
【写真左から1〜2枚目:子供の頃から親しんだS線の沿線風景。26年ぶりだが、里山の放置や水田の荒れ方が目立った/3枚目:車庫のある懐かしのD駅。車両は変わったが、ここのローカル線も健在だ。/4枚目〜:懐かしのD町の風景。狭い路地裏の近道も昔のまま。/11枚目:旅先では地元に金を落とすことが肝要。川沿いの料理屋でシャモを食す。歯ごたえよく美味で、ビールが進む】
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まず、「お知らせ」で報告しましたが、先月27日に小野田先生がお亡くなりになってから初めての
書き込みなので、小野田先生に、心から追悼の意を表したいと思います。
当ブログ及びHPでは、学科公式HPでの発表を待っての掲載となりましたことを、お許しくださ
い。
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さて、先日、仕事の流れで、第2の故郷ともいうべき田舎町・D町に、25年ぶりに訪問しました。
ここは、今は遠い親戚筋の住む町で、かつては健在だった優しい祖父・祖母が、毎夏迎えてくれる
ところでした。
私の生まれ故郷は、「故郷の話題その1」http://blogs.yahoo.co.jp/iwashizemi/48793342.html
で書いたように、東京都国分寺市ですが、本格的な「田舎」というと、このD町になります。
小学生当時、夏休み中はここで長期間過ごすのが、かつてのお約束でした。町中を流れるK川やO
川は水清く、当時は普通に泳ぐこともでき、すぐ裏側の山で探検したり、隣町の名勝の滝を見に行っ
たり、盛大に行われる花火大会を楽しみ・・想い出は尽きません。今でも、暑い中、高校野球を見
ながらスイカを食べるとき、楽しかったD町での思い出が鮮やかに蘇ります。
この日の滞在は、本当に数時間の僅かなものでしたが、26年ぶりの訪問ということもあり、懐か
しさで涙が出そうでした。
26年前の8月、大学4年だった私は、山形での卒論に向けた農村調査とその前段のサイクリング、
後段の朝日連峰登山のため旅に出たのですが、その途中、分解した自転車を携えてS線に乗り、こ
のD町で、当時入院していた祖母のお見舞いをしたのでした。
このあとS線から東北本線を乗り継いで、フィールドリサーチでお世話になっている喜多方を経
て、廃止直前の1日3往復しか走っていなかった日中線に乗り、熱塩温泉に投宿したのです。翌日、
林道の峠を自転車で越え、卒論の調査地である山形県高畠町に入るのですが、その時の想い出もま
た、強烈に蘇ります。このあと、偶然、熱塩にも再訪することになりますが(それはまた別記事で)、
いずれにしても、S線に乗るのもD町で降りるのも、それ以来のことです。
沿線風景は、減反〜耕作放棄のため水田が荒れ、里山では竹が生い茂るなど、変貌の度は強くな
っていましたが、D町そのものは、町中はだいぶ寂しくなっていたものの、お店や通りの雰囲気は、
ほとんど昔のままでした。
祖父らの家にあがる階段道やよく近道で使った路地裏なども、昔のままで、何度も往復したりし
て、楽しんでしまいました。
調査をはじめ、旅先でのお約束は、チェーン店でない地元の個人経営のお店でお金を落とすこと。
この日も僅かな滞在ながら、ビールを飲み、地元の売りであるシャモを堪能してから帰路につきま
した。地方の状況はどこも大変ですが、今後ともこの心の故郷には、今の良さをそのままに、頑張
っていてほしいところです。
いずれゆっくり再訪して、そのときは温泉にでも浸かっていきたいものです。
日大食品経済学科:地域経済論研究室/高橋 巌
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