愛媛の海 小旅行

愛媛の海で楽しんでいます。

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(9)豊後水道 - 真穴 ⇔三瓶

 ●佐田岬半島湾奥部に位置する真穴(まあな)地方は、北東がほとんど標高300mの高さの
  急傾斜地に囲まれ、西南西に向けて宇和海が開けています。
   もともと平地の少ないこの地方では、耕地の大半が南予地方特有の急傾斜地の開発による
  段々畑です。

 ●巴里島(びりしま)と周木地区(ニホンカワウソの生息地で特別保護区)
   四国西南部地域に、ごくわずかであるが生息しているといわれるニホンカワウソですが、
  昭和三十八年(1963)10月、愛媛県が特別調査班を編成して三瓶町須崎・周木コテイ島
  八幡浜市大島・明浜町大崎など調査をおこなった際の基地として、又、捕獲の協力者として
  捕獲に成功した三好寅一の網に掛かったのが、三瓶町での最後の報告でした。
   このことから、須崎・巴里島一帯が、ニホンカワウソの特別保護区として指定されましたが 
  現在は、生息を確認されていません。
   このあたり最近ではカレイ・ヒラメ・タイなどの養殖場になっています。
  
  ◇「ニホンカワウソ」
   ニホンカワウソは哺乳類食肉目のイタチ科に属し、頭胴長約70cm、尾約50cm位です。
   夜行性の動物で水に潜って魚やカニを食べます。
   愛媛県立博物館のニホンカワウソの標本には、三瓶町で捕獲されたものが数点展示されています。 
   
 ●勢観世音菩薩 通称:須崎観音様
  
  三瓶湾の北の須崎に身の丈3.3m、総高11.5mの須崎観音が宇和海を見渡しています。
  観音像建立の目的は、三瓶の人々の極めて旺盛な進取の気性が、三瓶の漁業や海運の発展に
  つくしました。
  そのおかげで現在がありますが、その陰には船と運命を共にした殉職者や異郷で志な
  かばで他界していった人々の鎮魂と供養、さらには船の航行の安全と漁業の繁栄を願って建立
  されました。
  境内には三瓶町出身の詩人、宮内雲子さんの「須崎観音賛歌」が建っています。
         
         
        須崎観音賛歌
     
     あまねく宇和海を見わたして
     いつくしみの眼差し
     聖観世音大菩薩
     海に眠る霊を御胸に抱き
     永遠のやすらぎに導き給う
     海に生きる人々の
     心の翔ける驕を戒め
     日毎の航海能安全を守り給う
     ああ鐘の音よ潮風に溶けて
     遥かなるひろがりを
     御仏の慈悲に満たせ


 ○そこから見える景色は絶景としか表現ができないくらいすばらしく晴れた日には遠く
  佐田岬半島から九州、左手には戸島、日振島等の宇和海の島々が見渡すことができます。
  又、真近な所では養殖の魚に餌をやっている様子等も見ることができます。


◎◎◎愛媛の釣り情報はこちらからどうぞ!リアルに釣果情報もわかります。
        愛媛の遊漁船   
        http://dayzi.com

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 豊後水道 - 八幡浜⇔ 真穴・三瓶 八幡浜から海岸沿い

主な見所
・諏訪崎
八幡浜港から海岸沿いに三瓶方面に行くとすぐ諏訪崎の入り口に着きます。
諏訪崎はは宇和海に突き出した約4kmほどの小さな岬です。正式には「自然休養林諏訪崎」と言います。「四国20景」に選ばれています。 
駐車場をおりて自然道を通って海岸へ降りて行くと展望台があります。
対岸(佐田三崎側や真網代側)から小さく見える赤い灯台と白亜の塔が真近に見えます。

・冒険とロマンの浜 源蔵前
大正2年、今から80年以上も前のことです小さな入り江、八幡浜市真穴地区の真網代源蔵前。アメリカに夢を馳せた川上の浦人15名が、太平洋横断を期し、小さな入り江真網代源蔵前からわずか15メートルほどの打瀬船と呼ばれる帆船でこの地を出航したのです。
北針(きたばり)と呼ばれる木枠の磁石を頼りに、伊豆大島から日本海流に乗った航海は、まさに死と背中合わせの危険をはらんでいました。
 途中何度も暴風雨に遭うなど、沈没の危機にもさらされたといいます。
苦難を乗り越えた船は日本を発ってから58日目、ついに憧れの地アメリカ、サンフランシスコ北のアレナ海岸に到着しました。。距離にして1万1000キロの移動――まさに大偉業でした。
 残念ながら数日後、乗組員一行は密航者として日本へ強制送還されました。
わずか50トンの小船で太平洋を横断し、勇躍新天地へと向かった15人の行動は、全米の新聞に「コロンブスのアメリカ発見にもあるまじき奇蹟なり」と報道された。また、そのことは真穴村の地元民にも勇気を与え、翌年、翌々年と夢を求める多くの若人たちが航海に挑んだといいます。そして、現実にアメリカで一旗揚げる者もかなりの数に上ったそうである。
この話は北針物語として浦人に語り継がれ、真穴の船出の浦に顕彰碑が建っています。
又、この話は「北針」 (1982年): 大野 芳著という本にも書かれました。
 八幡浜市保内町川之石の吉田亀三郎を始めとする5人が川之石港出航してアメリカ、サンディエゴ市北郊のフラットロック海岸に着いてから3年後のことでした。

・愛媛の海にあった巴里島

須崎鼻(須崎観音がある)北側に平行している島ですが地図で調べて見るとなんと!!島の名前は巴里島
一見ひょっこりひょうたん島の形にそっくりでまたびっくりです。
名前の由来をご存知の方いましたらご一報下さい。


 ◎愛媛の釣り情報はこちらからどうぞ!リアルに釣果情報もわかります。
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