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先日、複数の大先輩の先生方に久方ぶりに会った際に近況を尋ねられ、「原発とTPPのお陰で振り回されてますよ」と私がいうと、
「どちらもいずれ落ち着くことだ。本業に専念しては」
といった趣旨のことをそれぞれから言われました。
確かに、研究者の大道から行けばそのとおりかもしれません。ありがたい助言であります。
もちろん、私なりに「本業」に専念しているつもりではあります。しかし、3.11以降の原発やTPPを巡る今の情況が果たして一過性の「落ち着くこと」なのでしょうか。
福島のあの悲惨な実態、人々の深い悲しみ、そして我々がフィールドとする農林漁業の根底的破壊と食の放射能汚染という未曾有の深刻な情況・・これらを横目にしながら、しかも何ら「安全」など担保できないのに、平気で大飯原発再稼働」を宣言してしれっとしている政治家たち。
TPP推進で原発反対という、「絶対にあり得ない条件」で人気を取ろうとする政治党派に、元官僚たち。もちろん、彼らは何もかも全部知っていてそれをおくびにも出さず実行する「確信犯」です。
日々、明日を信じる学生達に向き合う立場からすれば、これら歴史を画する実態を前にして、それらを「落ち着くこと」などとして割り切って専念する「本業」があるとすれば、それはそもそも何かが問われなくてはならない。そう思わざるを得ません。
歴史上、社会科学というものが、現実との切磋琢磨の中からその存在領域を拡大してきたことを想えば、「行動しながら考察する」中からしかその「本業」は存在し得ないと考えるのです。逆に言えば、「行動」をサボタージュした考察に、2012年における社会科学の存在意義などないとさえ思われるのです。
先日、私はこうツイートしました。
「戦中、農業共同化研究により治安維持法で投獄・拷問された農業経済学の大先達・綿谷赴夫先生の研究の出発点は、貧困下の農村で肺病に苦しむ娘の姿にあったという。今、原発災害下「苦しむ娘」が再生産されんとしている。研究者は今こそ問われている。研究とは一体何か、我々は今何をなすべきなのかを。」
「一昨日、学部一年生のスポーツフェスタ。屈託のない健康的な笑顔が溢れる。彼らの笑顔と未来を絶対に閉ざしてはならない。それは、より長く生きてきた者の責務でもある。原発再稼働反対・放射性瓦礫広域移動阻止・TPP粉砕!」
連日、大飯原発再稼働というあまりの非道・無法な行為を前にして、どこから動員されたわけでもない、自発的な市民が、数千人も自然発生的に官邸前に集まり抗議を繰り返しています。
こうした人々の「動き」に呼応できない学問は、決して生きたものではありえない。強くそう思っています。
写真は、「レイバーネット」 http://www.labornetjp.org/news/2012/0608shasin から転載。
元記事も参照してください。
日大食品ビジネス学科:地域経済論研究室/高橋 巌
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ぽち
いわゆる経済学は理性的な市場参加者の個人判断で市場が成り立つとの前提で、あれこれ理論をまくし立てます。しかし嘘がベースである事に御用経済学者は一言もケチさえ着けません。
良心的な人が原発に振り回されるのは、止む得ませんね。
2012/6/9(土) 午後 9:50 [ 櫻(N) ]
櫻(N)さんはじめまして。仰るとおりです。だからこそ、そうでない経済学なり別なフレームが必要であると痛感しています。
2012/6/10(日) 午前 3:53 [ いわしゼミ ]