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今日は野暮用のついでに森田村の道の駅によってみました 本館の隣に茅葺屋根の民家を移築したそば屋が有ります 店名「萱のしずく」 「木造茅葺一部二回建て、建築年代は約100年以上前、当時の津軽地方を 代表する規模の大きい茅葺農家(地主)住居です。 大小11の部屋をもち武家の格式を取り入れ、台所・常居・座敷に段差が あり天井が高くなっています。 木材はおもにヒバ・けやきで、すじかいを用いず、すべて貫を使用し 釘も使っていません。」 旧 増田家 、この地の苗字帯刀を許された庄屋だったのだろう! ここは津軽民謡「弥三郎節」の発祥の地 内容は、貧しい農家の"嫁いびり"を唄ったものです! ♬一つぁえ〜 木造新田の下相野〜村のはんずれこの〜やさぶろぁえ〜ありゃやさぶろぁえ〜♬ ♬四つぁえ〜 夜草朝草欠かさねど〜 つける油こも〜 つけさせぬ〜ありゃやさぶろぁえ〜♬ 十五番まで有ります!
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先日、鹿の子滝の記事で最後にupした白い花ですが てっきり色あせた紫陽花とばかり思っていましたが 家に帰って検索して初めて「ダルマウツギ」と名前が解りました 改めて一枚 貼らせて頂きます こちらは本物の紫陽花です、似ていますね!
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深浦町の千畳敷海岸・夏は天然プール海水浴や釣りマリンスポーツと多彩に楽しめる 冬は無人駅脇の氷壁や黒鯛釣りも人気が有る、その千畳敷海岸の国道沿いに「カブト岩」が目に付いた 長い年月、日本海の荒波による浸食が造形した自然のオブジェです 西欧の兵士が装着する兜によく似ています
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太宰治が小説「津軽」を執筆する前に津軽を訪れている 青森の母校や津軽半島を巡り、小泊村や金木町の生家に遊んだ その時に兄夫婦と弁当を持って遠足気分で出かけたのが ここ「鹿の子滝」である! 滝周辺は急峻なため空き地が無く 「祠」は林道を挟んだ山側にひっそりと建立されていた 林道を横切り滝へ下りかけた時、足元から走り去るものを見た 体色が金色で頭部がまだ白かった、テンだ! この穴から逃げたようだ 細い踏み跡を進むと滝口に出た、水は少ない さらに進んだが滝の全容が見えない、5m程崖を下っての1枚だ 帰りに気が付いたのだが、ダルマウツギにシジミが群れていた。
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☆ 一つ 大事なねぷたを紹介します 私の好きな唐糸御前公園にまつわる悲話です 「唐糸御前の伝説」とは鎌倉の五代執権・北条時頼に愛された女性「唐糸御前」の悲しい伝説です。 唐糸御前は、鎌倉の執権・北条時頼につかえる心根の優しい才色兼備の女性で、やがて時頼の愛を一身に集めるようになりましたが、それが周囲の女性の妬みを受けることとなり、鎌倉を逃れ生まれ故郷である津軽の藤崎に隠れ暮らしていました。 時頼は病により執権職を退いた後、仏門に入り諸国行脚の旅に出ました。そしてやがて津軽を訪れることになり、唐糸御前は一瞬胸をときめかかせましたが、田舎に落ちぶれ 見る影もなくやつれた自らの姿を悲しみ、近くの柳の池に身を投じてはかない生涯を閉じました。 村人たちが唐糸御前の死を泣き悲しんでいる折、北条時頼がこの地を訪れて唐糸御前の死を深く悲しみ、唐糸御前が通っていた平等教院という寺院に墓を営みました。 ☆ その唐糸御前がモデルの見送り図です 現在 弘前の禅林街にある「万蔵寺」に位牌が安置されています。
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