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『週刊ダイヤモンド』誌のBook Reviews欄で,新年号(12月29日・1月5日合併号)から「学び直しの5冊」という企画が始まりました。最初の4回の担当として,経済学入門のための20冊を選び,コメントしています。
ミクロ・マクロ経済学の基礎的な入門書を網羅したいという編集部の企画を気安く請け負ったのですが,選書には思ったより苦労しました。経済学の場合,まずは教科書とスタディガイドでしっかりと学ぶのが基本ですので,教科書を20冊あげるわけにもいかず,市場で激しい競争をしている教科書から1冊を選ぶとなると,同業者の恨みを買いかねません。
第1回の入門教科書ではマンキューを取り上げ,競争相手のスティグリッツとクルーグマンは教科書以外の著作を取り上げることで,しのぎました。
かわりに紹介したスティグリッツの『公共経済学』(東洋経済新報社)は,学部レベルの公共経済学の教科書ですが,政策を学びたい方は入門教科書に引き続き,読むことができます。才気煥発な著者の高い識見が味わえる名著です。
ただ,以前に授業で教科書として使用していたときに,(誤訳や誤植は別として)原著から存在する大きめの誤りを2つ気づきました。高速で回転する著者の頭脳がついうっかりしたようです。本書の価値を落とすものではないですが,独習に使用する場合に混乱しないように,ここで紹介しておきます。
(1)上巻213ページ
表7.5の右側の図は,米国にとって一般的な所得分布の姿であり,平均所得は中位所得を上回ることを示していると説明していますが,いろいろと不思議な点があります。
(一般的な所得分布と合致しない点)
・平均所得のところで確率密度が一番高くなっている(平均所得が最頻値)。
・高所得者の方に厚い分布になる。一般的な所得分布の姿は,低所得者の方に厚い分布になる。
(確率分布の議論としておかしい点)
・高所得者の方に厚い分布では,一般に中位値が平均値を上回る。
(2)上巻205ページ
アローの不可能性定理の説明で,
1 推移性
2 非独裁的選択
3 無関係な選択対象からの独立性
4 広範性
の4つの条件を満たす社会的意思決定のルールは存在しないと説明されています。しかし,これら4つの条件を満たすルールは存在します。
例を1つ示します。社会のなかの誰か1人を特定し,その人の選好とまったく逆の結果となるように,社会的意思決定ルールを定めます。これが,上の4つの条件を満たすことを各自で確かめてください。スティグリッツの説明では,不可能性定理を構成する重要な条件が1つ欠けています。それは「パレート原理」と呼ばれるもので,社会のすべての構成員がAよりBが良いという選好をもった場合,社会的意思決定ルールもAを選ぶ,という条件です。例では,全員がAよりもBが良いという選好をもっているときには,特定の個人の選好の逆の結果を出すわけですから,Bを選ぶことになり,パレート原理を満たしません。
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