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			<title>雄叫び 桜鍾青年隊（おうしょうせいねんたい）</title>
			<description>どうすりゃ、いいのか？人生の疑問にヒントを送るブログです。あなたの今は？あなたの居場所は？あなたの適性は？看過しちゃならない人生のエッセンスが満載。請う、ご期待。・・・


= タイトル =</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>雄叫び 桜鍾青年隊（おうしょうせいねんたい）</title>
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			<description>どうすりゃ、いいのか？人生の疑問にヒントを送るブログです。あなたの今は？あなたの居場所は？あなたの適性は？看過しちゃならない人生のエッセンスが満載。請う、ご期待。・・・


= タイトル =</description>
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		<item>
			<title>セプテンバー・・・？</title>
			<description>九月・・・晦日に、このサイトに帰ってきた。&lt;br /&gt;
フェイスブックに投稿する回数が増え、投稿すると、アフターケアが必要になり、blogの投稿が減る。&lt;br /&gt;
勿来が、急を告げている事が認識されはじめた。合掌&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/21/35121621/img_0?1443209142&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_720_540&quot;/&gt;&lt;/p&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/35121621.html</link>
			<pubDate>Tue, 30 Sep 2014 21:59:35 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>馬鹿？</title>
			<description>とうとう、自分の首を自分で締めはじめた。&lt;br /&gt;
信頼関係すら、否定しちゃ社会は、成り立たない！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本には、馬鹿が相当数。居る様だ。原発事故関連記事で、フェイスブックの強制閉鎖です。不思議なのは、何処のプラウザにアクセスしても、フェイスブックの強制閉鎖の画像が登場する。それって、バイオレンスでしょう？俺達は、スマホでも、pcでも、タブレットでも、不法介入できるぜ？で、何処のプラウザにも、フェイスブックのログイン拒否の画像を送り付ける。誰と喧嘩しているつもりか？あぁ～、馬鹿は死ななきゃ直らない・のワンパターンか？ガッカリ・・・いや～、Yahoo!ジャパン効果・・・バッチリ・・・二時間足らずで、フェイスブックが開通しました。まっ、そんな訳で、黎明に向かってゴー。合掌</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34974559.html</link>
			<pubDate>Fri, 22 Aug 2014 08:34:59 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>愛国心？</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/23/34937623/img_0?1408663439&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; height=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_540_960&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
&lt;br /&gt;
静岡県の友人が、宮城県に赴き、撮影した一本松を掲載しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何故？一本松が遺されたか？&lt;br /&gt;
・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国の永遠なる存在に貢献する心を、愛国心と言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イカレタ爺ぃ共の、偏見の身代わりに先んじて死傷する行為とは、無関係な心である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
君が代は、千代に八千代に～、の詞は、外人の翻訳だと、千回も八千回も、人生を体験する様に、捉えられるが、これは間違いである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本という国を構築する、ラウンド的発想である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事実、日本国を｢敷島｣と美称する。&lt;br /&gt;
｢敷島｣の淵源は｢磯城島｣であり、しきしまと読む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
磯は、清音でなる五十音、いそね・であり、城は代で築く島とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一説に、五十音も、五重構造でシンクレティズ厶、深層主義(通底する統一性)とも？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで、思い出される言葉が、・・・&lt;br /&gt;
盤根錯節に遇わずして、何を以って利器を別たん・・・・であろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう、ラウンド構成には、貴公子流離潭(きこうしりゅうりたん)的要因が求められるのではないか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本という国を構築するには、花鳥風月にも成って自然崇拝、自然参加の心を養う意味である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一代は、自然な国のラウンド的な責務を全うして、一代とするのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小学校唱歌の一月一日に、この精神は込められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
♪歳の初めの　試しとて　　終わりなき世のめでたさを　　松竹立てて門ごとに　祝う今日こそ楽しけれ♪&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
♪初日の光　差し出でて　四方(よも)に輝く　今朝の空　君が御影に　　比(たぐ)えつつ　仰ぎ見るこそ　尊けれ♪&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちゃんと、二番の歌詞に｢神様｣との｢比定｣が載せられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一番の歌詞には、はっきり終わり無き世・・・と永続性を堅正、顕彰している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
知らない振りは、国策を冒涜しているんじゃないかな？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ラウンドについて、愛国心を交えれば、丸いとか、一回りの意味を用い易いが、後輩の行く末を案じれば、医療現場用語のラウンド、回診の意味を用いて、個々の心のケアをする意味を私は選ぶのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この心を失うを、落魄(らくはく)と言う。&lt;br /&gt;
魂魄の義は、魂は、あの世と言う浄土を目指し、魄は、この世に留まり修正を重ねるを言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もう一度、復唱すると、愛国心とは、国が永遠に存在する為の心です。&lt;br /&gt;
合掌</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34937623.html</link>
			<pubDate>Mon, 11 Aug 2014 17:27:27 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>白地に赤く？</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/23/34923823/img_0?1407559679&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; height=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_700_1066&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
南無とは、帰依を意味するが、読んで字の如く、南が無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北は孤高、南は指導の方位とされ、菩薩に到るまでは、全て妄想とする教義により、完成の意味を私有することなく、指導的に留める配慮を促すのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
唯一孤高の祖師を仰ぐ事で、偏屈な強要と出会わずに済むのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
御本尊は、銅像、木像、紙切れ、紙上に坐すのではなく、唯一孤高の孤塁を守っているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
孤塁は、曼陀羅世界への誘いであり、5042巻の経典世界への誘いであり、自他共にある法悦の世界への誘いでもあろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
銅像、木像、経典、紙切れ等は、正法世界への接点である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
銅像、木像、経典、紙切れ等は、人語の渦中にあり、人語を超えた世界が悟りと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法華経で、人語を超え一字一句に悟入すれば、精進の道は、難道でなくなり、易道となり得るのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
支配とは、支えを配る事です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
支えとなる箴言を多く共通項とする配慮でもあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
立法の精神が活かされず、心中死する強要がある法律や、解釈が見受けられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
諸行無常なる悟りを、単語と思う粗忽者が、居る様なので、単語ではなく、箴言(しんげん)として頂きたく、一筆、沿えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
心を鍛えるに、箴言の数が増す必要があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
箴言とは、戒めの言葉、教訓の意味を持つ言葉です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
テンションなる外来語を、常套語にするのも、どうかと案じています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
箴言の数が無いテンションなど、噴飯物です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
急いで、箴言の数を増やす事が、レーｿﾞﾝデートル、自己の存在理由と成る筈です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
諸行無常は、諸事諸般への敬意であり、労りであり、優しさでもある筈です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何か、行く先の無い｢弄(いじ)り｣ができる事が、先輩風と混同されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな風潮など、無駄、必要ありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先輩風とは、頗(すこぶ)る自愛の大事を含み、孕み、抱えた風です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この風を帆に受けなければ、舵を操れない・・・と自覚する風であろう！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分という船を、港に泊まらせるには、風の行方と、舵を操る技術が必要です。&lt;br /&gt;
・・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
う～ん、旗のなびく姿ってある種の感動を覚えませんか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏教では、悟りを得た事を近隣に知らす為、旗を振ったそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
刹那とは、刹と言う旗棹を振った瞬間を意味します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
諸行無常の中、近隣に知られる程の大義、悟りでなければならない極意？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこには、歴然とした相互の悟りの格差が存在する筈です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、貴方は、ここまで徹底しますか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界の歴史は、創造主のパッチワークだと思った事はありませんか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分を奮い立たせる試練の数が、旗への感動に連なるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の国は、陰と陽に分けると｢陽｣のファクターがはたらく国と知ってますか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
対して中国は、｢陰｣のファクターがはたらく国です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
陰と陽を、粗略に扱わぬ様、｢呂｣と｢律｣の大義がはたらく国とされ、日本は、｢律｣のはたらきの国です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢律｣の、はたらきの国ゆえ、ヘイトスピーチなど、ある筈がありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
白地に赤く？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日の丸、染めて？&lt;br /&gt;
無地に染めるって、自己努力の意味。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本的に、日輪信仰を意味し、日本の国を｢扶桑｣の国とも言います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢扶桑｣とは、桑の神木から日輪が昇る事です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
桑は、一文字で仏教を意味します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相と言う漢字の、木偏は、この｢扶桑｣を意味します。相の字だけの決め事です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
白地に赤く？・・・白は、拒絶を意味し、赤は、分解、分け解す、意味です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自己形成の大義を意味し、他人の言動に振り回されず、分け解す作業の国振りなのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もう一つ、説があり、こちらも意味深です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
蝋燭の燃えた姿を俯瞰して、白くて丸い蝋燭に、正四角形ではなく、長方形を見出だし、変動的な炎の動きを、円に納めるスキルを求めるのだとも？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボキャブラリの補完も、人生の意味です。&lt;br /&gt;
丸の中に、四角が内在し、正視は未だ持ち合わせず、重宝を意識する人生観の達成を志すとも。？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、目は心の窓。&lt;br /&gt;
中国にも、日本にも、正法眼蔵と言う著作があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
目力を、間違えて喧伝している様なので、老婆心ながら、書き沿えてみました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明日は、八が二つ並ぶ暦。&lt;br /&gt;
八を、国構えに入れて｢四｣になります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
盂蘭盆も近い時節、夢夢、逆行に惑わされぬ様、御自愛ください。合掌</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34923823.html</link>
			<pubDate>Thu, 07 Aug 2014 21:03:21 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>手前味噌？</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/46/34906346/img_0?1407392209&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_858_536&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
いや～、驚きますね～。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フェイスブックは、意外に享楽主義の編集をやっているんですね？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
意味ありげな僕の投稿は、ダッダッーと訳の分からん享楽主義投稿が介入し、捜せませんよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕の基本情報も、出鱈目な情報を掲載され、修正ができないのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうせなら、世界を救済する救世主と基本情報を掲載してくれれば、余計な説明は要らないのだけど？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕、いつのまにか？インドネシア人になっていて、インドネシアからの友達希望が殺到してます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
住所も、勤務先も、インドネシアに登録されている。俺って、秘密工作員かな？な～んちゃってと思える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だとしたら、エージェントだから、工作活動費が貰えるかも？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
急いで、取り引き銀行をグルグル、廻ったが通帳の残高は、お地蔵様でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
話は、お地蔵様に辿り着いたが、お地蔵様が音楽を司る解説は、誰もしない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大塚の庚申塚は、芸能界関係者が詣でるパワースポットだが、巣鴨の地蔵通りを抜けた所に、大塚の庚申塚が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
縁と書いて、よすが・と読む。&lt;br /&gt;
止める・で｢よす｣そして｢我｣。&lt;br /&gt;
我流は、駄目のコールサインかも？う～ん、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
話は戻って、フェイスブック。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
架空の情報を、僕に当て嵌める？&lt;br /&gt;
これって、もしかして陰謀？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弄(いじ)り願望が、行政のキャリア組に見受けられるとは、聞いていたけど、廉恥が無きゃ政策も譴責逃れの悪手だわさ？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何十年か前に、日本一億総白痴化を憂いた文化人が居ました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
我執を脱皮しない面々が、まだ居ますよ？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
気をつけてください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一説に、机上の空論が好きなデスクワーク諸君が、今の日本は、テレビ文化、以降、パソコンの普及とあいまってモニター文化と勘違いして、個々の情報を弄り文盲扱いする馬鹿が、相当数、組織の皮を被りデータベース化できる妄動に明け暮れてます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まっ、基本は信念あっての社会だから、杞憂は必要ないかも？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
モニター弄りは、社会現象とも言える昨今、一体、何を捜しているのやら！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜し物は、足を使え！&lt;br /&gt;
これが、仏教では具足戒とされ、具足戒を守らない僧侶は、仏教の部外者、門外漢とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当たり前でしょう！&lt;br /&gt;
一音多義の伝統しかない世界。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一音多義なるがゆえに、祖師の弁活は｢一瀉千里｣・いっしゃせんり・なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
敢えて、弁活の字を用いて、弁えを活かすと読んで頂く配慮である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一瀉千里は、川の流れの速さを意味するが、祖師の弁活は、もっと速いのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本に、個々の苦悩を知り尽くしているのだから、個々の救済に簡単に到達する弁えなのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真言宗の空海も、心の作用を、まず習う必要を感じ、五重唯識を説く法相宗の信仰を経て順次に三論宗、天台宗、華厳宗を経て、真言宗の修行に入りなさいと説いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この偉業を、崇敬する所に仏教の修行の意味がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一音多義の祖師を、訪ねる為の足なんだから！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
って、言うと、祖師を訪ねない面々は、まだ自分の足じゃないんだね？&lt;br /&gt;
・・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
桜鍾青年隊は、基本的に神道より古い｢古神道｣を伝える団体です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神道より、古い事は勿論、よりグローバルにして、よりロマン(浪漫)的なのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
青年が学ぶモットーは、三耕の儀、すなはち｢自分を耕し、人を耕し、国を耕す｣なのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何故？耕す事がモットーなのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神道では、木の信仰と、土の信仰が具体的になる訳でして、古神道になりますと、土を耕す意味を問い続けるのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏教の教えは、禅を介在させないと大意を得られません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
禅は、以心伝心、不立文字、教外別伝を以って禅の初心とされます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以心伝心は、自己の表現を改める修行です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以心伝心の、心が二番目と四番目にありますが、、これは外界を認知、認識する過程に於いて、ありがちな受動性でもあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子を持つ親の常として、子の成長と返事の出来不出来が気がかりなのですが、返事の｢事｣は｢神様｣の世界を意味し、｢神様｣の世界と、自己の世界との｢比定｣を習うのが、そもそもの返事の意義なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文字にすれば、十の世界と、八の世界、合わせて｢木｣の字になります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神社の原形は、杜です。&lt;br /&gt;
土の置かれた意味合いが、少しは理解頂けるのではないでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この以心伝心の二番目と、四番目に置いた未整理な心を禅の作法で頭に拝するのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二番目の心の位置は、何となく理解できるが、四番目は、どうしてか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは、日本語の語尾の修飾性を問わないとダラダラ、桝目の抜けた笊(ざる)で、篩(ふるい)にかけて、大小を問うズボラになる危惧からです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆえに、桜鍾青年隊は、土を耕す理想を掲げるのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自己の二番目、四番目の認知、認識が、未整理なので、改耕を迫るのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まっ、人生や、言葉を本当に愛すれば誰しもが辿り着くゲートでもあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
禅では、念頭から整備し、話頭、語頭、字頭と順次に自己の宇宙大の自己究明を行います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それも、これも、接心のプロが居て整合性が可能性を帯びるのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
桜鍾青年隊・・・夏季　寄附口座&lt;br /&gt;
八千代銀行・西池袋支店・普通預金口座&lt;br /&gt;
口座番号・0401114&lt;br /&gt;
口座名・・・桜鍾青年隊・・・です。&lt;br /&gt;
合掌</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34906346.html</link>
			<pubDate>Sun, 03 Aug 2014 18:25:11 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>目覚めよ！青年？</title>
			<description>僕たちの慣れ親しんだ時間は、宇宙という時間の中では、一秒にも満たない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆえに、時の大切さを刻む言葉や、存在と巡り会う必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宇宙の大きさは、膨張と収縮のバイブレーションの間にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
至近な言葉で言えば、求心力と遠心力である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この二つの心の作用を認める所に、本当の愛を知る事ができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
祖国は限り無い可能性を秘めて、君達の愛への覚醒を望んでいるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
祖国は、君達一人一人の心の中にも存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
娯楽性は、分限の中で許容される。&lt;br /&gt;
娯楽が、全てと思えるのは常軌を逸している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
娯楽が、全てと思う時、言葉も人生の意味も、色を失うのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
憩いを求める刹那、時に優しく、時に厳しい波動を宿す必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
濁れる海、混濁した意識に、漂える同胞(はらから)を救い、修理固成の理念に憩える人となりに向かわせるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
君達の年輪を重ねた努力は、白砂青松の汀にたゆとう波の如く、祖国復興への道を歩んでいるのだ。合掌</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34906342.html</link>
			<pubDate>Sun, 03 Aug 2014 18:25:01 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>かき氷？</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/34/34888334/img_0?1406633379&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; height=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_582_1024&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
写真は、池袋北口・ホテル・サンシティ横のかき氷店です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いつも行列です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夏の風物詩、かき氷との対面。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上っ面で、かき氷を味わう人が増えたので一言、書き沿える次第です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
欠き・語・織り・・・・この感触は、久しく味わっていない筈？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
欠き・語・・・・語の造型には、多少なりとも寄与しているが、語の造形・造詣には着手できてない。・・・織るしかない自分の心。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
う～ん、寒気に堪えた氷・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここまでは、何ら問題は存在しない！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大事なのは、寒気に堪えた氷を｢ことほぐ｣か？&lt;br /&gt;
否か？なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢ことほぎ・ことほぐ｣は一般的に、法華経で寿量品。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
浄土系で、無量寿経、観無量寿経を学ぶ事になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一過性が楽しいとあらば、｢引かれ者の小唄｣流され者、の捨て台詞となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何故？って、寒気に堪えるとは、換気に耐えてと価値観を催すのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ありのままの気を害わない、今、流行りの歌詞の如く、自分と向かい合う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ともすれば、周りの気に呑まれ迎合的になり、愚痴、不平、不満の容積を増やす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうあってはならぬ為、暑中のかき氷を楽しむのが、一遍の詩になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
群集心理、多数決、などが、必ずしも正義ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
換気に耐え、評決(氷結)する見事を戴く、これが粋というものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
英語では、アイス。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あ・の｢いす｣、子・詩・欠ける・・・もの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
う～ん、、今日も冴えてる。合掌&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/34/34888334/img_1?1406633379&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; width=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_960_481&quot;/&gt;&lt;/p&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34888334.html</link>
			<pubDate>Tue, 29 Jul 2014 19:38:11 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>近況？</title>
			<description>&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/59/34885259/img_0?1406592196&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_558_558&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
作品は、カナダから来日したエリカ女史の作品です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;img src=&quot;https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s452.gif&quot;&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
目から鱗・・・なる諺があるが、新約聖書の使途行伝、第9章にある物語と知っていますか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
と言うことは、目から鱗が落ちる程の自己矯正を願う人は、合わせて新約聖書を読む必要がある。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
貴方は、神様を信じますか？&lt;br&gt;
&lt;div&gt;さて、池袋西口公園では、明日よりベルギー・ビールフェアが８月3日まで行われます。
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;午後３時からオープンとの事。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;西口公園は、昔の豊島師範学校の跡地です。&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
教師とマスコミ？どちらを信じますか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
また、生徒はマスコミとの対応を学びましたか？&lt;br&gt;
発憤興起？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
自己を興す意欲こそ、教育に求められるのではないでしょうか？&lt;br&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;愛される教師像を求めた地でもあり、往事を偲んで飲むビールも格別の感がするのでは？&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;マスコミの通俗化は、避けるべきか？糾すべきか？&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;糾す意欲が、性質、性格を有益へと導くのである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ボケと、天然と、雑が判別されない時局に際して、今日も雄叫びを挙げるのであります。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;天然は、天空の軌道を害わぬ配慮に心傾けて、日常茶飯事の至らなさを挙げる意味合いであろう！&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;雑もしかり、｢伊｣と｢雑｣のバランスに欠け、｢雑｣に傾くを｢雑｣と称する。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ボケもしかり、｢ツッコミ｣の立場を忘却せぬ配慮で｢ボケ｣なのである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;能は、仏教を意味する｢ム｣と、陰の作用を為す｢月｣と、相対的履修を考慮する｢ヒヒ｣で成立し、総じて｢能｣、はたらきである。&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
能の演目の一つ、猩猩は、このヒヒの相対的履修の失意を押し戻す演目である。&lt;br&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
従って、猩猩は、五番目物で祝言能とされる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;div&gt;今、情報に踊らされない相互性が求められ、個々の昇華の認知性を刺激する文化が流行である。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;フェイスブックなどは、既読を｢いいね！｣だけで表現する。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;悲劇も、惨劇も、いいね！なのである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;用意周到の気を沿えなくては、馬鹿馬鹿しい、ごみ箱の記載と片付けてしまうのではないか？&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;何事にも、ピンとキリはついて回る。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;キリは、木が同じと書く桐の意味合いか？&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ピンは、緊張感を意味するピンとした気配りと察して頂けたら、ピンキリを考案、提供した先祖様にも喜ばれるのでは？&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;公的な喜びを｢慶｣とする、日本のしきたりは棄てたものじゃない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;積善の家に、余慶あり。合掌&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34885259.html</link>
			<pubDate>Mon, 28 Jul 2014 21:00:31 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>過日パート1？</title>
			<description>image:1]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/49/34877549/img_1?1406475374&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_960_540&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
作品は、カナダから、来日したエリカ女史の作品です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前回の意外のタイトルの続編である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正しく覚えるで、正覚。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏教は、正覚の道である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本に立ち返り、何故？釈尊は存在したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広大な宇宙を、直感的的に、直感として意識できるには地球の歴史の何十倍、何百倍の歳月が必要なのでは？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人間の知識は広大な宇宙の断片を、仮に宇宙と呼称しているに過ぎない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正しい刺激を与える機会を設けなければ、一過性の存在でしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ありのままを退け、可変的に、自分勝手な都合を優先する者に、直感は存在しない？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
直しの美学、それが日本の主流であり続ける必要が個々の生命線に存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平等の等が、十方向への動き、働きを意味する事を了承している者が幾人、居るのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平等性智、等覚の悟りは偏を経る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
偏で、八方向への動き、働きを意味するのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
偏が正しくないを、偏屈と言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
漢字の偏の存在は、実に深遠なのである。&lt;br /&gt;
･・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
意外のタイトルに、登場した面々がﾟ｢伊沢｣さんの居住するマンションを訪問したらしい？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
う～ん、説明の要らないのが、宗教と思えるのだが？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢順逆不ニの法門｣を、信仰する意味合いに欠けるのでは？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
修行不足の寸足らずが、｢順逆不ニの法門｣を利益も功徳も交えず面倒臭い、意味不明な解釈をするので、聞く側も、深海魚の鱈が網にかかり、引き上げられ鱈の目が出た状態に陥り、身と目の関わりを無くし頷くのみなのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何の事は無い！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢順逆不ニの法門｣とは、｢順｣は｢順｣、｢逆｣は｢逆｣の間々の法門なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生活している本人は、気づかないがスポット移動の毎日なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
良いか、悪いか？ではなく、スポット移動を常識の如く、意識の中に位置づけている。&lt;br /&gt;
語句の例えをすれば、句、と言う間が無い生活なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
語はあるが、句が無い！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
語と字、この説明はどうする？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
伝える美学が、生活でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
伝え方を知らず、それを成長と言うのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
語・字・有･野・問うで、五重塔。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宗派を超えて、五重塔を建立する意味は奈辺にあるのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
間抜けなのだ。　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
句読点を打つ、句を読む間が欠けては全体性や、一体感は当然、有り得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本語は、大願成就の言語であり、大願成就には間の意味合いが不可欠であろう！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
比較言語学でも、日本語は膠着語からスタートし、孤立語、屈折語、抱合語を経て、日本語が大和言葉であるゲートを潜れるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もしかすると、宇宙は｢間｣、つまり｢句｣なのかも？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
句と間、通じて｢句間｣、熊に通じ、句間を襲う、｢熊襲(くまそ)｣を鎮めて、日本の政治学は光芒を放つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある一説では、熊襲は後に隼人として朝廷に仕えたとされる。&lt;br /&gt;
隼人族が、九州各地に展開しているのは、熊襲鎮撫の為なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
語や、字を知る事に追われ、｢間｣で生活している暗黙の了解を失意しているのかも？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆえに、神道は安堵を禁じ宇宙観を説かない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
安堵を禁じる意味合いは、句無し、間無し、に安住しては、鈍感を超えて麻痺を招くからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
星の通称を語るより、星の各々の働きを尊崇する事により、個々の伸び代が保障される意義に基づくのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏教用語に、順流(じゅんる)がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
順流は、煩悩とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上っ面の生活、例え、数珠を掛け経をあげる毎日でも、上っ面になれば順流と言う煩悩とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警句を弄するを辞め、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警句を警句として仏教用語は成立するのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
然して、身をもって｢順逆不ニの法門｣の論証が成り立つのである。･・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/49/34877549/img_2?1406475374&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; height=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_843_960&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
&lt;br /&gt;
合掌</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34877549.html</link>
			<pubDate>Sat, 26 Jul 2014 20:36:18 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		<item>
			<title>厚い？</title>
			<description>&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/75/34868175/img_0?1406213174&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; height=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_720_960&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
作品は、カナダから来日したエリカ女史の作品です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ジャングルが、何時も心の何処かにある人と、無い人の差は如何様なものか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
文学的には、心中に未知なる動き、未知なる絡み、未知なる茂みなどを抱えて希望の光を当てられる人か、否かと表現が可能だが、未知自体が見当がつかない？・・・&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
未知への自制があるか？無いかが稲穂と瑞穂の差ともされる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
垣根で云えば、玉垣と瑞垣の差であろう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ジャングルが、呼称としてある人、ジャングルが、存在としてある人、まっ、例えるなら、諸行無常の奈辺を問う様な事なのか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
小学校の校庭には、ジャングル・ジムが設けられている。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
何事かを思い出とする期待で設けられているのである。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ジャングル・ジムで遊び、急いで目測を誤り、頭や身体をぶつけ痛い思い出を持つ人も相当に居るのでは？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-ae-a9/izawadono/folder/509002/75/34868175/img_1?1406213174&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; height=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_690_960&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
う～ん、平素、平常、平和、平日、平淡等々、&lt;br&gt;
普段の自己を語るには、こうした平らな印象に頼るのではないでしょうか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
いきなりですが厚い、薄いが、念頭に無いんじゃないか？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
芸能が及べる｢肝いり｣的な事案として、平易、平一な日常に、具体性や、立体感、使命感、充実感の置き所を示唆する、まっ、演者の技量差もあるでしょうが、こういう演じ所もあるのでは？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ご厚情、ご厚志、ご厚意、ご厚誼、等々、厚みを示唆された恩恵を、語る機会も年を経るに連れて多くなる。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
人生のキャリア？薄みを重ねる？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
日本人より、先住民族とされるアイヌ民族は、何故か？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
北海道の厚岸を、アイヌ民族の首都とする。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
民族衣装のアッケシと、厚岸という首都構想が重ねられる人生の体験量の格差？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
もしかして？アイヌ民族より先住民とされるコロポックルの能力と関係があるのでは？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
思わざるを思い？具備せざるを具備する？&lt;br&gt;
人生の大義名分？&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
右手が陽、左手が陰。合掌の妙。
&lt;div&gt;&lt;span style=&quot;font-size:12px;&quot;&gt;陽の気に順じる心、陰の気に順じる心。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
・・・・・・を養わなくては、陰陽の道にあらず！&lt;br&gt;
さらには、
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;太陽は陽。月は陰。男は陽、女は陰。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;思わざるを思い、具備せざるを具備する？&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
陽は奇数、陰は偶数。&lt;br&gt;
&lt;div&gt;集約の妙、いかばかりぞ？&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;
う～ん、暑い、熱い、厚い？合掌&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/izawadono/34868175.html</link>
			<pubDate>Thu, 24 Jul 2014 06:52:29 +0900</pubDate>
			<category>ブログバトン</category>
		</item>
		</channel>
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