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私は詩吟をもう10年以上やっている。 なかなかうまくなったかもしれない なんて思う。 健康にもイイように思う。 今 気に入って練習しているのは、 家康の遺言と言われている『東照公遺訓』 この吟を吟じながら、ニュースを見ると 朝から迷惑なことに、東名横浜町田入り口のカーブで タンクローリーが横転している。運転者は死亡。 空前の大渋滞を巻き起こしたことだろう。 自らの重荷を忘れて スピードを出しすぎた違いない。 大きいモノ 重いモノを背負っているものほど 過信に陥り安い。 薪を担うて 翠岑を下る 翠岑 路は平かならず 時に憩う 長松の下 静かに聞く春禽の声 -良寛- あんがい楽しい 急ぐべからず |
うつわ一般
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午後散歩の途中 公園の脇を通り過ぎると 懐かしいユニホームが目に入る。 私が小学校3年生から大学卒業するくらいまでの十数年 週に一度は袖を通したユニホームだ。 いまや過去の遺物とも揶揄されるボーイスカウトのユニホームだ。 それも私の所属した隊のネッカチーフを付けている子供や大人がケッコウな数いる。 公園を利用させてもらって、バザーをやってるらしい。 そのなかに見覚えのある人たちの顔も見えたので、 うれしくなって、声をかけたら、もう十何年もご無沙汰なのに とても暖かく迎え入れてくれた。 特に私が少年だった頃既にリーダーだった方とフランクな話ができたことがうれしかった。 変な奇遇でその方も、胃の摘出をして間もないということで、妙に話が弾んでしまった。 その大先輩が別れ間際に、くださったのがこれ。 ほんとに手作りの心のこもった品物にたいへんびっくりした。
そして、涙が出るほどうれしかった。 最近 妙に涙もろい・・・ |
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おもいっきりダルイ体を引きずるように大丸東京の日本陶芸展へ行ってきた。 もともと陶芸展なるものにほとんど興味のなかった私であるが、 たまに行ったら刺激になるかも?元気をもらおうか! くらいの気持ちで行ったのだが、かなりガッカリした。 私の体調のせいも多分にあると思うのだが、驚きってもんがぜんぜんなかった。 よく見かける名作へのオマージュみたいのバッカリで、正直うんざりした。 生命の息吹!とか 芸術性のほとばしり!みたいなものを感じない。 唯一イイなぁって思ったのは、魯山人の雲金鉢や椿鉢のオマージュと思しき 大きな鉢で、たしか『パッション ローズ』とかいう題名の作品だけ。 あと実用部門の白磁にちょっといいものがあったような気がする。 なんでこんなんだろうって思う。 きっとニューヨークあたりの場末でやる陶芸展の方がずっと刺激的だろう。 よく耳にするのは『貧すれば鈍する』 そうであってはいけないはずだが、 その傾向は確かにあるんだろう。壷を作っても売れない時代には壷を作らなくなるのは当然だ。 ゆえに若い陶芸家は、売れる日用食器ばかりを作ることになる。 それも今日的状況にあってプラスにも作用しているのだが、みんなこじんまりしてくる。 ちょっと大きいものを作ろうとすると、作為が見え見えで成形がガチガチになる。 もっとノビノビと作っていいのではなかろうか。ある意味遊び気分も大事なのだ。 話は変わるが 以前 CMプランナーの林寧彦さんが陶芸家になったばかりの頃 素敵な絵が気にいって個展で絵皿を買ったことがある。 買うとき、同じ絵皿2枚を見せてくれて どちらにしますかって聞かれたので、 当初から気に入っていた方の皿にしたら、林さんたら、少し訝しげで もう一方の皿の方が気にっていたみたいでした。 声優のようなバリトンの美声で『どうして そちらに?』って聞かれたので、 こどもの無邪気さで『スズメの顔がこっち方が好きだから』って言ったら 『ほう そういう見方もありますね』って言われた。 想像なのですが、たぶん私の買った皿の方は、 高台部分の内側にややロクロ目の乱れがあったのが、気になっていたのだろう。 私はそんなこと どうでも良かった。たしかに作り手ゆえ 気になることもある。 それはしょうがない。でも陶芸展の審査員はそんなところを見てほしくないものだ。 鉄釉のほとばしるスズメの姿をこそ見てほしい。 しがないうつわ屋はそう思うわけです。
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自宅への近道で、丘陵の尾根づたいの道を抜けていくと、 川崎市最古の寺 影向寺(ヨウゴウジ)がある。 昼食後例のごとく腹痛に苦しみながらいくと、ふっと楽になった。 見れば影向寺の門前 見事な八重桜が、雨に濡れて散っている。 車を止めて、門前に入る。八重桜のむこうに、霊験あらたかな“影向石”が見える。 “影向石”は、古代の建物の基礎の石に使われたと思しき大きな石で、 真ん中にくぼみがあり、霊水をたたえる。これ眼の病にすこぶる効用ありと、 江戸時代にはかなり参拝客があったようだ。 大病したが、 ここにお参りするのを忘れたなぁって 改めて思った。しまったぁぁ このたび まじ 思った。 生き延びたら何をしようかって この機会に出家っていうのもアリかなぁ なんて頭をカスメたりもした。 が、 やっぱりまだこの俗世で 遣り残したことが・・・ いっぱい とうぶんは、あちら側には行けない。 雨に散る 古刹の門前 八重桜 入ってみるも この世捨てまじ
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で、今日の夕方 お店のちかくを通ったので、閉店後の店を久々に見てみようと 思って寄ってみた。 だが、 店の扉を開けようとしたら・・・ んぅ? 鍵がない! ああ そっかぁ ずいぶんと前に妻に私の合鍵を渡したのを思い出した。 雨の中 店に入れず ただ うろうろ・・・ しょうがないので、ウインドウに張り付いてお店のなかを覗いてみた。 自分の店なのに、なんとも惨めなカンジだ。 当然電気もついてないので、店内はまっくら。静まりかえったカンジ。 でも、 なんか、心安らぐ感じ。
うっすら浮かび上がるうつわたちは、なにやら以前よりもずっと頼もしくみえた。 ちょっとわが子の寝顔を久々に見たような気分。 この子(=この店) ことし8歳になる。 |





