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最近またいっそう 瑞浪(地名)=みずなみ って響きが好きになった。 なによりそこに住んでいる知人が、気持ちいい人だからかもしれないが、 人を好きになると、全部ひっくるめて好きになっちゃう気持ちって誰にもあるでしょ。 瑞浪に住んでいるその人は、陶芸家 田村浜男さんと奥様。 人柄が滲み出るような方なのだが、お二人が愛犬へ接する態度や、 それに反応する犬のしぐさを見てると ほんとうに愛のカタチが見えるようだった。 その光景を最近思い出して、わずか2回しか行ったことないその場所 瑞浪が、 故郷のない私にとっての “ふるさと”のように感じてきた。 次の三枚の写真を見ていただくだけで、私の気持ちがわかってもらえると思う。 写真を撮るよって 犬愛にやさしく語りかけると・・・ 言葉 気持ちで通じて 愛犬とぼとぼと前に出る その田村さんの作品にも、しっかりと同じ気持ち滲んで現れる・・・・ |
田村浜男
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先に書いた陶芸家角田武さんにお会いした後は、ま南の山間の温泉にもどって宿泊したのだが、 その日の夜、食事のあとに蛍が見れるというので、旅館のすぐ下に草履で出かけてみた。 すると、見えました。蛍!蛍!蛍!蛍!蛍!・・・ よくよく思うと、生まれて初めて蛍を見たように思います。ことのほか幻想的です。 それにしても45歳になるまで、蛍も見たことがないとは、とても残念なことです。 それだけ自然の声を聞いていなかったように思うのです。 次の日お会いした瑞浪の田村浜男さんは、そういう意味では自然の中で、 自然の声を聞きながら育った方です。 特にお昼にいただき、お土産にも持たせていただいた 手作りの、ほう葉寿司は感動しました。 もちろん、ほう葉も近くの木から採ってくるそうです。 ほのかだが、可憐な香りが、すばらしいのです。入っている具も絶妙です。 それに竹の子のお吸い物に きゃら蕗に さやえんどうの木の実あえ どれも食材からお手製です。 田村さんご夫婦は、この土地の恵を、十二分に利用して育み、生活を豊かにしています。 そのひとつが、陶芸のような気もします。 自然に則した豊な生活がまずあり、その中に陶芸があるのです。 その証拠に田村さんは、木工の仕事もすばらしいのですよ。それもまた ひとつなのでしょう。 陶芸の仕事には、だまって頭が下がるような畏敬の念さえ感じます。 渓流が岩を削るような自然の偉大さを感じるのです。 また、その仕事を紹介してゆくのが、とても楽しみです。 まずはその陶芸家がどんな食をしているか紹介させていただきました。
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今日病院に診察に行ったら、帰り際病院の出口で 偶然たいへんお世話になった看護婦さんに会った。 話をしてたら、今月でこの病院を辞めて実家の九州へ帰るそうで、ここで会えなかったら もう一生会えなかった。今日またここでお礼を言わせてもらえた偶然をとても感謝です。 この看護婦さんは、私の手術直後の夜の担当だった方で、術後の激痛! (ほんとうに死ぬかと思ったほど)に耐えかねているのを、手をとって しっかり握り、 かなり長い間、何度も(おそらく鎮痛剤が効くまで)枕元で励ましてくれた。 そのことが、麻酔や鎮痛剤よりも、どんなにか私の体と心に効いたか。 (事実 あとになってわかったことだが、脊髄の神経に挿入された神経ブロック剤は 手術直後の汗などで、既にその夜には抜け落ちていたらしい。痛いはずだ!) これは、味わった人でないとわからないかもしれない。 多くの医師や看護婦は、こういう事をどれだけ重要視しているか疑問だ。 脈や呼吸の数 血圧の数字 食事や便の量 そういうものに気をとられて もっと大事なことを忘れがちになっている。 でもこの看護婦さんは、心から手を握ってくれた。それがほんとうにうれしかったので 今日は、人通りも気にせず、病院の前で私が彼女の手をとって何回何回もも深々頭をさげた。 九州でもこの看護婦さんにそうやって救われる患者さんは、きっと数多いことだろう。 さて一昨日と昨日と美濃方面へ、三人の陶芸家にお会いしに行ってきた。 その陶芸家たちもまた、そういう心で仕事をする人です。 今日はそのおひとり 田村浜男さんの作品を見てもらいましょう。 今回お預かりしてきた作品の一部です。土を探し、掘って積み上げ、土作りして、成形し、 釉や化粧土の素材も自分で採取して、作品にかける。薪を集めて割って、 窯詰めして 何日も窯炊きして出来る作品たち。 その工程のひとつひとつに心を込めていくような作り手です。 今の陶芸界も、大きな病院のよう。その中には 心で仕事する人は ほんの少ししかいません。 作品を 手に取ると よーく そういうことがわかるのです。
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わだつみの “うつわ”に似たり ひと葉にて まれびと来たり 春のうららに 海を渡ってきたものには、古来 神のごとくに敬意と畏怖を抱いたものである。 この渡来人にも、無謀を誹謗したりせず、厚遇してもらいたいものである。 この奇跡的な脱出を成し遂げた者は、わだつみに愛されし者のような気がするのだから。 ところで 焼き物の世界にも、南蛮手というものがある。 大陸の東南から渡ってきた 耐火度の低い土を原始的な窯で焼締めた陶で、 見方によっては、みずぼらしいものだったかもしれないその陶を、 当時の茶人がその真価を見出して、ありがたがったのだ。 現代の陶芸家でも、その曖昧な風合いに魅了され追い求めるものは少なくない。 話はさらに戻るのだが 北朝鮮は、今 物質にこそ恵まれていない。が、民衆は古来からとても優秀だ。 高麗や李朝の工芸品がそれを豊かに証明している。 この海神に愛されしものに幸あれ
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南蛮(焼)とは、その典型は意外に不明確のような気がするんです。 南蛮渡来の低音で焼いた焼締め陶をいうのは、間違いないが、 その後国内で、求め続けてきた南蛮は、それぞれの陶工(陶芸家)の 心の中にある憧れでしかないような気がするのです。 ベトナムや東南アジアの土は、いい土(耐火度の高い土)であるはずがなく、 強く焼締めたら、ぐにゃって歪むような土だったに違いないのです。 その生焼けのような不完全な焼き物に、魅力を見出した創造力への 賛歌なんだと思うのです。 つまり恋に恋するような妄想を実体化していく試み。 いわば心の錬金術だと思うのです。 |
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