
【写真左から1〜4枚、12枚目:豚の放牧は数か所で行われる。畑を復元していく様子がよく分かる/5枚目:島の耕作放棄の様子。山の上の方までがかんきつ畑であった様子がよく分かる/6枚目:「草刈機」としての牛もいます/7枚目:長崎被爆稲の様子/8、9枚目:畑の作業の様子/10枚目:2班女子と夕陽を見に行く/11枚目:山戸孝氏の講義】
つづきです。
豚が放牧された圃場は3か所ほどに分散していますが、いずれも以前は野菜やかんきつの畑だったところです。
この祝島は、かつてピーク時には人口約3,000人もいたのですが、現在は約480人まで減少しています。しかし、元々気候が温暖である瀬戸内ですし、海では豊富な漁場でもあり3,000人の多くが飢餓人口であった事実もないわけで、それだけ耕作放棄地を復元できれば、農漁業が生活できる可能性は非常に高いところなわけです。
氏本さんらは、数か月で数反の復元ができるなど、この養豚による復元は非常に効率的であり、また原発事故を理由によるIターン者と新規就農など広く門戸を開きたいとしていますが、こうした実践はこの地域の一つのモデルといえるかもしれません。
山中の復元した畑でできたサツマイモの苗を豚に与えましたが、このときエサを待っていた豚たちが山の「豚道」を伝って走り降りてくる姿は、それなりに畜産の仕事をしてきた私にとっても初めて見る光景で、学生達は口々に「もののけ姫のシーンのようだ!」と感動して大騒ぎでした。
昼食後は、イモの植え付けなども行いましたが、この時見せていただいたのが長崎の「被曝稲」でした。これは、長崎で被曝した当時の稲を毎年育ててきた方から分けて貰ったものだそうですが、やはり実の入りが悪い。60年にもわたって被曝の影響が続くということを「実証」するため、放射能の恐ろしさを伝えるための「教材」として、これほどのものはないと思われました。原発など祝島にも、どこにも建ててはいけないのだと痛感させられます。
午後は、2班の女子と夕陽を見に行ってから全員で夕食を摂ったあと(カレーが美味かった!)、夜には、原問題を中心とした学習会に臨みました。
講師は氏本さんと、原発反対運動の中心を担う「上関原発を建てさせない祝島島民の会」事務局長で、親子2代で反原発運動を担う山戸孝さんです。
いずれも、祝島の30年近い原発反対の理由、島民の気持ちなどが伝わる感銘深い講義であり、「原発がもし建ってしまってもここに留まりますか」などの「不躾な」学生の質問に対しても、「どこにも逃げない。自分の信じる農業を続けるだけだ」という力強い話には特に心に残りました。(つづく)
日大食品ビジネス学科:地域経済論研究室/高橋 巌
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