【写真左から1〜2枚目:夜行列車のお供。しかし、今年はこれでも眠れなかった。/3・7枚目:朝焼けの風景も夜行列車の魅力。白馬駅・信濃森上駅周辺の眺望は日本有数だけに、快晴の天候が嬉しい。/4〜5枚目:「ムーンライト」終点の白馬駅。輪行状態の自転車とM社のフロントバッグ/6枚目:南小谷からのキハ52・単行列車】
どうも、教員です。
いよいよ8月も大詰め。夏も終わりかな、という風情になってきましたね。
※書いているうちに、9月になってしまいましたが。。(汗)
この間、政権交代を始め、色々なことがありましたが、機会をみて、それらのことは書きたい
と思います。
さて、この夏は、昨年に引き続き夜行列車+自転車の旅に出てきました。
といっても、昔のような長期放浪は望むべくもなく、ささやかな夜行日帰りです。
前のサイクリング(http://blogs.yahoo.co.jp/iwashizemi/43716600.html で報告)
からちょうど1年経った先日、昨年と同様に中央本線の臨時夜行列車「快速ムーンライト信州」
に乗って、また信州方面に出かけてきました。
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夜行列車への想いは昨年も書きましたが、本当に独自の風情があります。
しかし、もうかつて愛用した夜行列車の多くは、廃止されるか、臨時列車化され、思い立って
ふらっと乗ることはできません。
かつては、周遊券を持った若者の旅人であふれた北海道の夜行列車も、道内発着便は既に全廃、
東海道スジでもフルートレインをはじめ、これは最後まで残るだろうと思われた「大垣夜行」
(ムーンライトながら)ですら、ついに季節列車になってしまいました。
また、登山者で毎日賑わった中央線の夜行列車も、残念ながら現在は、臨時の全席座席指定列
車。日にちを決め、予め指定券を取らないと夜汽車の旅にも出られないのです。何とも不自由な
世の中になってしまいました。
近年の新幹線・高速道路とそれを使った高速バスなどアクセスの改善や、ビジネスホテルの
進出などもあって、夜行列車は激減したのですが、夜汽車に乗る若者自体がいなくなった・・
そもそも【若者たちが旅に出なくなっている】、という実態も影響しているようです。
北海道などはこれが結構決定的でしょう。
これも前にも書きましたが、最近の若者気質や、娯楽の多様化〜携帯・ゲームなどの普及に加
え、厳しい経済情勢等々色々とあると思いますが、私は、ローカル線の廃止をはじめ、旧国鉄の
「周遊券」が廃止されたことが、若者の「鉄道旅再生産」という意味で、その源流を絶つ致命的
な失敗だったと思っています。
やはり国鉄分割民営化の後強くなった、国内における若者の旅の「行き場のなさ」は、その後
の「旅をする若者」の再生産を妨げ、国内の「旅の衰退」を決定づけた一要因ではないでしょうか。
ヨーロッパでも若者の「出不精」が一部で言われているようですが、それでもバックパックを
背負った各国の若者が、ユーレイルパスなどを使って長期の旅に出て交流している光景をみるた
び、どうして日本はこうなってしまったのか、という想いが強くなります。
私自身、中央線や上信越方面の夜行は、山やサイクリング、あるいはサークル合宿という青春
の想い出列車でありましたが、いずれも定期列車はなく、今年乗った中央線夜行の「ムーンライ
ト信州」は夏休みの一時期だけ、かろうじて毎日運転となっています。
しかし、たまには(1年に1度くらいは)夜行の山旅に、と思い立ち、過日、昨年は甲府から
しか取れなかった指定券が新宿から取れたこともあり、分解した自転車とともに「ムーンライト
信州91号」に乗り込みました。
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待望の夜行列車の発車で、心とこきめく瞬間です。・・ところが情けなく悲しいことですが、
すっかり山や自転車の旅・キャンプなどから遠ざかっているだけに、昔だったら熟睡できた夜
行列車も、今は体にキツイ状態になっているのも事実です。昨年より、車内放送は控え目でし
たが、この日は寝酒を飲んでもほとんど眠ることができないまま、朝を迎えました。
そんな朦朧とした頭で、明けゆく窓の外の風景を見ていましたが、この日は快晴だけあって、
大糸線に入って北上するにつれ、アルプスのすばらしい山々が車窓からくっきりと眺められる
ようになります。思わず目が覚める眺望ですが、この朝焼けに染まる山々を車窓から眺められ
るというのも、夜行列車の旅の醍醐味でしょう。
さて、「ムーンライト信州91号」を終点の白馬で降りた後は、南小谷まで乗り継いだ後、大
糸線非電化区間を走るキハ52に乗り換え、姫川温泉のある平岩まで行きます。
この非電化区間は、日本のフォッサマグマの中心部を貫通する区間で、ダイナミックな渓谷
美で有名ですが、1995年7月の水害で、沿線の国道ともども大被害を被り、長い間不通となっ
ていた区間です。
当時は、このまま廃線になってしまうのでは、という話もありましたが、関係者の努力で復
旧させました。しかし閑散線区のため、キハ52の単行(1両編成)の列車が一日数往復するだ
けになっています。かつては関西方面からも、臨時の山岳列車やスキー列車が乗り入れたのが、
夢のようです。
もとより、南小谷までの大糸線ですら、新宿方面からの直通列車がほとんどなくなっていま
す。以前は、岳人を乗せた夜行列車や直通列車が、新宿から次々に到着していましたが、現在、
南小谷までくる直通列車は、1日1本しかありません。
かつて高校生の時、栂池で行われた旺文社の受験合宿に参加したとき(全く勉強はしなかっ
たのですが:汗)、賑わう白馬大池駅に降り立ったものですが、今は閑散としており寂しい限
りです。
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平岩駅で自転車を組み立て、向かうは、「塩の道」の最北の峠・大網峠です。
「塩の道」は、海のない信州に向かって塩が運ばれた古道で、現在の大糸線沿いのルートを
いくつもの峠を越えてつないでいます。一部は、走ったことがあったのですが、今回の夜行行
きを考える中で、最北の峠越えのあと、糸魚川まで走って日本海を見たい、という気持ちになり
選択しました。峠は車道ではなく山道ですが、整備されているという情報もあったので、押して
いける山道と判断、自転車も車道走行モードで、フロントバッグを装備していきました。昨年、
デイパックを背負って走ったおかげで(久しぶりの走行なので)腰とおしりに「きて」しまっ
たので、今年はM社のツーリング用のフロントバッグを新調し、いざ出陣となったのです。
しかし、これが、当初ルートのリタイアの原因になるとは思いませんでした。。
(つづく)
日大食品経済学科:地域経済論研究室/高橋 巌
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