岩本康志のブログ

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 クルーグマン・プリンストン大教授は日頃,日銀に厳しい批判を浴びせていることで有名だが,そのクルーグマン教授が日銀の擁護とも受け取れる論陣を張るという,面白い展開が米国のブログ界で起こっている。
 時間順に経緯を追うと,まず,ブラード・セントルイス連銀総裁が7月29日発表した論文(PDF)で,米国が日本型デフレに近づいている,という懸念を表明したことが発端である。ブラード氏は,日本型デフレを,そこから抜け出すことができない「デフレの罠」としてとらえている。
 これに対し,サムナー・ベントリー大教授が29日のブログで,ブラード氏の認識は誤りで,日本はデフレから抜け出すことが難しい罠にはまっているのではなく,日銀が自ら好んでデフレを選んでいるのだ,という批判をしている。
 これに対して,クルーグマン教授が30日のブログで,デフレから抜け出すことはそれほど簡単ではない,とサムナー教授を批判している(注)。

 サムナー教授とクルーグマン教授の論争の背景には,ゼロ金利になった後の金融政策の効果についての考え方の違いがある。サムナー教授の立場は,非伝統的金融政策の追加でデフレを脱却することができる,というものである。バーナンキ米連邦準備制度議長も同様の考えを過去の講演で表明している。つまり,金利による調整よりは困難かもしれないが,金融政策によってデフレは予防できるし,デフレに陥っても脱出できる,と考えている(バーナンキ氏は財政政策の助けを借りる必要があるかもしれないことにも言及している)。そして,日銀は日本経済を確実にデフレから脱却させることができるのに,日本経済がデフレから脱却していないのは,日銀がそれを選んでいるからだ,という考えに至っている(バーナンキ氏はこの点は違う意見である)。
 一方,クルーグマン教授は24日のブログに書いているように,追加的な金融政策が確実な効果をもつとは断定していない。つまり,追加的な手段の効果は不確実で,実行してもデフレを脱却できなくなる可能性を認めている。クルーグマン教授の立場は,効果が確実かどうかはわからなくても,デフレ脱却のためにそれを試すべきだ,というものである。したがって,日銀がそうした行動に出ないことを舌鋒鋭く批判する。しかし,効果が不確実であるという立場からは,日銀が行動を起こさないからデフレが続いている,と断定はできない。デフレの原因が日銀の失政にある,とも断言できない。日銀が行動を起こさないという批判と,デフレの原因は日銀にあるという批判の間にある空隙は見落としてしまいがちであるが,非常に大事である。

 以上は,金融政策がデフレ脱却の能力をもつかどうかの意見の相違を軸に論争をまとめたものであるが,日銀の評価のもうひとつの論点に,日銀がその能力を適切に使いこなす能力をもつかどうか,がある。金融政策がデフレ脱却の能力をもつという考えのなかでも,サムナー教授は日銀がデフレを好み,デフレを選んでいるという解釈であるが,バーナンキ教授は,日本がデフレにあるのは政策の失敗だと,立場が分かれる。
 ここで「金融政策の潜在能力」(デフレを脱却できるか)と「日銀の判断能力」(金融政策の判断を適切にしているか)の2つの軸で意見を整理すると,サムナー教授,バーナンキ氏,クルーグマン教授は,以下の表のような形にまとめることができるだろう。さらに,日銀は,金融政策でデフレを脱却する力はない,自らは正しく判断していると信じているだろうから,3氏とも違う立場として,この表に組み込むことができる。ブラード氏は日銀を批判していないので,日銀と同じ場所に位置するが,立場上,日銀批判を公言できないだけかもしれないので,表にブラード氏の名前は記入していない。
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 サムナー教授とクルーグマン教授は,2つの論点で対極の位置にいることになる。そして,潜在能力の論点では,クルーグマン教授は日銀と同じ側にいることになる。これが,あたかも日銀擁護のように見えてしまう理由である。バーナンキ教授は,日銀の判断能力についてはクルーグマン教授と同じに日銀に批判的であるが,中央銀行の潜在能力については違う立場に位置づけられる。
 この表で見ると,「日銀批判」には,3方向からの批判があることがわかる。時間的には,日銀批判論の主軸は,「クルーグマン」→「バーナンキ」→「サムナー」の順に動いてきたように感じられる(ここは個人名ではなく,意見の類型としてとらえていただきたい)。ゼロ金利に突入した頃は,未経験の事態のなかで非伝統的金融政策の効果を手探りで議論しており,潜在能力が不確実であるという前提を共有しての論争であった。やがて,金融政策でデフレ脱却ができると確信した日銀批判が中心になった。そして,デフレで安定の状態が長く続いているため,サムナー教授のような意見に移行していった。
 日銀がデフレを脱却できるのにあえてデフレを選んでいるのか,それともデフレを脱却したいのにデフレの罠にはまっているのか。日銀の行動を観察するだけでは決定的な反証材料は現れないので,この議論に明確な決着はつかないように思われる。
 しかし,デフレ懸念が言われ始めた米国の今後の動向が,この議論に大きな意味をもつ。かりにデフレは予防も脱却もできるというバーナンキ氏が運営する金融政策でも米国がデフレに陥り,それが長期化すると,日銀批判論者が身をもって自説(金融政策でデフレに対処できる)が誤りであることを示すことになる。負けを「x」で表すと,
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となる。
 かりに米国が果敢な政策を繰り出してデフレにならなかった場合,日銀は苦境に立たされるだろう。しかし,クルーグマン教授は金融政策に効果がないと断言しているわけではないから,自説が間違っていたことにはならない。このときは,
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となる。
 つまり,米国が今後どう転んでも,クルーグマン教授が論争に負けることはない。

(注) その後,サムナー教授は30日のブログで反論している。

(参考文献)
James Bullard (2010), “Seven Faces of Perils,” forthcoming in Federal Reserve Bank of St. Louis Review, September/October 2010.
http://research.stlouisfed.org/econ/bullard/pdf/SevenFacesFinalJul28.pdf

(参考)
Beautiful models and inconvenient facts (Scott Sumner)
http://www.themoneyillusion.com/?p=6405


If it quacks like an ultra-conservative central bank (Scott Sumner)
http://www.themoneyillusion.com/?p=6422

Deflation: Making Sure "It" Doesn't Happen Here (Ben S. Bernanke)
http://www.federalreserve.gov/BOARDDOCS/SPEECHES/2002/20021121/default.htm

Monetary And Fiscal Policy: A Clarification (Paul Krugman)
http://krugman.blogs.nytimes.com/2010/07/24/monetary-and-fiscal-policy-a-clarification/
 24日の私の記事「『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』」では,21日のバーナンキ米連邦準備理事会議長の議会証言の報道を題材に,「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」の違いに注意を喚起した。その趣旨は,「生産性の低下はインフレ圧力」,「生産性成長率の低下はデフレ圧力」と経済への影響が違うので注意が必要,ということである。
 残念ながら,同じ題材をもとに両者を混同し,「生産性成長率の低下もインフレ圧力」とした記事が現れた。高橋洋一氏の「バーナンキFRB議長の発言を『誤読』する日経新聞の『クオリティ』なぜか、いつも日銀寄りに誤解」である。高橋氏は,

 バーナンキ議長は、市場から観測される予想インフレ率が回復しつつあると言った後、こう答えた。
「日本と米国には重要な違いがある。日本は生産性が低く、労働力も減少しているので、潜在成長率が低下している。また、日本は銀行部門で長い間、問題があったが、米国では抜本改革に早期に踏み出した。・・・最後に、FRBはデフレにさせない政策手段をもっていることをいいたい。それで、米国では当面デフレのリスクはないと思う。」
 ここで、日本の生産性が低いことに言及されているが、米国の話はない。
 しかし同日、この質問の前、米国経済について、「労働・財市場で需給がゆるみ、賃金と物価が低下している。生産性の向上によって、さらに賃金が下がっている」と答えているのである。

という。
 最後の,生産性の向上が賃金を低下させる,の件が当初理解できなかったが,この発言は公聴会のために準備された原稿に記載されたもので,原文は,”rapid increases in productivity have further reduced producers' unit labor costs”である。正確には,賃金ではなく「単位労働コスト」が低下している,といっている。
 単位労働コストは物価の動向を判断するために重視されている指標であり,賃金を労働生産性で割ったものになる(注1,注2)。バーナンキ氏の言及した「生産性」は単位労働コストのなかの労働生産性の動きに反映されるので,ここでいっていることは,賃金の低下が単位労働コストを低下させ,生産性の上昇がさらに単位労働コストを減少させた,である。生産性の上昇が賃金を低下させた,ではない。
 単位労働コストの低下は,企業の生産費用の低下なので,価格の低下圧力になる。価格が少し遅れて調整されると考えると,過去の単位労働コストの動向が将来の価格に影響するだろう。したがって,バーナンキ氏は,米国のインフレ率の低下の要因の説明に,最近の単位労働コストの経緯とそれの原因である生産性の上昇,をもちだしている。
 さて,このことの理論的な背景であるが,
(1) 価格が伸縮的に調整されるとすれば同時に起こる現象に着目している
(2) 過去の動向を見ており,将来の動向は見ていない
ことから,過去から現在に生産性が一時的に上昇したらどうなるか,を考えており,それがデフレ圧力になる,と考えていることになる(注3)。
 高橋氏の議論は途中経過が不正確だが,「高生産性でデフレ圧力」という結論は結果的には正しい。

 さて生産性については,高橋氏は「日本の生産性が低いことに言及されているが、米国の話はない」といっているが,もとのバーナンキ氏の発言は,”relatively low productivity in recent years … so its potential growth rate is lower than the US”なので,生産性と潜在成長率は明確に日米を比較している。発言の趣旨で重要なのは潜在成長率であり,それに影響を与えるのも生産性の成長率である。
 高橋氏は,ここを成長率とはとらず,上の「高生産性でデフレ圧力」を裏返して,「低生産性でインフレ圧力」と解釈している。そのため,高橋氏は,

 同じ日に、バーナンキが、米国では高い生産性によってデフレになるといいながら、日本では低い生産性のためにデフレになるなどと説明するわけがない。これは日銀をバカにして、皮肉をいっているのだ。
 要するに、米国では高い生産性でデフレになっても不思議でないが、FRBはしっかり金融政策をやるから大丈夫だと言っているのである。逆に、日本では低い生産性のためデフレになりにくいのに、日銀がヘタなためにデフレになっている。これが、バーナンキ議長の証言だ。

とバーナンキ氏の発言を謎解きすることになった。
 この高橋氏の見立てでは,現在の立場上「日銀がヘタなためにデフレになっている」と公言できないため,デフレになった日本は米国よりもデフレになりにくい,までで発言を止めたことになる。この発言が「米国よりもデフレになりにくい日本でさえデフレになった。いわんや米国も」と聞き手に解釈されると,バーナンキ氏の意図に反する。正しく解釈してもらうためには,「日銀がヘタ」というのが,あえて口に出すまでもない常識として,経済学者,エコノミストのみならず,議員,議会傍聴者,メディア,一般米国国民に共有されている必要がある。これは本当だろうか。

 Los Angels Timesは26日,バーナンキ氏の発言を引きながらも,「U.S. may face deflation, a problem Japan understands too well」と題した記事を配信した。


(注1) 単位労働コストについては,人件費を生産量で割ったもの,という説明だけ与えられることもあるが,両者を総労働時間で割ると,
(人件費/総労働時間)/(生産量/総労働時間)=賃金/労働生産性
になる。

(注2) 経済協力開発機構(OECD)では,加盟国の単位労働費用が四半期ベースで推計されている。

(注3) 「News-driven business cycle」で説明したような,将来に生産性が上昇するという「予想」が作り出す影響と大きく違う。

(参考)
「バーナンキFRB議長の発言を「誤読」する日経新聞の「クオリティ」なぜか、いつも日銀寄りに誤解」(高橋洋一)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/910

Testimony by Chairman Bernanke on the Semiannual Monetary Policy Report to the Congress (July 21, 2010)
http://www.federalreserve.gov/newsevents/testimony/bernanke20100721a.htm

System of quarterly unit labour cost indexes, OECD - Updated: May 2010
http://www.oecd.org/document/50/0,3343,en_2649_33715_45262898_1_1_1_1,00.html

U.S. may face deflation, a problem Japan understands too well (Los Angels Times)
http://www.latimes.com/business/la-fi-0726-deflation-economy-20100726,0,1020949.story

(関係する過去記事)
「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33657643.html

「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」:補足説明
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33665691.html

News-driven business cycle

 過去2回の記事(「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33657643.html ,「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」:補足説明http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33665691.html )では,「生産性の上昇はデフレ圧力」と「生産性成長率の上昇はインフレ圧力」について,技術的な説明に終始したので,ニュー・ケインジアン・モデルになじんでいない読者には納得してもらえなかったかもしれない。もう少し噛み砕いて,直観的な説明をしてみたい。
 まず,「生産性の上昇はデフレ圧力」の方は,理解しやすいだろう。例えば,サンマが豊漁だったとしよう(水産業の生産性が上昇する。また来年はサンマが豊漁かどうかはわからない)。市場(いちば)にいつもより大量のサンマが運ばれるが,供給に見合う需要が自動的に生まれるわけではない。皆にサンマをたくさん食べてもらうためには,サンマの価格は下がらなければいけない。こうした現象が経済で幅広く見られれば,一般物価が下落する。
 今度は,「生産性成長率の上昇はインフレ圧力になる」と聞くと,このサンマの例と同じようなことが起こりはしないか,と考えて,すぐには納得できない読者もいると思う。前回の記事で引用したhimaginaryさんの「生産性と自然利子率」(http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100725/productivity_and_natural_rate_of_interest )の疑問もこうしたものだ(以下に再掲)。

「生産性成長率が低いために自然利子率が低くなってデフレに陥りやすくなるのだとしても、生産性を上げればデフレからそれほど簡単に脱却できるのだろうか? 単純に考えれば、仮に生産性上昇によって自然利子率が上昇したとしても、潜在成長率も上がっているわけだから、需給ギャップへの影響は一意ではない。もしその場合に需給ギャップが縮小するのであれば、需要の成長率が、一時的にせよ、潜在成長率の上昇以上に上昇する必要がある。つまり、供給力の上昇によって需要が需要を呼ぶような展開がもたらされることが必須となるわけだ。いわば、経済のこの段階においてセーの法則(ないしはそれ以上の供給から需要への効果)が働くことが求められるわけである。」(「himaginaryの日記」より引用)

 こうした疑問について,前回の記事では,ニュー・ケインジアン・モデルの技術的な説明だけで回答してしまったので,今回は別の説明をする。
 例えば,「東京は世界の金融センターになる」と皆が思ったとしよう。つまり,将来に東京の経済活動が活発になり,将来の皆の生産性が上昇するとの予想が形成される。すると,将来の活況を見越して,現在から投資が活発になるだろう。ところが,現在はまだ生産性が上昇していないから,需要が増えたほどには,供給は増えない。したがって,現在にインフレ圧力が発生する。将来が皆の予想通りなら,経済活動は活発で,総供給も総需要も増えている。この例を言い換えると,皆の経済の見通しが強気になることで,経済が活況を呈し,インフレ圧力になる,ということである。強気の見通しに基づき需要が増えているので,供給が増えた将来にも需要不足を心配する必要はない。
 逆に,生産性成長率の低下は,経済の将来の見通しを弱気にさせ,現在の活動を萎縮させる。これは,現在のデフレ圧力になる。
 最初のサンマの例では,誰も予想しないで突然にサンマが豊漁になる。つまり,需要の変化(需要曲線のシフト)がなく,突然に供給が増える。つぎの金融センターの例は,皆が将来に経済が好調になると予想して,それに基づく行動を起こす。つまり,供給の変化は,需要の増加に裏打ちされている。なので,金融センターの例の将来の状況はサンマの例と同じように考えなくていい,ということである。
「生産性成長率の上昇=将来の生産性の増加」の経済への影響は,強気の見通しによる需要増加によって何が経済に起こるか,という視点から考えた方が適切である。生産性の変化が供給だけの要因,という観念が誤解を招きやすい。経済学者は「生産性の成長」を何気なく使っているが,今回の記事を書いてみて,一般の方の受け取り方との間に相当の幅があることに気づかされた。その意味では,今回の記事は私にも勉強になった。

 ここで,「東京は世界の金融センターになる」という例を使ったのには,理由がある。ご承知の通り,これはわが国がバブルで賑わっていた頃にいわれていた話で,実際には「世界の金融センター」は幻で,バブルは崩壊した。
 そこで,私が上に説明した筋書きをもう一度見てもらいたいのだが,最初に,「東京は世界の金融センターになる」と皆が予想するところから,現在の需要が増えるところまでは,「予想」だけで動いている。つまり,将来にこの「予想」が実現せずに幻に終わったとしても,現在の需要は増加する。労働供給が動けば,現在の生産も増加するだろう。逆に,予想が裏切られた将来では,予想に基づいた行動が裏目に出て,経済が縮小するのではないか。こうした筋書きを表現しようしたのが,今回の記事の題名とした「news-driven business cycle」と呼ばれるモデルである。これは,将来に経済に好調になるという予想ができるが,後でそれが実現しないという現象によって,景気循環が生じるという考え方である。日本のバブル景気とその後の低迷を説明する仮説としても注目されている。
 予想された経済の好調は実際には実現されていないので,事後的な産出量を見ているだけでは,news-driven business cycleはとらえられない。それで,将来の経済状況に関する予想が株価に含まれているのではないか,と考えて,株価が推定されるモデルに加えられている。
 じつは,実物的景気循環モデルや標準的なニュー・ケインジアン・モデルに基づく初期の研究では,このアイデアでは,実際の景気循環の様子をうまく説明できなかった。しかし,Jaimovich and Rebelo (2009)の工夫によって,大きな問題が解消して,現在は多くの研究者によって精力的に研究が進められている。日本経済に適用した研究には,例えばFujiwara, Hirose and Shintani (2008)がある。

「生産性成長率の上昇」が意味するところは,もう少し現実感覚に合う言葉に言い換えると,「経済の将来に明るい見通しをもって皆が行動し始める」ということである。政策当局は,それをバブルに終わらせずに,実際に実るものにしなければいけない。生産性を高める成長戦略が目指すものは,そうした経済の姿のはずである。
 これなら,デフレ圧力にはならないだろう。

 さて,新サンマ食べよう。

(参考文献)
Ippei Fujiwara, Yasuo Hirose, and Mototsugu Shintani (2008), “Can News Be a Major Source of Aggregate Fluctuations? A Bayesian DSGE Approach,” IMES Discussion Paper Series 2008-E-16.
http://www.imes.boj.or.jp/english/publication/edps/2008/08-E-16.pdf

Nir Jaimovich and Sergio Rebelo (2009), “Can News about the Future Drive the Business Cycle?” American Economic Review, Vol. 99, No. 4, September, pp. 1097-1118.

(参考)
「生産性と自然利子率」(himaginaryの日記)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100725/productivity_and_natural_rate_of_interest

(関係する過去記事)
「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33657643.html

「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」:補足説明
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33665691.html

 昨日の記事「『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33657643.html )に,himaginaryさんからトラックバックを頂いた(「生産性と自然利子率」,http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100725/productivity_and_natural_rate_of_interest )。頂いたご意見に即して,先の記事の補足説明をしたい。

1.
 私が生産性成長率と生産性の違いを強調したことに対して,以下のようなご意見を頂いた。

「岩本氏が生産性成長率と生産性の違いにこだわる点には少し違和感を抱いた。普通に考えれば、低い生産性成長率が続けば水準としての生産性も低くなり、高い生産性成長率が続けば水準としての生産性も高くなるので、両者を同義に使ってもさほど問題は生じないように思われるからである。」(「himaginaryの日記」より引用)

 私が違いにこだわったのは,「低生産性でインフレになる」と主張される方がおられるからである。低生産性でインフレになる,の論理を簡単に言い表すと,生産性が低いと財の供給が減少して,需給が逼迫して物価が上がる,というものである。現在の中央銀行家とマクロ経済学者の念頭にあるニュー・ケインジアン・モデルは動学的設定になっており,こうした簡単な議論はそのままでは成立しない。
 「低生産性でインフレになる」という議論と「生産性成長率が低いとデフレになる」(正確にはかならずデフレになるではなく,デフレになる危険が高まる,だが)という議論がならんでいるときに,どう考えるか。両者の顔を立てるとすれば,標準的なニュー・ケインジアン・モデルの考え方に沿って,前者は一時的な生産性の低下を考えていると解釈すればいいのではないか,というのが私の提案である(注)。

 また,私が一時的な生産性の低下を議論したことに対して,以下のようなご意見を頂いた。

「注意すべきは、岩本氏がここで暗に生産性についてトレンド定常性を仮定している点である。しかし、かつてクルーグマンとマンキューが激しくやり合ったように、この仮定を置くのには相当の慎重さを要する。例えば現在の日本の生産性の低さが将来の生産性成長率の高さを約束している、と信じるのは相当の楽観論者に限られるのではないだろうか。」(「himaginaryの日記」より引用)

 私は,デフレ懸念の論理的な可能性を検討しているので,経験的事実は別の話である。
 しかし,himaginaryさんが指摘したような経験的事実を根拠に,「低生産性」が恒久的な生産性成長率の低さを含意するという合意ができて,「低生産性はデフレ圧力」なり「低生産性で流動性の罠に陥って,デフレになる危険が高まる」という言い方が定着するならば,私はそれでも構わない。それまでは,意味を取り違えないように注意を払うのが大事,というのが私の趣旨である。

2.
 私が,「生産性成長率が高まると,自然利子率が高まり,政策金利(ゼロ金利)との差が縮小して,デフレが弱まるか,デフレから脱却できる」と書いたことに対して,以下のようなご意見を頂いた。

「生産性成長率が低いために自然利子率が低くなってデフレに陥りやすくなるのだとしても、生産性を上げればデフレからそれほど簡単に脱却できるのだろうか? 単純に考えれば、仮に生産性上昇によって自然利子率が上昇したとしても、潜在成長率も上がっているわけだから、需給ギャップへの影響は一意ではない。もしその場合に需給ギャップが縮小するのであれば、需要の成長率が、一時的にせよ、潜在成長率の上昇以上に上昇する必要がある。つまり、供給力の上昇によって需要が需要を呼ぶような展開がもたらされることが必須となるわけだ。いわば、経済のこの段階においてセーの法則(ないしはそれ以上の供給から需要への効果)が働くことが求められるわけである。」(「himaginaryの日記」より引用)

 端的にいうと,ニュー・ケインジアン・モデルでは,セー法則が働く。実物的景気循環モデルに物価の硬直性を導入したのがニュー・ケインジアン・モデルなので,技術的ショックの影響は実物的景気循環モデルでの含意を引き継いでいる。技術的ショックによって潜在GDPが増えたとき,政策金利と自然利子率が一致している限り,それに応じた現実GDPの増加が生じて,GDPギャップは変化しない。したがって,GDPギャップの動きを見るには,政策金利と自然利子率の差に注目していればいいことになる。
 ニュー・ケインジアン・モデル自体が正しいかという議論は別にあり得るだろうし,その議論も興味深い。しかし,先の記事での私の説明は,コンセンサスのある議論として,標準的なニュー・ケインジアン・モデルにしたがったものである。

(注)
 Benigno (2009)は,ニュー・ケインジアン・モデルをできる限り総需要・総供給分析に近づけて説明しているが,その6節「Productivity shocks」は,
6.1 A temporary productivity shock
6.2 A permanent productivity shock
6.3 Optimism or pessimism on future productivity
で構成されている。この節の末尾には,
「Regardless of the properties of the shock -temporary, permanent or expected- monetary policy can always move interest rates to stabilize prices and the output gap simultaneously. But the direction of the movement depends on the nature of the shock. When shocks are transitory, monetary policy should be expansionary; when permanent, it should be neutral; and with merely expected productivity shocks, it should be restrictive.」
と書かれている。なお,これは正の金利の場合である。
 ここに書かれていることをまとめ直すと,以下のようになる。生産性ショックの性格によって,物価の安定を図る金融政策のスタンスが違う。金融政策で相殺しなければ,そちらに物価が動いてしまうという意味で「圧力」という言葉を使うと,一時的な生産性上昇はデフレ圧力,恒久的な生産性の上昇(つまり成長率に変化なし)は中立的,将来の生産性の上昇期待(生産性成長率の上昇)はインフレ圧力になる。負の方向のショックに言い換えると,一時的な生産性低下はインフレ圧力,将来の生産性低下の懸念(成長率の低下)はデフレ圧力になる。

(参考文献)
Pierpaolo Benigno (2009), “New-Keynesian Economics: An AS-AD View,” NBER Working Paper No. 14824.

(参考)
「生産性と自然利子率」(himaginaryの日記)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100725/productivity_and_natural_rate_of_interest

(関係する過去記事)
「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33657643.html

 23日の日本経済新聞朝刊が,バーナンキ米連邦準備理事会議長の21日の議会証言について,

「バーナンキ議長は,日本型のデフレに陥る懸念はないのかとの議員の質問に対し,(1)日本のような低生産性などの問題を抱えていない(2)米国は銀行部門の抜本改革に早期に踏み出した−などど強調。デフレは「当面のリスクではない」と強調した」

と報道している。低生産性をデフレに陥るリスクととらえているわけだが,ここで「低生産性がデフレの原因」というのは,経済学的にはおかしい。
 一方で,iMarketNews.comは21日に,

「So he said "there is not a high probability that deflation will become a concern." Contrasting the U.S. to Japan, he said the latter has lower productivity growth, a contracting labor force and bank problems. He maintained the U.S. banking system, on the other hand, is "strengthening."」

報道している。こちらは「低い生産性成長がデフレの原因」の趣旨である。これは流動性の罠での金融政策に関する基本的な考え方であって,正しい。理屈はつぎの通り。
(1) 中央銀行が政策金利をどこに誘導するかの指標となるのが「自然利子率」である。名目金利を自然利子率に等しくすると,物価の安定と所得の安定がもたらされると考えられている。[2010年7月25日追記:ここで物価の安定は,インフレ率がゼロになることを指し,名目金利=実質金利=自然利子率となると考えています。]
 この自然利子率は,かりに価格が伸縮的に調整された場合に実現する実質金利であり,経済が潜在GDP水準にあるときの実質金利となる。このため,潜在GDPの成長率は自然利子率の重要な決定要因になる。
 潜在成長率が高まると,自然利子率が上昇する。潜在成長率が高まるというのは将来の財の供給が増えることなので,需給が均衡するには将来の財が相対的に安くならなければならない。これは実質金利が高くなることを意味している。
 そして,生産性成長率が高まると,潜在成長率が高くなる。
(2) 生産性成長率が大きく低下すると,潜在成長率の低下を通して自然利子率が負になる事態が生じる。中央銀行は政策金利を低くしようとするが,名目金利をゼロ以下にできない。ゼロ金利でも政策金利が高すぎるため,デフレが生じる[2010年7月25日追記:当初の説明がはしょりすぎていたが,デフレとは物価の下落を意味している。フィリップス曲線の関係によって,負のGDPギャップとデフレが生じるものと考えている]。これが「流動性の罠」の状態である。
(3) 流動性の罠の状態から,生産性成長率が高まると,自然利子率が高まり,政策金利(ゼロ金利)との差が縮小して,デフレが弱まるか,デフレから脱却できる。

 デフレと生産性の議論では,ときとして簡潔にするために「成長」の言葉を省くことがあるようだが,これは深刻な問題を引き起こす。いま一時的に「生産性の低下」が生じたとしよう。このときは,現在の低い生産性水準から将来の正常な生産性に向けて「高い生産性成長率」が生まれる。つまり,「生産性の低下」と「生産性成長率の上昇」は,同じことになる。
 生産性の低下と生産性の上昇は正反対のことだから,当然にその経済への影響も正反対である。このため,「成長」を省くと,正しい意見もひっくり返ってしまう。
 とくにややこしいのは,「生産性を高める」という言い方である。成長戦略は「生産性成長率を持続的に高める」ことを意図するが,これは自然利子率の上昇につながり,デフレ脱却の助けにもなる。ところが,成長戦略の意図が「生産性を高める」という表現で流通することがあるが,これだと「いまだけの生産性を高める」と理解される可能性があり,デフレへの影響については逆の意味になってしまう。

 発言者が正確に考えたとしても,ちょっとしたいい間違いで,生産性と生産性成長が混乱してしまうかもしれない。また,正しく発言されていても記事の書き手が混乱させてしまう,ということが生じる。記事にだまされないで,何が起こっているのかを正確に理解するには,まずは経済学をしっかり勉強しておくことが大事だ。
 というわけで,自然利子率が潜在成長率で決まる話は,流動性の罠での金融政策とともに,齊藤他『マクロ経済学』(有斐閣)344頁で説明しています。

(注) バーナンキ氏は,「低生産性成長がデフレの原因」とは直接発言していないと解釈している人もいるようだ。ここで引用した2つの記事はいずれも,「低生産性(成長)からデフレ」の流れで考えている。もともとは,米国が日本のようにデフレに陥るのではないかとの懸念から,米国と日本はどう違うか,という趣旨の質問に対する回答なので,米国と違って日本はデフレになって生産性が低下した,という趣旨の回答だとピント外れである。米国は日本のように生産性成長率が低くないからデフレに陥る危険は小さい,という趣旨の回答をしていると考えるのが自然だ。
 これについては,C-SPANの動画記録の2:24:40[追記:時間に誤記がありました。訂正しました]からのシェルビー議員の質問からを視聴して,確認していただきたい。

(参考)
Bernanke: Deflation Unlikely, But Fed Has Tools To Reverse It
http://imarketnews.com/node/16821


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マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)

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