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「最上のわざ」
この世の最上のわざは何? 楽しい心で年をとり 働きたいけれども休み しゃべりたいけれども黙り 失望しそうな時に希望し 従順に、平成に、おのれの十字架をになうーーー。 若者が、元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず 人のために働くよりも、謙遜に人の世話になり、 弱って、もはや人のために役立たずとも、親切で柔和であること! 負いの重荷は神の賜物。 古びた心に、これで最後のみがきをかける。 まことのふるさとへ行くためにーーー。 おのれをこの世につなぐくさりを、少しずつはずしていくのは 真にえらい仕事ーーー。 こうして何もできなくなれば、それを謙遜に承諾するのだ。 神は最後にいちばんよい仕事をのこしてくださる。 それは祈りだーーー。 手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。 愛する全ての人のうえに、神の恵みを求めるために! 全てをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。 「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」とーーー。 (イエズス会、ヘルマン・ホイヴェルス神父「人生の秋に」春秋社より) |

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これは私のゴールです。でも、こんなに難しいことはないようにも思います。だって、、愚痴っちゃうもの、恨んじゃうもの、ひがんじゃうもの、ざわざわしちゃうもの、、、だってね、私だから・・・
2014/1/14(火) 午後 4:48 [ dogmomo3 ]
いつくしみさんへ。
10ヶ月ぶりですね(^^)。
あけましておめでとうございます。
今週は石川県に出張に行っていました。
はくたか号がほくほく線のくびき駅で対向電車を待っているとき、
ふといつくしみさんどうしているかな〜と思い、東京に帰ってきて久しぶりにいつくしみさんのブログを開いてみると・・・
おお〜っ!
新しい記事が〜!(゚O゚)!
「最上のわざ」
深く味わわせて頂きました。
「人のために何かをする」よりも「謙遜に人の世話になる」ことの方が遙かに難しいことですね。
しかし、そのことを通して主の救いを素直に、感謝して、無条件で受け取ることをさらに深く学ぶことができるのでしょう。
自分では何も出来なくなっても、とりなしの祈りを続ける。
それが『右の手のしていることを左の手に知られない』(マタイ6:3)ことのひとつの到達点なのかもしれません。
老いは、きっと主が信仰の最後の仕上げにと備えてくれた恵みの季節なのでしょうね(^^)。
2014/1/16(木) 午後 10:39 [ ノブ ]
のぶさん、ご無沙汰しております。はくたかの車中から思い出していただいたとは、わが身に余る光栄です。
死生学を学びながら思うことは、人間の価値とは、目に見えるなにかを成し遂げることだけではない、ということです。そのもっと根底に、その人がその人として在ることの尊厳や輝きがあって、もしかすると「ただ在る」ことこそが神様の目からみた尊さなのかもしれないと思います。死を前にした人たちは、そのような神様の心を私たちに気づかせてくれる役目を持っているのかもしれない、と感じます。父が亡くなる直前も、「父が息をしてくれているだけで神様の栄光を表している」と思いました。「甥はきっと主が信仰の最後の仕上げにと備えてくれた恵みの季節」味わいのあるコメント、ありがとうございました。
2014/1/25(土) 午前 10:25
じゅんこさん、そうですね、最期は自分らしく、が一番ですね。でも、順子さんは、案外・・・・・・(笑)。
2014/1/25(土) 午前 10:32
真っ白なものを見ると、人は無意識にそこに自分の痕跡を残したいという衝動に駆られるものです。貼り終えた障子・真っ白な壁等々・・。人は、いつも自分の存在を意識しているからでしようか。
2014/3/22(土) 午前 9:19 [ sabunotakara ]