|
「デフレの原因(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34032730.html )の続き。 |
諸事雑感
[ リスト | 詳細 ]
|
「クルーグマン教授が日銀擁護?」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33716324.html )」では, |
|
[2010年9月3日追記]タイトルを穏やかなものに改題し,本文の1文を削除しました。 |
|
11日の参院選の結果,国会のねじれ現象が再来した。 昨年の衆院選前のねじれ国会は,国会審議に大きな影響を与えた。しかし,日本が二大政党制の定着を目指すなら,ねじれ国会を一時的に困ったことが生じる現象とみなすわけにはいかない。 二大政党制のもとで,衆院選の結果で政権交代が起こるとしよう。すると,交代前に政権党が両院で多数をとっていた場合,新しい政権党は参議院で少数党であるので,ねじれ国会になる。政権交代前にねじれ国会であれば,政権をとった政党は両院で多数党になる。つまり,政権交代の前後のどちらかは,かならずねじれ国会になっている。すると,半分の期間は国会がねじれていると考えないといけない。 半分の期間で国会が機能不全になっては,国はもたない。ねじれ国会でも与野党が協力すべきは協力して政策を決めていくことができればいいが,すでに悪しき前例を作ってしまった。民主党と自民党が簡単に行動を変えられるかどうか。楽観的な見通しは立てにくい。 長期的には,国会の制度から見直す必要がある。問題は,参議院の力が強すぎることである。日本国憲法の規定する統治機構は,議院内閣制[2010年9月12日追記:タイポを修正]をとることで権力を内閣に集中させようとする一方で,内閣とは距離を置いた参議院が大きな力をもっているため,権力を集中させたいのか分散させたいのか,意図が不明確になってしまっている。この問題を是正する方法は,いくつかある。 ひとつは,一院制。「上院は下院と一致するなら無用であり、下院に反対するなら有害である」とはフランスの政治家シエイエスの言葉。私も最終的には一院制とすべきと考えるが,憲法改正が必要となるので,未来永劫無理とはいわないが,当面は実現が困難だろう。その他,憲法を改正して参議院の力を弱める改革も同様に,実現までの道のりは長い。 もう少しハードルが低いものに,憲法を改正せずに選挙制度を改革する方法がある。私の提案は,衆議院を完全な小選挙区制,参議院を完全な比例代表制とするものである。 1994年の政治改革で衆議院に小選挙区制を導入して以来,わが国が目指してきたのは,二大政党制による政権交代が可能な政治体制であった。その趣旨を尊重するならば,それと調和する形での参議院の構成を考えなければならない。つまり,衆院選で政権交代が生じたとき,参議院で新しい政権党が多数を占めることができる制度を考えるということである。参議院を完全な比例代表制にすることが,そのための方法になる。現在の国会で小政党が存在していられるのは,両院に比例代表制による議席があるためである。参議院の比例代表制による議席を増やせば,小政党との連立でねじれ国会を解消する確率を高めることができるだろう。 選挙制度に最善のものはなく,小選挙区制は「民意の集約」,比例代表制は「民意の反映」と呼ばれ,それぞれ一長一短がある。現状は,衆議院も参議院も両制度を併用している(参議院の一部の議席は中選挙区制であるが)。 併用することにはそれなりの意義があるが,両院が同じ方式をとることで二院制の意義が損なわれている。私案は,この2つの方法を両院に割り当てることで,それぞれの院の特色を出そうとするものである。また,最終的に一院制に移行する場合は,両院を単純に合わせると両制度併用の一院が実現できるので,その移行過程とも考えられる。 私案は,二大政党の片方が両院で多数のときは,民意の集約で大きな改革を進められるが,そうでない場合には連立政権で多様な民意を反映して政治が進められる形になる。意図が不明確な憲法の構造を,法律で何とか工夫することによって,民意の状況によって統治機構の働きが変わる柔軟な仕組みとして活かそうとするものである。 私案にも懸念材料はいくつかある。 連立政権において小政党の意見に大政党が従属する形になるのではないか,ということだろう。昨年の衆院選後に誕生した,民主党,国民新党,社民党の連立政権では,小政党の極端な政策に連立政権が振り回されるように受け取られた。私案では,参議院の議席すべてを比例代表制にするので,穏健な小政党が複数個存在できるのではないかと考えている。ただし,実際にどうなるかは民意の分布に依存する。 政権交代前後で連立の組み替えによってねじれ国会が出現しないということは,旧与党から新与党に乗り換える小政党が存在しなければいけない。そうした小政党の行動が,政治を安定させる行動として好意的に国民に受け止められるか,与党であることが目的の行動として否定的に受け止められるかは未知数である。 また,小政党がまったく消滅してしまうと私案は機能しない。しかし,この状況では,二院制ではどうあってもねじれは避けられないので,私案だけの問題ではない。 ねじれ国会でも政策を決めていくという運用上の工夫も必要であるが,憲法の抱える問題を正しく認識して統治構造を見直すことは放置しておくことのできない問題だ。関心がより高まることを望みたい。 また,この問題を考える視座は,わが国の統治構造の基本は衆院選が政権選択選挙だということにある。参院選の結果が国政の動向を決めてしまう展開は本末転倒であることを銘じておくべきだろう。 (参考文献) 「ねじれ国会の政治経済学」,『日本経済新聞』(経済教室),2008年6月2日朝刊 「『ねじれ』前提の意思決定を」,『日本経済研究センター会報』,第968号,2008年6月 |
|
野党時代の民主党のやっていることは,ままごとだった。 |





