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昨夜 川崎のラゾーナとういうショッピングモールで 高校のときの旧友と待ち合わせ。 二人は以前からお気に入りなので、歌ももちろん聴いてはいたのだが、 妙に気になってきたのは、グループ名のRHYTHMのスペルだ。 RhythmRhythmRhythmRhythmRhythmRhythmRhythmRhythm 字面が、あたかも波打ってるよう。 しかも子音文字しかない。 実に不思議な言葉だ。 そんなことに妙にひっかかってる間に、数ヶ月ぶりに会う親友が現れた。 彼は、会うなり銘菓“空也”の最中と“空也”の生菓子をくれた。 “空也”のお嬢さんが、このブログの記事を気に入ってくれて、 最中を買いにいった友人に、『ブログの人にね』ってこの生菓子を付けてくれたそう。 うれしいなぁ 忙しい中、菓子を買いに行ってくれる友人の気遣いと 空也のお嬢さんの優しい気遣い ほんとありがたい。 で、今日 この生菓子を開けて、さっそく 菓子皿を選んでみた。 うちでは、菓子が食卓に出ると、かならずジャンケンする。 勝ったもんから取っていくのだ。けっこう白熱するもんです。 そのジャンケン戦のステージなら、なおさら 菓子の箱のまんまより、こんな器にのせてみるのが楽しい。 茶事の菓子器では、まず使わないこんな長皿もいいと思う。 それに、こうやって並べて配置すると実にリズムが出る。 こういう一個づつ個性的な菓子なんかは、こんな盛り方も実にありと思った。 というわけで、 やっぱり リズムが、なんらか“ワープキー”のようだ。 さていったいどこへワープするのか? さて ロクロもリズム。 ジャンケンもリズム。 旧友との楽しい会話もまたリズム。 もしかしたらリズムがワープキーなのではなく ・・・ワープそのものが、リズムなのか? 最後で恐縮だが、空也は最中ばかりでなく、生菓子も格別!
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山本一仁
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『日本の仏像』という本を先日買った。 どこで買ったかというと、日本橋の丸善で買った。 なんで日本橋の丸善かと言えば、山本一仁さんという 期待の陶芸家の個展がそこで開催されていて、 それを見に行った時に買ったからだ。なんと創刊特別価格290円! で、その中でどうしても気になって、網膜に張り付いてしまった写真が三枚あった。 これは、京都清涼寺の釈迦如来立像だそうだが、 この右側にある、数個の袋みたいのは何だと思います。 これ仏様の内臓たちなんです。 昔の仏像では中をくり抜いてお経や銭などを入れることがよくあったそうです。 その中には、仏様の内臓なんかもあったわけです。 これは京都萬福寺のラゴラ尊者坐像だそうですが、 胸をかっさばいて、中から仏を見せています。 こんなん ありなんだろうか?って感じです。 これは比較的有名。以前から知ってましたが、京都西往寺の宝誌和尚立像。 これは顔を割って、観音様?を見せてるそうです。 私 正直 仏様は、ディズニーランドのミッキーよろしく唯一無二のものだと思っていました。 ところが、このように、仏の中にさらに仏を見ようとする。 その奥深くもイキイキとした精神性に改めて感動しました。 これらの像たちは、時代を超えて愛されてきた仏像でありながら、 赤裸々で挑戦的な まさに現代アートでもある。 また、人体にについての考えも深まったような気がする。 というのは、『人体は心のうつわだ』っていうのが信条だった私には、 人体の中の人体 あるいは うつわの中のうつわにまで思いが及んでいなかったから。 この写真が教えてくれたのは、その昔から、 東洋人は、人体の奥中の細胞にまで仏性を見出すことをしてきたということ。 そこで、私はまた考え及ぶのです。 先日失くしてしまった私の胃にも仏性があったはずだと。 また、そのがん細胞にさえ仏性があったはずだと。 でも、切って取り除いてしまった。 いったいこの事件をどのように考えればいいのか。 だが、いくら考えても解答が出ないので、 私は、最近こういう場合いつもするように、“うつわ遊び”をしてみるのです。 うつわの中のうつわを見るように、うつわにうつわをのせてみる。 そう 大きなうつわの上に 小さなうつわを三客置いてみました。 左から山本一仁 作、田村森 作、後藤義国 作 うつわを重ねることの意味とは? セックス? 細胞分裂? 重なったうつわの意味とは? 愛? 健康? DNAの秘密? うつわの中にうつわを見る意味とは? 信仰? 美? その解は おそらくは、量子力学と東洋医学が重なって溶け合うとき
ポロリと落ちてくる解なのではないだろうかと今は感じるばかりだ。 |
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