祉学院長,田近栄治・一橋大学教授,橘木俊詔・同志社大学教授でした。
 用意した原稿の前半(税制改革に関する部分)を以下に掲載します。最初に1人当たり10分間与えられた時間で話した内容に相当します。社会保障改革の具体策について話した内容は後日掲載する予定です。[2011年10月25日追記:「日本財政学会・シンポジウム『社会保障と財政−今後の方向性−』(社会保障改革の具体策について)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36354736.html )。]

 6月に政府と与党がまとめた「社会保障・税一体改革成案」では,「2010年代半ばまでに段階的に消費税率(国・地方)を10%まで引き上げ,当面の社会保障改革にかかる安定財源を確保する」とされた。消費税率5%の増税は,以下の5項目の財源にそれぞれ約1%ずつ充てられるとされている。
(1) 消費税引き上げによる年金の物価スライドのための財源等
(2) 社会保障の制度改革によって費用増となる部分に充てられる財源
(3) 高齢化の進展による社会保障給付公費負担増
(4) 基礎年金の国庫負担を2分の1とする財源
(5) 基礎的財政収支改善のための財源
 後半の3項目は,「財政運営戦略」(2010年6月閣議決定)では税財源が充てられていなかったものであり,消費税増税によって「財政運営戦略」のシナリオから基礎的財政収支が改善することを意味する。最初の2項目は,「一体改革成案」で新規に支出が増えるため,増税で財源調達することは基礎的財政収支には中立的に働く。
 今回の社会保障・税一体改革の議論をはじめ,政府は長らく2025年度までしかを視野に入れてこなかったが,高齢化はその後も進展するため,より長い視野をもつことが必要であると筆者はかねてから指摘している(たとえば「2050年の消費税を語れ」http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/24658747.html )。
 2015年度以降には,基礎的財政収支を黒字化するのに対GDP比で3%の収支改善が必要であり,その後に債務を引き下げていくには基礎的財政収支を黒字にすることが必要である。かつて経済財諮問会議に提出された民間議員資料「給付と負担の選択肢について」は,これを1%としたが,安定的に債務を引き下げていくにはもっと大きな黒字幅が必要であろう。さらに,社会保障の公費負担については,年金ではマクロ経済スライドが実施されることでそれほど増加しなくなったとしても,医療・介護にかかる公費負担は今後も増加を続ける。福井唯嗣・京都産業大学准教授と共同開発した医療・介護保険財政モデルでは2015年度から2050年度までに対GDP比3%強の公費負担の増加が予測されている。これを相殺する収支改善努力が必要となる。以上を合わせると,2015年度以降に2050年度までで対GDP比で7%強の収支改善が必要となり,これをすべて消費税増税で達成しようとすると,税率15%程度の増税が必要となる(国民負担ではこれに加えて,医療・介護保険料の上昇もある)。さらに,公費負担は2050年度以降も上昇するものと予測される。
 現在の5%という水準は諸外国として非常に低いことから増税に対する理解がまだ得られやすいが,税率が高くなったときには一層の増税は困難になってくるだろう。したがって,消費税の増税幅はできるだけ抑えるような運営をしていくことが望ましい。将来を見据えて考えれば,現時点で社会保障の充実を図って,消費税の増税幅を増やしていくのは,賢明なこととは言えない。
 2025年度以降も高齢化が続くことを考えると,現在に消費税率2%分の社会保障給付の拡大を図る財政的余裕はない。当面の意思決定として消費税を10%にすることは妥当であるが,この2%は財政収支改善に充てて,将来世代の負担を減らすようにすべきである。
 タイミングについては,「一体改革成案」では,「経済状況を好転させることを条件として」と書かれてあるが,震災からの回復は進み,今後もGDPギャップの改善が見込まれており,現状でこの条件は満たしている。経済の下振れリスクがあるが,それが顕在化しなければ,来年度通常国会で増税法案を決定して,早ければ2013年度には増税がおこなえる状態にある。その際には,復興財源の所得税増税は延期するのが望ましい。その後は,適当な時期を見て第2段階の増税をおこなうことが考えられる。第2段階の時期をいま確定させなくてもよい。景気が悪くなれば,財政の改善も遅れるのは自然なことだ。「財政運営戦略」の「国・地方の基礎的財政収支について,遅くとも2015年までにその赤字の対GDP比を2010年度の水準から半減する」に固執する必要はない。

(注)
 消費税増税のタイミングについて,震災前(2010年6月)にはブログ(「消費税増税のタイミングについて」http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33469181.html )に「2012年秋に消費税率2〜3%引き上げを計画,2011年度末に景気の動向を見極めて最終決断。残りの2〜3%は,最初の引き上げ後に時期を判断」と書いたが,東日本大震災の影響により,これが1年後ろにずれしている。

(参考)
「社会保障・税一体改革成案」(政府・与党社会保障改革検討本部決定,2011年6月30日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/kentohonbu/pdf/230630kettei.pdf

「財政運営戦略」(閣議決定,2010年6月22日)
http://www.npu.go.jp/policy/policy01/pdf/20100622/100622_zaiseiunei-kakugikettei.pdf

「給付と負担の選択肢について」(経済財政諮問会議民間議員提出資料,2007年10月17日)
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/minutes/2007/1017/item2.pdf

「《日本激震!私の提言》財政運営全体を考える中で復興財源の議論をすべき――岩本康志・東京大学大学院教授」(東洋経済オンライン,2011年6月28日)
http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/9d440066dd38c8787e02134ac60bc38f/page/1/

(関係する過去記事)
「消費税率はどこまで上がるか」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/19492657.html

「2050年の消費税を語れ」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/24658747.html

「消費税増税のタイミングについて」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33469181.html

[2011年10月25日追記]
(関係する記事)
「日本財政学会・シンポジウム『社会保障と財政−今後の方向性−』(社会保障改革の具体策について)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36354736.html

 10月3日の日本経済新聞朝刊の経済教室欄に拙稿「負担の時期 望ましいのは?」が掲載されました。
 2点,補足します。

 拙稿で紹介したAlesina and Drazen (1991)の理論は専門家の間では「消耗戦」と呼ばれるのが普通ですが,限られた字数のなかで消耗戦という言葉を入れた説明が難しかったので,「問題先送り」と意訳しました。ご容赦ください。一般向けの記事での専門用語の使い方はいつも悩みの種です。「エコノミクストレンド」では専門的な研究動向を取り上げることを依頼されていますので,とくに難しさがともないます。

 復興財源に関連して考えておくべき新たな課題について,新聞では字数の関係で削除した個所を掲載しておきます。
「日本列島は繰り返し地震に見舞われ,周期性をもつ地震についての知識も科学の進歩とともに増してきた。海溝型地震としては,南海トラフでの連動型大地震が40年程度のどこかで起こり,人口と経済活動が集中する太平洋ベルト地帯がその影響を受ける可能性が高い。正確な時期と被害の規模は予測できないものの,大きな被害が生じることは覚悟する必要がある。復興費用を震災の「前後」に分散させることができるのか。震災復興はこれまで事前に想定されていなかったが,地震科学の進歩によって財政運営にも新たな課題が出てきた。」

 記事で紹介した文献は以下の通りです(登場順)。

Robert J. Barro (1979), “On the Determination of the Public Debt,” Journal of Political Economy, Vol. 87, No. 5, Part 1, pp. 940-971.

Arnold C. Harberger (1964), “The Measurement of Waste,”’ American Economic Review, Vol. 54, No. 3, May, pp. 58–76.

Francesco Giavazzi and Marco Pagano (1990), “Can Severe Fiscal Contractions Be Expansionary? Tales of Two European Countries,” in Olivier Jean Blanchard and Stanley Fischer eds., NBER Macroeconomics Annual 1990, Cambridge, MA: MIT Press, pp. 75-111.

Olivier Jean Blanchard (1990), “Comment,” in Olivier Jean Blanchard and Stanley Fischer eds., NBER Macroeconomics Annual 1990, Cambridge, MA: MIT Press, pp. 111-116.

Robert J. Barro (1981), “On the Predictability of Tax-Rate Changes,” NBER Working Paper No. 636.

Alberto Alesina and Roberto Perotti (1995), “The Political Economy of Budget Deficit,” IMF Staff Papers, Vol. 42, No. 1, pp. 1-31.

Alberto Alesina and Allan Drazen (1991), “Why Are Stabilizations Delayed?” American Economic Review, Vol. 81, No. 5, December, pp. 1170-88.

浅子和美,福田慎一,照山博司,常木淳,久保克行,塚本隆,上野大,午来直行(1993),「日本の財政運営と異時点間の資源配分」,『経済分析』,第131号。

中里透(2004),「課税平準化仮説と財政運営」,井堀利宏編『日本の財政赤字』,岩波書店,85-103頁。

畑農鋭矢(2001),「課税平準化と日本の財政」,『千葉大学経済研究』,第16巻第2号,9月,435-454頁。


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