|
松蔭室 (弘前市元長町)
嘉永五年 二月二十九日〜三月二日まで滞在
明治39年(1906)、伊東梅軒の子孫が移転した後
隣家の伊東重がその邸宅を購入し、養生幼稚園を創立。
松陰たちが会談した部屋を「松陰室」と命名永く保存するとともに
青少年教育の場として活用されてきた。
現在は旧宅の大半が改築されたが、玄関から座敷(松陰室)
にかけての部分はよく保存されている。
この奥の部屋で長州藩士吉田松陰は熊本藩士宮部鼎蔵とともに
藩に軍事や教育等について尋ね思想や世界観を語り合ったといわれている。
二人の目的は、黒船の出没におののく北辺の警備の実情視察と
津軽に伝わる山鹿流兵学に触れることだった。
松蔭の「東北遊日記」・・・五所川原〜小泊〜三厩 ⇒ 北海道 ⇒ 青森〜帰途。
|
立派な松にもびっくりしましたが、これが幼稚園と言うのも驚きです。何よりもっと驚いたのが、吉田松陰の行動力です。あの時代、海外に目を向けていた松蔭ですから、国内を動き回ることくらい造作ないことでしょうが・・勉強になりました。
2006/6/1(木) 午後 8:03
吉田松陰って、名前はよくきくけど、なにをした人なのか、ぜんぜん知識がなかったので検索して読みやすそうなのを探して読んでみました。松岡正剛の千夜千冊『松陰遺文集』。30歳の生涯だったのか。しかも最後は斬首。一気に読んで血圧が上がってしまった。新しい時代、今の平和etc.何かにつけて一人の人の生き方とそれを取り巻く人たちのかかわりのうえに成り立っているものなのだなあと,人一人の生き方というものを、考えさせられ、為政者のために祈り心さえ起きました。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0553.htm
2006/6/1(木) 午後 8:29 [ 夢小鳥 ]
立派な松です〜。ここが幼稚園と言うのも驚きです・松蔭は山陰の人って 思ってました。上の方のコメントのHPも見せて頂きます・
2006/6/1(木) 午後 8:57
いえいえ・自分でも検索してみます・
2006/6/1(木) 午後 9:00
のんてりさん>風雲児と言う表現が有ります! 幕末から明治にかけて、 思想に満ちた若者のわが身を省みぬ行動力には敬意を称したいね!
2006/6/1(木) 午後 10:21
夢小鳥さん>勉強家ですね! 早速検索しましたか! それに感受性の豊かな人なんですね♪
2006/6/1(木) 午後 10:28
ぎいちゃん>ここは文化財的建造物です。アポ無しでは勝手に入れません! 幼稚園は同じ敷地内ですが、直ぐ隣に別な門と園舎が有ります。
2006/6/1(木) 午後 10:41
こらまた凄い松ですねぇ。
2006/6/2(金) 午前 1:05
岩魚さんおはようございます。感受性が豊かっていうのは、ほめ言葉に使われるのだとおもいますが、感じすぎる本人は心身苦しいんです。家族で飯盛山に行ったときは、自害した若者たちの悲劇と嘆きを思って、気持ち悪くて息ができなくなるし、武家屋敷に行けば、ないて貧血起こしてしまうし・・そんな具合なので、テレビニュースを見ながらの食事はとてもできないんだや。体はひと一倍野太いのに、神経はどっか、細いんだびょん。
2006/6/2(金) 午前 8:33 [ 夢小鳥 ]
はんかちツリー写してきたのですが、うまく撮れませんでした。残念。
2006/6/2(金) 午前 8:34 [ 夢小鳥 ]
こんな幼稚園で保育されたら、背筋がしゃんとした子供に育ちそう^^ それにしてもこの松は見事ですね☆ 何かの記念物に指定されていそうですね☆
2006/6/2(金) 午前 11:12 [ よっち ]
ほんとうに立派な松ですね。今もこの建物が幼稚園に使われてるのかな?と思ったら別の園舎なのですね。園児達もこの松のように大きく元気に遊んでるのかな。
2006/6/2(金) 午前 11:18 [ s_t*m*_cha* ]
函館ドリフさん>ほんとに溜息で見ていました。雪で枝が折れないか余計な心配までしてしまいました(^^ゞ
2006/6/2(金) 午後 0:45
夢小鳥さん>その繊細さが川柳にも活かされているんだと思います。 ハンカチツリー残念でしたね!
2006/6/2(金) 午後 0:49
yottiさん>子供は歴史や由緒は知らないから それなりでしょう? この松は何の肩書きも有りません、今後歳月が経てば認められるかも知れませんね。
2006/6/2(金) 午後 0:55
やおめさん>幼稚園の庭は何処も同じで狭いですよね! ここも市街地ですからご多分に漏れずです。それでも北国の子供らしく元気ですよ。
2006/6/2(金) 午後 1:01
んーん。ここでねー、熱くなって日本の前途を語り合ったんだ・・・。想像してワクワクしてきたヨ、その場で会話をききたかった。津軽に伝わる山鹿流兵学って何?検索してみます。
2006/6/2(金) 午後 7:08 [ kas*r*jp49 ]
kasuriさん>現代の思想でその場に居たら、きっと殺されていたと思う! それ程緊迫した情勢だったようです。 山鹿流! あの赤穂浪士まで遡ります。
2006/6/2(金) 午後 9:36