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クルーグマン・プリンストン大教授は日頃,日銀に厳しい批判を浴びせていることで有名だが,そのクルーグマン教授が日銀の擁護とも受け取れる論陣を張るという,面白い展開が米国のブログ界で起こっている。 時間順に経緯を追うと,まず,ブラード・セントルイス連銀総裁が7月29日発表した論文(PDF)で,米国が日本型デフレに近づいている,という懸念を表明したことが発端である。ブラード氏は,日本型デフレを,そこから抜け出すことができない「デフレの罠」としてとらえている。 これに対し,サムナー・ベントリー大教授が29日のブログで,ブラード氏の認識は誤りで,日本はデフレから抜け出すことが難しい罠にはまっているのではなく,日銀が自ら好んでデフレを選んでいるのだ,という批判をしている。 これに対して,クルーグマン教授が30日のブログで,デフレから抜け出すことはそれほど簡単ではない,とサムナー教授を批判している(注)。 サムナー教授とクルーグマン教授の論争の背景には,ゼロ金利になった後の金融政策の効果についての考え方の違いがある。サムナー教授の立場は,非伝統的金融政策の追加でデフレを脱却することができる,というものである。バーナンキ米連邦準備制度議長も同様の考えを過去の講演で表明している。つまり,金利による調整よりは困難かもしれないが,金融政策によってデフレは予防できるし,デフレに陥っても脱出できる,と考えている(バーナンキ氏は財政政策の助けを借りる必要があるかもしれないことにも言及している)。そして,日銀は日本経済を確実にデフレから脱却させることができるのに,日本経済がデフレから脱却していないのは,日銀がそれを選んでいるからだ,という考えに至っている(バーナンキ氏はこの点は違う意見である)。 一方,クルーグマン教授は24日のブログに書いているように,追加的な金融政策が確実な効果をもつとは断定していない。つまり,追加的な手段の効果は不確実で,実行してもデフレを脱却できなくなる可能性を認めている。クルーグマン教授の立場は,効果が確実かどうかはわからなくても,デフレ脱却のためにそれを試すべきだ,というものである。したがって,日銀がそうした行動に出ないことを舌鋒鋭く批判する。しかし,効果が不確実であるという立場からは,日銀が行動を起こさないからデフレが続いている,と断定はできない。デフレの原因が日銀の失政にある,とも断言できない。日銀が行動を起こさないという批判と,デフレの原因は日銀にあるという批判の間にある空隙は見落としてしまいがちであるが,非常に大事である。 以上は,金融政策がデフレ脱却の能力をもつかどうかの意見の相違を軸に論争をまとめたものであるが,日銀の評価のもうひとつの論点に,日銀がその能力を適切に使いこなす能力をもつかどうか,がある。金融政策がデフレ脱却の能力をもつという考えのなかでも,サムナー教授は日銀がデフレを好み,デフレを選んでいるという解釈であるが,バーナンキ教授は,日本がデフレにあるのは政策の失敗だと,立場が分かれる。 ここで「金融政策の潜在能力」(デフレを脱却できるか)と「日銀の判断能力」(金融政策の判断を適切にしているか)の2つの軸で意見を整理すると,サムナー教授,バーナンキ氏,クルーグマン教授は,以下の表のような形にまとめることができるだろう。さらに,日銀は,金融政策でデフレを脱却する力はない,自らは正しく判断していると信じているだろうから,3氏とも違う立場として,この表に組み込むことができる。ブラード氏は日銀を批判していないので,日銀と同じ場所に位置するが,立場上,日銀批判を公言できないだけかもしれないので,表にブラード氏の名前は記入していない。 サムナー教授とクルーグマン教授は,2つの論点で対極の位置にいることになる。そして,潜在能力の論点では,クルーグマン教授は日銀と同じ側にいることになる。これが,あたかも日銀擁護のように見えてしまう理由である。バーナンキ教授は,日銀の判断能力についてはクルーグマン教授と同じに日銀に批判的であるが,中央銀行の潜在能力については違う立場に位置づけられる。 この表で見ると,「日銀批判」には,3方向からの批判があることがわかる。時間的には,日銀批判論の主軸は,「クルーグマン」→「バーナンキ」→「サムナー」の順に動いてきたように感じられる(ここは個人名ではなく,意見の類型としてとらえていただきたい)。ゼロ金利に突入した頃は,未経験の事態のなかで非伝統的金融政策の効果を手探りで議論しており,潜在能力が不確実であるという前提を共有しての論争であった。やがて,金融政策でデフレ脱却ができると確信した日銀批判が中心になった。そして,デフレで安定の状態が長く続いているため,サムナー教授のような意見に移行していった。 日銀がデフレを脱却できるのにあえてデフレを選んでいるのか,それともデフレを脱却したいのにデフレの罠にはまっているのか。日銀の行動を観察するだけでは決定的な反証材料は現れないので,この議論に明確な決着はつかないように思われる。 しかし,デフレ懸念が言われ始めた米国の今後の動向が,この議論に大きな意味をもつ。かりにデフレは予防も脱却もできるというバーナンキ氏が運営する金融政策でも米国がデフレに陥り,それが長期化すると,日銀批判論者が身をもって自説(金融政策でデフレに対処できる)が誤りであることを示すことになる。負けを「x」で表すと, となる。 かりに米国が果敢な政策を繰り出してデフレにならなかった場合,日銀は苦境に立たされるだろう。しかし,クルーグマン教授は金融政策に効果がないと断言しているわけではないから,自説が間違っていたことにはならない。このときは, となる。 つまり,米国が今後どう転んでも,クルーグマン教授が論争に負けることはない。 (注) その後,サムナー教授は30日のブログで反論している。 (参考文献) James Bullard (2010), “Seven Faces of Perils,” forthcoming in Federal Reserve Bank of St. Louis Review, September/October 2010. http://research.stlouisfed.org/econ/bullard/pdf/SevenFacesFinalJul28.pdf Japanese Monetary Policy (Wonkish) (Paul Krugman) http://krugman.blogs.nytimes.com/2010/07/30/japanese-monetary-policy-wonkish/ If it quacks like an ultra-conservative central bank (Scott Sumner) http://www.themoneyillusion.com/?p=6422 Deflation: Making Sure "It" Doesn't Happen Here (Ben S. Bernanke) http://www.federalreserve.gov/BOARDDOCS/SPEECHES/2002/20021121/default.htm Monetary And Fiscal Policy: A Clarification (Paul Krugman)
http://krugman.blogs.nytimes.com/2010/07/24/monetary-and-fiscal-policy-a-clarification/ |
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2010年08月01日
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