

【写真左から1枚目:バスの中から見たピンネシリ岳。夏に登りましたが、冬の雰囲気は、標高500メートルあまりの山には見えません/2枚目:先代当時からのポスター/3枚目:やんちゃなコハルは可愛いアイドル/4枚目:雪に埋もれた懐かしの旧館/5〜9枚目:クッチャロ湖周辺をスキーイング。白鳥もいっぱいいました/10枚目:2日目には賑やかに/11〜17枚目:モケウニ沼からオホーツク海にかけてスキーイング。夏には有名な直線農道などを歩く。この風景を何と表現したらよいのか。キツネもお出迎えです/18〜19枚目:最終日は、賑やかな中で、お約束のジンギスカン食べ放題。また来ます!】
※書庫【研究・フィールド活動の「春浅き道北訪問−1 音威子府編」からのつづき】
さて、音威子府から、列車をバスに乗り換えてさらに北に向かいます。目指すは、オホーツク海
沿いの浜頓別町。
ここに私の【定宿】があります。名前を「トシカの宿」という民宿(旅人宿)です。
今回の訪問の目的を敢えて言えば、【北海道外から、移り住んで宿をやっている「Iターン者」
のヒアリングをするため】ですが、もう何度も話しているので、改めてそういう話にならなくても
大丈夫かな、と思っての訪問でした。
「トシカの宿」HP↓
http://www.h7.dion.ne.jp/~toshikat/
最初に、この地を訪れたのは1980年夏。日本最北端の宗谷岬を自転車旅で目指す途中でした。そ
のときは、まだ天北線・興浜北線と鉄道もあり、大きな駅と賑やかな町が印象的でした。
町にある大きな湖・クッチャロ湖のほとりで簡易テントを張り、1人でキャンプをしました。クッ
チャロ湖に沈む夕陽の美しさに圧倒されました。その時は、翌朝には宗谷岬に向けてすぐ旅立って
しまいました。
「トシカの宿」は1984年に初探訪でした。同じように自転車旅で、最北の島・礼文島までたどり
着き、バカ騒ぎで非常に有名な「桃岩荘ユースホステル」の島内縦断「8時間コース」に参加、盛
り上がった勢いでその旅で一緒になった仲間と、「酒の飲める民宿で打ち上げしよう!」となって
流れてきたのです(その頃のユースは禁酒でしたので)。
迎えてくれたのは、現宿主のMさん(女性)でした。当時は先代のオーナー(宿の創始者)でし
たが、彼女はその手伝い(ヘルパー)で宿を仕切っていたのです。
桃岩荘のバカ騒ぎと違った、落ち着いた(しかし決して暗くない)静寂が、礼文島のハイになっ
た気分を沈静してくれるようでした。
また、浜頓別のなんともいえない雰囲気と自然に、改めて惹かれることになりました。
10年この宿をやった先代は、就農してリタイアすることになったので、1985年の春から、Mさん
が2代目の宿主になりました。
彼女の代になってから、頻繁に訪問しました。宿で知り合った仲間と東京で飲んだり、示し合わ
せて一緒になったり。一時期は、夏休みと年末〜正月は、毎年この宿で過ごしていたものです。
「やや遅い青春?」を楽しんだ宿といえるでしょう。
地元の人との交流もあり、地域の移り変わりもここで学びました。「1」に書いた国鉄をはじめ、
酪農などの農業問題、地域経済への問題意識も、北海道通いの中で育まれたものです。
さすがに最近は、北海道でも北のはずれにあるこの宿を頻繁に訪問することは叶わなくなりまし
たが、26年経ってもおつきあいのつづく「親せき」のような(こちらが勝手に思っているだけかも
しれませんが?)存在でした。
今回は、そのMさんが、不慮の事故で療養したとの報もあり、お見舞いかたがたでかけたという
こともあります。
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今回は3泊させてもらいましたが、最初の晩のお客さんはやや寂しかったものの、「ヒアリング」
には好適でした。2日目には内地の「北海道ファン」の女性が、3日目には元気なお子さんを含む
家族連れもやってきて、賑やかでした。
柴犬のコハルは、宿の最大のアイドルになっていました。かつて、この宿にはハスキー犬がいて、
犬ソリを引いていたこともあったんですが、いずれも天寿を全うしており、コハルは3代目です。
なかなかいたずら好きで元気なヤツでした。
2月のゼミ旅行で、スキー熱にちょいと火がついたので、テレマークスキーの軽くて歩くための
ステップソールがついている方の板と靴を送っておき、仕事が終わった後に、クッチャロ湖の周囲
や、猿払村にあるモケウニ沼の周囲からオホーツク海にかけて、見渡す限りの大雪原をのんびりと
歩くクロスカントリー・スキーをしました。
どのようなところかは、写真をご覧いただければ一目瞭然かと思います。
いつきても「ここは本当に日本なのだろうか?」という、ここにしかない景色。改めて、心が
洗われる想いでした。
最終日は、途中のピンネシリ温泉で入浴後、旭川空港から東京に飛びたとうとするも、市内から
空港までのバスが立ち往生するほどの猛烈な強風。降ったばかりの雪が、横からバスを叩きつける
ようで、雪に慣れた地元の人もさすがに驚いていました。何とこの日の旭川は、90年ぶりに記録を
更新する強風だったそうです。そんな中でも、東京行きの最終便は何とか飛び立ち、無事に帰京で
きました。
個人的には、色々考え事を抱えていたこともあり、色々な意味でリセットできる機会だったと思
います。そんなときは、みなさんも是非、北の自然の中へ。
北海道も、昔とは随分様相は変わり、今後とも変わっていくでしょうが、やはり北海道は、暖か
く旅人を迎えてくれる「聖地」のような場所でありつづけるでしょう。いつでもどうぞ。
※「トシカの宿」のような旅人同士の交流ができる宿の情報は、以下をどうぞ。
「とほ」
http://www.toho.net/
「FREE」
http://www.asahi-net.or.jp/~LT6H-KBYS/free/f-index.html
日大食品ビジネス学科:地域経済論研究室/高橋 巌
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