岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

経済・経済学

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 日本のデフレ脱却策としてヘリコプター・ドロップ政策を提唱したものとして有名なのは,バーナンキ米連邦準備制度理事会議長の2003年の講演「Some Thoughts on Monetary Policy in Japan」(http://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2003/20030531/default.htm )である。彼の提案は,政府が国債発行で減税をし,日銀がその国債を保有する。同時に日銀は物価水準目標をもち,デフレ脱却後はそれに沿って物価をコントロールする。

 バーナンキ氏の講演ではモデルは提示されず,数字も入っていない。バーナンキ氏が提案した政策のモデル分析は,ボール教授によっておこなわれている(Ball, 2008)。ボール教授の分析の概略は以下のようになっている。
 モデルはIS曲線とフィリップス曲線をもつ,オールド・ケインジアン・モデルである。シミュレーションの出発点は2003年である。そのときの自然利子率は-2%であって,経済は流動性の罠に陥っている。自然利子率は毎年0.4ポイント上昇し,10年後には2%になり,それ以降は2%で一定である。金融政策はテーラー・ルールにしたがうが,テーラー・ルールが負の金利を示唆するときには,ゼロ金利とする。
 ヘリコプター・ドロップ政策をとらないで,ゼロ金利を継続してデフレ脱却を目指す場合の経済は,以下のように動く。経済は流動性の罠にあるため,最初から11年間はゼロ金利である。最初の4年間は政策金利がゼロでも自然利子率を上回るので,金融政策は不本意に引き締められている。そのため,当初のインフレ率は-1.5%になり,最初の10年間はデフレになる。GDPギャップは最初の9年間は負であり,累計で潜在GDPの54%に及ぶ。ゼロ金利解除までは量的緩和がされているため,ゼロ金利と量的緩和を解除するために日銀は国債を売却し,市場に流通する国債残高がそこで上昇する。この国債売りオペはGDPの8%の規模になる。
 これを基準ケースとした後,ボール教授は以下のようなヘリコプター・ドロップ政策を考える。
・最初の4年間に,流動性の罠で生じるGDPギャップを埋めるだけの減税を実施する。減税は1年のラグをもって経済に影響を与えるので,自然利子率が負である期間のGDPギャップを埋めようとしている。初年度はGDPの6.6%の規模で,その後は漸減するが累計で9.4%の規模になる。
・減税と同額の貨幣の発行がおこなわれる。
・2年後から5年後までのGDPギャップはゼロになり,それ以降は減税政策がラグをもって効果が出るため,GDPギャップは正になる。期間累積のGDPギャップは-5%である。
・3年目にインフレ率はゼロになる。
・ゼロ金利にある期間は基準ケースより2年短くなり,9年間になる。10年目にゼロ金利と量的緩和を解除する時点で,日銀は国債を売却する。規模の具体的記述はないが,図から判断すると基準ケースよりも規模は大きい。
・GDPギャップが改善する増収とインフレ税による増収は財政出動の費用を上回り,長期の公債残高は基準ケースを下回る。
・減税の財源を貨幣発行ではなく,公債発行としても実体経済への影響は同じである。

 ボール教授の分析から,以下のような含意が得られる。
 数値は2003年当時の日本を念頭に置いているが,マクロ経済学でなじみの深いモデルに立脚しているので,ボール教授の分析は流動性の罠のいろいろな状況に適用できるものである。
 通常の財政政策(公債発行による財政支出拡大)とヘリコプター・ドロップ政策の効果は同じである。両者で違うところは,日銀が短期債を購入して貨幣を増やすか否か,である。これはゼロ金利のときに完全代替になる資産を取引しているだけなので,実体経済への影響がない。つまり,「流動性の罠」での狭義の量的緩和に効果がない,という帰結と同じことを意味している。
 したがって,ヘリコプター・ドロップ政策の効果は,財政政策の効果として生じている。そのため,例えばリカードの等価命題が働くとするならば,公債発行による減税は無効であって,ゼロ金利の期間だけ公債を貨幣に変えても,やはり無効である。財政政策には効果がないと考えている人は,当然にヘリコプター・ドロップ政策にも効果がないと考えなければいけない。財政政策の効果が小さいと考えている人は,ヘリコプター・ドロップ政策ではGDPギャップが十分に埋まらないと考えることになるだろう。
 短期債ではなく長期債を購入すれば効果があるかというと,「通貨発行益」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33222258.html )で説明した通り,長期金利が将来の短期金利の期待値で決められている場合には,長期債でも同じことになる。また,バーナンキ氏が講演で紹介したボンド・コンバージョン(注1)が採用されたときは,短期債を購入したのと同じことになる。したがって,ボール教授が短期債を購入する設定としたのは,決して制約的なものではなくて,むしろ最も現実的な政策の設定である。
 ボール教授のシミュレーションでは税増収とインフレ税によって財政支出額以上の財源が生じているが,これは通常考えられているよりも非常に大きな政策効果が出て,税収が増えると考えていることによる。乗数(財政支出額に対する所得の増加額の比)を計算すると,支出の累計がGDPの9.4%で,GDPギャップの改善の累計は39%であるから,約4となる(累計値の比なので,くわしい名称は累積乗数である)。租税負担率(税収のGDPに対する比)を25%と設定しているので,GDPギャップの改善による増収は財政支出に匹敵する規模になる。
 モデルでは,財政支出の増加は1年のラグをもって1.25倍のGDPの増加につながるとされている。1.25という乗数はさほど大きくないように見えるが,これはインパクト乗数(最初に現れる効果)であって,それ以降,前年の60%の効果を永続的にもたらす。したがって,それらを累積すると,最初の効果の2.5倍(1/(1-0.6))となって,45度線モデル的な意味(実質金利一定)での累積乗数は3.1となる。これに財政政策の所得への効果がデフレを緩和することで生じる金融緩和(ゼロ金利のもとで実質金利が低下する)の効果が上乗せされて,上記のような高い累積乗数になる。
 現在の学界の知見から見ると非常識なほどの大きな政策効果を考えているが,政策効果が小さくなると,多くの財源を将来の増税で賄わなければいけなくなる。通常妥当と考えられている減税乗数として例えば1をとり,税収の所得弾性値として1をとれば,45度線モデル的な乗数効果では,所得増による増収は支出額の4分の1である(注2)。ボール教授のシミュレーションに即していえば,ヘリコプター・ドロップ政策のために発行した国債は,ゼロ金利期間中は日銀が保有していても,ゼロ金利を解除するところで市中に大部分が売却されて,やがて税で償還されなければいけない。これは,「バーナンキの背理法を信じると,こう騙される」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32683870.html )で説明したことと同じ趣旨のことである(注3)。

「バーナンキの背理法」には,バーナンキ氏の議論を発展させたボール教授の分析を土台にした考察が必要となるだろう。「バーナンキの背理法」は,流動性の罠で中央銀行がインフレを起こすことはできないという主張の反証として用いられる。しかし,上記の議論が示すように,狭義の量的緩和は物価に影響しない,通常の財政政策は所得に影響を与えれば物価に影響を与える,通常の財政政策に量的緩和を組み合わせるか否かで効果は変わらない。
 つまり,流動性の罠のもとでは,
  金融政策単独ではインフレは起きない
  財政政策単独でインフレは起きる
  財政政策と金融政策を併用した場合,財政政策単独と効果は同じである
となる。インフレが起こることの本質は,財政政策にある。ただし,政策の本質はインフレよりも,GDPギャップの改善にある。
「バーナンキの背理法」を,
  金融政策単独ではインフレは起きない
  財政政策と金融政策を併用すれば,インフレは起きる
  だから,金融政策でインフレは起こせる
と使う人は,本質を踏み外している。

(注1)
 ボンド・コンバージョンについては,himaginary氏のブログ「日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”」(http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100531/Some_Thoughts_on_Monetary_Policy_in_Japan3 )に解説がある。

(注2)
「財政政策のマーフィー式採点法(その2)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/24401000.html )でのべた減税乗数をここで採用した。短期の税収弾性値は1より大きいかもしれないが,ここでは長期的帰結を考えているので,1に近いものと考えた。1より若干大きい程度であれば,ここでの議論に本質的には変わらない。
 また,後で増税する際には,増税が所得を減らし,税の減収になる効果があることを忘れてはいけない。

(注3)
「復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35427897.html )での指摘にも通じる話である。

(参考文献)
Laurence Ball (2008), “Helicopter Drops and Japan's Liquidity Trap,” Bank of Japan Monetary and Economic Studies, Vol. 26, December, pp. 87-105.
http://www.imes.boj.or.jp/english/publication/mes/2008/me26-7.pdf

(参考)
「日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”」(himaginaryの日記,2010年5月31日)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100531/Some_Thoughts_on_Monetary_Policy_in_Japan3

(関係する過去記事)
財政政策のマーフィー式採点法(その2)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/24401000.html

「バーナンキの背理法」を信じると,こう騙される
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32683870.html

通貨発行益
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33222258.html

日本経済新聞・経済教室「『日本型デフレ』は防げるか」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34199204.html

「バーナンキの背理法」は役に立たない
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34352149.html

復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35427897.html

 福島第一原発事故の対応にあたっている東京電力の行動原理について,企業統治(コーポレート・ガバナンス)の理論に沿って考えてみたい。東電の残余請求権者は有限責任であり,経営者は残余請求権者の利益に沿うときに何が起こるか。
 議論の出発点を,「原発事故で政府と東電が統合本部 首相、対応を批判」(共同通信,http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011031501000074.html )にある,3月15日の出来事にとろう。東京電力が撤退の意向を示したときに,菅首相が「撤退した時には東電は百パーセントつぶれる」と恫喝したと伝えられているが,これは「逃げなければつぶれない」ことが暗黙の前提である。かりに,「逃げればつぶれる,逃げなくてもつぶれる」となれば,社長が経営者としての役割を果たすならば,逃げる。
「逃げればつぶれる,逃げなければつぶれない」という形で,政府は東電に事態を対処させる誘因を与えたことになるが,そのような状況であったとしても,私企業の立場では被害規模の拡大に鈍感になる。つまり,企業の支払い能力は有限であり,被害の賠償額がそれを超えてしまえば,被害がそこからいくら大きくなっても,企業には関係がない。これは現状では重大事故につながるリスクを過小評価する要因になる。例えば,これが事故直後のベントの遅れに影響を与えたのか,という視点からの検証は必要ではないだろうか。政府は事故全体の影響から判断するが,東電は私企業の負担能力を超えてしまった部分の影響には考えが及ばない。これは東電の判断能力が劣っているというわけではなく,能力がある人間でも与えられた誘因のもとではそう判断するということである。後に起こった出来事から見て,ベントを急ぐべきという政府の判断は正しかったが,政治家には心地よく聞こえる「政府は東電よりも能力がある」が正しいかどうかは別の問題である。かりにそれが幻想であって,政治家がその幻想に酔ってしまうと,政府が今後の判断を誤るおそれはある(なお,これは政府と東電の能力の相対的な評価であって,能力の絶対水準にここで何か言っているわけではない)。また,現状では,工程表でリスク要因の評価が甘くなっていないのか,といった視点からの検証も必要である。
 また,今後については,不幸にも重大事故に発展してその処理が求められたときに,逃げればつぶれる,逃げなくてもつぶれる,という状態を作り出す。枝野官房長官は4月18日の記者会見で「プラントそのものを安全な状況に回復させることについての一義的な責任者は東京電力、事業者だ。政府としては、それが本当に安全のために、最善のことが行われるのかということをしっかりと管理、チェックをする」と発言したが,政府の関与がもう少し強くないと,事故対応のリスク管理上,深刻な問題につながる。

 現在,政府は損害賠償の支払いスキームを調整中である。報道によれば,その骨子は,損害賠償金を一時的に政府が立て替え,東電を存続させて長期にわたって返済させるものである。将来の返済は東電利用者の負担ということになる。これは電力会社が地域独占の地位を与えられていることで可能になるもので,賠償負担のない競争会社がいる市場であったなら不可能である。スキームは,東京電力はつぶせないとの立場である。その理由は,法的に社債権が損害賠償請求権に優先されるため,つぶれると損害賠償ができなくなる,というもののようだ。この理由が妥当するかどうかは重要な論点であるが別の機会での議論に譲ることにして,ここではスキームが事故処理に与える影響に眼を向けたい。
 事故処理が長期化した場合,スキームが決定された時点で事態が収拾していないかもしれない。そのとき「逃げなければつぶれない,逃げてもつぶれない」という状況ができあがる。社長が経営者としての役割を果たすならば,逃げる。
 賠償スキームの設計では,事故処理にどういう誘因をもつかも考える必要がある。

(参考)
「原発事故で政府と東電が統合本部 首相、対応を批判」(共同通信,2011年3月15日)
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011031501000074.html

「枝野長官会見(2完)天下り自粛「公務の中立性で疑義生じる」(18日午後4時すぎ)」(産経ニュース,2011年4月18日)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110418/plc11041819410024-n1.htm

BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com(2011年4月25日)
http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20110425

 復興国債の日銀引き受けが最近取り沙汰されていたが,ゼロ金利で貨幣量が増えている現在の環境のもとで国債の日銀引き受けから財源を得ようとすると,かりに国債と通貨の信認が揺らがないとしても,制御できないインフレが生じるだろう(注1)。これに対する「インフレが過熱するなら金融を引き締めればいい」という反論は,財源を得るということはそれが不可能であるという事実に気づいていない。貨幣を増やしたままにしないと財源にならないのだが,貨幣を増やしたままで金融引き締めはできないからである。別の角度から言えば,インフレを制御しようとすれば,国債の日銀引き受けは財源にならない。
 以上のことは,目新しい話ではなく,ゼロ金利解除のときに何が起こるかについて10年ほど前の金融政策の論争過程で明らかになっていることから導かれるものである。また,池尾和人・慶応大学教授が「既視感が漂うデフレ脱却論議」(http://agora-web.jp/archives/938282.html )で,ヘリコプター・ドロップ政策について論じていることと共通の背景をもつ(注2)。私の「貨幣数量説と流動性の罠」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35329635.html )とも趣旨が共通しているが,以下では財源の視点から論じ直してみたい。

 日銀が国債を引き受けることが財源になるというのは,おおむね以下のような考え方による。中央銀行は資産に国債,負債側に貨幣(日銀券と準備預金)をもつので,国債を引き受けると,その分貨幣が増加する。日銀が国債を引き受けることは,政府が貨幣を増加させるのと同じことになる(日銀が市場で国債を購入しても同様な効果があるが,今回の記事では日銀引き受けだけに関心をしぼる)。国債はやがて税を財源にして償還しなければならず,償還までの間に利子を払わなければいけない。一方,貨幣は償還する必要はなく,利子を払う必要もない。となれば,国債ではなく貨幣を発行することで,財源が生じそうである(注3)。
 以上の議論では貨幣が民間で保有され続けることが必要になるので,それが何を意味するのかを貨幣需要関数を使って考えよう。典型的な貨幣需要関数は

M/P=L(i,Y)

であり,Mは名目貨幣,Pは物価水準,iは名目金利,Yは実質所得である。PかYが増えて名目所得が上昇すれば,(名目金利がさほど変化しなければ)名目貨幣Mへの需要が増える。マイルドインフレが継続しているとき,インフレに合わせて増加する貨幣は償還されることはなく,政府の財源とみなすことができる。
 ところが,「貨幣数量説と流動性の罠」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35329635.html )で紹介した通り,1995年に政策金利が0.5%となる前の日本ではマネタリーベース(M)と名目GDP(PY)に安定した関係が見られるが,1995年以降は,この関係から大きく外れてMだけが増えている。今後デフレから脱却して金利が上がった場合に,貨幣の需要と供給が均衡する経済の姿がどのようになるのかは,この事実を踏まえて考えないといけない。若干面倒だが場合分けが必要である。まず,現在の貨幣需要がどうなっているかで,3つに分けられる。

(1)ゼロ金利を解除すると貨幣需要が1995年以前に見られた関係に戻る場合。このとき,ゼロ金利が解除された時点で最近の名目GDP水準と整合的な貨幣需要は,現在の水準よりも大幅に小さくなる。さらに,ゼロ金利の解除のタイミングで2つに場合分けされる。
(1a)ゼロ金利を早晩解除するならば,マネタリーベースを大幅に縮小させないといけない。このため,貨幣が償還されないという前提が崩れて,国債引き受けは財源とならない。
(1b)財源を得るためにマネタリーベースを縮小させなければ,名目GDPがそれと整合的水準(それは現在の名目GDPよりも非常に高い)になるまでゼロ金利を継続しなければいけない。それがいつまで続くかで,とりあえず2つの場合を考える。
(1b1)比較的短い時間で非常に高い名目GDPに到達するには,その間に猛インフレが起こらないといけない(注4)。
(1b2)マイルドインフレで非常に高い名目GDPに到達しようとすれば非常に長い時間がかかる。これはマイルドインフレが持続するので万々歳のように見えるが,この期間中はゼロ金利でなければいけないことに注意されたい。インフレターゲットを採用している中央銀行でも,物価の安定のためには政策金利を操作して経済の安定化を図っている。それでも,大きなショックがあったときには,インフレ率がターゲットの範囲を外れることがある。ゼロ金利を維持するというのは金利の操作という強力なツールを奪われたことになるので,そのもとでインフレターゲットをもつだけでターゲット内のインフレが実現できる,という考え方はご都合主義であり,とても根拠がつけられない。「インフレが加熱すれば金融を引き締めればいい」は通用しない。ゼロ金利を維持したままで,どうやって金融を引き締めればいいのか。結局は,日銀は物価の安定を図れなくなるだろう。
(2)じつは低金利が続いているうちに貨幣需要関数が変化(需要が増えている)していて,ゼロ金利が解除されたときに最近の名目GDPと整合的な貨幣需要は現在の水準とほぼ同じところにある場合。これは,マネタリーベースを縮小させることなく,マイルドインフレに着地できそうなので,日銀の国債引き受けで財源確保を考えている人たちには望ましい事態である。しかし,マイルドインフレにちょうど着地するように貨幣需要が変化していた,という考え方にはおよそ合理的な根拠はなく,やはりご都合主義である。
(3)貨幣需要がある程度変化していて,(1)と(2)の間にある場合。これは,15年以上もゼロ金利か,その近傍にあったので,金利が上がったときの貨幣需要がどこにあるのかはよくわからない,という慎重な態度である。本当にわからなければ何も言えなくなるが,まずは過去の経験(つまり1995年以前の貨幣需要関数)に沿った水準をおさえて,そこから幅をもって考える,というのが妥当な推論だろう。これが,「貨幣数量説と流動性の罠」において私が「1995年以前の貨幣の流通速度をもとにしているので,着地すべき名目GDPにはある程度の幅をもってみる必要はある」としたものである。何が起こるかは,定性的には(1)の場合の帰結があてはまる。

 場合分けが多くなったが,まともな金融政策の運営は(1a)である。他は,
(1b1)猛インフレ
(1b2)制御できないインフレ
(2)ご都合主義で,現実にはあり得ない
という帰結になる。
(1a)では,いま国債引き受けで増えた貨幣はゼロ金利政策を解除するところで国債に変わってしまうので,「貨幣が償還されないから」という財源の根拠がなくなってしまう。ゼロ金利の期間中は短期国債もほぼゼロ金利で発行できるから,「金利を払う必要がない」という財源の根拠もなくなってしまう。したがって,物価の安定が図れても,日銀引き受けが財源にはならない。「貨幣が償還されない」を貫くと,(1b)のように物価の安定化が図れない。

 経済学のなかでは,マイルドインフレでの通貨発行益と通常の税とをどう組み合わせて財源調達するかという議論(注5)はあるが,制御できないインフレは経済の混乱が大きくて,比較の対象にならない。
 以上,復興国債の日銀引き受けは,流動性の罠にある現在の日本の状態では,財源にはならない。したがって,復興財源は通常の手段,つまり現在か将来の税でまかなうことになる。震災は稀なショックであるから,ある程度長期に分散した税で財源調達するのは,「課税平準化」[2011年6月5日追記:「平準化」を「標準化」と誤記していました]と呼ばれる合理的な考え方である。つまり,国債を発行して時間をかけて償還していくことになる。ただし,今後に高齢化が進行することを考えると,償還期間は最長でも20年間程度だろう。償還期間は復興予算の規模との兼ね合いで決まるべきものである。増税はいますぐである必要はなく,現状の混乱期を避けて2年程度後からでもいいだろう。
 復興計画の作成では,復興のために何をするかを考えることが先である。復興構想会議にはそれが期待されていたはずである。それが最初から増税が注目を集めてしまうのは,会議の不手際である。軌道修正が必要だ。

(注1)
 今回の記事では,日銀引き受けが国債や通貨の信認を損なうことはないと考えている人の意見の問題点を扱うので,信認が損なわれないとの前提で議論するが,これは戦略的仮定であって,私の意見ではない。[2011年6月21日追記:「信認」の誤記を修正。]
「財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html )でのべた通り,私は,国債の日銀引き受けに反対である。日銀引き受けの禁止は,財政規律を保つための防ぐ安全装置であり,それを外すメリットはない。
(注2)
厳密なモデル分析の基礎を与えるものとしては,Ball (2008)がある。
(注3)
 貨幣が償還されない前提で,貨幣の増加が財源とみなせる議論は「通貨発行益」の標準的な議論である。このことは,「通貨発行益」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33222258.html )で説明した。
(注4)
 ただし,これは「ハイパーインフレーションの理論」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32519668.html )で示した,ハイパーインフレーションとは違った現象である。そこでは,国債は市中で消化できずにすべて中央銀行が消化せざるを得ず,貨幣の増加が中央銀行にとっては外生的な財政赤字で決定されている。今回の記事では,貨幣の量は財政赤字とは関係をもたない。
(注5)
 例えば,2006年にノーベル経済学賞を受賞したフェルプス教授の研究(Phelps, 1973)。

(参考文献)
Laurence Ball (2008), “Helicopter Drops and Japan’s Liquidity Trap,” Monetary and Economic Studies, December, Vol. 26, pp. 87-105.
http://www.imes.boj.or.jp/research/papers/english/me26-7.pdf

Edmund S. Phelps (1973), “Inflation in the Theory of Public Finance,” Swedish Journal of Economics, Vol. 75, No. 1, March, pp. 67-82.
http://www.jstor.org/stable/3439275

(参考)
「既視感が漂うデフレ脱却論議」(池尾和人)
http://agora-web.jp/archives/938282.html

(関係する過去記事)
「ハイパーインフレーションの理論」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32519668.html

「財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html

「通貨発行益」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33222258.html

「貨幣数量説と流動性の罠」
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 quantity theory of moneyは直訳すれば貨幣数量理論だが,貨幣数量説と訳されている。これは,貨幣量が物価を決定することを主張する理論である。貨幣M,物価P,実質所得Yとして,これらに
   MV=PY
という関係を考える。この恒等式で定義されるVは貨幣の(所得)流通速度と呼ばれる。
 Vが一定であると考えるのが貨幣数量説である。すると,貨幣と名目所得は比例関係にある。実質経済成長を考えなければ,貨幣の増加は長期的に実体経済には影響を与えないならば,物価を上昇させることが言える。実質経済成長があれば,それに見合う貨幣の成長は物価を安定的に保つと言える。Vは金利によって変化するが,長期的には安定していると考えられ,長期的には貨幣量が物価を決定するとマクロ経済学の教科書には書かれている。
 日本で貨幣数量説が当てはまっているか,簡単な図で見てみよう。Mの指標は色々あるが,日銀の政策に関係づけるために,ここではマネタリーベースをとる。下の図は,1970年から1995年までのマネタリーベース年間平均残高(横軸)と名目国内総生産(GDP,縦軸)の相関を示したものである(注1)。この期間に貨幣と所得はほぼ比例関係にあることがわかる。Mが10兆円程度のときにはPYは100兆円強で,Mが40兆円程度のときにはPYは400兆円強となっている。
イメージ 1

 1995年以降,わが国の政策金利は0.5%を上回ったことはない。この期間にはゼロ金利政策と量的緩和政策がとられた。マネタリーベースと名目GDPの関係を1970年から2009年までに延長して示したのが下の図である。量的緩和時にMは100兆円を超えることになったが,1995年までの関係が予測するように名目GDPが1000兆円になることはなかった。
イメージ 2

 ゼロ金利を含む非常に低い金利のときに貨幣が増えても物価も所得も上がらないことは,「流動性の罠」と呼ばれ,これも昔からマクロ経済学の教科書で説明されていた現象である。
 以上の図から言えるのは,「金利が正のときは貨幣数量説が妥当するが,金利がゼロのときは流動性の罠に陥り,貨幣数量説は妥当しない」という事実である。教科書に書かれている通りのことが日本で起こったわけである。

 つぎに,デフレを脱却して,適切な実質成長と物価上昇が実現する経済に着地するには,どのような道筋を描けばよいか,について以上の図が示唆することを見ていこう。
「日銀の国債引き受けによってレジーム転換が生じて,マイルドなインフレが実現する」という考え方については,レジーム転換が生じるか否かがそもそも問題だが,かりにレジーム転換が生じたとしてもそのような都合の良いレジーム転換は存在しない。最近のマネタリーベースは100兆円程度だが,かりに日銀が20兆円国債を引き受けたとして,Mが120兆円に増えたとすると,それに対応して着地すべき名目GDPは1200兆円を超えるだろう(1995年以前の貨幣の流通速度をもとにしているので,着地すべき名目GDPにはある程度の幅をもってみる必要はあるが,以下の議論に本質的な影響はない)。2010年の名目GDPは479兆円だから,1200兆円というのは数年のうちにマイルドインフレで到達できる数字ではない。つまり数年間で適切な水準に着地するなら,それまでは猛烈なインフレになるだろうし,マイルドインフレで着地しようとすれば,何十年かかるかわからない。[2011年6月21日追記:それほどの長期間,ゼロ金利のままでインフレをコントロールすることは現実的に無理である。この点を当初に記述していなかったため,意図が伝わりにくかった。なぜ現実的に無理かは,「復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35427897.html )でくわしく説明している。]「Mを増やしてマイルドインフレの実現」というのはまったくの妄論である。
 市場は以上の事実を理解しており,ゼロ金利政策の出口ではMの縮小が必要なことを見通している。ゼロ金利からの追加的緩和を得るための「時間軸政策」とは,出口において金融緩和を継続することを市場に期待してもらい,その効果を今に「前借り」するものである。これをMで表現すると「将来にMを減らすのだが本来減らすものよりも減らすものを少し減らす」ということになる。わざと支えるように書いてしまったのだが,よく読んで理解してもらいたいが,そういうことである。以前に「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」で「現在にお札をするだけでは効果ない,将来にお札が増えることを皆が信じると効果がある」と書いたが,将来の貨幣を増やすといっても,その貨幣量は今の貨幣量よりも減っていなければならない。Mを使うことの複雑さは,将来の政策を市場に期待してもらおうという時間軸政策の意図にとって障害となる。金利を使って表現することの利点は,将来の政策の説明が簡明になることである。つまり,「ゼロ金利解除のタイミングを遅らせる」という一言で上記の「減らす4連発」と同じ意味のことを説明できる。また,現在の貨幣を増やすことに効果がないという「流動性の罠」の事実も,現在の貨幣を増やしてもゼロ金利で同じこと,という形で理解しやすくなる。

 貨幣数量説と流動性の罠という,昔からマクロ経済学の教科書に書いていることが日本で現実に起こっていることを確認すれば,国債の日銀引き受けがデフレ脱却に何の意義もないことはすぐわかることである。そして,それは財政規律の喪失という弊害をもたらす。このことは震災の前でも後でも変わらない(注2)。

(注1)
 マネタリーベースは日本銀行の時系列統計データ検索サイトからダウンロードした。名目GDPは,「1945年のGDP」で説明した手法で筆者が接続した系列である。
(注2)
 日銀の国債引き受けが復興財源として意義があるか否かは別の論点になるので,震災復興の問題として別の機会に取り上げたい。大筋としては,引き受けた国債はゼロ金利を解除するときに売却しなければいけないので,国債を市中で発行することと同じことになる。

(参考)
日本銀行時系列統計データ検索サイト
http://www.stat-search.boj.or.jp/index.html
(ここからマネタリーベースにたどりつくときに,皆さんはどうしていますか? 私は「統計別検索」の「日本銀行関連(BJ)」に入り,「メニュー検索」から系列を指定していますが,どこに何があるか事前にわかってないと使えないやり方で,初心者に説明するにはあまり適切でないように感じています)

(関係する過去記事)
「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32325439.html


[2011年6月21日追記]
(関係する記事)
「復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35427897.html

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東京電力の一時国有化

 東日本大震災で被害に遭われた方へのお見舞いを申し上げます。

 東京電力の一時国有化を政府が検討しているとの報道がされたが,枝野官房長官はこれを否定した。現在上場されている企業の処遇について政府が公に認めるわけはないが,原発事故と電力供給の今後を考える上で,これは当然に考えておかなければならない選択肢である。

 福島第一原発の情勢はまだ予断を許さないが,最終的には相当の被害が出る可能性がある。東京電力には,その被害の補償と福島第一原発に代わる電力供給のための設備投資という2つの支出需要が生じる。
 前者については,原子力損害賠償法では,原子力事業者(今回の場合,東京電力)が無過失・無限の賠償責任を負うとされる。一般的には加害者の支払能力を超えた賠償は不可能であるが,原子力施設の事故では被害者が確実に救済されるように国が関与することになる。今回の事故に関係する制度を簡単にまとめると,地震・噴火・津波による事故の場合は,事業者と国が結んだ原子力損害賠償補償契約によって1200億円までの賠償がなされる。それを超える部分については,原子力損害賠償法16条で,政府は「この法律の目的を達するため必要があると認めるときは,原子力事業者に対し,原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なう」ものとされている(注)。
 国の支援が入る場合には,支援が多ければ東京電力の賠償責任額は軽くなり,国の支援が少なければ東京電力の賠償責任額は重くなる。すなわち,東京電力が民間企業のままあったとしても財政的には国と東京電力は連動することになる。この事実を押さえておくことは重要である。

 法律は国と東京電力の負担割合を明確に定めていない。今回の被害は「想定外」の災害に起因するものであり,負担割合の決定に紛糾する可能性がある。政府には復興のためにやらなければいけない仕事はたくさんあり,このことだけに没頭する余裕はなく,可能な限り簡明かつ迅速に処理すべきである。
 東京電力による補償原資はまずは自己資本であるが,賠償責任額が自己資本を上回ったからといって操業停止するわけにはいかないので,そうなった場合は国が出資して国有化が図られることになるだろう。
 原発事故が収拾していない段階でずいぶん「気の早い話」をしているようであるが,早急に意思決定しなければいけない問題に影響を与えるので,東京電力の姿について現在の時点で暗黙の合意を形成しておくのが望ましい。賠償負担のルールは,具体的には以下のような意思決定の問題に影響を与える。
 第1に,国と東京電力が独立した主体として賠償をめぐって交渉する取引費用が節約できる。第2に,原発事故の賠償責任が新規の資金供給者にまで回るのではないかとの懸念が生じると,今後の設備投資の資金調達に支障をきたす。第3に,今回の事故の責任をとって経営トップは近々辞任することになるだろうが,後の会社がどうなるかは新経営陣がどう選ばれるかに大きく影響する。最後に,電力需給のバランスを回復する短期的措置の考え方の整理に役立つ。
 最後の点をくわしく見てみよう。需要を抑制する応急措置には,税か料金引き上げがある。前者では国の収入増,後者では東京電力の収入増となるが,国と東京電力が財政的に連結していれば,どちらが収入増になるかの違いは消滅する。つまり,料金引き上げだと国の収入増にはならないというわけではなく,その分東京電力の賠償負担能力が上がり,国による賠償額が少なくなるという意味で,国の税収増と実質的に同じ効果が生じるのである。一時国有化されると,この事実が表面に出ることで,需要調節のために価格メカニズムを用いるときの考え方が整理しやすくなる。

 なお,政治家が誤解しやすいところであるが,国有化の根拠は,国の方がうまく経営できる,といった経営能力の問題にあるのではない。個人的能力で見れば,国にも東京電力にもそこそこ優秀な人材が入っているはずである。人的能力の優劣ではなく,制度的な問題として国有化の是非を考えることが,政策立案の基本になる。

(注)
 原子力損害賠償法3条では,「異常に巨大な天災地変」の場合には原子力事業者は免責され,国が賠償することになるが,枝野官房長官はこの条文の適用を否定した。

(資料)
原子力損害の賠償に関する法律
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO147.html

原子力損害賠償制度(電気事業連合会)
http://www.fepc.or.jp/present/safety/saigai/songaibaishou/index.html


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