今年の桜の開花は、
全国的に例年よりも早く、
異常な暖かさも手伝い、
一斉に満開になったようだ!
毎年、「上野恩賜公園」の
花見は楽しみにしていて、
缶ビール片手に桜を愛で、
「大統領」での花見酒を
楽しんでいた。
しかし、近年、外人等による
花見が増加し、中国では、
桜の開花に合わせて
観光客が訪れるらしい!
んで、外人による場所取りの
いざこざで喧嘩沙汰にも
なってるらしい!
先週、公園を歩いてみたが、
凄まじい人の多さと
マナー知らずの一部の外国人に
辟易して、
もうこれからは、
上野公園で桜を
見ることはないな!と感じた!
腹を立てつつ、
大統領での「花見酒」!!
そんなこともあり、
今年は、気分を変えて、
ゆったりとした気分で、
花見を楽しむことにした!
30年くらい前に取材で、
訪れたことのある、
「水戸の偕楽園」である!
僕の最寄駅からは、普通電車で
1時間半くらいで到達できるので、
さほど遠いという感じはない!
しかも、歴史好きの僕にとっては、
御三家の一つ「水戸徳川家」を
探訪できるというのも魅力である!
そして、水戸名物の
「あんこう鍋」を食べるのも
今回の「しゅうさんぽ」の
楽しみであった!!
まずは、水戸駅前で、
「黄門様御一行」が出迎える!
御三家の「水戸徳川家」は、
「徳川 家康」の11男「徳川 頼宣」を
家祖として、2代藩主
「徳川 光圀」(諡は「義公」)
いわゆる「水戸 黄門」様!
そして、日本初の総合大学「弘道館」や
今回、花見に行った「偕楽園」を
造成した、9代藩主の
「徳川 斉昭」(諡は、「烈公」)
の二人は特に有名ですね!
「斉昭」は、15代将軍「徳川 慶喜」の
お父さんでもある。
そして、「頼宣」が父「家康」を
祀るために建立した「水戸東照宮」!
葵の御紋が美しい神社である!
(▲ 家祖「徳川 頼房公」の像!!)
(▲ 9代藩主「徳川 斉昭(烈公)」)
(▲ 「水戸 黄門」生誕の地!)
(▲ 「水戸東照宮」!なぜか?「殿」のようにも見える(笑)!)
さて、街中の像巡りを終え、
お待ちかねの「あんこう鍋」を
いただくことに!!
お店は、事前にネット予約をしていた
郷土料理「てんまさ」で
いただくことに!
せっかくなので、
「あんこうフルコース」を
お願いした。
そのほかには、「シメサバ」と
「ホッキ貝の刺身」を注文!
「あんこうフルコース」も
すごいボリューム!
ちなみにコースは、
● あんこう鍋
● あん肝
● 肝豆腐
● あんこう刺身
● あんこうサラダ
● あんこう唐揚げ
● 雑炊
スープは、味噌仕立て!!
いやいや、安くて、美味い!
大満足だった!!
(▲ 「てんまさ」の入り口!!)
(▲ まずは、「あん肝」から!)
(▲ 「あんこうサラダ」と「肝豆腐」!)
(▲ 「あんこう刺身」!皮の部位は、コラーゲンが・・・・!)
(▲ 「あんこう唐揚げ」!)
(▲ 「あんこう鍋」!!コラーゲンたっぷり!!)
(▲ 〆は、「雑炊」で!!)
さて、「偕楽園」の前に、
「斉昭」が創設した「弘道館」を
訪れた!
水戸藩の藩校として文武両道の
修練の場として建てられ、
学問では、医学、薬学、天文学、蘭学、
歴史、数学、地図、和歌、音楽など
武芸では、剣術、槍、柔術、兵学、
鉄砲、馬術、水泳など
広い学問を取り入れた
いわゆる総合大学に値するもので、
当時は、国内最大規模の
学校だったそうである!
入学は15歳で、卒業は、
なかったそうである!
15代将軍「慶喜」も、
父「斉昭」の厳しい教育方針で、
幼少の頃から、「弘道館」で
英才教育を受けたそうである!
慶応3年(1867年)の「大政奉還」後、
「慶喜」が謹慎した
「至善堂」が残っている!
「正門」、「正庁」、「至善堂」
は、国の重文に指定されている!
(▲ 「弘道館」の「正門」!重要文化財!)
(▲ 「弘道館」への入り口部!これも、重要文化財!)
(▲ 「弘道館」に咲く「左近の桜」!「斉昭」の夫人「登美宮様」が植えられたとされる!)
(▲ 「正庁正席の間」!藩主が学問の試験、武術の試合をご覧になった部屋!)
(▲ 「尊攘」とは「尊皇攘夷」のこと。「弘道館」の教育理念で「斉昭」の命によるもの!)
幕末に流布した「尊皇攘夷」の出典は、
この「弘道館」の「尊攘」に求められ、
幕末の尊皇攘夷論は、この水戸学による
影響が大きく、かの「西郷 隆盛」も
この影響を受けたようだ!
また、「吉田 松陰」も水戸を
訪れ、ここ「弘道館」で、
教えを受けたそうである!
(▲ 「至善堂」【重文】!「慶喜」が「大政奉還」により水戸へ戻り、謹慎したところ!)
(▲ 畳や襖の引き手は、すべて「葵の御紋」!)
(▲ 「弘道館」の「正庁」!中央の扁額は、「斉昭」の書で「芸於遊」【芸に遊ぶ】!)
さて、「弘道館」を後に、
いよいよ「偕楽園」へ向かう!
天気も良かったので、駅前から
「千波湖」の桜並木を通って、
向かうことにした。
「千波湖」は、水戸市内を流れる
「那珂川」水系の「湖」で、
そばを流れる「桜川」を含めて、
「水戸城」の南側の外堀の役目を
果たしていた。
現在では、散歩コース、
ジョギングコースが整備されている!
この「千波湖」と「偕楽園」を
合わせた総面積は、都市公園における、
ニューヨークの
「セントラル・パーク」に次ぐ、
広さなのだそうだ!
ちなみに、「千波湖」は、
分類上は、「沼」で、
法律上は、「河川(桜川の一部)」
なのだそうだ!
とてつもなく広く、ちょうど
桜が満開で並木を歩くと
気持ちがいい!
湖面には、オシドリ、カモなどの
水鳥や白鳥、黒鳥も見られる!
(▲ 「歩道」と「ジョギングコース」が分離されているので、安全に散策できる!)
(▲ 「黒鳥」!桜の花びらを啄ばんでいた!)
(▲ 湖畔に立つ「徳川 光圀公(水戸 黄門)像」!すごい迫力だ!)
「千波湖」から橋を渡って、
「偕楽園」に至る!!
「偕楽園」は、9代藩主「斉昭」が
造成したもので、「弘道館」が
文武を学ぶ場所だったのに対して、
「偕楽園」は、楽しむ場所として、
儒教の「一張一弛」の
考え方に沿って、セットで造られた!
※「一張一弛」
「弓を張ったり、緩めたり」の例から、
時には厳格に、時には寛容に生きるべき!
という儒教の思想!!
しかも、「偕楽園」は、一般領民にまで、
解放された公園だった!
殿様と領民が一同に会したという意味では、
当時の封建的な時代においては、
かなり開かれた考えだった!!
「斉昭」の人柄が偲ばれる!
まずは、「常盤神社」でお参り!
「常盤神社(ときわじんじゃ)」は、
「徳川 光圀」と「徳川 斉昭」の
「徳」を慕う人々によって
祠堂が創立された神社で、
二人の藩主を祀っている!
(▲ 「常盤神社」!ちょうど、結婚式が執り行われていた!)
(▲ 「常盤神社」の脇にある、「常盤稲荷」!)
さて、いよいよ「偕楽園」へ!
「偕楽園」は、「斉昭」が
好んで植えた「梅」が有名で、
園内には、およそ 100品種、
3,000本が植えられている!
なぜ、梅を植えたかというと、
晋の武帝の「学問に親しめば、
梅が咲き、学問を廃すれば開かなかった」
という故事に基づいているのだそうだ。
また、「梅園」や広場、「左近の桜」などの
明るい「陽」を表す庭や
「杉林」、「竹林」などの
暗い「隠」を表す庭園など、
天地自然の間に存する、
「隠」と「陽」という
相反するものの調和によて
万物は健全育成するという原理に沿って
造成されており、人間も、屈伸して心と
身体の調和を図り修養に務めることと
説いている!
表門から入ると、まず、
目に入ってくるのが、
「左近の桜」!!
「弘道館」の庭園にもある。
「斉昭」の奥様、「登美宮」が降嫁
された折、鉢植えを賜り植えられたそうだ!
その桜の背後にあるのが、
「好文亭」で、「斉昭」のほか、
夫人の「登美宮」ばかりでなく、
文人、家臣、領民も集めて、
詩歌や慰安会を開催したらしい!
「好文亭」からの眺めも格別!!
(▲ 「左近の桜」!背後に見える家屋が、「好文亭」!)
(▲ 「好文亭」からの眺め!「千波湖」まで眺望できる!)
そして、「隠」を
象徴する庭園に向かう!!
まずは、門をくぐると、
幻想的な「杉林」が!!
「吐玉泉」の近くにある
「太郎杉」は、
樹齢 800年とのこと!
「徳川幕府」よりも古い!
「杉林」の隣には、「孟宗竹」の
「竹林」が生い茂る!!
「斉昭」が、弓の材料とするために
京都の男山から竹を
移植したのだそうだ!
また、この辺りは、
湧水が多かったところで、
「斉昭」は、造成時に、
周辺の地形の
高低差を利用して集水し、
白色の「井筒」を捉えた「湧水泉」
「吐玉泉」を設置した!!
この水は、眼病に効くとも言われ、
また、「好文亭」の
茶室の茶の湯としても
利用されていたようだ。
地元の奥様は、自分が子供のころは、
ここまで来て、水を汲んで、
使っていたとおっしゃっていた。
残念ながら、現在は水質の関係で
使えないようである!
また、この白色石は、「常陸太田市」で
産出された「大理石」で
「寒水石」とも呼ばれている!!
真っ白な肌は透き通るようで、
肌触りも心地よかった!
もちろん、水は冷たく、
透明感のある水だった!!
(▲ 「左近の桜」や「好文亭」のある「陽」と対比をなす「隠」の象徴の「杉林」!)
(▲ 「孟宗竹林」!下床もしっかりと整備されている!)
(▲ 「吐玉泉」!こんこんと水が湧いていた!!)
ということで、2018年の花見、
「水戸偕楽園」の巻!!
歴史探訪とも相まって、
十分満足できる「花見」となった!
満開の桜の下で、酒を飲みながらの
「花見」もいいけど、
たまには、こんな「花見」も
いいのでは!!
来年以降は、近場の「桜」と
「歴史探訪」を兼ねた
「花見ツアー」を、
企画していこうと思う!
|
前夜の「スタジオOWL」での余韻が
朝まで続き、ちょっと二日酔いだったけど、
気分は最高!
天気もまずまず!!
まずは、今治の海岸線を経て、
「しまなみ街道」を目指す!
瀬戸内海の海は、初めて見るが、
さすがに内海なので波も穏やか!
まずは、今治の「サンライズ糸山」へ
向かい、そこから、「日本三大潮流」の
ひとつである、「来島海峡」を眺める!
(▲ 「サンライズ糸山」から見る、「来島大橋」と「来島海峡」!)
「日本三大潮流」は、「鳴門海峡」、「関門海峡」、
そして、この「来島海峡」である。
海況を流れる潮流が複雑にからみあい、
渦潮となるところである!
今回は、海が穏やかなこともあって
渦潮は確認できなかった!
さて、いよいよ「しまなみ海道」を渡る!
まずは、「今治 I.C」へ向かう!!
ここが四国側の起点となる!
高速に乗った途端、大きな橋梁と
瀬戸内の海が広がる!
さすがに10年以上をかけて
造られた橋梁は迫力満点である。
よく見ると、車道の端に、サイクリングロードが
あり、自転車でも渡れるようになっている。
また、ウオーキングを楽しんでいる
かたもいらっしゃる!
雄大な景色を浴びながらの
サイクリング、ウオーキングは
気持ち良さそう!!
さて、素晴らしい景色と快適な
「しまなみ海道」をドライブ!!
(▲ 道路の両端は、サイクリングロードとなっている!もちろん!ウオーキングもOK!)
さて、この「しまなみ海道」だが、
愛媛県今治市から本州広島県尾道市を
結ぶルートで、瀬戸内海に浮かぶ島々、
大島、伯方島、大三島、
生口島、因島、向島を
結ぶ高速自動車道である。
なかでも、今治と大島の来島海峡を渡る
来島海峡大橋は、世界初の三連吊り橋で、
良く架けたなあ!と感心させられる!
さて、まずは、昨夜、「てっちゃん」から
教わった、有名なラーメン屋へ向かう!
伯方島の「伯方の塩ラーメン さんわ」である!
「伯方の塩」をベースに17種類の
素材の旨味をブレンドした
あっさりとしたスープが美味!!
地元でも有名で、
行列ができるほどである。
(▲ 手前の柵は、サイクリング用の駐輪場!)
(▲ 「伯方の塩ラーメン」!あっさりとしているけど、深みのあるスープが美味!)
さて、腹ごしらえもすみ、
次の観光地へ向かう!
再び、「しまなみ海道」へ乗り込み、
「生口島」にある、「平山郁夫美術館」へ!
生口島の海岸沿いを
ひた走り、街中へ入ると厳かな
いかにも美術館といった風情の
建物にぶつかる!
日本を代表する画家「平山 郁夫」は、
「生口島(尾道市瀬戸田町)」の出身のようで、
幼い頃から書き溜めた絵なども紹介されている。
小学生の頃の絵がかけられていたが、
幼い頃から、素晴らしい絵を描いてたんだ!
さすが!と思わされる!!
心を現れるようなひと時であった!
(▲ この絵(レプリカ)のみ撮影がOKだった!)
さて、再び、「しまなみ海道」
へ乗り込み、大三島へ向かう!!
日本総鎮守と呼ばれている、
「 大山祇神社」である。
戦国時代の海賊、「村上水軍」の
武将らの信仰も厚かった神社である。
境内には、樹齢 2,600年とも言われる
「大楠」のご神木が鎮座する!!
そして、最終地である、
「亀老山展望公園」!!
ここも、「てっちゃん」のお勧めである!
標高307.8mで、大島の南端に位置している。
展望台ブリッジからは、「来島海峡大橋」、
「来島海峡」の潮流のほか、大パノラマで、
瀬戸内海が眺望できる。
(▲ 「亀老山展望公園」の入り口!「亀」がお出迎え!!)
(▲ 「亀老山公園」からの展望!「瀬戸内海」の広いこと!広いこと!)
(▲ 「来島大橋」を望む!ここから写生した「平山 郁夫」の絵が美術館にもあった!)
ということで、あっという間の
「しまなみ海道」であった!
どの島にも、「道の駅」があり、
地場産の野菜や、とにかく
「みかん」は大量に販売されていた。
さすがに、種類も多く安い!
しっかり、「はるみ」という品種と
「ネーブル」をお土産に!
初めての「瀬戸内海」探訪!!!
満喫の旅であった!!!
さて、次回は、どこに行こうかな!!!
|
春の訪れはまだまだ先だよ!と
厚く漂う雲に言われてるような
どんよりとした空!!
久しぶりの羽田空港は、
爆買い観光客やビジネスマンで
けっこうなにぎわい!!
5番ゲートも様々な人種で
溢れている。
「へ〜〜っ!満席なんだ!!」と
感慨に耽りつつシートベルトを!!
およそ1時間半の快適な飛行だった!!
東京よりは少しは、暖かいのかなと
期待してたけど、やはり寒い!
仕事では、何回か来たことがある!
その時は、南側の久万高原町、鬼北町、宇和島市、
松野町などをまわってきた。
仕事柄、森林・林業地域だった!
もう10年くらい前になるかな!!
最後は、道後温泉に浸かり、
三番町辺りにあった、ライブハウスで
何曲か歌った想い出がある。
さて、今回は、「松山市」と「しまなみ海道」を
まわってきた。
以前、在籍していた「戦うおやじのの応援団」で
お会いしたことがある「森 哲生さん」と
たまたま、「しゅうさんぽ」で行った、
「立石の『鳥房』」で出会った、
「みかんちゃん」とも会えるので、
楽しみにしていた。
また、大街道にある、「スタジオ OWL」という
ライブハウスにもお邪魔することになっている。
事前に、「スタジオ OWL」のオーナーの
「高橋さん」にも連絡していた。
また、「戦うおやじの応援団」の
「SP愛媛」のメンバーにも連絡しておいた。
さて、飛行機は徐々に高度を下げて
機内の窓からは、眼下に雄大な
瀬戸内海やいくつもの島が広がる!!
いよいよ、松山紀行が始まるのである。
久々の松山は、10年前に来た時と
さほど変わりはなく、
変わりがないことに、妙に
安心感を覚えた。
早速、市電に乗り込み、
松山市外の繁華街である、
「大街道」へ向かう!
県庁や市役所のそばにある大繁華街である。
途中、ぼっちゃん電車にもすれ違った!
通常の市電料金より300円高い!
松山のグルメと言えば「鯛飯」、
「鍋焼きうどん」なので、
早速、「鍋焼きうどん」を!!
ということで、「つるちゃん」へ入る!
さて、満腹になったところで、
お目当ての「松山城」へ!!
参道を通ると、やけに骨董屋が目につく!
壷や皿などが多い!
確かに、愛媛は、「砥部焼」が
有名なところでもある!
なるほど!と感心しつつ、
「松山城」ロープウェーに向かう!
ロープウェーで、5、6分だろうか!
降り口からは、徒歩である。
「松山城」は、戦国の武将で、「豊臣 秀吉」の
子飼衆で、賤ヶ岳の戦いの
七本槍の一人でもある、
「加藤 嘉明」が築城したもので、
完成までに26年かかったそうな!
結局、「加藤 嘉明」の存命中には
完成しなかったようだ!
石垣の一部は、当時のまま残ってる
とのことらしい!
(▲ 松山市外の繁華街、「大街道」の入り口!)
(▲ 「ぼっちゃん電車」!市電と同じ路線を走る!!)
(▲ 松山名物「鍋焼きうどん」のお店!)
(▲ 「ちりめん丼」と「うどん」のセット!)
(▲「松山城」へ向かう、ロープウェー!正岡子規にちなんでいるのか?和歌になっている!)
(▲ ロープウェーから降りて、しばらく歩くと、壮大な天守閣が現れる!)
(▲ 重要文化財の「松山城」!!素晴らしい!!)
(▲ 天守閣を支える石垣!!当時のママのものもあるようだ!)
(▲ 綺麗に積まれた石垣!)
(▲ 天守閣!松山市街地から瀬戸内海、石鎚山までを一望できる!)
さて、「松山城」を後に、次は、
「道後温泉」!!!
10年くらい前だろうか・・・来たことがあるのだが、
本館周辺が奇麗に整備されていたのには
吃驚した。
アーケードのある「ハイカラ通り」も
土産屋などが再整備されていた。
以前は、スナックなどもあったのだが、
全くなくなっていた。
それから、浅草にあるような人力車まで!
爆買い観光客がごっそり訪れていた。
まずは、入り口で、4コースある入浴料を払う!
個室でくつろげるコースを選択!!
ますは、風呂へ!
意外と空いていて、ゆっくりと
浸ることが出来た。
女風呂は、かなり混雑していたようだ!
大衆浴場であるから、
観光客の他、地元の方も利用されている。
風呂から上がると、
お茶と団子のサービスがある。
風呂の写真は残念ながらないのである!
ちょうど寒い日だったので、
ちょうど良いお湯加減だった!!
(▲ 市電で「道後温泉駅」で降りると「ハイカラ通り」の入り口が目の前に!)
(▲ 「道後温泉」の本館!!)「松山城」を立てた宮大工が建てたのだそうだ!)
(▲ ジブリの『千と千尋の神隠し』に登場する「油屋」のモデルになったのは有名な話!!)
(▲ サービスのお茶とお団子!)
さて、「道後温泉」をあとに、
一旦宿に戻り、
今夜のメインである、
「スタジオOWL」でのライブに備えることに!
6年振りに会う、「森 哲生」と
3年振りに会う、「みかんちゃん」との再会が
楽しみ!
まずは、腹ごしらえで、松山のB級グルメ!
だろうと思われる、「かめそば」を
食べに行くことにした。
市電に乗り、またまた「大街道」へ!!
メインストリートから路地を曲がった先に
「じゅん」・・・「かめそば」の看板が!
まずは、地酒の「雪雀」の熱燗と、
「おでん」を所望!
そして、お目当ての「かめそば」を!!
いわゆる「焼きそば」なのだが、
麺の食感が焼きそばとは全く違う!
レシピは、門外不出なのだそうだ!
店主とその辺りをお話ししつつ、
いい時間になったので、
「スタジオOWL」へ向かう!!
(▲ 「かめそば」の看板が!!「じゅん」さんである!有名人も訪れてるそうだ!))
(▲ そして、メインの「かめそば」である。麺の上に鯵節(かつおではない)とちりめん!)
さて、ほろ酔いで「スタジオOWL」へ!!
早速、オーナーの「高橋さん」にご挨拶!!
「みかんちゃん」が来ていたのだが、
開店が8時だったので、
近くの居酒屋で再会を祝う!
そうこうしてるうちに「森 哲生」(以下、「てっちゃん」)
がやって来る!
いやいや、久しぶり!!
と再会を祝して乾杯!
そして、時間になったので、
再度、「スタジオOWL」へ!!
「スタジオOWL」は、打ちっぱなしの
コンクリートで1階にステージと客席、
2階は全て客席となっていて、
音響も素晴らしく広々としたいい空間だった!
もしろん、ステージも広くて
ゆったりとしたパフォーマンスが出来る!
ギターもアディロンダック仕様の「Martin D-18」や
さまざまなギターも揃っている!
早速、高橋さんと名刺交換して、
しばらく呑みながら旧交を温めていた。
今夜は、「フリーライブ」の日なので、
地元のミュージシャンがやって来る!
いい気分になってきて頃、
まずは、「てっちゃん」から始まった!
「スタジオOWL」は、
「戦うおやじの応援団」の「SP愛媛」の
練習スポットとしても使用されていて、
「てっちゃん」が仕切っていた関係もあり、
「高橋マスター」とは、旧知の仲!
「高橋オーナー」のリードギタで
「てっちゃん」の唄を久しぶりに聴いた!!
「東田さん」の唄だったかな!
そして、松山在住のミュージシャン
「相田 健君」!!
ビートルズをやってくれました。
「これんさん」は、「Let it be」と
「Lady Madonna」でピアノで参加!!
そして、マスターとSP愛媛のメンバーである、
「江戸さん」と「のうちさん」だったかな、
「リセッツ」というグループで
「小田和正」や「ガロ」を演ってくれました!
そうそう!この「のうちさん」!
愛媛の「さだ まさし」と言われているらしく、
「ひめさださん」と呼ばれてるということらしい!
3人の素敵なハーモニーは圧巻でした!
さて、ぼくは、「Love in vain」、
「大統領ブルース」そして皆さんと一緒に
「Stand by me」を披露!
いやいや!楽しかった!!
そのほかにも松山在住の
ミュージシャンが多数、素敵な
パフォーマンスを繰り広げた!!
お名前を失念したのだが、
あの「神田アッとライブ」にも
出たことがある方も演ってくれました!
実は、もうちょっと歌っていたかったけど
ベロンベロン寸前まで呑んでいたので、
ということで、焼酎もかなりまわった
ところで、お店を後に!
楽しい松山の夜が更けていったのでした。
翌日は、「しまなみ海道」散策!
「てっちゃん」や「みかんちゃん」に
お勧めの穴場も紹介してもらった!
ということで、「しまなみ海道編」は
次回にお届けします。
(▲ 「スタジオOWL」の入り口!地下にはスタジオもあり、レコーディングも出来るとか!)
(▲ 打ちっぱなしのコンクリートがいい雰囲気を醸し出してる!)
(▲ 「てっちゃん」と「マスター」のパフォーマンス!さすが!息もぴったり!!)
(▲ 「てっちゃん」の熱唱!!!)
(▲ 「相田君」の熱唱!!「ブラック・バード」やってくれた!)
(▲ 「リセット」の面々!!左から「江戸さん」、「のうちさん」、「マスター」!)
(▲ 「これんさん」のピアノで、「Let it be」!!「てっちゃん」ボーカル!)
(▲ 広々としたステージ!音響も素晴らしく、歌っていても心地よい!)
(▲ 旧交を温めた仲間達!!)
(▲ ミュージシャン仲間!「相田君」、「のうちさん」、「てっちゃん」、「江戸さん」!)
(▲ 「OWL」を後に!「てっちゃん」と再会を期しての握手!)
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今年の5月の連休は、
「大阪 Cellar」で、音も達の
「キー坊」や「kaku3」
たちと2年振りのライブを
演ってきた!!
そして、憧れの
「真田 信繁(幸村)」の
ゆかりの地である、「九度山」へも
行ってきた!
そして今回、以前から行きたかった、
「上田」へ行ってきた!!
まさに、「真田家」の居城である、
「上田城」があったところだ!
あの「徳川軍」との上田合戦を
2度も退けた要衝だった城である!!
築城は、「幸村」の父、「真田 昌幸」で、
戦国時代きっての知将・謀将と言われている。
さて、夏休みとあって、
新幹線「はくたか」は超満員!!
久々に降り立つ駅、「軽井沢」!
以前勤めていた会社の仕事では、
よく通ったところである。
駅前にそびえる矢ケ崎山は、
国土のスキー場なのだが、
20数年前に、スキー場のコース拡張の
アセスメントで何度も訪れている。
「はくたか」からは大勢の観光客が
降りていった!!
早速、レンタカーを借り上げ、
一路、上田へ向かう!!!
途中、「小諸」や「追分」といった
中山道の宿場町を通過!!!
この間読んだ「浅田 次郎」著の「一路」の
参勤交代の道中宿場町である。
もちろん、軽井沢もその一つ!!
しかし、参勤交代とは言え、
徒歩での道中は大変だっただろうなと
感慨深く車を走らせる!
およそ、1時間くらいで上田市に入る!
早速、上田城趾公園へ向かう!!
ワクワクしている自分がいた!
上田城は、関ヶ原の戦いで西軍が破れたため、
西軍に加担した「真田 昌幸・幸村」親子は、
紀州九度山に配流され、
その後、徳川軍により、徹底的に破却されたそうだ!
堀まで埋められたそうである。
それだけ、「徳川」にすれば
憎き相手だったのかもしれないな(笑)
その後、上田を治めることになった
「千石 忠政」により本丸、櫓、堀等が再建されたのだが
「忠政」の死去に伴い、再建は中断されたそうだ!
現在は、本丸の三つの櫓(南櫓、北櫓、西櫓)が
残り、平成に入ってから櫓門や塀などが
木造復元されている!
まずは、櫓門から!!
この櫓門を支えているのが「真田石」と
言われているもので、
「昌幸」の死後、実兄の「信幸(幸村の兄)」が
形見として、運び出そうとしたのだが
びくともしなかったそうだ!!
それだけ堅牢な城だったのだろう!
(▲ 「上田城」への入り口!!この下はお堀跡になっている!)
(▲ 現在に残ろ「上田城趾」!日本の名城100選にも選ばれている!)
(▲ 「櫓門」ここから、本丸へ入っていくのだ!)
(▲ 「櫓門」を支える真田石!!)
さて、櫓門を抜けると南櫓がある。
中は解放されているので、
早速、登ってみる!!
急階段を上がると、上田市街が見下ろせる
格子状の物見櫓となっている。
ここから、敵の情勢や動きを見ていたんだろう!
なかには、纏なども展示されていた。
櫓を後に次に向かったのは、
本丸跡である。
現在は公園となっており、
当時を偲ぶものは残っていないが、
ここに、「昌幸・信之・幸村」が住んでいた
と言うことだけで、ドキドキした!
なんとなく、空気が違うような気がした。
(▲ 城を撮り過酷歩道!この歩道は戦の際に兵どもたちの集合場所だったらしい!)
(▲ 「上田城」本丸跡!!)
さて、本丸跡を感慨深げに歩くと、
真田神社が見えてくる!
明治に松平神社として建立され、
歴代城主を祀った神社である。
しっかりとお詣りをしてきた。
(▲ 「真田神社」!)
(▲ 「真田神社』にある、「幸村」の赤備えの「兜」のようだ!しかし、でかい!!)
(▲ 「真田井戸」!戦の際には近くの太郎山まで抜けていたと言われている!)
さて、ちょうど昼時になったので、
やはり、長野と言えば、「蕎麦」だろう!
ということで、ガイドブックに載っていた
「佐助」に行ってみた!!
屋号も「真田」にちなんだ名称で嬉しかったな!
ここは、「くるみそば」が有名だそうで、
江戸時代から飯山市にあった古民家を
上田に移築して始めたそうだ!
藁葺き屋根の重厚なたたずまいである。
蕎麦も上手かった!!
さて、「上田城」と「蕎麦」を満喫して、
次に訪れたのが、「長谷寺(ちょうこくじ)」!!
「昌幸」の父で、真田三代の祖である
「真田 幸隆」によって建立されたそうである!
寺自体もそれほどおおきくはなく、
上田城趾からも少し離れている。
「幸隆」の頃は現在の上田城ではなく、
この「長谷寺」に近いところに
居城していたようだ!!
お寺の裏には、いくつもの墓があるのだが、
一番奥まったところに
杉の木立の中、ひっそりと佇む墓があった!
ここには、「真田 幸隆」と
「幸隆」の正室である「恭雲院」、
そして、「昌幸」が眠っているのだそうだ!
(▲ 「長谷寺」の裏山にある、「真田 幸隆」、「真田 昌幸」「恭雲院」の墓!)
ということで、今回は「しゅうさんぽ」
番外編の「上田城趾探訪」だった!
お土産はこれ!!
「六文銭」を象った「チョーカー」と
携帯用ストラップ!!
なかなかのお気に入りである!
そして、「上田」を後にして、
以前訪れたことのある、
「鬼押出し」と「白糸の滝」を
回って帰京!
「白糸の滝」は、マイナスイオンが
ガンガン出ていて、ひんやりとした
空気に包まれていた!
(▲ 「鬼押出し」!浅間山が綺麗だったな!)
(▲ 「白糸の滝」!この水は、枯れたことが一度もないのだそうだ!)
ということで、
大阪は、「三光神社」、紀州は、「九度山」
そして、長野は「上田」と
あこがれの「真田 幸村」
ゆかりの地を全て、
見て回ったことになる!!
来年の大河ドラマは「真田丸」とのこと、
今から楽しみではある!!
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来年のNHK大河ドラマは、
「真田丸」のようです!
いわゆる「冬の陣」で
徳川家康率いる東軍と豊臣秀頼率いる
西軍との戦いであるが、西軍についた
「真田幸村」が築いた前線基地で、
どんなに攻撃を受けても落ちる事のない
要衝であったとされている。
「真田丸」は、結局、「冬の陣」のあとに、
和睦により真っ先に取り壊されたが、
「夏の陣」では、「幸村」の戦略を、
怖じ気づいた「淀君」、「大野治長」が
耳を貸さなかったため、
「幸村」はあと一歩のところまで、
家康を追いつめたにもかかわらず、
討ち死にしたのである!
しかし、「幸村」は、
後世、「日の本一の兵(つわもの)」
として徳川家康も「幸村」を誉め称える事を
許したほど、歴史に名を残す事になる!
ボクは、幼い頃から、「真田幸村」が大好きで、
とくに、「真田十勇士」が出てくる読み物は
よく読んだ記憶がある。
「猿飛佐助」、「筧十蔵」、「穴山小助」、
「根津甚八」、「望月六郎」、「三好伊三入道」、
「由利鎌之介」は実在したようである。
なかでも、ボクは、「猿飛佐助」、「霧隠才蔵」が
お気に入りでした!
忍者に憧れたのも、その頃だったな!!
さて、前置きが長くなったが、
今回の「大阪遠征ライブ」には、
「真田幸村」ゆかりの地を探訪するという
もう一つの目的があった!
5月2日は、大阪城から三光神社へ
足を運び「幸村」、「真田丸」の足跡を
たどったのだが、
5月4日は、高野山麓の九度山へ出かけた!
関ヶ原の戦いで「石田三成」に
協力した「真田昌幸・幸村」親子は、
本来ならば、上田城没収、死罪となるところ
だったが、兄の信之の助命嘆願が功を奏して、
高野山麓九度山に蟄居させられた。
そこで、15、6年間に及ぶ蟄居生活を
送るのであるが、脱出して、大阪城へ籠城!
あと一歩のところまで、家康を追い込んだのだが
力つきて討ち死にした!
ものの本によると、「幸村」に攻撃された
家康は、本気で切腹を考えたと言われている。
大阪から南海高野線を乗り継ぎ、
およそ、1時間半くらいだったか!
「真田昌幸・幸村」親子が蟄居生活を送った
九度山は広い盆地の中心地にあった。
周囲を山々に囲まれ、緑豊かな
田園地帯と言う感じだった。
当時は、馬と言う交通手段はあったが、
よくこの道のりを突破して大阪城まで
たどり着いたたもんだと感慨に耽ってしまった!!
九度山駅を降りると、国道沿いに面した
当時から残っているだろうと思われる
細い通りに商店街や民家が並んでいる!
どの家にも、軒先には「真田親子」や
「十勇士」を祭った兜雛の飾りのようなものが
ぶら下がっている。
(▲ 「南海高野線」の「九度山駅」!この先は、「高野山駅」に繋がる!)
(▲ 兜と「六文銭」の旗印がはいった「幸村」や「十勇士」の名が入った飾り雛?)
(▲ 「九度山駅」から、真田家の屋敷跡へ向かう途中!緑豊かな田園風景が広がる!)
さて、商店街と言っても細い路地沿いに
数件の商店が軒を構えているだけである。
その一角に、こんなお店があった。
地元の方が、懇切丁寧に作り上げた
人形による大阪城脱出〜籠城劇の一場面!
そして、「幸村」が使ったであろう
刀のレプリカみたいなもの(笑)があった!
休憩所などもあり、否が応でも
来年の大河ドラマ「真田丸」の宣伝を
九度山全体で盛り上げている雰囲気!
とても興味深かったな!
(▲ どこのお店も「幸村」でいっぱいなのである!)
(▲ 地元の方々が、作られた人形による「大阪城入城の図」!素晴らしい!!)
(▲ 「真田幸村」と「真田大輔」の大阪城入城の人形!素晴らしい作りである!)
(▲ 気分は、「幸村」!「岩村」ではありません(笑))
商店街から。民家が続く細い道を
歩きながら、「幸村」も同じように
ここを闊歩したんだろうな!と
思いながら、タイムスリップした
感じに浸っていた。
民家が建ち並ぶ細い路地を
少し下ったあたりにそれはあった!
いわゆる、「真田の抜け穴」といわれている
地下壕である。
一節によると、大阪城まで通じていた
とも言われているが、それは虚説だろう!
しかし、そんな伝説が残るのも
「真田」という戦国武将にあって、
戦巧者だったる所以を知らせてくれる
言い伝えなのかもしれない!
それほど、「真田」の戦振りは
全国に知れ渡っていたようだ。
なにせ、徳川家康、徳川秀忠がもってしても、
真田には勝てなかったのだから!
(▲ 「真田の抜け穴」と称される地下壕!!しっかりとした石積みである!)
(▲ 「真田の抜け穴」と称される説明!このあたりがファンとしてはゾクゾクする!)
この抜け穴跡を抜けると急に視野が開け、
重厚な造りの屋敷が目に飛び込んで来る!
待ちに待った、「真田屋敷」である!
「真田昌幸・幸村」親子、幸村の妻、
大谷吉継の娘(一節には、妹、姪とも)
でもある「竹林院」(名前は、「利世」とも
「安岐姫」とも言われているが不明)
そして、「真田十勇士」と
ともに、蟄居生活を送ったところである。
おそらく屋敷は幾度も修復されたと
思うが、ここに「幸村」が住んでいたと
思うと、心が跳ねている自分がいた。
門から外壁に至るまで六文銭の旗印が
敷き詰められている。
ここで、15、6年にもわたる生活を
強いられたのだが、地元住民、百姓達とは
良好な関係を築き、農作業に勤しみ
あの有名な「真田紐」を作り、
十勇士らを使って大阪、京都に売り込みに行き、
生活費を稼ぎつつ、家来を養うと共に
いつかは、家康を討ってやろうと決意を
固めていたのだろう!
(▲ 「真田屋敷」の門!「六文銭」が嬉しい!!)
(▲ これより、「大阪城」へまいるだわ!「佐助」共をせい!と下知したくなる(笑)!!)
(▲ 「真田屋敷」の外壁!!瓦にも「六文銭」が!!)
(▲ 「真田屋敷」にある、神社!「真田昌幸・幸村」を祭っているのか!)
(▲ 「真田昌幸」の墓と思われる!真田家を守るためとは言え、「犬伏の別れ」は辛かっただろうな!)
さてさて、今回の「大阪遠征ライブ」も
無事、終了し、憧れの「幸村」の九度山屋敷も
訪れる事が出来た。
ボクが最後に観たNHK大河ドラマは、
竹中直人さんの「秀吉」だったかな!
来年は、堺雅人さんが「幸村」役だそうだ!
これも楽しみですね!!
来年は、日曜日はいい子になりそうだな(笑)
ということで、5月2日〜4日に渡る
「大阪遠征ライブ」報告も、
「九度山編」で終了!!
今年中に、上田にも行く予定!
今年は、「幸村漬け」になりそうだ!
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