岩本康志のブログ

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 日本銀行が14日に導入した「中長期の物価安定の目途」についてのコメントである。
「日銀とFRBの『インフレ目標』を比較する(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html )で整理した事実関係を再掲すると,日米の違いは,

(1)【同】 法律で中央銀行に与えられた責務を,物価上昇率の具体的な数値で表現。
(2)【違】→【同】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布→日本銀行の判断。
(3)【違】 米国は2%。日本は0〜2%の範囲。
(4)【同】 「目標」が達成できるまで,ゼロ金利政策を続ける(時間軸政策の採用)。
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。

となる。
(2)の矢印が14日に変更になった部分である。

 金融政策の効果の観点から重要なのは(4)で,(2)ではない。金融政策は政策委員の意見で決まるから,「理解」のように委員が物価安定を0〜2%だと考えていれば,この範囲にインフレ率が入らないうちに利上げする理屈はない。「目途」のように日本銀行として物価安定を0〜2%だと判断していれば,この範囲にインフレ率が入らないうちに利上げする理屈はない。「理解」に基づいて日銀の将来の金融政策を読むことと,「目途」に基づいて読むことに違いはない。そこまで読み込めない市場関係者がいるとすると,それは間の抜けた話になる。時間軸政策については「当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで」と具体的に書き込まれたが,これは2010年10月の包括緩和実施時に「『包括的な金融緩和政策』について」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34208019.html )で書いたことでもあり,市場ではすでに織り込み済みである。したがって,市場の反応に大した変化はないと考えられる。
 今回の政策変更で,長期国債をさらに10兆円買い取ることにした。長期国債を買うことについては,「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html )執筆時点で必要なし,と書いたが,現時点でも私は同じ判断である。

 私は「『包括的な金融緩和政策』について」で,2010年10月の包括緩和での時間軸政策の明確化について,「これまで伝わる人にしか伝わっていないことを,もっと広い人に伝える趣旨のものだと理解できる。」とコメントした。今回の「目途」の導入も,わかりにくい「理解」をよりわかりやすくするものにして,これまで伝わっていな人に伝える努力だといえる。これに関連して,2つコメントする。
 第1に,金融政策の透明性を高めることは意義あることであり,「理解」から「目途」への変更は評価できる。しかし,振り返れば,非常にわかりにくい形である種の「インフレーション・ターゲティング」的なものを導入したのは,2001年3月の量的緩和開始時であった。今回の「目途」に到達するのだったら,11年前に同じことをしていれば,もっとわかりやすかったと言える。金融政策の透明性の向上の観点から「インフレーション・ターゲティング」の導入を訴えていた論者でそう思う人は多いのではないか。
 結局は,日銀は圧力に押されて「インフレーション・ターゲティング」の明確化を小出しにしてきて現在に至ったと周囲からは見られてしまう。これに対して米連邦準備制度理事会(FRB)は,自ら先んじて「goal」を明示することで,金融緩和の姿勢を示した。情報発信の巧みさではFRBに軍配が上がるだろう。
 第2に,はたしてこれまで伝わっていなかった人たちに伝わるであろうか。これが,より深刻な問題である。1月25日以降に(2)の違いを重視していた意見は,そのことが金融政策の効果として意味があると考えている向きがある(私はそれとは違う意見である)。それは,日銀が追加的に金融緩和すればインフレ率を目標に誘導できるのに日銀はそれをしない,インフレ目標を課せば日銀は金融緩和せざるを得なくなる,という考え方である。私はそれほど簡単ではなく(日銀が法律違反のことまでするなら話は別だが[注]),残念ながら「目途」の1%に到達するまでは時間がかかると見ている。日銀の見方も同じではないかと思われる。しかし,このことはいま日銀に圧力をかけている人たちに伝わっていないだろう。早期にインフレ率が「目途」となった1%に近づかないと,このすれ違いは問題化しそうだ。「インフレ目標を導入すればデフレ脱却できる」と考えている人たちは,容易に自説は曲げずに,日銀が目標を達成できないのは日銀が十分に金融緩和をしていないからだ,あるいは日銀が効かないと思っているから効く政策も効かなくなる,という形でさらに批判を強めることになるだろう。このすれ違いは簡単に解決できない難問である。

(注)
「『バーナンキの背理法』のなかで政府は何をしているのか」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35743510.html )を参照。

(関係する過去記事)
「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

「包括的な金融緩和政策」について
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34208019.html

「バーナンキの背理法」のなかで政府は何をしているのか
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35743510.html

日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その1)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html

(参考 (その1)で引用した日本銀行とFRBの文書)
「金融市場調節方式の変更と一段の金融緩和措置について」(日本銀行,2001年3月19日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2001/k010319a.htm/

「金融市場調節方針の変更について」(日本銀行,2006年3月9日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2006/k060309.htm

「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」(日本銀行,2009年12月18日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2009/un0912c.pdf

「『包括的な金融緩和政策』の実施について」(日本銀行,2010年10月5日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2010/k101005.pdf

「金融機能の強化について」(日本銀行,2012年2月14日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/k120214a.pdf

FOMC Statement(FRB,2012年1月25日)
http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/monetary/20120125a.htm

FOMC Statement of longer run goals and policy strategy(FRB,2012年1月25日)
http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/monetary/20120125c.htm

 日本銀行が14日に導入した「中長期の物価安定の目途」で何が変わったのかを整理しよう。今回の政策変更へのコメントも準備しているが,事実関係の整理だけで分量が多くなったので,その部分だけを(その1)として掲載する。
 1月25日の米連邦準備制度理事会(FRB)の発表をめぐって「インフレ目標」の議論がひとしきり起こったこともあり,最初に14日以前に日銀とFRBの何が違っていたかを比較してみる。

 日銀が「中長期の物価安定の理解」(以下「理解」)を導入したのは,2006年3月9日の「金融市場調節方針の変更について」である。そこから,2か所を抜粋する。

「日本銀行法は、金融政策の理念として、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定めている。日本銀行はこの理念に基づいて適切な金融政策運営に努めている。本日の政策委員会・金融政策決定会合では、新たな金融政策運営の枠組みを導入するとともに、改めて「物価の安定」についての考え方を整理することとした。」
「消費者物価指数の前年比で表現すると、0〜2%程度であれば、各委員の「中長期的な物価安定の理解」の範囲と大きくは異ならないとの見方で一致した。また、委員の中心値は、大勢として、概ね1%の前後で分散していた。」

 日銀法により物価の安定を図ることは日銀の責務であって,その「物価の安定」について政策委員の意見分布が「理解」である。この「理解」は,2009年12月18日の「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」で,意見分布の表現が以下のように変更された。

「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている。」

この「理解」が時間軸政策として作用することは,「飯田泰之氏の「リフレ政策」について(あるいは感想への感想への感想)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32411110.html )で説明したが,日銀は2010年10月の包括緩和実施時に「理解」をさらに活用している。「『包括的な金融緩和政策』の実施について」では,以下のように書かれている。

「日本銀行は、「中長期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく。」

 つぎに,FRBの1月25日の「Longer-run Goals and Policy Strategy」から,2か所を抜粋する。

「Following careful deliberations at its recent meetings, the Federal Open Market Committee (FOMC) has reached broad agreement on the following principles regarding its longer-run goals and monetary policy strategy.」
「The inflation rate over the longer run is primarily determined by monetary policy, and hence the Committee has the ability to specify a longer-run goal for inflation. The Committee judges that inflation at the rate of 2 percent, as measured by the annual change in the price index for personal consumption expenditures, is most consistent over the longer run with the Federal Reserve's statutory mandate.」

 こちらは,2%の「goal」は連邦公開市場委員会の合意である。
 同日の声明文では,これを活用した時間軸政策が以下のようにのべられている。

「The Committee also anticipates that over coming quarters, inflation will run at levels at or below those consistent with the Committee's dual mandate.」
「To support a stronger economic recovery and to help ensure that inflation, over time, is at levels consistent with the dual mandate, the Committee expects to maintain a highly accommodative stance for monetary policy. In particular, the Committee decided today to keep the target range for the federal funds rate at 0 to 1/4 percent and currently anticipates that economic conditions--including low rates of resource utilization and a subdued outlook for inflation over the medium run--are likely to warrant exceptionally low levels for the federal funds rate at least through late 2014.」

 当面のインフレ率が「goal」よりも低く推移するので,FRBはゼロ金利政策を続け,それは2014年後半まで継続するだろう,とのべている。
 日銀の政策とFRBの政策は同じだ,違う,という議論が争われていたが,同じところと,違っているところがある。同じ,違う,と決めつけるのではなく,何が類似点で何が相違点かを見極めることの方が重要だ。
 整理すると,以下のようになる。

(1)【同】 法律で中央銀行に与えられた責務を,物価上昇率の具体的な数値で表現。
(2)【違】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布
(3)【違】 米国は2%。日本は0〜2%の範囲。
(4)【同】 「目標」が達成できるまで,ゼロ金利政策を続ける(時間軸政策の採用)。
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。

 同じところは,どちらも中央銀行に法的に与えられた責務を中央銀行が具体的な数値で表現しており,それを時間軸政策に活用していること。また,目標が達成できない場合の措置(責任問題,罰則等)は規定されていない。
 違うところは,日銀は政策委員の意見の分布を示したものであり,政策委員会の決定ではないことと,数値の違いである。
 どこを重視するかで,日銀とFRBは似ているとも,違っているとも言える。
 正式な「インフレ目標」か否か,という点では,制度に関わる(2)と(5)が重要である。(1)はそもそも出発点であり,これが満たされないと始まらない。そこからの「インフレーション・ターゲティング」には幅があって,日米は以前から広い意味では「インフレーション・ターゲティング」であった。そこが,1月のFRBの動きで(2)の違いが注目を浴びることになった。
 さて,14日に発表した「金融政策の強化について」では,「理解」から「目途」に変わることで(2)が以下のように変更された。

「中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として,「中長期的な物価安定の目途」を示すこととする。日本銀行としては,「中長期的な物価安定の目途」は,消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており,当面は1%を目途とする。」
「当面,消費者物価の前年比上昇率1%を目指して,それが見通せるようになるまで,実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により,強力に金融緩和を推進していく。」

「理解」は委員の意見分布であるが,「目途」は日本銀行の判断,と変わった。また,「中長期的物価安定の理解」の英語名は「the price stability goal in medium to long term」であり,「goal」が使われている。
 日銀法との関係から見ると,「目途」の方がすっきりしている。日銀法で「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」とされている金融政策の理念について,日銀が具体的な数値を表明しているからだ。これに対して「理解」は,各委員の考えという扱いである。
「理解」から「目途」に変わったことで,日米間の差はなくなったといえるだろう。(2)は,以下のように改められる。

(2)【違】→【同】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布→日本銀行の判断。

 したがって,日米の違いとして残るのは「goal」の数値の違いである。

 金融政策の効果を重視する視点からは,(4)が重要である。日米ともに「インフレ目標」を時間軸政策で活用している点では,同じである(注)。
 このように,日米を同じと見るか,違うと見るかは,視点の違いによることがわかる。

(注)
 金融政策の効果として,(3)を重要であると考える人もいるが,私は違う意見である。これについては,「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html )を参照されたい。

(関係する過去記事)
飯田泰之氏の「リフレ政策」について(あるいは感想への感想への感想)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32411110.html

「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

 日銀による国債引き受けが相変わらず取りざたされているが,おかしな議論がまかり通っている。今回は高橋洋一・嘉悦大教授の発言をとりあげる。

(1)
 高橋教授は,以下のように言う。

「今年度予算でも予算総則第5条において、「国債整理基金特別会計において、『財政法』第5条ただし書の規定により政府が平成23年度において発行する公債を日本銀行に引き受けさせることができる金額は、同行の保有する公債の借換えのために必要な金額とする」と書かれている。
 つまり、日銀保有国債で今年度償還額の範囲内であれば、通貨膨張がないので、日銀引受が認められているのだ。具体的に今年度償還額は30兆円。今予定されている日銀直接引受額は12兆円なので、あと18兆円の日銀直接引受は既に成立した今年度予算の範囲内で、新たに国会議決する必要はない。」(「日銀総裁講演を徹底検証 国債引き受け否定は越権行為だ!」,http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110601/dms1106011507015-n1.htm

 最初の段落は事実の記述なので間違いはない。予算には,日銀はいくら引き受けるかは書かれていない。日銀が借換債を12兆円直接引き受けること(乗換)は,予算政府案と同時に作成された「平成23年度国債発行計画」に書かれている。
 かりに借換債の日銀引き受けを30兆円に変更するときには,「予算総則の文章を書き換える必要がない」ことは技術的には正しい。しかし,それをもって国会抜きで変更できるとはならない。国会は,国債発行計画に基づいて,日銀引き受けは12兆円であるという認識のもとで予算を成立させている。その国会の意思を尊重すれば,かりに30兆円に変更するならば,あらためて国会に諮るのが適当だろう。
 したがって,以下のような発言こそ,国会無視の越権行為となる。

「今年度の予算に即して誠実にいえば、「30兆円までの日銀引受は既に国会で認められているので、それを実施するかどうかは政府の判断である。それ以上の引受については、インフレの可能性などを考慮して、国会で判断してもらいたい」といったところだろう。
 復興財源としては、既に今年度予算で認められている18兆円の日銀引受で対応可能だが、白川総裁は全面否定している。日銀は国会で議決したことを否定しており、越権行為である。」(同上)

(2)
 つぎに,高橋教授は,復興債の日銀引き受けの変種を提案している。高橋案は,「復興債の日銀引き受けは通貨膨張を招く禁じ手である」という批判をかわすため,通貨膨張のない借換債の日銀引き受けを18兆円増やす。すると民間の消化枠が18兆円減るので,新規の復興債18兆円は市中で消化できる,というものである。高橋教授は,以下のように説明する。

「今年度、日銀の保有国債の償還額は30兆円なので、通貨膨張させない範囲で日銀引受が可能な枠は今年度予算で30兆円になっている。ということは現時点の12兆円との差額18兆円は日銀引受が可能なのだ。
 もし18兆円の建設国債(復興債)を発行しようとするのであれば、発行について赤字国債のような特例法も不要で、現行財政法の範囲内なので予算措置(補正予算)で発行ができる。その上で、市中消化の借換債18兆円を日銀引受として、その空いた18兆円で新たな復興債を市中消化できる。つまり、法改正ではなく衆議院での補正予算で基本的に可能な話だ。」(政府の火事場泥棒的増税に民主党内も反対勢力が結集 復興財源は33兆円捻出可能,http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110524/plt1105241543002-n1.htm

 しかし,本当に通貨膨張は起きていないのか。日銀が保有する国債は,様々な経路で増減する。償還される国債を乗換えなくても,市場から国債を買い入れることで,保有する国債は増える。高橋教授は,保有する国債が償還されるときに借換債を引き受けないと日銀の保有する国債が減少するところだけに着目する。しかし,すべての経路を合わせて日銀の保有する国債がどう変化するのかを見ると,話は変わってくる。復興債を含めた全体の国債発行が18兆円増えて,民間での全体の消化が変わらなければ,日銀の保有する国債は18兆円増える,というのは子どもでもわかる算数である。
 高橋教授の見方とは違って,全体での保有額に着目するのが正しい見方である。例えば, 2009年3月の飯田泰之・駒沢大准教授のブログ記事「米英リフレ政策発動と日本の現状」(http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1 )での有名な指摘も,全体での保有額を重視している。飯田教授は,当時の日銀が国債買入額を増額しているのだが,全体での国債保有額は減少していることを指摘し,全体での保有額に基づいて緩和姿勢が十分でないと批判した。

 以下は余談であるが,飯田教授はゼロ金利下での追加的金融緩和について,残存期間の長い国債保有を増やすことが必要だと考えているが,筆者は「自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33237678.html )で説明したように,そうした手段よりもゼロ金利の維持にコミットする時間軸政策の方が勝っていると考えており,この点では意見を異にしている。
 長期国債の買入が今ほど争点になる前は,通貨膨張か否かは日銀乗換を中心に考えればよかった。日銀による国債引き受けを禁じる財政法第5条の趣旨も,そういう視点から説明されていた。しかし,長期国債の買入に焦点が当たり始めたことで,借換と保有国債の関係が複雑になってしまったようだ。

(参考)
「日銀総裁講演を徹底検証 国債引き受け否定は越権行為だ!」(高橋洋一)
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110601/dms1106011507015-n1.htm

「政府の火事場泥棒的増税に民主党内も反対勢力が結集 復興財源は33兆円捻出可能」(高橋洋一)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110524/plt1105241543002-n1.htm

「平成23年度国債発行計画」(2010年12月24日)
http://www.mof.go.jp/jgbs/issuance_plan/yoteigaku221224.pdf

「米英リフレ政策発動と日本の現状」(こら!たまには研究しろ!!,2009年3月21日)
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1

(関係する過去記事)
「財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html

「自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33237678.html

 山本幸三衆議院議員のブログ(http://ameblo.jp/shugiin/entry-10903419769.html )で紹介されているが,5月25日に自民党での震災後の経済戦略に関する特命委員会に出席して,復興財源について議論する機会があった。そのとき,山本代議士から,復興国債を日銀が引き受けすることは市中で消化された復興国債を日銀が購入するよりも効果がある,という話が出た。私がそのような話を聞いたのはそのときがはじめてだったが,日銀の国債引き受けの方が貨幣が増えるという趣旨のようだった。その場では時間が限られていたので,私は「貨幣の増え方は同じである」ことだけ発言した。
 後で岩田規久男・学習院大教授が,著書『経済復興』(筑摩書房刊,2011年)で,同様の主張をしているのを見た(39-42頁)。私の遭遇した事情から,山本代議士の考えが岩田教授と同じかどうかは確認できていないが,ここでは岩田教授の議論を検討するとともに,私の考え方をまとめておきたい。

 なお,ここで検討する2つの政策は,レジームが違うといっていい大きな違いがある。日銀の国債引き受けは通常,財政の都合で決定される。日銀が市場で国債を買うことは通常,金融政策として決定される。政策決定のルールが違うと,いま同じことが起こっているように見えても,経済の反応が違ってくることがある。日銀の国債引き受けが危険とされるのもこの点にある。岩田教授の著書にもこの危険の言及はある(42-43頁)が,ここで検討したい岩田教授の議論にはこの要素は織り込まれていないので,私も同様に扱うことにする。政策が実行されたときの貨幣の増え方のみに注目する。また以下の説明は,岩田教授の趣旨を歪めない形で若干の修正を加えている。
 まず,政府は財政支出をおこない,その財源の国債を日銀が引き受ける場合を考えよう。財政支出は国庫から民間非銀行部門の預金口座に振り込まれ,民間非銀行部門の収入になるとする。民間銀行は増えた預金はとりあえず準備預金で保有するものとする(ここは後であらためて吟味する)。すると,政府,日銀を加えた4者の貸借対照表は以下のように動く(これを「状態A」と呼ぶ)。(借)で資産側の動き,(貸)で負債・資本側の動き,矢印で増減を示すことにする。

(状態A・日銀が国債を引き受ける)
政府 (貸)国債↑ 正味資産↓
日銀 (借)国債↑ (貸)準備↑
民間銀行 (借)準備↑ (貸)預金↑
民間非銀行(借)預金↑ (貸)正味資産↑

 つぎに,国債は日銀が引き受けるのではなく,民間非銀行部門が購入することで消化される場合を考える。そして,日銀は民間銀行から国債を購入する(日銀の取引相手は基本的に政府と民間銀行であるから)。このときの4者の貸借対照表の動きは,

(状態B・国債は市場で消化され,日銀は市場で国債を購入する)
政府 (貸)国債↑ 正味資産↓
日銀 (借)国債↑ (貸)準備↑
民間銀行 (借)準備↑ 国債↓
民間非銀行(借)国債↑ (貸)正味資産↑

となる。
 政府・日銀の動きは,状態A(日銀の国債引き受け)と状態B(国債の市中消化と日銀の国債買いオペ)で同じである。日銀が国債を増やす分だけマネタリーベースが増えている。
 民間非銀行部門は状態Bでは国債を購入するため貨幣を減らしており,財政支出が収入になることの資産増は貨幣(銀行預金)増ではなく,国債増の形で現れている。民間部門全体では,国債保有額には変化はない。しかし,新規の国債が消化される主体と日銀が国債を購入する主体が違うため,民間銀行部門と非銀行部門の国債保有額が違ってくる。そのため,状態A(国債引き受け)ではマネーストックは増えているが,状態B(国債買いオぺ)ではマネーストックは増えていない(注1)。
 岩田教授は,
「日銀の買いオペの場合に,民間の非銀行部門の貨幣保有額が増えるかどうかは,日銀の買いオペにより日銀当座預金の増えた民間銀行が,民間の非銀行部門への貸し出しを増やすか,あるいは,民間の非銀行部門から手形のような資産の購入を増やすかどうかに依存する。
 それに対して,国債の日銀引き受けの場合には,確実に,民間の非銀行部門の保有する貨幣が増えるため,貨幣が増えることによる需要拡大効果が発揮される。
 この意味で,国債の民間引き受けと日銀の国債買いオペの組み合わせよりも,国債の日銀引き受けのほうが,需要拡大効果は確実かつ大きいといえる。」(前掲書,41-42頁)
とのべている。

 通常の経済学では,岩田教授のようには考えない。
 ゼロ金利のときには,預金と国債は完全に代替的な資産になるので,民間部門は資産をどちらでもっても同じことになると考えるのが,日本は「流動性の罠」にあるという見解である。この見解をもとに,状態Aと状態Bの経済への影響は同じだ,ということもできる。しかし,今回はこの話は封印しておいてもよい。
 ゼロ金利でない場合には,預金と国債は別の資産になる。岩田教授の論が正しければ,状態Aと状態Bは違うから,政府が国債を発行しているときに金融緩和するならば,国債の買いオペという,世界中でおこなわれている通常の手段より,政府から引き受けた方が効果が大きいという話になる。普遍的な状況で考えられているので,これは日銀だけが該当するのではない。世界中の中央銀行は今まで(今でも)何をやっていたのだ,ということになる。
 しかし,通常の経済学の考え方からいくと,2つの政策はゼロ金利であってもなくても同じ帰結にいたる。
 状態Aと状態Bは,政策の効果を考える作業の途中段階の仮想的なものでしかない。むしろ経済学はここから始まる。人々の行動がいま観察されているものと同じだということが一般の議論では前提にされやすいのだが,政策の変化によって人々が行動を変えることまでも織り込んで政策の帰結を考えるのが,経済学の醍醐味だ。
 つまり,状態Aなり状態Bから,民間非銀行部門と民間銀行部門は自らが望ましい形に資産を組み替えるし,民間非銀行部門は正味資産増に応じて支出を変化させるだろう。岩田教授が状態Bで民間銀行の貸出の変化に言及しているのはその一部だが,全部ではない。2つの政策を正しく比較するためには,もう少し考慮に入れておかなければいけない部分がある。
 状態Bで政策が実行されたときには国債が市場で取引されているので,状態Bは民間銀行部門と民間非銀行部門が資産構成を調節した結果ということになる(そうでなければ,政府が勝手に個人の預金を国債に変えたり,日銀が勝手に民間銀行の準備預金を国債に変えたりする政策が実行されていることになるが,これはあり得ない)。状態Aでは,そのような民間の資産構成の調整行動がまだ考慮されていない。それを考慮したときに状態Aからどう変化するかを考える際には,状態Bが役に立つ。状態Bが意味するのは民間非銀行部門が正味資産増を国債でもちたいし,民間銀行部門は国債を減らしたいということだ。したがって市場取引が起これば,状態Aからは民間非銀行部門は国債を買い,民間銀行部門は国債を売る。[2011年6月20日追記:上の2文で民間銀行部門を民間非銀行部門と誤記していたのを訂正しました]この取引で,2者の貸借対照表は,

民間銀行 (借)国債↓ (貸)預金↓
民間非銀行(借)国債↑ 預金↓

と変化する。状態Aにこれを付け加えると,状態Bと同じ形になる。つまり,日銀が国債を引き受けた場合で民間の国債保有の選択を考慮すれば,日銀が買いオペをする場合と同じことになる。
 その先には民間銀行の貸出がどう影響を受けるのかを考える作業が必要となるが,2つの政策はすでに同じ状態になっているので同じ道をたどるだろう(注2)。

 岩田教授の議論は,2つの政策の効果を比較するときに途中段階の比較になっており,その際に片方だけでしか考慮されていない要素がある。そこで違いが出たことをもって政策効果に違いがあるとするのは不適切である。考慮する要素は両者で同じにして比較すべきである。片方で国債市場での取引が考慮されているのであれば,もう一方でもそれを考慮に入れて,両者を比較すべきである。そうすれば,国債を日銀が直接引き受けた場合と国債を市中で消化して日銀が同時に買いオペする場合の貨幣(マネタリーベース,マネーストック,各主体の保有額)の増え方は,同じになる。

(注1) 現在の日本では銀行が大量の国債を買っている。国債を民間非銀行部門ではなく民間銀行部門が買えば,状態Aと同じになる。

(注2) 読者が一から考えるときには,行動変化を順番に考えていって,何が起こるのかを突き止めるのは混乱のもとになるのでお勧めしない。実際の経済学的な分析では,民間部門の行動変化のすべてを同時決定で考えることが多い。行動変化を逐次的に説明するのは,便宜上の理由からである。

(関係する過去記事)
財政法第5条(日銀の国債引き受け)について
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html

「バーナンキの背理法」の原典は,バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長がプリンストン大学教授時代の2001年の論文のつぎの一節に現れたものだ。
「貨幣は他の政府債務と異なり,利子を払わず,満期日もこない。金融当局は好きなだけ貨幣を発行できる。したがって,もし価格水準が本当に貨幣の発行量に依存しないならば,金融当局は自らの発行した貨幣を使って無限の財や資産を獲得できることになる。これは均衡においては明らかに不可能である。それゆえ,貨幣の発行はたとえ名目利子率がゼロ以下になりえないとしても,結局は価格水準を上昇させる」(三木谷良一,アダム・S・ポーゼン編『日本の金融危機』東洋経済新報社,2001年,167−168頁)
 当時は,金利がゼロまで低下してしまえば金融緩和の余地は何もないという認識が強かったが,非伝統的金融政策の有効性を学界に認めさせていったバーナンキ氏の功績は高く評価される。しかし,この文章は若干の不備がある。文中で中央銀行が財を購入することは通常は法律で禁じられている。この部分は,政府が国債を発行して減税をして,発行分だけの国債を日銀が購入する「ヘリコプター・ドロップ」政策に変更すれば合法的手段になり,バーナンキ氏自身のより詳細な議論は,その政策を扱っている。FRB理事時代の2003年の講演「Some Thoughts on Monetary Policy in Japan」(http://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2003/20030531/default.htm )は,日銀のバランスシートの劣化を招かないボンド・コンバージョン,コミットメントを確実にするための物価水準目標と組み合わせた,くわしい政策提言になっている。

 日本のネット議論で流布されている「バーナンキの背理法」は他人が加工を加えたもので,まともな議論の対象とならない変種がある。
 例えば,「反デフレ政策FAQ中のFAQ」(http://www31.atwiki.jp/anti_deflation/#Q20 )では,
「日銀がお金を刷り、それを国民に配ります」
と書かれている。バーナンキ氏が修正していった方向とはわざわざ逆を選んで,違法な手段を説明している。
 池田信夫氏のブログ記事「『無税国家』というナンセンス」(http://agora-web.jp/archives/1115248.html )で引用されている岩田規久男・学習院大教授の著書『「不安」を「希望」に変える経済学』(PHP研究所,2010年)の記述は,
「日銀がいくら国債を買っても、物価は上がらず、デフレが続くとしよう。すると、日銀はインフレを心配せずに、市場に存在する国債をすべて買い切ってしまうことができる。[・・・]それでも、デフレが終わらないならば、政府は税金を廃止して、財政資金をすべて国債発行でまかない、その国債を日銀がお札を刷って買い上げればよいことになる。無税国家の誕生であり、これほど国民にとって喜ばしいことはない。」(97頁)
となっている。こちらは,日銀は国債を買い続けるので,違法ではない。
 しかし,この論法は「狭義の量的緩和が物価に影響を与えない」という議論を反証したことになっていない。このなかで政府が何をしているか,に注目しよう。証明に現れる政策は2段階に分かれる。最初の段階は市場にある国債を日銀が購入している。ここでは政府側は何もしておらず,日銀だけが動いている。日銀が国債を買いつくすと,第2段階として政府は新しく国債を発行して,そこで得た財源で給付金を配る。つまり,財政政策を発動する。証明のなかで,物価に影響を与えることが証明されているのは,この第2段階の方だ。
 第1段階が狭義の量的緩和で,第2段階がヘリコプター・ドロップ政策になる。ここで注目したいのは,最初からヘリコプター・ドロップ政策の発動を考えているバーナンキ氏本人の議論との違いだ。
 もともとの目的は「狭義の量的緩和が物価に影響を与えない」という主張に反論することだったはずだ。この立場では,第1段階では何も起こらず,第2段階で物価に影響が生じる。上の証明は第1段階には何も触れず,第2段階は同じ見解になる。したがって,この証明についての反応は「だからどうした?」となる。
 物価が動くことを証明する巧拙を吟味すると,第1段階は不要であることがマイナス点だ。つまり,いきなり第2段階の政策をとれば,そこで証明の目的が完了する。何のために,第1段階の政策が必要なのか,意味不明である。

 市場の国債を買いつくしたときに狭義の量的緩和を終わるように考えられているが,じつは政府の協力を得て狭義の量的緩和を続けることが可能である。日銀が買うための国債を政府があらたに発行し,そこで得た資金を銀行に預金するとしよう。銀行の貸借対照表では,日銀が増やした準備預金の分だけ政府からの預金が増える。こうして,日銀が作り出した新しいマネタリーベースは政府と銀行のやりとりで増えるだけで,実体経済に影響することはない。起こっていることは,政府・日銀・銀行の帳簿の電子記録が書き換えられているだけだ。
 一方で,政府が最初から減税してもいいわけだから,いきなり第2段階に入ることも可能だ。
 ということは,第1段階を終えて第2段階に移るか,第1段階を永久に続けるか,第1段階を経由せずに第2段階にいきなり入るか,のどれになるかは政府の判断次第だということになる。
 したがって,政策論としては,なぜ政府は第1段階を経由して第2段階に移ることを選んでいるのかが問題になる。第1段階で,政府は,日銀が無効な政策を延々と続けることをただ傍観している。そして,日銀が国債を買いつくした後で,やおら財政政策を発動し,それが物価を動かすことになる。こういう政策の議論をしているのは,そもそも国民が一刻も早いデフレ脱却を待ち望んでいるときである。それなのになぜ,政府は日銀が国債を買い始めたときに財政政策を発動させて,第1段階の無益な時間を省略することを選ばないのだろうか。
 第1段階が無益な時間でないこと,つまり狭義の量的緩和が物価に影響をもつのであれば,それを示して,証明を終わればいい。しかし,その証明はなく,第2段階でのヘリコプター・ドロップ政策が有効と書いている。つまり,この論法は,第1段階が有効であることを証明できていないことを吐露している。

(関係する過去記事)
「バーナンキの背理法」を信じると,こう騙される
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32683870.html

日本経済新聞・経済教室「『日本型デフレ』は防げるか」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34199204.html

「バーナンキの背理法」は役に立たない
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34352149.html

ヘリコプター・ドロップ政策
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35740839.html


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