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もう一度言うよ

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人々は、私にとって、

宣教の対象ではなく、愛の対象である。
(いつくしみ)

批判よ、どーんとこい。

閉じる コメント(31)

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じゅんこさん、どーんと批判、ありがとうございます。でも、じゅんこさんは「私はクリスチャンにだけは絶対になりません!宣教はしないでください!」と口では言いながら、「宣教してちょーだい」と実は願っていたでしょう?私には、そう読めました、アハハ。

2012/9/21(金) 午後 11:17 いつくしみ

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ノブさん、
>「聖なる律法」を「死をもたらすもの」とした「罪」は宣教を愛から離れたものとしたのでしょう。
これは、とても深い意味があると知っています。こういうことが言えるノブさんはすごいと思います。そうです、歴史の中で神の愛なる律法を人を死に至らしめるものにしてしまった人の罪は大きいです。同じ間違いを犯さないようにと、祈ります。

2012/9/21(金) 午後 11:27 いつくしみ

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まゆみさん、当たり前といえるまゆみさんが好き(チュッ❤)

2012/9/21(金) 午後 11:28 いつくしみ

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すみません。チクッと参加。宣教は、愛なのかもしれませんが、そのれは、正しいのかもしれませんが・・・。宣教するのは、愛のなせることと!とおっしゃって宣教される方にどれほどの愛があるのでしょうか?そこに傲慢は、ありませんか?その傲慢に傷つけられて教会に行くことすらできなくなる方がいることに教会員の方は、どれほど真剣に考えてくださっているのでしょうか?

2012/9/23(日) 午前 7:18 [ たらちゃん ]

私には、愛がありません。困難を通して砕かれ、
認めざるを得ない中に置かされました。
だから、神様から愛をいただきつつ生きています。
その神様からいただいた愛が、いつか自分から流れ出ることを
願っています。
自分から出た愛と神様から出た愛は、全く違います。

その愛に圧倒されたことは、ないでしょうか。
自分がこれっぽっちのもの?というよりも、無になります。
自分には愛があると思う方が、傲慢だと思います。

だけど、これほどまでに神様に愛されているんだという体験、
心からの平安、まして永遠のいのちをいただいた確信を体験すれば
これは自分だけに終わらせるわけには行かない、
愛する人達が滅びるのは悲しいと思うのが当然ではないでしょうか。
クリスチャンと言えど本物(神様にきちんと出会っている)と
偽物がいます。

教会に傷ついた人たちが、神様に真実に出会うことを
祈っています。
でも、なかなか今の教会に神様の愛が留まっておられる所は
少ないのが現実です。
みな、人間的な愛、ヒューマニズムの愛を掲げてますから。

2012/9/23(日) 午前 9:36 ちろりろ

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ごめんなさい。今現在も教会のことで、というより、クリスチャンの方々とうまく交流できないもので(汗)思わずコメントしてしまいました。悩みがあり苦しさを抱えて、何かを求めて、教会の門をたたきましたが、宣教の対象とされている間は、苦しさを打ち明ける気持ちになれませんでした。まして洗礼という言葉は、脅迫に近いものを感じるほどの重さがあります。
神さまを脇において、私を愛の対象として接してくださる方との出会いをいただけて、(そう感じさせていただけて、)少しずつ、自分を出せるようになっているかもしれません。時には、神さまは、偉大すぎて、おそれ多くて(T△T)見えないほうが素直に人と接することもあります。
愛かもしれませんが、宣教の対象とされたくは、ないですね。

2012/9/23(日) 午前 10:34 [ たらちゃん ]

たらちゃんさん、
そのような教会を出られたのは正解だと
思います。
教会から受けられた傷は思いのほか、
深いのだと思います。
(私なりにも体験しましたが)
そして、そのような人だからこそ、
教会で傷を受けた人達の気持ちが、
自分の事のように、わかるのだと思います。
どうぞ、たらちゃんさんの上に、
主の力強い導きと示しが、ありますように
お祈りいたします。f(^_^)

2012/9/23(日) 午前 10:57 ちろりろ

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いつくしみさん、ありがとう。思いがあふれでてきちゃった。glory7さん、お祈りありがとうございます。私のために、きっといろんな方が祈ってくださっています。
私を宣教で神様にとりなしてくださった方は、宣教だけされて現在音信不通です。今は、交流がありません。時々、なんで最後まで面倒みてくれないのよ!と恨みがましく心が叫びます。この方は、私に宣教するのが神様から与えられた役割だったのでしょう。おかげでわたしは、神様に出会えましたから。この方に私に対する愛があったかどうか、関係なく私は、しょっちゅう神様のことばかり考えています。今恨んでいてもいつか感謝することになるのかもしれません。だけど振り返って、私宣教は、されたけどお互いに愛の対象として尊重しあったかどうか?だからお付き合いが続かなかったのですね。広く神様のことを知らせる宣教って活動は、個々に愛からでた活動っ言えるのですか?

2012/9/23(日) 午前 11:48 [ たらちゃん ]

たらちゃんさんが、傷を受けられつつも、
今もしっかりと神様と結びついておられること感謝です。そして安心しました。そして、ここはいつくしみさんのブログですので、これ以上は私がしゃしゃり出てはならないと思いますので、この場で私自身の意見と言いますか、感じている事を躊躇なく言わせていただけたこと、いつくしみさんに感謝します。
たらちゃんさん、導きの教会にめぐり会えますように、たまいしの平安は得られてますから(こちらがまず肝心ですね)、どうぞ教会生活においても、平安が与えられますように、お祈りしています。

2012/9/23(日) 午後 0:05 ちろりろ

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教会の側に立っているとよく分からないのですが、たらちゃんと同じ気持ちになった人は、と〜〜〜〜〜ってもたくさん居ると思うんですよ。そのひとりが、とーちゃん。そして、このブログに登場していた「ななちゃん」もそう。父が亡くなる直前に私はその問題と対峙させられることになり、本当に本当に本当に苦しみ葛藤したことは長い付き合いの皆さんはご存じのとおりです。宣教の対象ではなく愛の対象なのだ、という結論はその時に出ました。

2012/9/23(日) 午後 2:29 いつくしみ

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もちろん私に愛はありませんが、神さまご自身がイエスさまの愛を注ぐ道具となる、という自覚は私の対人関係を大きく変えました。そして、多くの教会は、知らないうちに人々への愛が宣教の道具になっていると私は思います。その事実は客観性があると思います。たらちゃんの気持ちは、教会から疎外されたと感じる多くの人の気持ちです。ありがとう、コメント書いてくれて。たらちゃんのコメントは、いつも隠されている真実を明らかにしてくれるから貴重です。いつくしみの部屋は、特に、「ただしさ」を主張することをせず、異端視されつつ、リアルなありのままを「まっすぐに」語るのが特徴みたいですから(アハハ)、これからも、どんどん「まっすぐに」気持ちを語りあいましょう(*^_^*)。ちなみに、「まっすぐに」語ることが、「義」の語源だと習ったことがありますよん。

2012/9/23(日) 午後 2:29 いつくしみ

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グローリーさん、えっと、一つだけ質問いいですか?神の愛とヒューマニズムの愛は、根本的にはどこが違うとお考えですか?教えてくださ=い。

2012/9/23(日) 午後 2:30 いつくしみ

こんばんは♪

神様から出た愛と人間から出た愛、
見返りを求める愛と見返りを求めない愛、アガペー、、
・・・細かく説明すると書ききれないでしょうし、
私も、既存の教会に対しては、今の方法は神様の御心とは違うのでは?
と思うところたくさんありますが、それを変えることなんて無理ですし、
だから、私自身は真実に神様に向かって行きたいと願ってるまでです。
いろいろと教えられることもありました。ありがとうございます。

2012/9/23(日) 午後 11:53 ちろりろ

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グローリーさん、見かえりを求めるか、求めないかが、神の愛と人の愛の違いってことですね。大変よく分かりました。ところが、「神の愛は見返りを求める」という内容の論文を読んだことがあります。その論文によれば、その見返りとは、人の愛だそうですよ。神は人から愛されることを求めていたことになるって書いてあって、うーん、そうなのかなぁと考え込んだ記憶があります。いずれにしても、こんなふうに、自分たちの頭で考えるってと〜〜〜っても大切なことだと思います。よね?!(*^_^*)。これからも、既存の教えに縛られないで、一つひとつ自分の頭で考えて、色々な人の意見の中で捉えなおすことをして行きたいです、よろしく!

2012/9/25(火) 午後 4:33 いつくしみ

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神の愛を受け入れて、その愛(迷える他者を救う愛の本質によって)伝道することは表裏一体の戦略だと思います。キリスト教が多元的宗教観を認めるといっても、絶対真理(真理は二元的なら真理以外は偽)がキリスト教にあるなら、やはり他の宗教や無神論者は排除されるか、改宗させるかだと思います。愛が他を認める、他の真理(これも矛盾?)をみとめることを含むなら(愛は無限?)、つまり排他はしないということなら、キリスト教の伝道となじまないような気がします。
キリスト教がいうような「愛」そのものが絶対真理であるというと、「愛」はそのほかのものを排除するか、「愛」が最上位にくるのですが、愛の本質が他のものを認めるということになると、愛が最上位(そのほかのものより上)にくるのがおかしくなるような気がします。
神の愛というときの神や愛の定義がわかりません。また「神の愛は許し」というとき神を信じない人にとって・・・。許しの定義もわからないです(神学では厳密に定義されていると思うのですが。)

2012/9/25(火) 午後 10:21 [ fwp*w*49 ]

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(続き) 神の愛の話よりも、神義論が私にはわからない、神はユダヤ人のホロコーストや長崎(カトリック信者のいる)に原爆を落とすのをなぜそのままにしたのか。3・11が起こるままにしたのか?神の愛とは何のですか? むずかしいですね。いつくしさんの話と関係なかったらごめんなさい。

2012/9/25(火) 午後 10:22 [ fwp*w*49 ]

「人々は、私にとって、宣教の対象ではなく、愛の対象である。」

この表現は、何か違うように思っていて、それが何なのかを考えておりました。違うというのは、いつくしみさんの真意を表現しているようで、実はそうではなく、余計な誤解を生んでいるのではないかという疑問です。

「人々は宣教の対象ではない」という前半の部分はわかります。ここで本当に言いたいことは、人々を何かの対象として見ようとする見方が、過ちを生み出す元になるということではありませんか。その最たるものの一つは宣教なのでしょう。 本人は崇高な使命感でやっているつもりでも、気づかぬうちに傲りが忍び寄ってきて、愛がなくなってしまう。


ところが、「宣教の対象」を否定したあとに続けて、「愛の対象」であると言ってしまうと、せっかく遠ざけたはずの、「人々を何かの対象として見る」見方へと、再び戻ってしまいます。抽象度が増しているだけに、読む人ごとに違う考えを持たせることになります。

2012/9/26(水) 午前 0:20 SABIA

(続きです)
それなら、愛を伴う宣教ならいいのか? とか、愛とは何だ? 人間的な愛と神の愛とはどう違うのか? とか、自分の内に愛がないのに何を伝えられるのか? など疑問が百出します。

それはそれで、新たな問題が発見できるから有意義だと言えるかもしれません。 ただ、いつくしみさんの真意を語るには、少し説明が不足しているのではないかと感じる次第です。

2012/9/26(水) 午前 0:21 SABIA

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ユウジさん、お久しぶりです。はい、サビアさんのコメントにも通じますが、定義の問題ですね。愛とは・・・・。これについては、あちこちで今も研究が続けられていますが、統一見解は見られていないのではないでしょうか。赦しも難しいですね、救済、贖罪、、、学者はまちまちなことを言っていますので、結論は出ていませんね。
神義論、そうですか、ユウジさんも、引っかかりますか。長崎の原爆については、少し考えたことがありますが(記事にも書きましたっけ?)ホロコーストは意味がさっぱり分かりません。3.11も考えつつありますが、答えは「分かりません」。ミステリーです。

2012/9/26(水) 午前 9:50 いつくしみ

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サビアさん、そうです、そのとおりです。ここに絶対的に足りないのは「定義」の問題であります。私の考える「宣教」とは、「愛」とは、それを明らかにしなければ、いろんな人が誤解しながらコメントくださるので、議論が広がるばかりで深まっていませんね。アハハ。こういう問題は、「つぶやく」だけではいけませんね。
でも、私の意味不明な短い一文に返って来る反応というのは、その人が持っている優先順位の高いコンセプトが出てくることが分かります。だから、とても興味深かったです。
サビアさんって、やっぱり人を理解する天才だと思う。

2012/9/26(水) 午前 9:54 いつくしみ


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