岩本康志のブログ

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 非伝統的金融政策に踏み出した中央銀行の業務は,

リスクのある資産を保有し,通貨を発行する

となっている。これを仮想的に2つに分割してみる(それを部局A,部局Bと呼ぶ)

部局A リスクのある資産を保有し,国債を発行する
部局B 国債を保有し,通貨を発行する

となる。
 そして問題は,部局Aのしていることは金融政策なのか,財政政策なのか,である。政府を見渡すと,部局Aのような業務をしているものとして財政投融資がある。ここまでが,「金融政策と財政策(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33497773.html )のおさらい。

 財政投融資や政策金融の独立性という概念はない。それは,金融的手段をとっていても財政政策であると理解されているからである。では,中央銀行の独立性に基づき,日本銀行が独自の判断で財政政策をおこなっていいのか。それは,憲法83条に抵触する。例外とする根拠を憲法に求めることは無理のようであり,そうすると,中央銀行の判断で財政政策を実行していいと法律で決めることも,憲法違反となって無効となる。
 つまり,非伝統的金融政策を実行しようとすれば,それは財政政策ではないと定義するか,財政政策だと認めて財政政策と同様の手続きを踏むか,のどちらかの道をとらないといけないことになる。そして,後者が望ましい。
 前者の道をとり,「財政政策ではない」として,伝統的金融政策の流儀で実行したらどうなるか。将来にその資産価値が減じるリスクがある資産を保有し,実際に中央銀行のバランスシートが痛むと,中央銀行の利益が減少する。大規模な資産の減価が生じると,債務超過の事態もあるかもしれない。
 そのような事態になった場合は,中央銀行のバランスシートを回復するために,財政支出が必要になるかもしれない。当然に,中央銀行は何をやっているのだ,と批判が出てくるだろう。中央銀行が勝手に国民負担を作りだしたのだから,中央銀行に独立性を与えること自体が問題になるだろう。つまり,中央銀行の独立性が及ぶ範囲を広げることで,結果的に中央銀行の独立性が損なわれてしまい,伝統的金融政策の実行にも支障が及ぶ事態が招かれる。
 中央銀行の独立性が重要だと考える中央銀行家は,そのような事態になることを避けたいので,リスクのある資産を買う非伝統的政策に踏む込むことを躊躇する。政策決定の独立性が与えられているのは伝統的金融政策の範囲(部局Bの業務)に限定して,部局Aの業務は財政政策として国会で判断してくれることを希望するのである(注2)。
 大規模な非伝統的金融政策に踏み切ったのは,米国連邦準備制度(FRB)である。その動きを伝える『バーナンキは正しかったか?』(デイビッド・ウェッセル著,朝日新聞出版)を見ると,FRBは積極的に資産買い入れをしたかったわけではなく,そうせざるを得ない状況に追い込まれていったことがわかる。本来は財政当局が動くべきものを,破綻金融機関の処理体制が十分でない,議会が認めない等の理由で,金融システムへの深刻な打撃を避けるための他の選択肢がなく,FRBがやむなく資産を買っていった。カウンターパーティーリスクによって流動性が失われた資産を購入したので,現状でFRBのバランスシートが毀損したわけではない。しかし,巨大に膨れ上がった中央銀行のバランスシートを見て,中央銀行の力に畏怖を覚えた議会は,中央銀行の監視を強めることを検討している。今年5月に日銀で開催されたコンファレンスでのバーナンキ議長の講演論題は「中央銀行の独立性,透明性,説明責任」であり,バーナンキ議長がこの機会で中央銀行の独立性が保たれることの重要性を訴えたのは,このような環境が背景にあると解釈できる。
 しかし,バーナンキ議長の講演ではインフレ目標に関する発言に注目が集まったように,中央銀行のこのような考えは,中央銀行の外側では理解が十分に浸透していないようだ。
 そこで,「非伝統的金融政策は財政政策」という中央銀行の主張を「非伝統的金融政策をやりたくないことの言い訳」と政府が受け取って,圧力をかけて政策の実行を強制したらどうなるか。資産価値が毀損した場合,今度は政府が国会の承認なく,国民負担が生じる事態を引き起こしたことが問題になるだろう。結局,中央銀行の判断でも,政府の判断でも,財政民主主義が損なわれたことが問題になる。
 以上のように,政府の一機関がリスクのある資産を保有して,国民の負担が発生する事態を招く行為を,専門家が決めるならば,国会の関与がなくてもいいということにはならないだろう。(少し脱線して個人的意見をはさませていただきたいが,財政の研究者としては,専門家で合議して決めた方が,議員が国会で決めるよりも,良い選択ができると信じている。しかし,国家の強制力で集められた税金の使途は,国民が関与して決める,つまり国民が選んだ国会議員が決めるべきであるという財政民主主義は,それよりも優先するものである。国会議員が専門家の見解をよく勉強して,賢明な選択をしてもらうことが大事である)。

 日銀によるリスク資産の購入は,FRBにくらべると,ずいぶんと「ささやかな」規模であった。日銀は2002年に銀行が保有する株式を購入することを決定し,約2兆円の株式を購入した。これは前例を見ない政策であり,賛否両論を呼んだ。2009年には1兆円規模での株式の購入を再開した。手続き的には,日銀法43条を使い,政府との協議の上で,この政策を実行した。かりに損失が出れば政府と日銀の立場は危ういものになるので,そのリスクを背負った上での判断である。
 こうした実績の積み重ねた結果,規模は小さく,リスクの程度の小さい資産を購入することで,国民負担が生じるリスクを小さくし,それが顕在化しなれなければ結果オーライ,いう形がなかば場当たり的に確立されてしまったようだ。
 しかし,この方式を突き詰めて考えていくと,大きな課題が2つある。
 第1は,なぜ日銀が財政政策を実行しなければいけないのか,である。そもそも日本の場合,政策金融機関が部局Aに近い業務をおこなっている。すでに政策金融機関が存在しながら,なぜ日銀も政策金融機関のような活動をしなければいけないのか。事業仕分けで質問されても,きちんと返答できるような回答が必要だが,議論は整理されていないようだ。
 また,政府が対応できることは日銀にやらせることはないだろう。2002年の日銀による株式購入時,政府は銀行等保有株式取得機構を設立し,同様の政策を実行していた。政府がきちんと銀行危機に対処していれば,日銀による株式購入は必要がなかったといえる。
 日銀が関与するなら,政策金融機関が株式・社債の購入や融資をおこない,その債務に政府保証をつけて日本銀行が資金を供給するという方法が考えられる。これは,政策金融機関が部局A,日本銀行が部局Bの役割を果たすということである。日銀の業務が部局Bの範囲にとどまることがねらいである。
 政策金融機関の存在は,外国との比較で念頭に置くべきものである。例えば,米国のサブプライム危機では,米国の政策金融機関といえる住宅金融機関が危機の震源地であったので,中央銀行自らが資産の購入主体になった。
 第2は,現状のデフレ脱却策には使えないだろう。ここで期待する政策効果は,民間部門にあるリスクのある資産が安全資産に置き換わることで,経済主体の行動が変化する,という考え方で,ポートフォリオ・リバランス効果と呼ばれる。しかし,中央銀行が背負えるリスクが制限されていれば,自ずと政策効果も制限される。

 突き詰めていくと,日本銀行がリスクのある資産を買う手段は中途半端な位置にある。あまり突き詰めて考えられていないともいえる。しかし,中央銀行の独立性が損なわれないように,金融政策と財政政策の境界について,もっと多くの人が関心をもち,明確な境界線を引くことが重要だろう。
 そして,政策金融機関でできることはまずそこでやるべきである。それでは対応できないような大規模な金融危機であれば,米国のように中央銀行が主体となることが必要となるかもしれないが,日本経済の現状はそのような事態にはない。

(注2) では,部局Bの業務は財政政策ではなく,金融政策とするのはなぜ妥当なのか? これは別の機会に論じたい。

(参考)
日本銀行法
(他業の禁止)第43条 日本銀行は、この法律の規定により日本銀行の業務とされた業務以外の業務を行ってはならない。ただし、この法律に規定する日本銀行の目的達成上必要がある場合において、財務大臣及び内閣総理大臣の認可を受けたときは、この限りでない。
2 第7条第4項の規定は、前項の認可について準用する。

(参考文献)
Ben S. Bernanke (2010), “Central Bank Independence, Transparency, and Accountability,”
http://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/bernanke20100525a.pdf

(関係する過去記事)
「金融政策と財政政策の間(その1)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33497773.html

「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

「量的緩和から非伝統的金融政策へ」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33205318.html

(Amazon.co.jpへのリンク↓)
バーナンキは正しかったか? FRBの真相

 非伝統的金融政策を議論しているときに,財政政策のことが話題にのぼる。「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html )でも,「中央銀行がバランスシートにリスクを負うことは財政政策であるとの認識が必要」と書いた。中央銀行のとる政策なのに,なぜ財政政策の話になるのか。不思議に思われる方もいるかと思われるので,今回と次回の記事ではそれを説明したい。

 ここで議論したいのは,中央銀行が伝統的なオペ対象資産(安全な短期金融資産)以外の金融資産を購入する非伝統的金融政策である。具体的には株式,格付けの低い社債,企業への直接融資,外貨建て資産等が考えられ,違いは,将来にその資産価値が減じるかもしれないリスクがあるということである。
 非伝統的金融政策に踏み出した中央銀行の業務は,

リスクのある資産を保有し,通貨を発行する

となっている。非伝統的金融政策の意味をはっきりさせるために,これを仮想的に2つに分割してみる(それを部局A,部局Bと呼ぶ)

部局A リスクのある資産を保有し,国債を発行する
部局B 国債を保有し,通貨を発行する

部局Aの債務である国債と部局Bの資産である国債が相殺されると,上の中央銀行の姿にもどる。ここで部局Bのしていることは,伝統的な金融政策である。つまり,部局Aのしていることが非伝統的金融政策を伝統的金融政策から違えている本質的な部分である(注1)。
 そして問題は,部局Aのしていることは金融政策なのか,財政政策なのか,である。
 政府を見渡すと,部局Aのような業務をしているものとして財政投融資がある。財政投融資特別会計融資資金勘定は,財投債を発行し,財投機関に融資をしている。同特会投資勘定は自己資本をもとに投資している。財投機関である政策金融機関は,財政融資資金からの資金で企業・個人に融資をしている。
 財政投融資は,金融的手段を用いた財政政策,と呼ばれている。どこが政策を実施するかではなく,政策の機能に着目して政策を分類し,金融政策を部局Bの業務に限定する考え方に立つと,部局Aのしていることは,財政政策になる。非伝統的金融政策の議論では,そのような理解がとられるのが一般的だ(例えば,Goodfriend ,2010を参照)。
 財政政策であるという理解に立つと,憲法83条「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」の財政民主主義に服さなければいけない。実際,財政投融資計画での財政融資・産業投資・政府保証は予算の一部として,国会で審議され議決される。財政投融資計画自体も,特別会計予算の添付資料として国会に提出されている。また,政策金融機関の予算も国会で審議される。
 かりに財務省理財局や政策金融機関が国会の議決を仰がず,自分たちの判断で財政投融資や政策金融の活動をしたら,どうなるか。言語道断と非難されることは論をまたない。
 では,日本銀行が中央銀行の独立性のもとで,政策委員会の判断で部局Aのような業務をしたらどうなるだろうか。言語道断と直ちに非難されそうにはない。むしろ,デフレ脱却のために色々な資産をどんどん買え,といわれて日銀は批判されている。
 この違いをどう整理すればよいか。

(その2[2010年7月4日追記:http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33500878.html )に続く。


(注1) 非伝統的金融政策のすべてが財政政策ではない。時間軸政策では中央銀行の業務は部局Bの枠内に留まっているから,時間軸政策は非伝統的金融政策と見なされていても,財政政策ではない。

(参考文献)
Marvin Goodfriend (2010), Central Banking in the Credit Turmoil: An Assessment of Federal Reserve Practice, forthcoming in Journal of Monetary Economics.

(関係する過去記事)
「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

「量的緩和から非伝統的金融政策へ」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33205318.html

 前回の記事「通貨発行益」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33222258.html )では,ゼロ金利の期間中だけ国債保有増加を増やすことは,通貨発行益を増やさないことを示した。また,満期まで国債を保有すると通貨発行益が生まれる(長期債が償還される途中でゼロ金利が終わると考えている)。
 この保有期間の想定の違いは,ゼロ金利下での金融政策の効果の違いにつながる。Eggertsson and Woodford (2003)は前者の想定で国債買いオペの効果はないとし,Auerbach and Obstfeld (2005)は後者の想定で国債買いオペが有効としている。つまり,流動性の罠の状況では現在の貨幣の増加は無効であるが,将来の貨幣の増加に効果がある,という議論を通貨発行益の側からながめたものと解釈できる。

 ゼロ金利の解除と国債の売却は密接に関連している。金利が上がると,(名目所得が変化ないとして)人々は貨幣保有を減らそうとする。前のブログ記事と同様に,t期がゼロ金利で,t+1期が正の金利だったとしよう(t期がx年間であれば,x年後にゼロ金利解除ということになる)。もし両期の名目所得が同じだったら,t+1期の貨幣残高はt期の貨幣残高より小さくなければいけない。つまり,t+1期には中央銀行は国債を売却して,貨幣を減少させないといけない。t期にさらに国債を買い増すならば,その国債はt+1期に全額売ることになるだろう。
 名目所得が増加すれば,貨幣需要が増える。t+1期に名目所得が増加していたら(それもかなり増加していたら),t期から貨幣を減少させなくていいかもしれない。つまり,t+1期で中央銀行は国債を売却しなくていいかもしれない。そして,t期に国債を買い増しても,それをt+1期に売却しなくていいかもしれない。そうなれば好都合かもしれないが,国債を売却しないと決めることで,名目所得が相当に大きくなるまでゼロ金利を継続するという風に金融政策が縛られてしまったら,その期間中のインフレ率を適切に制御できるかどうかわからなくなる。

 ここからは,t期の長さを固定されたものではなくて,金融政策で決まるものだと考えよう。つまり,中央銀行がゼロ金利をとる時間だけt期が続く。流動性の罠の状態で期待インフレ率を高めるには将来の金融緩和を皆に信じてもらいたいのだが,「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32325439.html )で議論したように,時間非整合性の問題がある。その記事から引用するが,「将来に金融緩和をすることを皆が信じればいいが,実際にその将来になってみれば,その金融緩和は過剰なので,裁量的な政策をとるならばやめた方がいい。そういうことを皆が見透かすと,将来に金融緩和することを信じてもらえなくなり,インフレが起こらない。」
 さて,前回の記事では,ゼロ金利解除時に国債を売却すると売却損が発生するので,かりにそれまでの利子を納付金として政府に納めていたら中央銀行は債務超過になることを最後に指摘した。これを,中央銀行が金融緩和を長めに続ける仕組み(コミットメント・デバイス)として使う手がある。
 中央銀行が債務超過になったらどうなるか。経済学的に冷静に考えると,じつは深刻な問題でもない。しかし,世論や政治家がそのように冷静に判断してくれるかどうか。日銀の乱脈経営の結果だという批判(いわれのないものだが)の声があがったり,通貨に対する信認が揺らぐかもしれない。ということで,中央銀行は自己資本を気にし,債務超過になることを避ける行動をとる,と考えられている。そうすると,満期保有目的の債券は時価評価しないという会計基準のもとでは,国債を売却しなければ,時価での評価損はバランスシートに現れないことになる。つまり,債務超過を避けるという行動が,国債の売却を避け,ゼロ金利の解除を遅らせることにつながる(注)。
 このように中央銀行が債務超過を避ける行動を利用して,将来の金融緩和へのコミットメントを引き出すアイデアは,Jeanne and Svensson (2007)で展開され,外貨建て資産を中央銀行が購入する案として示されている(ただし彼らの議論では,資産は時価評価される会計基準を考えているため,今回の記事で考えている方法は無効になる)。

 このようなコミットメント・デバイスは実際に使えるか。
 最大の問題は,保有国債の償還期間で金融緩和を拘束することになるため,その期間の経済の状況次第では金融緩和が行き過ぎたり,足りなかったりする事態が生じることである。モデル分析では,ある経済状況の設定のもとでの望ましい国債保有額を計算することは可能だろうが,現実の経済がその通り動かないときは,金融政策がそれに対応できず,マイルドインフレへの誘導,という本来目指していることも実現できなくなるかもしれない。
 時間軸政策では,例えば「物価上昇率がx%以上になるまでゼロ金利を継続する」という形で,景気回復が遅ければ緩和は長めに,回復が早ければ緩和は短めに,と経済の状況に合わせた形をとる。その分,例えば「経済がどうであれ,5年間ゼロ金利を継続する」という形のコミットメントよりも勝っていると思われる。

 結論。
 Jeanne and Svensson (2007)のアイデアを追求するよりは,時間軸政策を用いた方が得策である。

(注)
 会計基準上は債務超過でなくても,「時価評価すれば債務超過だ」という声を中央銀行が気にして最初から長期国債を保有しないことも考えられる。これに対しては,ボンド・コンバージョンという手法(固定金利と変動金利をスワップする)をとれば,時価評価でも債務超過とならない。くわしくは,himaginary氏のブログ「日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”」(http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100531/Some_Thoughts_on_Monetary_Policy_in_Japan3 )において,前回のブログ記事に対応する形でボンド・コンバージョンを説明していただいている。
 コミットメントメント・デバイスとして機能させるには,ボンド・コンバージョンは政府と中央銀行の間の契約として,国債が転売された場合は買い手に効力が及ばないようにしておかないといけない。そうすることで,もとの固定金利に基づいた市場価格で取引されることになり,売却損が発生する。
 かりに新しい保有者にもコンバージョンの効力が及んでしまったり,あるいは最初から変動金利長期国債であったりすると,短期変動金利に基づいた市場価格で取引されることになり,売却損が発生しない。このため,中央銀行には国債売却をためらう誘因がなくなってしまう。

(参考)
「日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”」(himaginaryの日記,2010年5月31日)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100531/Some_Thoughts_on_Monetary_Policy_in_Japan3

(参考文献)
Alan J. Auerbach and Mourice Obstfeld (2005), “The Case for Open Market Purchases in a Liquidity Trap,” American Economic Review, Vol. 95, No. 1, pp. 110-137.

Gauti B. Eggertsson and Michael Woodford (2003), “The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy,” Brookings Papers on Economic Activity, No. 1, pp. 139-211.

Oliver Jeanne and Lars E. O. Svensson (2007), “Credible Commitment to Optimal Escape from a Liquidity Trap: The Role of the Balance Sheet of an Independent Central Bank,” American Economic Review, Vol. 97, No. 1, March, pp. 474-490.

(関係する過去記事)
「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32325439.html

「通貨発行益」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33222258.html

通貨発行益

 通貨発行益(seigniorage)とは,現金通貨(貨幣)の増加分である(注1)。これは経済理論上の概念であって,会計基準でこれを利益として表示しているわけではない。なぜ「益」と呼ぶかというと,以下のような理屈になる。
 中央銀行は国債を資産に,貨幣を負債にもっている。話を簡単化するため,自己資本を捨象して,両者が等しいとしよう(負債側には準備預金があるが,これには利子がつくので,国債と同様の資産と見なして,資産・負債の両側からのぞいて考えることにする。かつては準備預金に利子がつかなかったが,その場合は貨幣として扱うことになるので,例えばBuiter [2007]はマネタリーベースの増加分と定義している)。政府は国債を発行するが,これを民間は国債と貨幣の2種類の資産で保有することになる。国債は償還期限が来たら,返済しなければいけない。貨幣には償還期限はない。貨幣経済が続く限り,返済する必要はない。したがって,中央銀行が保有し続ける国債は返済する必要がないので,政府の収入と考えてよい。なお,中央銀行が貨幣を減少させた場合,それは負の発行益,つまり「発行損」であることを押さえておこう。
 通貨発行益は,別のとらえ方もできる。中央銀行は,資産側の国債の利子を得るが,負債側の貨幣には利子を支払わない。政府から見ると,中央銀行に利子を支払うが,これは納付金になって政府に還流してくる。t期に短期債(1期で償還される)を購入して貨幣をΔM増加させ,その後も償還された資金で毎期短期債を購入して,増加した貨幣を維持すると,t期以降の利子節約分は,
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となる。無限の将来にわたる,この節約分の割引現在価値は,
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で表わされる(実質価値を考える場合には実質金利で割り引く必要があるが,実質価値を実質金利で割り引くことと,名目価値を名目金利で割り引くのは同じことである)。この括弧のなかを変形すると,
イメージ 3

となる。つまり,
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が成立するので,通貨発行益は,中央銀行が保有することによって節約される国債の利払費の割引現在価値になる。
 マネタリーベースの増加が一時的な場合の通貨発行益も同様に考えることができる。例えば,t期にマネタリーベースをΔM増加させ,t+2期後に同額だけ減少させると,2期間の利子節約分の合計は,
イメージ 5

となる。つまり,t期の貨幣増加の発行益からt+2期の貨幣減少の発行損を引いたものが,一時的な貨幣増加の通貨発行益である。

 以上の計算の金利は短期金利である。そして,ゼロ金利のときには利子節約額はゼロである。ゼロ金利期間中だけ貨幣を拡大する(ゼロ金利解除までに元に戻す)場合は,通算の通貨発行益はゼロである。短期債対象のオペをした場合,中央銀行はゼロ金利の資産をもつわけだから,利子節約額がゼロなのは納得いただけるだろう。
 さて,短期金利はゼロでも長期金利はゼロではない。いまの10年物国債の流通利回りは約1.3%である。2009年度補正後予算では,一般会計の利払費は8.4兆円である。日銀が長期国債を保有すれば,その利払費は政府に還流するので,利払費の節約になるのではないか,と思われるかもしれない。しかし,それは正しくなく,ゼロ金利の期間中だけ長期国債を保有しても,通貨発行益はゼロである。
 数値例で確認しよう。t期とt+1期の2期間を考えて,t期の短期金利はゼロ,t+1期の短期金利は5%としよう。t期の短期債を100円で購入すると,期末に利子ゼロ,元本100円が償還され,t+1期の短期債は100円で購入すると,期末に利子5円,元本100年が償還される。つぎに,2期間の長期債があり,t期末にx円の利子,t+1期末にx円の利子と元本100円が償還されるとする。この国債の当初の価格が100円となるようなxを求めよう。そこで,t期末=t+1期初の市場価格をP円とする。t期にこれを100円で購入すると,期末に利子x円が支払われ,元本の価値はP円である。短期債で運用しても長期債で運用しても利回りが等しくなるように裁定が働くと,
100=x+P
となる。t+1期にこの長期債をP円で購入すると,t+1期末にx円の利子と100円の元本の償還を受け取る。短期債で運用しても長期債で運用しても利回りが等しくなるように裁定が働くと,
105/100=(x+100)/P
となる。これらの式からxは100/41=2.439…,Pは4000/41=97.56…と求められる。
 さて,日銀がt期に利率が約2.4%の長期国債を100兆円購入すると,その利払費である約2.4兆円が節約できているように見える。しかし,日銀がこの国債をゼロ金利が終わるt期末に約97.6兆円で売ると,利払費に相当する2.4兆円の売却損が出てしまう。
 このように債券間で金利裁定が働いている場合には,どちらの債券をオペの対象にするか,で中央銀行のキャッシュフローは変わらない。つまり,短期債対象のオペでも長期債対象のオペでも,政策としての効果は同じである。これはWallace (1981)で公開市場操作のModigliani-Miller定理と呼ばれたものである(注2)。
 さて,かりに日銀が利払費2.4兆円を納付金として政府に納めたら,どうなるか。最初に十分な自己資本がなければ,2.4兆円の国債の売却損の結果で日銀は債務超過となるだろう。債務超過になるのは,通貨発行益ではないものを,あたかも発行益のようにして政府に還流させてしまうからである。

(注1) 『新しい日本銀行−その機能と業務(増補版)』(日本銀行金融研究所編)では「貨幣」とは硬貨を指し,銀行券と硬貨を総称して現金通貨と呼んでいる。今回の記事での「貨幣」は経済学での用語法に合わせている。
(注2) 将来の金利が確実であることを前提に説明したが,不確実な場合でも,この性質が成立することがWallace (1981)で示されている。

(参考文献)
Willem H. Buiter (2007), “Seigniorage,” Economics: The Open-Access, Open-Assessment E-Journal, Vol. 1, 2007-10.
http://www.economics-ejournal.org/economics/journalarticles/2007-10

Neil Wallace (1981), “A Modigliani-Miller Theorem for Open-Market Operations,” American Economic Review, Vol. 71, No. 3, June, pp. 267-274

『新しい日本銀行−その機能と業務(増補版)』(日本銀行金融研究所編)
http://www.imes.boj.or.jp/japanese/fpf.html

(参考)
「通貨発行益とは何か」(深尾光洋)
http://www.jcer.or.jp/column/fukao/index47.html

(関係する過去記事)
「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

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 日銀の国債引き受けが議論になっている。これについて,「財政法第5条で国会の議決があれば可能である」といわれているが,実際の条文は,

第5条 すべて,公債の発行については,日本銀行については,日本銀行にこれを引き受けさせ,また,借入金の借入については,日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し,特別の事由がある場合において,国会の議決を経た金額の範囲内では,この限りではない

となっている。
 第1文で,国債引き受けを原則として禁じている。理由は,政府が日銀の国債引き受けに頼り,過度のインフレが起こることを抑止するためである。同時に,放漫財政の歯止めでもある。では,第2文のただし書きは何のためにつけられているのか。小村武著『三訂版 予算と財政法』(新日本法規)は,以下のように説明している[2011年5月24日追記:同書四訂版でも同じ記述である]。

「この特別の事由については,現在,日銀が保有する公債の借換え(いわゆる乗換え)のために発行する公債の金額についてはこの要件に該当するものとして,特別会計の予算総則に限度額の規定が設けられている。これは,借換債の性質上,日銀が現に保有しているものの引き受けであり,通貨膨張の要因となるものではないからである。」

 第1文の趣旨に沿ったもので,日銀が直接引き受ける方がむしろ都合が良い事例について,ただし書きを適用する,ということである。この乗り換え額は,特別会計予算総則に書かれている。

 以下は,デフレ脱却策のひとつとして,財政法第5条ただし書きによる日銀引き受けをおこなう,という議論に対する私の意見である。
「特別の事由」が,現在の適用事例以上に広がるものかどうか。それは,第1文の趣旨に反しないかどうかで判断されることになるだろう。第1文は,政府が財政赤字を作り出す原因が賢明な結果ではないという認識に基づいた安全装置である。「なぜ財政赤字が発生するのか」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/30491529.html )でのべたように,財政赤字は賢明でない政策の結果として生じているのが,通説である。「自民党が作った財政赤字は悪い財政赤字。民主党が作る財政赤字は良い財政赤字」と現政権が主張すれば,経験的な反証材料はないのは事実だ(これも長期一党優位体制が続いたことの弊害か)。しかし,第1文の趣旨は,政権によって変わるものではなく,どのような政権にも課される普遍的ルールであるべきだと,私は思う。
 いま議論になっている事例は,日本銀行の意志に反して貨幣供給の拡大を目指すものである。さらに,「量的緩和から非伝統的金融政策へ」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33205318.html )で議論したように,その貨幣供給の拡大に金融政策としての意味がない。これは,財政赤字が膨張し,インフレにつながる事態と形式上同じ姿をしている。つまり,第1文の趣旨に反すると考えられる。
 したがって,現在議論される事例に「特別の事由」を適用することに反対する。どうしてもやりたいなら,法律の趣旨からして第1文の改正が必要であるが,それにも反対である。

(参考)
「日銀は国債引き受けをすべきか」
http://www.iwamoto.e.u-tokyo.ac.jp/Docs/2000/NihonGinkohaKokusaiHikiukewoSubekika.PDF
データや政策への言及が古くなっているが,議論の本質は現在でもかわらない。[リンク先の移動にともない,修正しました。2011年4月1日]

(関係する過去記事)
「なぜ財政赤字が発生するのか」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/30491529.html

「量的緩和から非伝統的金融政策へ」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33205318.html


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