毛筆で書かれているので「書」の資料としての位置づけで提供。まったく個人的な内容だが、古書として流通してしまう。個人情報なのか歴史資料なのか。その境界線は微妙である。墓碑文ならは、もとより読ませるために刻まれた文字だが、手控えは違う。しかし、一方で日記が公刊されたりもする。近世の筆記は全て毛筆なので毛筆文化資料として提供しているが、これは近代になってからのようだ。明治後期と思しい。しかし、毛筆利用の日用筆記は近世期の価値観の中で行われているという考えから、明治期に行われていた毛筆の日用利用、つまり近世的感覚での筆記の証拠として見るのである。
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