
【写真左から1枚目:浜頓別最後の夜は、M君とともに古くからのなじみ「焼き鳥じゅんこ」に繰り出す/2枚目:出発前に宿主を交えて/3枚目:浜頓別グリーン・ツーリズムマップ。もっと発展の素地があるはず/4〜5枚目:バスの車窓に映る流氷。2年前のような本格的な流氷接岸は見れなかった/6枚目、11枚目:最北端宗谷岬で。最北端で流氷をバックにトランペット(ポケットトランペット)演奏(笑)。実際は寒くて吹けたもんじゃなかった(苦笑)/7枚目:宗谷岬バス停の「書き置き」とポケットトランペット。頑張って練習しないとね/8枚目:同様に、原発反対ハチマキとともに。311から2年。負けてなるものか!/9枚目:最北端のラーメン。冷え切っていただけに美味!これはコンブを北海道型に抜いた具が入ってます/10枚目:稚内〜旭川まではリスキーな旧型特急車両「サロベツ」に乗車。この時は大丈夫でしたが・・JR北海道経営者よ、しっかりしろ!】(写真はSさん、M君撮影のものも利用しました。深謝)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwashizemi/54192484.html(書庫【自然・旅・アウトドア】) からつづきです。
浜頓別最後の夜は、地域経済実態調査を兼ね?夕食後になじみの焼き鳥屋さんに繰り出しました。普段はほとんど飲まないM君も、非日常を楽しんでいたようです。地域ヒアリングは、こういう店でのおかみさんや常連さんとの会話にも肝があるよ、などと教えたりもしながら、酔っ払いの夜は更けていきました。
明けて翌日、いよいよ北海道最終日、帰京する5日目です。あっという間の最終日でした。
天北線代替バスは随分減便され、朝食も早く食べないと、行程がこなせません。定宿だけにゆっくり名残を惜しみたいところでしたが、慌ただしい出発となります。
定宿にして、もはや第二の故郷である「トシカの宿」とのつきあいも、先代オーナー時代から29年もの長きにわたります。この厳しい環境での民宿経営は大変なことはいうまでもなく、それだけに1〜2年に1回ごとの訪問を大事にしたいと思うのです。Yさん、身体に気をつけて頑張っていただきたいと思います。
この日は、朝早いバスで宗谷岬に行き、次のバスまでバス停小屋で鍋をやって過ごす予定でしたが、疲れも出ているので、宗谷岬にある店でのんびりすることにしました。
途中、車窓からはわずかながら浮かんでいる流氷が観察できました。2年前の海をびっしりと埋め尽くした流氷には及びませんが、それでも冬の旅を満喫できる風景です。
宗谷岬では、アテにしていた店がどこも開いていないという事態に!寒いバス停小屋でこもりながらも、【冬の日本最北端で、流氷をバックにトランペットを吹く!】というアホウな?パフォーマンスに興じてみたり(笑)、寒い中走り回って身体を暖めたりしながら時間を過ごし、やっと開いた店でラーメンを流し込みます。これがまた最高!の美味さでした!
このあと、次のバスで稚内に出て、その後車両故障が続く旧型特急車両「サロベツ」(故障続きのため、何と今は運行を中止している)で延々と旭川まで乗車し、旭川空港からの最終便で無事帰京しました。
宗谷岬バス停小屋にあった(写真参照)
「諦めない限り道は続いている」
という「書き置き」。
誰が書いたかは知るよしもありませんが、かつて自分が青春を燃やした自転車旅の目標だった最北端の地にこそふさわしい言葉であると思われました。
同時に、自分の生き方というか仕事の上でも、あるいは地元の方々にとってのこの地の地域経済、地域農業問題の解決にしても、さらにTPPや原発という巨大な問題に対峙を余儀なくされている私たちにとって、反芻すべき言葉であるのかもしれません。
311から2周年をこの地で迎えたことの意味、若い仲間と過ごしたこの旅の意義を噛みしめながら、これからも若い学生の彼らとともに歩んでいこうと思っています。
日大食品ビジネス学科:地域経済論研究室/高橋 巌
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