岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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 日銀による国債引き受けが相変わらず取りざたされているが,おかしな議論がまかり通っている。今回は高橋洋一・嘉悦大教授の発言をとりあげる。

(1)
 高橋教授は,以下のように言う。

「今年度予算でも予算総則第5条において、「国債整理基金特別会計において、『財政法』第5条ただし書の規定により政府が平成23年度において発行する公債を日本銀行に引き受けさせることができる金額は、同行の保有する公債の借換えのために必要な金額とする」と書かれている。
 つまり、日銀保有国債で今年度償還額の範囲内であれば、通貨膨張がないので、日銀引受が認められているのだ。具体的に今年度償還額は30兆円。今予定されている日銀直接引受額は12兆円なので、あと18兆円の日銀直接引受は既に成立した今年度予算の範囲内で、新たに国会議決する必要はない。」(「日銀総裁講演を徹底検証 国債引き受け否定は越権行為だ!」,http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110601/dms1106011507015-n1.htm

 最初の段落は事実の記述なので間違いはない。予算には,日銀はいくら引き受けるかは書かれていない。日銀が借換債を12兆円直接引き受けること(乗換)は,予算政府案と同時に作成された「平成23年度国債発行計画」に書かれている。
 かりに借換債の日銀引き受けを30兆円に変更するときには,「予算総則の文章を書き換える必要がない」ことは技術的には正しい。しかし,それをもって国会抜きで変更できるとはならない。国会は,国債発行計画に基づいて,日銀引き受けは12兆円であるという認識のもとで予算を成立させている。その国会の意思を尊重すれば,かりに30兆円に変更するならば,あらためて国会に諮るのが適当だろう。
 したがって,以下のような発言こそ,国会無視の越権行為となる。

「今年度の予算に即して誠実にいえば、「30兆円までの日銀引受は既に国会で認められているので、それを実施するかどうかは政府の判断である。それ以上の引受については、インフレの可能性などを考慮して、国会で判断してもらいたい」といったところだろう。
 復興財源としては、既に今年度予算で認められている18兆円の日銀引受で対応可能だが、白川総裁は全面否定している。日銀は国会で議決したことを否定しており、越権行為である。」(同上)

(2)
 つぎに,高橋教授は,復興債の日銀引き受けの変種を提案している。高橋案は,「復興債の日銀引き受けは通貨膨張を招く禁じ手である」という批判をかわすため,通貨膨張のない借換債の日銀引き受けを18兆円増やす。すると民間の消化枠が18兆円減るので,新規の復興債18兆円は市中で消化できる,というものである。高橋教授は,以下のように説明する。

「今年度、日銀の保有国債の償還額は30兆円なので、通貨膨張させない範囲で日銀引受が可能な枠は今年度予算で30兆円になっている。ということは現時点の12兆円との差額18兆円は日銀引受が可能なのだ。
 もし18兆円の建設国債(復興債)を発行しようとするのであれば、発行について赤字国債のような特例法も不要で、現行財政法の範囲内なので予算措置(補正予算)で発行ができる。その上で、市中消化の借換債18兆円を日銀引受として、その空いた18兆円で新たな復興債を市中消化できる。つまり、法改正ではなく衆議院での補正予算で基本的に可能な話だ。」(政府の火事場泥棒的増税に民主党内も反対勢力が結集 復興財源は33兆円捻出可能,http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110524/plt1105241543002-n1.htm

 しかし,本当に通貨膨張は起きていないのか。日銀が保有する国債は,様々な経路で増減する。償還される国債を乗換えなくても,市場から国債を買い入れることで,保有する国債は増える。高橋教授は,保有する国債が償還されるときに借換債を引き受けないと日銀の保有する国債が減少するところだけに着目する。しかし,すべての経路を合わせて日銀の保有する国債がどう変化するのかを見ると,話は変わってくる。復興債を含めた全体の国債発行が18兆円増えて,民間での全体の消化が変わらなければ,日銀の保有する国債は18兆円増える,というのは子どもでもわかる算数である。
 高橋教授の見方とは違って,全体での保有額に着目するのが正しい見方である。例えば, 2009年3月の飯田泰之・駒沢大准教授のブログ記事「米英リフレ政策発動と日本の現状」(http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1 )での有名な指摘も,全体での保有額を重視している。飯田教授は,当時の日銀が国債買入額を増額しているのだが,全体での国債保有額は減少していることを指摘し,全体での保有額に基づいて緩和姿勢が十分でないと批判した。

 以下は余談であるが,飯田教授はゼロ金利下での追加的金融緩和について,残存期間の長い国債保有を増やすことが必要だと考えているが,筆者は「自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33237678.html )で説明したように,そうした手段よりもゼロ金利の維持にコミットする時間軸政策の方が勝っていると考えており,この点では意見を異にしている。
 長期国債の買入が今ほど争点になる前は,通貨膨張か否かは日銀乗換を中心に考えればよかった。日銀による国債引き受けを禁じる財政法第5条の趣旨も,そういう視点から説明されていた。しかし,長期国債の買入に焦点が当たり始めたことで,借換と保有国債の関係が複雑になってしまったようだ。

(参考)
「日銀総裁講演を徹底検証 国債引き受け否定は越権行為だ!」(高橋洋一)
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110601/dms1106011507015-n1.htm

「政府の火事場泥棒的増税に民主党内も反対勢力が結集 復興財源は33兆円捻出可能」(高橋洋一)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110524/plt1105241543002-n1.htm

「平成23年度国債発行計画」(2010年12月24日)
http://www.mof.go.jp/jgbs/issuance_plan/yoteigaku221224.pdf

「米英リフレ政策発動と日本の現状」(こら!たまには研究しろ!!,2009年3月21日)
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1

(関係する過去記事)
「財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html

「自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33237678.html

大臣対応

 今日の授業は特別仕様で,与謝野馨大臣をお迎えした。
 内外の著名な政策担当者が東京大学公共政策大学院で講演される際には,関係する授業と重ねて「公共政策セミナー」と題して開催することが多く,授業担当教員がセミナーの準備をする。与謝野大臣の講演は,私の担当となった。セミナーの概要は後日,公共政策大学院のサイトで公開している(http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/seminar/index.htm )が,学生を対象にした催しであることから,学外には事前の案内はしていない。今回は,社会保障と税の一体改革案がまとまった直後ということもあって,カメラ5台を含む多数の報道陣も入る盛況だった。
 今回のセミナーの内容は報道におかませして,ここでは現場担当者としての裏話をちょっとだけ。真面目なところと真面目でないところが交じっているので,気楽に読み流してください。

 準備はだいぶ前から始まった。事前の調整で大臣のスケジュールは押さえたものの,政治情勢が不透明になってきて,中止もあり得るという状況で準備を進めた。無事に開催できて何よりだった。
 大臣が国会に呼ばれれば,もちろん国会が優先。今日は参議院の予算委員会と重なったため,直前に複数のシナリオを準備。大臣が来ない,前半だけ出席,後半だけ出席,のシナリオも用意するなど,裏方は大変。
 ついでだから,「想定外」の事態の対応も私は勝手にいろいろと妄想。会場の爆破予告,大地震,隕石またはギャオスの落下,等。

 昨日の衆議院の予算委員会は全閣僚出席。今日の参議院の予算委員会は質問者が要求する大臣が出席。国会日程が1日後ろにずれていたらアウトだった。
 前日に,質問者が出席を要求する大臣が決まってくる。セミナー前日夕刻には大臣は出席できそうということだったが,当日の朝でも事態は動いていて,はじめは若干の遅刻という連絡だった。結局,国会日程との衝突がなくなり,大臣にはフルに出席していただくことができた。

 要人の来訪では,セキュリティにも気を配る。大臣の動線は事前にチェック。大臣にはSPがつき,地元の警察署からも警察官が派遣される。今日は何事もなく日程が終了し安堵。

 田辺国昭公共政策大学院長が大臣を会場玄関で出迎える。先に大臣を応接室に通して後から入ると,大臣が辞任する事態になりかねないので,この対応が無難か。サッカーボールを蹴りますか,と当方の事前打ち合わせで質問したが,あっさり無視された。
 私も田辺院長と一緒に玄関で出迎える予定だったが,直前のSPとの打ち合わせで変更。SPの体格が良くて,玄関からの一行全員がエレベータに乗れないことが判明したため。

 私は先週,舌を噛んでしまった口内炎で舌を動かすと痛くて,ろれつが回らなかった。だいぶ回復したが,若干痛みが残っているなか,冷や汗ものの議事進行。
 そんなところがテレビに映ったら恥ずかしいので,かぶりものをしてもいいかな,と事前打ち合わせでささやいたが,あっさり無視された。

 セミナーの終わりに,公共政策大学院から講演者に記念品を贈呈するのが恒例。講演の模様を撮影した写真を漆の額に収めたもので,海外の講演者にはとくに喜ばれている。

 公共政策大学院は予算基盤が脆弱なため,万事が綱渡り操業である。スタッフ1名で今回のようなセミナーの諸々の準備を担当するため,てんてこ舞いになる。こちらの体制が整わないために,講演の希望を残念ながらお断りすることも多々ある。人的・物的資源が充実していれば,こうした機会を増やすことができるのに,というのが悩みである。

 資金獲得の努力は日々していますが,どこかの大金持ちがどんと寄付していただければいいな,という虫の良い話は教員同士の会話でよく出ます。
 東京大学公共政策大学院への寄付については,下記のページに説明があります。
「公共政策大学院へのご支援のお願い」
http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/contribution/index.htm

(参考)
「与謝野馨(社会保障・税一体改革担当大臣)による第64回公共政策セミナーが開催されました」(東京大学公共政策大学院・2011年7月7日)
http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/news/2011/07/news20110707.htm

 昨日のブログ記事「国債引き受けと国債買いオペの比較」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35750044.html )で紹介した岩田規久男・学習院大学教授の著書『経済復興』(筑摩書房刊,2011年)を読んでいて,いったいどこの国の話をしているのだろう,と思う箇所があったので,今回の記事はそこだけの簡単な感想(本全体をとりあげる書評ではありません)。

 岩田教授は日銀が国債引き受けをした場合に,民間非銀行部門の貨幣が増加すると主張するが,その影響について,貨幣が増えた主体を読者にたとえて,つぎのようにのべる。
「読者が増えた手持ち貨幣を預金する場合には,次のようなことが起こる。読者のように,増えた貨幣で預金する人が増えると,銀行は受け入れる預金が必要以上に多くなるため,預金金利を引き下げようとするであろう。預金金利が低下すると,国民の中には,預金よりも国債の方が有利と考えて,預金を下ろして,国債を購入する人が増えるだろう。国債の購入が増えると,国債の価格は上昇し,逆に,国債の金利は低下する。(中略)
 国債の金利が低下すると,これまで,国債の保有を増やしていた銀行はいままでよりも,貸し出しを増やして,貸出金利収入を得た方が有利と考えて,貸し出しを増やそうとするだろう。」(37-38頁)
 いまの普通預金の金利は大体0.02%,3年もの定期預金でも大体0.06%である。金利がマイナスになるとタンス預金に回されるので,銀行が預金金利を下げる余地はほとんどない。
 預金金利は政策金利に連動しても動く。金利がゼロでないときの通常の政策金利の変更幅は最小でも0.25%である。金融政策のスタンスを変えるときには,何度か政策金利の変更をするので,累計すると金利の変化幅はもっと大きくなる。リーマン・ショック後の各国(日本以外)での金融緩和での政策金利の下げ幅は大体3%以上。そうした金融政策の変化に比較すると,ここで考えられているのは2桁小さい金利の変化だ。
 岩田教授の説明する経路を通した政策の効果は,現状の日本では,何も期待できない,というレベルだ。

 もうひとつは,「金融緩和政策を伴わない復興支出の増加は円高をもたらす」と題された一節である(50-52頁)。
 岩田教授は,日銀の国債引き受けか,日銀の国債買いオペという金融緩和政策がとられなければ,財政支出増加が円高をもたらし,所得を増やす効果は極めて小さい,と主張する。金融政策のスタンス次第で円高になって財政支出の効果が減退することはマンデル=フレミング・モデルが示すことで,そのこと自体はマクロ経済学の共通の理解だ。
 しかし現状は,ゼロ金利のもと,自然体で量的緩和がおこなわれている。所得が増えて貨幣需要が少々拡大しても,日銀がマネタリーベースをすぐに拡大しなければいけないというわけではない。
 また,外国との金利差で為替レートが決まると考える(注)と,財政政策の効果が損なわれないためには,金利を一定に保つ金融政策をとっていればよい。現在の日本では短期債のオペという通常の手段でゼロ金利を維持できており,国債引き受けや長期国債の買い切りオペのような特殊な手段が必要というわけではない。
 現在の日銀はデフレ脱却まではゼロ金利を続けるスタンスなので,そのスタンスを維持していれば,財政政策の効果は損なわれない。財政支出と同時に日銀が利上げをすれば財政政策としての効果は損なわれる,というのは異論のない話だが,現状の日本には関係がない。

(注)
 斉藤他『マクロ経済学』(有斐閣刊,2010年)の240頁以下に,為替レートの金利平価関係として説明されている。

(関係する過去記事)
IS-LMモデルでの財政政策
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/23987188.html

「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

国債引き受けと国債買いオペの比較
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35750044.html

 山本幸三衆議院議員のブログ(http://ameblo.jp/shugiin/entry-10903419769.html )で紹介されているが,5月25日に自民党での震災後の経済戦略に関する特命委員会に出席して,復興財源について議論する機会があった。そのとき,山本代議士から,復興国債を日銀が引き受けすることは市中で消化された復興国債を日銀が購入するよりも効果がある,という話が出た。私がそのような話を聞いたのはそのときがはじめてだったが,日銀の国債引き受けの方が貨幣が増えるという趣旨のようだった。その場では時間が限られていたので,私は「貨幣の増え方は同じである」ことだけ発言した。
 後で岩田規久男・学習院大教授が,著書『経済復興』(筑摩書房刊,2011年)で,同様の主張をしているのを見た(39-42頁)。私の遭遇した事情から,山本代議士の考えが岩田教授と同じかどうかは確認できていないが,ここでは岩田教授の議論を検討するとともに,私の考え方をまとめておきたい。

 なお,ここで検討する2つの政策は,レジームが違うといっていい大きな違いがある。日銀の国債引き受けは通常,財政の都合で決定される。日銀が市場で国債を買うことは通常,金融政策として決定される。政策決定のルールが違うと,いま同じことが起こっているように見えても,経済の反応が違ってくることがある。日銀の国債引き受けが危険とされるのもこの点にある。岩田教授の著書にもこの危険の言及はある(42-43頁)が,ここで検討したい岩田教授の議論にはこの要素は織り込まれていないので,私も同様に扱うことにする。政策が実行されたときの貨幣の増え方のみに注目する。また以下の説明は,岩田教授の趣旨を歪めない形で若干の修正を加えている。
 まず,政府は財政支出をおこない,その財源の国債を日銀が引き受ける場合を考えよう。財政支出は国庫から民間非銀行部門の預金口座に振り込まれ,民間非銀行部門の収入になるとする。民間銀行は増えた預金はとりあえず準備預金で保有するものとする(ここは後であらためて吟味する)。すると,政府,日銀を加えた4者の貸借対照表は以下のように動く(これを「状態A」と呼ぶ)。(借)で資産側の動き,(貸)で負債・資本側の動き,矢印で増減を示すことにする。

(状態A・日銀が国債を引き受ける)
政府 (貸)国債↑ 正味資産↓
日銀 (借)国債↑ (貸)準備↑
民間銀行 (借)準備↑ (貸)預金↑
民間非銀行(借)預金↑ (貸)正味資産↑

 つぎに,国債は日銀が引き受けるのではなく,民間非銀行部門が購入することで消化される場合を考える。そして,日銀は民間銀行から国債を購入する(日銀の取引相手は基本的に政府と民間銀行であるから)。このときの4者の貸借対照表の動きは,

(状態B・国債は市場で消化され,日銀は市場で国債を購入する)
政府 (貸)国債↑ 正味資産↓
日銀 (借)国債↑ (貸)準備↑
民間銀行 (借)準備↑ 国債↓
民間非銀行(借)国債↑ (貸)正味資産↑

となる。
 政府・日銀の動きは,状態A(日銀の国債引き受け)と状態B(国債の市中消化と日銀の国債買いオペ)で同じである。日銀が国債を増やす分だけマネタリーベースが増えている。
 民間非銀行部門は状態Bでは国債を購入するため貨幣を減らしており,財政支出が収入になることの資産増は貨幣(銀行預金)増ではなく,国債増の形で現れている。民間部門全体では,国債保有額には変化はない。しかし,新規の国債が消化される主体と日銀が国債を購入する主体が違うため,民間銀行部門と非銀行部門の国債保有額が違ってくる。そのため,状態A(国債引き受け)ではマネーストックは増えているが,状態B(国債買いオぺ)ではマネーストックは増えていない(注1)。
 岩田教授は,
「日銀の買いオペの場合に,民間の非銀行部門の貨幣保有額が増えるかどうかは,日銀の買いオペにより日銀当座預金の増えた民間銀行が,民間の非銀行部門への貸し出しを増やすか,あるいは,民間の非銀行部門から手形のような資産の購入を増やすかどうかに依存する。
 それに対して,国債の日銀引き受けの場合には,確実に,民間の非銀行部門の保有する貨幣が増えるため,貨幣が増えることによる需要拡大効果が発揮される。
 この意味で,国債の民間引き受けと日銀の国債買いオペの組み合わせよりも,国債の日銀引き受けのほうが,需要拡大効果は確実かつ大きいといえる。」(前掲書,41-42頁)
とのべている。

 通常の経済学では,岩田教授のようには考えない。
 ゼロ金利のときには,預金と国債は完全に代替的な資産になるので,民間部門は資産をどちらでもっても同じことになると考えるのが,日本は「流動性の罠」にあるという見解である。この見解をもとに,状態Aと状態Bの経済への影響は同じだ,ということもできる。しかし,今回はこの話は封印しておいてもよい。
 ゼロ金利でない場合には,預金と国債は別の資産になる。岩田教授の論が正しければ,状態Aと状態Bは違うから,政府が国債を発行しているときに金融緩和するならば,国債の買いオペという,世界中でおこなわれている通常の手段より,政府から引き受けた方が効果が大きいという話になる。普遍的な状況で考えられているので,これは日銀だけが該当するのではない。世界中の中央銀行は今まで(今でも)何をやっていたのだ,ということになる。
 しかし,通常の経済学の考え方からいくと,2つの政策はゼロ金利であってもなくても同じ帰結にいたる。
 状態Aと状態Bは,政策の効果を考える作業の途中段階の仮想的なものでしかない。むしろ経済学はここから始まる。人々の行動がいま観察されているものと同じだということが一般の議論では前提にされやすいのだが,政策の変化によって人々が行動を変えることまでも織り込んで政策の帰結を考えるのが,経済学の醍醐味だ。
 つまり,状態Aなり状態Bから,民間非銀行部門と民間銀行部門は自らが望ましい形に資産を組み替えるし,民間非銀行部門は正味資産増に応じて支出を変化させるだろう。岩田教授が状態Bで民間銀行の貸出の変化に言及しているのはその一部だが,全部ではない。2つの政策を正しく比較するためには,もう少し考慮に入れておかなければいけない部分がある。
 状態Bで政策が実行されたときには国債が市場で取引されているので,状態Bは民間銀行部門と民間非銀行部門が資産構成を調節した結果ということになる(そうでなければ,政府が勝手に個人の預金を国債に変えたり,日銀が勝手に民間銀行の準備預金を国債に変えたりする政策が実行されていることになるが,これはあり得ない)。状態Aでは,そのような民間の資産構成の調整行動がまだ考慮されていない。それを考慮したときに状態Aからどう変化するかを考える際には,状態Bが役に立つ。状態Bが意味するのは民間非銀行部門が正味資産増を国債でもちたいし,民間銀行部門は国債を減らしたいということだ。したがって市場取引が起これば,状態Aからは民間非銀行部門は国債を買い,民間銀行部門は国債を売る。[2011年6月20日追記:上の2文で民間銀行部門を民間非銀行部門と誤記していたのを訂正しました]この取引で,2者の貸借対照表は,

民間銀行 (借)国債↓ (貸)預金↓
民間非銀行(借)国債↑ 預金↓

と変化する。状態Aにこれを付け加えると,状態Bと同じ形になる。つまり,日銀が国債を引き受けた場合で民間の国債保有の選択を考慮すれば,日銀が買いオペをする場合と同じことになる。
 その先には民間銀行の貸出がどう影響を受けるのかを考える作業が必要となるが,2つの政策はすでに同じ状態になっているので同じ道をたどるだろう(注2)。

 岩田教授の議論は,2つの政策の効果を比較するときに途中段階の比較になっており,その際に片方だけでしか考慮されていない要素がある。そこで違いが出たことをもって政策効果に違いがあるとするのは不適切である。考慮する要素は両者で同じにして比較すべきである。片方で国債市場での取引が考慮されているのであれば,もう一方でもそれを考慮に入れて,両者を比較すべきである。そうすれば,国債を日銀が直接引き受けた場合と国債を市中で消化して日銀が同時に買いオペする場合の貨幣(マネタリーベース,マネーストック,各主体の保有額)の増え方は,同じになる。

(注1) 現在の日本では銀行が大量の国債を買っている。国債を民間非銀行部門ではなく民間銀行部門が買えば,状態Aと同じになる。

(注2) 読者が一から考えるときには,行動変化を順番に考えていって,何が起こるのかを突き止めるのは混乱のもとになるのでお勧めしない。実際の経済学的な分析では,民間部門の行動変化のすべてを同時決定で考えることが多い。行動変化を逐次的に説明するのは,便宜上の理由からである。

(関係する過去記事)
財政法第5条(日銀の国債引き受け)について
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html

「バーナンキの背理法」の原典は,バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長がプリンストン大学教授時代の2001年の論文のつぎの一節に現れたものだ。
「貨幣は他の政府債務と異なり,利子を払わず,満期日もこない。金融当局は好きなだけ貨幣を発行できる。したがって,もし価格水準が本当に貨幣の発行量に依存しないならば,金融当局は自らの発行した貨幣を使って無限の財や資産を獲得できることになる。これは均衡においては明らかに不可能である。それゆえ,貨幣の発行はたとえ名目利子率がゼロ以下になりえないとしても,結局は価格水準を上昇させる」(三木谷良一,アダム・S・ポーゼン編『日本の金融危機』東洋経済新報社,2001年,167−168頁)
 当時は,金利がゼロまで低下してしまえば金融緩和の余地は何もないという認識が強かったが,非伝統的金融政策の有効性を学界に認めさせていったバーナンキ氏の功績は高く評価される。しかし,この文章は若干の不備がある。文中で中央銀行が財を購入することは通常は法律で禁じられている。この部分は,政府が国債を発行して減税をして,発行分だけの国債を日銀が購入する「ヘリコプター・ドロップ」政策に変更すれば合法的手段になり,バーナンキ氏自身のより詳細な議論は,その政策を扱っている。FRB理事時代の2003年の講演「Some Thoughts on Monetary Policy in Japan」(http://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2003/20030531/default.htm )は,日銀のバランスシートの劣化を招かないボンド・コンバージョン,コミットメントを確実にするための物価水準目標と組み合わせた,くわしい政策提言になっている。

 日本のネット議論で流布されている「バーナンキの背理法」は他人が加工を加えたもので,まともな議論の対象とならない変種がある。
 例えば,「反デフレ政策FAQ中のFAQ」(http://www31.atwiki.jp/anti_deflation/#Q20 )では,
「日銀がお金を刷り、それを国民に配ります」
と書かれている。バーナンキ氏が修正していった方向とはわざわざ逆を選んで,違法な手段を説明している。
 池田信夫氏のブログ記事「『無税国家』というナンセンス」(http://agora-web.jp/archives/1115248.html )で引用されている岩田規久男・学習院大教授の著書『「不安」を「希望」に変える経済学』(PHP研究所,2010年)の記述は,
「日銀がいくら国債を買っても、物価は上がらず、デフレが続くとしよう。すると、日銀はインフレを心配せずに、市場に存在する国債をすべて買い切ってしまうことができる。[・・・]それでも、デフレが終わらないならば、政府は税金を廃止して、財政資金をすべて国債発行でまかない、その国債を日銀がお札を刷って買い上げればよいことになる。無税国家の誕生であり、これほど国民にとって喜ばしいことはない。」(97頁)
となっている。こちらは,日銀は国債を買い続けるので,違法ではない。
 しかし,この論法は「狭義の量的緩和が物価に影響を与えない」という議論を反証したことになっていない。このなかで政府が何をしているか,に注目しよう。証明に現れる政策は2段階に分かれる。最初の段階は市場にある国債を日銀が購入している。ここでは政府側は何もしておらず,日銀だけが動いている。日銀が国債を買いつくすと,第2段階として政府は新しく国債を発行して,そこで得た財源で給付金を配る。つまり,財政政策を発動する。証明のなかで,物価に影響を与えることが証明されているのは,この第2段階の方だ。
 第1段階が狭義の量的緩和で,第2段階がヘリコプター・ドロップ政策になる。ここで注目したいのは,最初からヘリコプター・ドロップ政策の発動を考えているバーナンキ氏本人の議論との違いだ。
 もともとの目的は「狭義の量的緩和が物価に影響を与えない」という主張に反論することだったはずだ。この立場では,第1段階では何も起こらず,第2段階で物価に影響が生じる。上の証明は第1段階には何も触れず,第2段階は同じ見解になる。したがって,この証明についての反応は「だからどうした?」となる。
 物価が動くことを証明する巧拙を吟味すると,第1段階は不要であることがマイナス点だ。つまり,いきなり第2段階の政策をとれば,そこで証明の目的が完了する。何のために,第1段階の政策が必要なのか,意味不明である。

 市場の国債を買いつくしたときに狭義の量的緩和を終わるように考えられているが,じつは政府の協力を得て狭義の量的緩和を続けることが可能である。日銀が買うための国債を政府があらたに発行し,そこで得た資金を銀行に預金するとしよう。銀行の貸借対照表では,日銀が増やした準備預金の分だけ政府からの預金が増える。こうして,日銀が作り出した新しいマネタリーベースは政府と銀行のやりとりで増えるだけで,実体経済に影響することはない。起こっていることは,政府・日銀・銀行の帳簿の電子記録が書き換えられているだけだ。
 一方で,政府が最初から減税してもいいわけだから,いきなり第2段階に入ることも可能だ。
 ということは,第1段階を終えて第2段階に移るか,第1段階を永久に続けるか,第1段階を経由せずに第2段階にいきなり入るか,のどれになるかは政府の判断次第だということになる。
 したがって,政策論としては,なぜ政府は第1段階を経由して第2段階に移ることを選んでいるのかが問題になる。第1段階で,政府は,日銀が無効な政策を延々と続けることをただ傍観している。そして,日銀が国債を買いつくした後で,やおら財政政策を発動し,それが物価を動かすことになる。こういう政策の議論をしているのは,そもそも国民が一刻も早いデフレ脱却を待ち望んでいるときである。それなのになぜ,政府は日銀が国債を買い始めたときに財政政策を発動させて,第1段階の無益な時間を省略することを選ばないのだろうか。
 第1段階が無益な時間でないこと,つまり狭義の量的緩和が物価に影響をもつのであれば,それを示して,証明を終わればいい。しかし,その証明はなく,第2段階でのヘリコプター・ドロップ政策が有効と書いている。つまり,この論法は,第1段階が有効であることを証明できていないことを吐露している。

(関係する過去記事)
「バーナンキの背理法」を信じると,こう騙される
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32683870.html

日本経済新聞・経済教室「『日本型デフレ』は防げるか」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34199204.html

「バーナンキの背理法」は役に立たない
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34352149.html

ヘリコプター・ドロップ政策
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35740839.html


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