
【写真左から1枚目:シンポジウム・パネラーの各氏/2枚目〜6枚目:環境エネルギー政策研究所・大林ミカ氏の発表スライド。いずれも環境問題が喫緊の課題であることを示している。/7〜8枚目:三内丸山遺跡。核燃料再処理工場のある六ヶ所村は遺跡の宝庫なのだ。/9枚目:シンポジウムで発言する西尾氏】
どうも教員です。
5〜6月はハードスケジュールで、ロクに休みのない状態がずっと続きました。さすがに疲
れたというところです。
6月7日(土)は別記のように学科65周年校友会60周年記念パーティで演奏し、その足で東
京駅に向かい、青森行きの深夜バスに飛び乗りました。6月8日(日)に青森市内で開かれる
「持続可能な地球をつくるエネルギーシンポジウム」に出席するためです。
せっかくの青森行きでしたが、月曜2限には講義があるので、その日の最終新幹線で帰京す
るという、あまりにハードな日程。イヤハヤ。
今回、近年の合理化で壊滅した夜行列車に代わり、やむを得ず初めて夜行バスを利用したの
ですが、やはり「ゆったりシート」とはいえ横になれず、かつ揺れの多いバスは疲れました。
当日のシンポジウムは、環境NPOの若手研究者らに加え、本格稼働が目前に迫っている、
六ヶ所核燃料再処理工場の問題を取り上げる西尾漠氏の報告もあり、前から出席したいと思っ
ていたものでした。
若手研究者らの報告はいずれも興味深いもので、特に大林氏の報告は温暖化問題の緊迫した
実態を実証的に伝えるものであり、また畑氏の報告は、地球温暖化問題を解決する手段として
喧伝される原子力の利用に疑問を示すとともに、エネルギー総消費を削減することなく原子力
利用や電力利用の拡大を訴えることは、温暖化に逆行することであると強調していました。
西尾氏は、六ヶ所核燃料再処理工場が、原発以上の極めて危険なものであるとともに、この
本格稼働を許すことは、沿岸海域と周辺地域の日常的な放射能汚染を招くこと、また日本の核
利用大国への道を開くことであり(利用の見通しのない核兵器の原料であるプルトニウムが大
量に生産される→核武装の危険すらあること)、平和の道に逆行すると強調しました。
私も、原発と核燃料再処理工場の本格稼働が地球温暖化を解決する方策であるとは、到底考
えていません。
「事故がない」状態でも放射能を日常的に放出するとともに、被曝労働者と核廃棄物を再生
産する原発・核燃の危険性はいうまでもないことですが、加えて、柏崎刈羽原発で不安が露呈
したとおり、何よりこのところの地震被害(関係する被災者の方にはお見舞い申し上げます)
で改めて示された事実、すなわち「地震大国日本」に「核施設を立地できる安全な地盤」など、
そもそも存在しないということを改めて確認する必要があります。
すなわち日本においては、チェルノブイリ原発事故のような、最悪の事態が起きないとは、
決して断言できない状態にあるのです。まして、六ヶ所村直下には断層が走っていると指摘す
る研究者もいます。
「温暖化解決」のため、日常的に放射能まみれになり、事故発生時には核兵器被害を遙かに
超える被害が発生するような核施設を建設する方向性などシャレにもならず、そこに未来はあ
りません。
「持続可能な地球」のためには、自然エネルギーの利用を促進するとともに、エネルギーの
総消費を削減すること、そして危険な核利用の道は直ちに中止し、今からでも引き返すことが
必要だと考えます。
この日のシンポジウムや関連するワークショップは、そのことの妥当性を改めて示すもので
した。
帰路、地元の方のご厚意で三内丸山遺跡を見学することができました。再建されたオブジェ?
は縄文人の技術の高さを示していましたが(地元の方は屋根のない構造はおかしいと言ってい
ましたが)、いずれの遺跡も感動的なものでした。
青森県には、このような遺跡が散在しているようです。そして、当の六ヶ所村もまた。
もし、縄文人たちが今日の核施設を見たら、果たしてどう思うだろうかなどと、澄んだ北の
空気の中、遙か遠い昔を想像するのでした。
※原発問題の基礎知識は、元慶応大学・藤田先生のインタビューのあるこちらを↓
http://promotion.yahoo.co.jp/charger/200704/contents05/theme05.php
日大食品経済学科:地域経済論研究室/高橋 巌
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