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 27日の日本経済新聞・経済教室欄の中田大悟氏(経済産業研究所)の寄稿に私の名前が出ていましたので,それに関連することを記します。

 中田氏が紹介した研究は,東京大学大学院生の濱秋純哉氏との共著論文「社会保険料の帰着分析:経済学的考察」で,『季刊社会保障研究』第42巻第3号(国立社会保障・人口問題研究所刊)に掲載されている。全文がダウンロード可能(http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18191802.pdf )である。また,後続研究を近日中にディスカッションペーパーで公開予定である。
 5月19日の社会保障国民会議雇用・年金分科会で報告された,基礎年金の税方式化のシミュレーションにおいて,消費税増税が100%価格に転嫁され(消費税分だけ価格が上がる)家計が負担すると想定する一方で,社会保険料の事業主負担減が賃金に転嫁されず家計の負担減にならないと想定していることを中田氏は批判している。
 中田氏の記事のポイントに「消費税の100%価格転嫁は非現実的」と記されているが,私はこの消費税の転嫁の想定には違和感はない。転嫁の理論的な出発点であり,実証研究の出発点ともなるのは,消費税は価格に完全に転嫁され,社会保険料は賃金に完全に転嫁されるというものである。実証研究では,完全な転嫁は検出されにくいが,それに近い形で相当部分の転嫁が生じているという理解がおおむね支持されている。濱秋氏と私の研究では,内外の先行研究を展望するとともに,国内の先行研究に再検討を加えて,わが国の社会保険料についても同様に考えるのがもっともらしいと結論づけている。
 シミュレーションでの転嫁の想定は,簡明であって,かつ現実の第1次近似として妥当するものが望ましい。したがって,消費税は価格に転嫁され消費者の負担になるとともに,社会保険料の事業主負担の軽減は100%賃金に転嫁され(負担軽減分だけ賃金が上がり),家計の負担減になるという想定で,シミュレーションすべきだと思う。
 国民会議に出されたシミュレーションでは,事業主負担の転嫁が考慮されないことで,税方式のときの家計負担が誇張されているといえるだろう。
 事業主負担が軽減されたときの企業と家計の負担の変化については,経済学の標準的な考え方からはずれた議論が一般にまかり通っている。どうして事業主負担の軽減で賃金が上昇するのかは,説明すると長くなるので,私どもの「社会保険料の帰着分析:経済学的考察」をお読みください。

(参考)
「年金制度の検討における定量的評価(シミュレーション結果)」は,下記のURLに掲載されている。バックデータも公開されていることは注目である。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/simulation.html

 基礎年金の財源を全額消費税でまかなう税方式化案が注目を集めている。社会保険方式か税方式かの選択については,公的年金がなぜ必要か,の基本的な論点まで立ち戻って考えるべきである。
 税方式と社会保険方式の選択を考える場合には,生活保護制度も同時に視野に入れるのがよい。3つの方式のもっとも大きな差異を対比させると,以下のようになる。

生活保護 税を負担したかどうかを問わず,低所得者に給付をする
税方式(所得制限のない場合) 税を負担したかどうかを問わず,全員に給付をする
社会保険方式 保険料を負担した者に給付をする

 税方式での年金給付を高所得者では削減する提案もあるが,そのような制度は生活保護に近くなるので,所得制限のない制度を対比の対象とした(下記の注も参照)。
 かりに公的年金が存在しなかった場合,老後の生活はまずは現役時代の蓄えでまかなうことになる。現役時に十分な所得を得られず,蓄えが足りない人たちには生活保護による所得保障がある。
 ところが,老後のための貯蓄ができるだけの現役時の所得があり,本来は生活保護の対象となるべきでない人も生活保護受給者となることがある。第1は,老後のことを考えず,貯蓄をしなかった人たちである。第2は,わざと貯蓄せずに,老後を生活保護に頼ろうとする確信犯である。
 こうした人たちが生活保護を受けることを防ぐには,現役時にきちんと貯蓄をさせる必要がある。公的年金は,この強制貯蓄の機能を果たす。こうして,わが国をはじめ多くの国で,社会保険方式の公的年金に強制加入させる制度がとられている。
 別の手段は,高齢者全員に所得制限なしの「生活保護給付」をすることである。この給付を「年金」と呼べば,税方式の公的年金になる。すなわち,生活保護の濫用を抑える手段を,強制貯蓄に求めるか,全員生活保護の擬制をとるか,という考え方の違いが根底にある。
 ただし,強制加入の社会保険方式と税方式の違いはさほど大きくない。全員加入・全員負担が担保されれば,「負担したかどうかを問わず」と「負担した者のみに」の間に違いがなくなるからである。実際,多くの経済学の研究で強制加入が前提にされて,両者が同一視されている。違いが生じるとしたら,以下のような点に求められる。

(1)強制力
 年金保険料の負担を選択制にすると,上にのべた生活保護を受給すべきでない人たちが保険料を支払わず,結局生活保護に頼ってしまい,基本的な政策目的が達せられなくなる。そこで強制加入が前提条件だが,未納・未加入者の増加で社会保険の強制加入の原則が担保できないならば,税方式が有力な選択肢になる。税方式論者がもっとも強調している点である。
(2)課税ベース
 保険料は現役時の負担であるが,消費税は現役時と高齢期のどちらも負担する。
 そこで制度改革当初の高齢者には,昔に払った保険料と新たに払う消費税の二重の負担が生じる。これを税方式の難点ととらえる考え方と,後の世代からの所得移転でその高齢者に恵まれた年金を給付する構造を相殺する働きが利点であるとする考え方がある。なお,物価スライドによって,消費税増税に合わせて年金給付を引き上げると,かならずしも高齢者が消費税を負担することにはならないことに注意。
 また,負担の帰着に差が生じるかもしれない。
(3)納付先
 社会保険庁が業務をおこなうか,税務署が業務をおこなうかの違いが生じる。

 上にのべたように,強制加入の社会保険方式と税方式の違いはさほど大きくないので,税方式の是非の論争に積極的に参加しようとは思っていない。あえていえば,社会保険方式を支持する。社会保険方式の支持理由として,税方式は移行過程が長期にわたり,さまざまな問題があることをあげる人がいるが,私はその立場はとらない。改革の理念が現状より好ましいものならば,困難を乗り越えて改革する道を支持したい。しかし,生活保護の濫用への対処としては,現役時の貯蓄を確実に担保するのが自然な考え方だと思うので,理念の選択の問題として社会保険方式を支持する。もちろん,社会保険方式の現状の問題を解決することに真剣に取り組むべきことはいうまでもない。


(注)
 全員生活保護の場合,巨額の財源が必要となる。そのような財源が得られない場合には,高所得者への給付を削減するような手段を入れざるを得ず,財源が小さくなるほど,通常の生活保護に近づいていく。もともと生活保護だけの世界の問題を是正するために公的年金を考えているのに,それが生活保護制度に変質してしまうと,公的年金が消滅してしまうのと実質的に同じである。大幅な消費税増税なしに税方式の公的年金が実現できるという考えは,しだいに公的年金実質廃止論に近づいていく。

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