高橋巌ゼミブログ

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高橋 巌【日常の記録・同窓会等】

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【写真:近所の神社の元旦早々の風景。昨年感動した広島焼きは、具だくさんで最高に美味(キャベツ、卵、天かす、紅ショウガ、トウモロコシ、ベーコン、エビなどが豪快に焼かれてソースとマヨネーズで味付けされる)。ビールとの組み合わせは最高。こんな「当たり前」の正月の楽しみが、誰にとってもずっと味わえますように】

 皆様、本年もよろしくお願いします。

 今年は、残念なことに「おめでとう」を言いずらいお正月となりました。
 年末からのイスラエルによるガザの大量虐殺は年が明けても収まらず、東京の日比谷公園では、
「派遣切り」の人たちが、一夜の暖と食を求めて入りきれないほど集まる・・・。
 年末から新年にかけて、ニュースを見ているだけでもあまりに厳しい状況があります。

 ※ガザと日比谷の状況です。

 http://picasaweb.google.com/tigrimpa/wLVhCF?feat=directlink#

 http://nsearch.yahoo.co.jp/bin/search?p=%C7%AF%B1%DB%A4%B7%C7%C9%B8%AF%C2%BC&st=v

 もちろん、イスラエルによる武力攻撃やそれに対する悲しい自爆テロも、また、山谷をはじめと
する各地の「寄せ場」における年末からの越冬炊き出しも、今に始まったことではないし、ずっと
続いていたことです。今年に限って、それをことさら取り上げるのも、偽善的といえなくもありま
せん。
 しかし、この年末〜今年に限っては、世界的な経済危機※により、問題が一挙的に噴出してきた、
そしてその規模があまりに大きくなった、そのことに異議を挟む人はいないでしょう。私のように、
ふだんあまり大した社会的なコミットができていない立場の人間でも、大きな危機感に揺り動かさ
れる正月となっています。

 ※もちろんこの「経済危機」は、誰が引き起こしたのかを、冷徹に分析した上で、その責任を追
  及しなくてはなりません。自然災害などではない、完全な人災であり、しかるべき人々が全然
  責任を取らずに天文学的な「儲け」(内部留保)をはき出すこともなく、世界中の弱い人々に
  しわ寄せを行かせているのですから。

 前回の私の主張↓
 http://blogs.yahoo.co.jp/iwashizemi/45731092.html

-------------------

 そのような中、私は、この正月たまった仕事を後回しにして(関係者の皆さんゴメンナサイ)、
日頃読めない本やサイトなども読みながら(飲みながら?)、色々と考えておりました。

 それは音楽を通しての「物の見方」を考える、ともいうべきようなことです。

1.石井宏『反音楽史』を読む

 まず、石井宏『反音楽史』(2004年、新潮社)という本があるのですが、前に買ったこの本を、
改めて読み返してみました。

 http://www.excite.co.jp/book/product/ASIN_4103903031/

 正統な音楽評論家や研究者からは、多分「際物」とされそうな内容ですし、「本当かよ?」と突
込みたいところも多々あるのですが、音楽好きの日曜楽士の視点からは、「そうそう!」と言いた
くなる箇所も満載です。それは以下の素朴な疑問を、筆者と同様に私もずっと持っていたからです。

 なぜ、自由で楽しいはずの音楽なのに、学校の「クラシック」音楽教育はこうも面白くないのか。
そもそもなぜ、学校の音楽室に飾ってある作曲家はドイツ人ばかりなのか。なぜ「クラシック音
楽」は演奏家でなく作曲家があがめ奉られるのか。なぜ、現代の「クラシック音楽」であるはずの
「現代音楽」は、専門家の技法合戦ともいうべき少数者だけの「セクト的隘路」にはまりこんでし
まったのか。
 こんな素朴な疑問から、著者は、長年の音楽史の(クラシック音楽の)中心にあった「ドイツ主
義」とその所産とも言うべき、「作曲家・型式中心主義」による「歪められた音楽史」の実態を解
き明かします。そして、音楽とはもっと「客を尊重」すべきものであり、音楽を形にする演奏こそ
が尊重されるべきである。クラシック音楽(譜面に書かれ、それを再現する音楽)のみが正統で、
それ以外が「正統でない」などという不当な音楽観はお払い箱にすべきで、演歌もジャズもミュー
ジカルもオペラも映画音楽も、「いい音楽」は「いい音楽」として正当に評価されるべきである、
と主張するのです。
 でも、現実にはそうなってはいません。なぜそうなのか。

2.吉松隆の音楽を感ずる

 同様の文脈で、(前から気になっていながら、これまであまり聴いていなかった)作曲家・吉松
隆のHPを読んでみました。

 http://homepage3.nifty.com/t-yoshimatsu/
 http://homepage3.nifty.com/t-yoshimatsu/~data/I,composer/c-Frameset.html

 吉松氏は、「調」や「拍子」という音楽において最も基礎的な構成要因を取り払い、無調の(普
通に聴くと、心地よくなくワケのワカラナイ音世界)曲が前提の「現代音楽」主流に反旗を翻し、
ジャズやロック、邦楽の演奏経験も踏まえながら、「21世紀のクラシック音楽」を構築してきた作
曲家です。
 彼もまた、「クラシック主流派」からはパージされていますが、彼の作る曲には注目されますし、
実際に「クラシック専門家」以外の多くの聴衆からも支持されています。今回HPを読み直して、
改めて氏の「まともな音楽感」や、ジャズをはじめとする「非クラシック音楽」への(実践を含む)
しっかりした認識、視点などには感動させられました。
 そして、この現代、ラップからJ-POP、ロックなどなど多様な音楽が溢れる環境の中で、「交響
曲」を再生産しようとすれば、しかもそこに「聴衆」がいることを意識しながらそれを行うとすれ
ば、吉松氏のような「クラシック作曲家」がもっといなくてオカシイ、というのが自然だと思えま
す。吉松氏は「異端」とされているようですが、彼こそが本来は「正統」なはずです。
 でもなぜそうならないのか。

 私個人は、現在演奏しているのは忙しいこともあってジャズだけですが(水準はともかく)、
クラシックも、ジャズもロックも、最近は結構演歌も好きですし、現代音楽だって、あるいはフリ
ージャズなども、単に無調だからイヤと思ったことはありませんし、いいものは受け容れてきまし
た。
 ただ、音楽のせっかくの楽しさを教えない学校音楽教育や、クラシックの「譜面中心主義」の絶
対的な権威性や他ジャンルの音楽を排除する傾向、吉松氏や石井氏の批判する「隘路にはまった現
代音楽」のセクト性などは、イヤだな〜と思い、また、明らかにオカシイという経験もしてきまし
た。改めて吉松氏の主張などをを読むと、うーんなるほどなぁ、などと唸らされた次第ですが、し
かしこれって「当たり前のことじゃん」とも思うんです。

 ※これを書いている脇でNHK−FMの「現代の音楽」がかかっていますが・・いや本当につま
  らない。呆れるぐらい見事につまらない。池辺さんのベース2本の曲ぐらいですか、まぁ面白
  いのは。でも、3年後にこれらの曲を誰が覚えてるっていうのかしら・・・はぁ。

3.で、言いたいこと・・「当たり前」のためにも「なぜ」を大切に

 いや、ここで言いたかったのは、音楽の話そのものではないのです。

 人間、長く生きていると分かってくるものですが、ここで見たように、実は「考えてみると当た
り前のことが通らない」ことって、往々にしてよくあるわけです。
 しかし、隣の人に話してみると「いや、おれも前からそう思ってたんだ。オマエもか」なんてこ
とによくなったりするんですね。
 でも、何らかの力が働いて、結局みんな黙ってしまう。そのうち、「オカシイこと」の方が当た
り前になって、何が当たり前だかが分からなくなってしまう・・。

 思うに、これは戦前の日本の光景そのものなんですが、現代はそういうことがもっとソフトに、
相当に「格好良くスマートに」やられているのではないか?
 たとえば、イラク戦争に突入していったアメリカは、まさに21世紀の「現実」です。アメリカは
決して、国家全体に恐怖政治を敷いて言論を抑圧したり、国民の身体的自由を強制的に強奪したわ
けではありません。言論の自由もあり、一応民主主義国であった。いや、「世界の民主主義を守る」
とさえ称していた。そのアメリカが、国連も承認せず国際法とも合致しない一方的な戦争に突入し、
一般市民を大量に殺戮し、自国の兵士をも大量に失いながら、未だにそれに対して謝罪も反省もせ
ず、もちろん責任など誰も取っていない。
 「当たり前に」考えれば、これっておかしくないでしょうか?なんでアメリカが戦争を始められ
たのでしょうか?戦争の最大の理由であった、大量破壊兵器は一体どこにあったのでしょうか?

 日比谷公園に訪れる「派遣切り」に遭った人たち。これも「当たり前の話」ですが、なぜ彼らは
こんな目に遭わなければならないのでしょうか?
 そもそも日本国憲法には、「生存権の保証」が明記されているはずではないでしょうか。
 もし「厳しい雇用失業情勢、働き方の多様化等に対応するため」などとして「改正」された労働
者派遣法なる法律が、このような事態を惹起したのだとしたら、その法律「改正」自体が憲法違反
なわけです。いやそれ以前に、大勢の人々を死に追いやるような法律に、道理があるわけはありま
せん。

 私は研究室に、私の母校の教員であった、無着成恭の言葉を貼っています。無着氏自身には批判
もありますが、彼の山形県「やまびこ学校」での実践は、不滅の金字塔であると思っています。
 で、その中の一つがこれです。

 「なんでも、なぜ?と考えられる子になろう」

 「当たり前が当たり前でなくなる」ことは、これまでもこれからも、往々にしてあります。その
中で、

 ちょっと待てよ、これはおかしいのではないか?

 と考える「動機」、これは「なぜだろう?」というところからしか始まりません。「当たり前が当
たり前でない」ことが普通の中では、それはより重要になることではないでしょうか。

 今年は、「当たり前のことを当たり前」とするため、昨年以上に「なぜ?」を頻発していきたい
と思います。
 そして、学生の皆さんにも、それを忘れないでほしいと思います。

-------------

 長くて堅い話になってしまいましたので、「当たり前」の正月風景を貼っておきます。

 昨年に続いて、近くの神社の屋台風景です。昨年感動した、「広島焼き」の業者の方は今年も来
てくれていました。最高です!豪快に焼き上げた「広島焼き」や焼き鳥を頬張り、甘酒や熱燗に舌
鼓を打つ。ささやかな正月の楽しみです。
 屋台群の脇にはテーブル席も用意され、毎年来る常連?さんが話に花を咲かせていました。暗い
話ばかりの正月ですが、生き抜いていこうという人々の力強さのようなものも感じることができま
した。

 こんな「当たり前」の幸せを、全ての人が分かち合えるように、微力を尽くしたいと思います。

 改めまして、皆様のご多幸を心よりお祈りします m(__)m


                    日大食品経済学科:地域経済論研究室/高橋  巌

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広島焼き。。。実家に帰って食べました!
やっぱり本場(?)の味が一番食べ慣れていて美味しかったですv
明日からまた講義始まりますが、今は後期試験の方が不安です(汗

2009/1/8(木) 午後 9:44 ネコ

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おお。お久しぶり・・・というかリアルで会ってないじゃん(笑)。今度こそお会いしましょうね。ちなみにJAZZ研追いコンでは演奏しますよ♪
日大食品経済学科:地域経済論研究室/高橋 巌

2009/1/9(金) 午前 1:27 [ いわしゼミ ]


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