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写真は、今、街路樹として多く見かける「花みずき」である。
別名は、「アメリカ山法師」らしい。
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ミズキ科の落葉小高木。樹皮は灰黒色で、葉は楕円形となっている。
北アメリカ原産。花期は4月下旬から5月上旬で白や薄いピンクの花をつける。
秋につける実は複合果で赤い。庭木のほか街路樹として利用される。
栽培する際には、ウドンコ病などに注意する。またアメリカシロヒトリの食害にも遭いやすい。
日本における植栽は、1912年に当時の東京市からアメリカワシントンDCへ桜(ソメイヨシノ)を贈った際、1915年にその返礼として贈られたのが始まり。
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アメリカかぶれの日本人には、色や形を失わぬ木々の精神と対峙(たいじ)して、襟を正して欲しい町中の風情でもある。
アメリカの合理主義は、「ファイル主義」と「レポート主義」が在って成り立つ。
プロテスタントの宗派は、2000から3000あるとされる。
その宗派の信仰を総体験するする処に、開拓者精神(フロンテイアスピリット)がある。
ゆえに、「ファイル主義」と「レポート主義」は、アメリカ国民の生活と一体化するのである。
日本の合理主義は、「網羅(もうら)主義」に重点を置く。
「網羅」に要するに、多少の時間の余裕を持たせるのが人材育成の国振りと言えよう。
少し文字に慣れて来ると、主観や客観について懐疑的になる。
イヤ、成らなきゃ困るのだ。
あなたの客観とは如何様であるか?
主観と言う奴は、概(おおむ)ね「神仏」に託す方がよい。
禅宗では、八交道、八相道、八葉道の確立の為、主観、客観は論じない。
棚上げするに限るのだが、表現の端端(はしはし)に主観的や客観的な思いが付きまとう。
そこで、禅では「只管打坐(しかんたざ)」ひたすら「坐」する事から修行とする。
「云わぬが秘訣(ひけつ)、語らぬが妙道」と本来の沈黙に向かう。
日本国は、「東」を習う国でもある。
易(えき)の世界では、「東」は主人を意味する。
因(ちなみ)に「西」は客を意味する。
霊性の修行は、「西」に向かうのである。
「南」は指導、「北」は孤高を意味する。
「南無」とは、「指導」は無い意味でもある。
ゆえに、「孤高」に向かうのである。
「本来無東西、何処有南北」と自己に問いかけるのが、四国巡礼の「遍路道」である。
「本が来る」で「本来」、日頃の惰性的表現を悔いれば正解でもある
自然な感覚では、日が昇る方角でもある「東」に神秘性を見出す。
将来的には、「あずま」が人生のモチーフともなる。
「あずま」は、「清音」に直せば「あすすま」であり、「明日」を須らく磨く意味と成る。
また、理想の男女間では「吾妻(あづま)」ともなる。
夫も「つま」と読む日本語では、理想の将来像を「つま」とする。
ゆえに、現在の「連れ添い」を遜(へりくだ)って表現する事が多い。
一音多義の容積、機能性を保全化する人生ならば「つま」は果てしない修行、修養の先に待つものであろう。
客観を「物」の世界とし「物部(もののべ)」の信仰がある。
性質、性格、人格、人物、霊性、霊格を経て、「神性」に至れと言う信仰である。
何日か前の前説で、「偽りを正す」で「格(ただ)す」と掲載した意味が性格に秘められている。
「秘すれば花」とは、「能」の世界の極言である。
「能」は「直し」の芸能ゆえ、「直し」のマンネリ化は拒絶しなければ成らない。
ゆえに、細部に亘(わた)って「秘すれば花」なのである。
十種神宝(とくさのかんだから、じっしゅしんぽう)とは、物部氏の祖神である饒速日命(にぎはやひのみこと)が伝えたとされる十種の神宝である。
『先代旧事本紀』の「天孫本紀」の記載によるもので、饒速日命が天神御祖(あまつかみみおや)から授けられたとする。『先代旧事本紀』には「天璽瑞宝十種(あまつしるし みずたから とくさ)」と書かれている。
分類すれば、鏡2種、剣1種、玉4種、比礼(女性が、首に掛けて、結ばずに、左右から同じ長さで前に垂らすスカーフ様のもの)3種となる。これを三種の神器に対応させて、鏡は八咫鏡、剣と比礼は草薙剣、玉は八尺瓊勾玉であるとする説もある。
十種神宝の内容は以下の通りである。
沖津鏡(おきつかがみ)
辺津鏡(へつかがみ)
八握剣(やつかのつるぎ)
生玉(いくたま)
死返玉(まかるかへしのたま)
足玉(たるたま)
道返玉(ちかへしのたま)
蛇比礼(おろちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
蜂比礼(はちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
品物之比礼(くさぐさのもののひれ)
布瑠(ふる)の言(こと)
布瑠の言(ふるのこと)とは、「ひふみ祓詞」・「ひふみ神言」ともいい、死者蘇生の言霊といわれる。
『先代旧事本紀』の記述によれば、「一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ)」と唱える「ひふみの祓詞」や十種神宝の名前を唱えながらこれらの品々を振り動かせば、死人さえ生き返るほどの呪力を発揮するという。
饒速日命の子の宇摩志麻治命が十種神宝を使って神武天皇と皇后の心身安鎮を行ったのが、宮中における鎮魂祭の起源であると『先代旧事本紀』には記載されている。
十種神宝の行方
石上神宮の祭神である布留御魂神は十種神宝のことであるとする説もある。石上神宮に伝わる鎮魂法では「ひふみの祓詞」や十種神宝の名前を唱える。いずれにしても、十種神宝は現存していない。
本物か不明であるが、大阪市平野区喜連6丁目にある楯原神社内の神寶十種之宮に、偶然、町の古道具屋で発見されたという十種神宝が祀られている。
石上神宮側から返還要請があったにもかかわらず、返していないという。
江戸時代、山崎闇斎は、垂加神道においては神秘的な意義の有るものとして、さまざまな口伝的著述を残した。
籠神社には、息津鏡・辺津鏡という2面の鏡が伝世している。十種神宝の沖津鏡・辺津鏡との関係は不明で、籠神社も特に見解は出していない。合掌
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