高橋巌ゼミブログ

農・食・地域・生活破壊の原発、TPP、改憲、全ての戦争策動、特定秘密保護法廃止!!311被災者支援を!【8.9万アクセス感謝】

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【写真左から1〜3枚目:2006年夏に訪問したときのヒアリング・ジンギスカンの交流会/4、7〜8枚目:吹雪の音威子府駅。旧国鉄アパートも雪の中。/5〜6枚目:有名な音威子府の駅そば/10枚目:ecoおといねっぷ事務局/11枚目:9月の協同組合学会大会での杉山事務局長(右端)/12〜14枚目:羊羹と味噌。ぜひご愛用ください。】

 
3月の中旬、東京では少し寒さもゆるんだ頃、北海道の北部(道北)を4年ぶりに訪問しました。
雪のある時期の訪問は5年ぶりになります。もちろん、彼の地はまだ冬真っ盛り、大雪の旭川空港が
私を迎えてくれました。

 まず、ヒアリングのため訪問したのが、人口が1000人に満たない「北海道で最小の村」、音威子府
村です。
 現在まとめている論文のヒアリングと、9月の協同組合学会で報告して貰ったことの御礼を兼ねて
の訪問でした 

 前回は、このブログが始まった直後のことでしたので、1980年以来、30年にわたって訪問している
この地域のことはまだ書いていなかったと思います。私と北海道の関わりは、学生時代の貧乏サイク
リング以来のことですが、長くなりますので、当面関係のあることだけ。。

 この地には、現在の宗谷本線だけでなく、かつては天北線が分岐しており、鉄道の要衝でした。こ
のため、多くの国鉄職員が暮らしており、小さな村ながら急行も夜行列車も止まる活気のあるところ
でした。

 1987年の国鉄分割民営化と、それに先立つ人員整理により、多くの国鉄職員がこの村を去っていき
ましたが、最後まで分割民営化に反対した国労(国鉄労働組合)の組合員は、JR不採用=清算事業
団への送り込み=そこの解散による解雇、という中で、「路頭に迷う」情況に追い込まれました。
 解雇、すなわち失業ですから、賃金が入ってこないわけです。もちろん、国労はこの解雇は不当と
して争っていましたが、こうして解雇された労働者は、全国で1047名に及びました。
 音威子府村でも、家族を含めた150名を超える人々が「失業」させられました。実に村の人口の1
割以上に当たる人たちが、直ちに生活の問題に直面することになったのです。

 国鉄分割民営化は「国策」として、また当時の中曽根首相の牽引する「民営化」政策の一環として、
その後のNTTや専売公社民営化などとあわせて実施されました。
 サッチャー、レーガン、そしてナカソネによる「新自由主義的政策」の世界的な流れの、日本にお
ける突破口としてあったものといえるでしょう。
 国鉄の場合は、特に地方・過疎地などの路線が切り捨てられるなど、当初から、「公共交通機関と
しての機能が、民営化で維持されなくなるのではないか」、などの批判もあったわけですが、数の力
で強行されたわけです。

 その後中曽根元首相は、NHKテレビのインタビューで「国労と総評を潰すために、国鉄を民営化
した」と公言しています。分割民営化でどのような政策効果があるのか、といった見地からでなく、
最初から「国鉄解体による労働組合潰し」と、「国民の財産であるはずの国鉄資産の企業への転用」
という、極めて政治的な目的であったことは明らかでした。
 国会決議で「国鉄改革法」が成立したとき、「1人の労働者も路頭に迷わせない」と付帯決議が行
われましたが、もちろんそれは何ら効力があるものではなく、全く反故にされました。これは、推進
した中曽根元首相にとって、「当然」のことだったのかもしれません。

 村の人口の1割もの人々が「失業」に追い込まれる。。。当時のビデオ映像などを見ると、その緊
迫した様子が伝わってきますが、彼らは、早急にアルバイトなどで生活費を稼ぐことを迫られました。
 各地のこうした組合員たちは「闘争団」を結成し、1人1人がバラバラにほかの仕事を見つけるの
ではなく、土木作業などのアルバイトも組織的に行うこととしました。「音威子府闘争団」もこれら
の作業を行い自活体制を構築していきました。
 やがて、地域の特色を生かした木工作業から、鎌倉の老舗の菓子屋に住み込んで技術を習得して
の羊羹づくり、さらには北海道産大豆による味噌づくり、と「音威子府らしさ」を生かした仕事をし
ながら、長期に渡る闘争体制を組む事業体として「労働者協同組合 おといねっぷ」として活動して
いくこととなります。
 労働者協同組合は、まだ日本で法制化されていないため、長年「見なし法人」としてきましたが、
現在は、NPO法人「ecoおといねっぷ」として行政受託の仕事なども含めて、多彩な活動を展開
しています。

 もちろん、基本は労働争議ですから「現職復帰」が最終目標ではあるものの、「社会的に有用」
で「地域の資源を活用した地域らしい仕事」も各地で模索されていました。北海道は、地域産業の衰
退に伴う人口流出が続く中で、こうした地域労働者組織による「地域の仕事づくり」の意義は、極め
て大きなものがあります。
 何よりも、羊羹・味噌などは本当に美味しく、各地で好評を持って受け入れられました。

 9月の日本協同組合学会第29回大会(酪農学園大学)では、国鉄闘争をはじめ、北海道の新自由主
義的政策による地域の変容とそれに対するオルタナティブを学会としても見つめるため、「地域に立
脚した新たな社会経済システムの形成 ―連帯する経済の中の協同と協同組合の実践―」として、音
威子府闘争団の杉山事務局長をお招きし、お話しを伺いました。非常に感銘深いものでした。詳しい
プログラムは以下をご覧ください。

 http://coopstudies.jp/newsletter/48.html#29th_taikai

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 分割民営化から24年目を迎えようとしていた2010年春、ついに動きがありました。新政権が、この
1047名問題で「解決」に動くというのです。
 私が訪問したのは、ちょうど与党の和解案を政府が受け入れるかどうか、緊迫した時期でした。音
威子府も団長さんが(おそらく)このことで不在となっており、杉山事務局長から、吹雪気味の天候
の中、事務所で長年のご苦労についてお話しをうかがいました。
 解決の展望が見えた反面、復職についてはたとえ実現しても一定の年齢以下のわずかな人数に限ら
れること、全体の解決水準も求めていた内容とは異なるだけに、複雑な様子でもありました。当然の
ことでしょう。
 解決後も、一定の人数はこの地に留まり、味噌や羊羹は今までどおり作り続け、NPOの事業体も
継続するであろうとみられます。

 私が音威子府を発った翌日、「北海道新聞」1面に、「JR不採用和解案受け入れへ」という記事
が載りました。音威子府を始めとする北海道各地の闘いを知るだけに、長年のご苦労に目頭が熱くな
る気持ちを抑えられませんでした。

 この酷寒の地で、コツコツと味噌や羊羹を作り続け、自らの正義を訴え続けてきた人々に、一日も
早く本当の春が訪れることを、ただ願うばかりです。

 ※おといねっぷ味噌と羊羹などは以下でお求めになります。皆様ご愛用のほど。

  http://www.otoineppu.com/index.htm

                   日大食品ビジネス学科:地域経済論研究室/高橋  巌

       【書庫「自然・旅・アウトドア」の「春浅き道北訪問−2 浜頓別編」につづく】

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