
【写真左から1〜3枚目:未舗装の林道を行く。青空の下、久々の気持ちいいサイクリング/4〜6枚目:二十曲峠。粘って待って何とか富士山を拝めた。待つ間にメンバーのEさんがやってきた/7枚目:古いメンバーとの再会もあって盛り上がる夜の宴会/8〜10枚目:蒼々たる各会員の愛車。マウンテンバイクなど地上にない頃からの年季の入ったパスハンターが並ぶ。その辺のサイクリングクラブとはワケが違う/11枚目:帰りはなかなか楽しい富士急・富士登山列車で/12枚目:趣のある大国屋。いい宿でした。今後ともよろしく!】
教員です。
このブログでも何度か書いてきましたが、私は一時期、サイクリング(※レースではなくツーリング(自転車の旅)。テントを積んでのロングツーリングなど)に情熱を燃やしていました。
今でこそ忙しくなり、また、30歳の時に膝を痛めて長距離を走れなくなったこともあって、年に数回の出動となりましたが、学生時代は、夏休みには長期間北海道を走ったりするほか、冬山装備で冬の北海道を走ったり、あるいは富士山頂からのダウンヒルをしたりと、酔狂な?こともやってきました。
そういう「酔狂」なことをやってきたせいか、色々と縁があって、「山岳サイクリング研究会(山サイ研)」の創立以来(以前)からの会員でもあります。
「山岳サイクリング研究会」とは、読んで字の如く、山岳地帯・車道でない山道(オフロード)を含むサイクングを研究する(楽しむ)会です。
会員たちの多くは、商業化されたマウンテンバイクなどが登場する遙か以前から、ツーリング用の自転車(ランドナー)を山道走行しやすいよう独自に改良し、一部で「パスハンター」といわれる車種をつくりあげました。その自転車で、西上州など各地の古い峠道・クラシックルートをたどる山旅や、藪山の尾根を担ぎ上げ自転車で(無理矢理)下ってきたり、さらには富士山頂からのダウンヒルなど、果敢に取り組んできました。
私は、長年幽霊会員でしたが、熱心な会員諸氏の努力で、この会も結成30周年を迎えることになりました。これを機に、久々に多くの会員が集まり宿泊集中ランをやろう、となり、9月下旬に集まりました。
場所は、富士吉田の「大国屋」。御師民宿、すなわち山岳信仰の方々が利用していた古い民宿で、そこに三々五々、集中形式で集まろうというものです。
元気に、東京都内の自宅からロードで全走してきた人、山サイ研らしくいくつもの峠を超えてきた人など多彩でしたが、私もこの日は久しぶりにサイクリングしようと思い、峠越えサイクリングをしました。といっても、担いだり山道下りをする余裕がなかったので、ランドナーのスタイルに戻した自転車で、二十曲峠という車道の峠越えとしました。
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当日は、寝坊して慌てて電車に乗り込んだものの、快晴の絶好のサイクリング日和に胸も高まってきます。
富士急の東桂駅まで輪行、組み立てて走り出します。すぐダートの登りとなりますが、久々のドロップハンドルで懐かしいランドナーサイクリング、気持ちよくペダリングができ、ヒザの痛みも全く出ず、舗装となった登りを快調に進みます。峠直下の登り返しでアゴを出したりしたところで、何とか二十曲峠着。
峠は、大月側と全く異なり富士側がおおきく開けており、富士山が目前にどーんと広がる・・はずでしたが、残念ながらこの日は富士山は雲隠れ。峠の展望を期待するほかの人たちは、キャンプ体制でのんびりしているので、私も雲が晴れるまで待つことに。忙しい中での久々ののんびりとした時間でした。
日頃の忙しさに同情されたか?粘っている間に、写真のような姿までは拝ませてくれました。そして、久々のEさんにもお会いすることができ、宿までのダウンヒルを2人で楽しむことができました。
宿での楽しさはいうまでもありません。久々にお会いする方々をはじめ、最近活発に活動する元気な新しい会員の方々まで、大いに飲み・語り、楽しく交流することができました。写真の様子を見れば一目瞭然と思います。宿も歴史を感じさせる重厚な雰囲気で、何よりでした。
翌日は所用のため、私は新装なった富士山駅から輪行して帰宅しましたが、元気な皆さんは大いにサイクリングを楽しんでいったようです。帰りに乗った富士急が、「富士山」をモチーフとした素晴らしい車両=富士登山電車だったのも、何ともよかったです。来た甲斐がありました。
お世話になった皆さん、素晴らしい宿での宴をセッティングしていただいた幹事の方、本当にお世話になりました。
これからもボチボチのおつきあいだと思いますが、末永くよろしくお願いします。
日大食品ビジネス学科:地域経済論研究室/高橋 巌
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