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《あなたは私の目に高価で尊い》これは聖書の神様から私たちのメッセージです。

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先週のメッセージ20140126日 
神と共に歩む平安
楠堂由美牧師
 アダムとイブが犯した罪によって、人間は神との関係を切り、勝手に自分で考え、時には書物や他人からのアドバイスを受けて、《神様と無関係に自力で生きる》ことをよしとするようになりました。
 
 コロサイ人への手紙1章20節を読んでみましょう。
イエス様は本来は神なので、血を流すことはできない存在です。
そして罪もありません。罪から来る結果として人間に災いが起こることがありますが、イエス様には本来罪が無かったのですから、このお方が十字架にかかり死ぬということはありえないことなのです。
 
 しかし、「イエス・キリストが十字架刑で死ぬ」ということが、実際に起こりました。それは宇宙最大の奇跡であり、まさに大能の御業というものなのです。
 
 
 さて、神ではないものを頼ることを偶像礼拝といいます。神ではないものや人を神のように崇拝するという行為。いろんな人と関係を結び、依存するという行為。これを『偶像礼拝』というのです。
コロサイ3章5節も読んでみましょう。
「善悪の知識の実を食べたら死ぬ」と神様はおっしゃいました。偶像礼拝の結果は「死」です。聖書に書かれているように、「肉から来る報酬は死」なのです。
 
 
ちなみに、宗教と偶像礼拝は異なります。宗教は、「自分の力で生きていこうとすること」です。キリスト教徒とイエス様を信仰することは異なります。「聖書どおりにきよくなるには、ああすべき、こうすべき」と自分で自分に制限をかけ始めたとたん、それは聖書の神への信仰ではなく、『キリスト教』という『宗教』になります。
 
神様と関係を結んでいたら、それだけで、神様によって神のきよさが私たちのきよさになります。その時私たちは神(=イエス)と一つになるからです。イエス様は数々の奇跡を起こされましたが、それは「イエスが神だからではない」のです。それは100%神様と共に歩んでいたからなのです。
 
コロサイ人への手紙1章4節を読んでみましょう。『イエス様と共に歩む』ということ。これが信仰です。
コロサイ人への手紙二章に「奥義」という言葉があります。27節を読んでみましょう。「私たちの中にイエス様がいる」ならば、これが「奥義」だというのです。
神を知らなければ「霊」のことがわからないのです。人は霊的存在です。しかし、心と体ということは誰でも理解するのですが「霊」については理解する人は少ないです。この「霊」は神様と結びつかなければ動かないのです。「霊」は眠っているのです。
 
人格や知性は「霊」ではなく「魂」の領域です。霊とは魂を超えた世界です。神様と関係を結ぶのはこの「霊」なのです。私たちの内で、私たちそれぞれの「霊」と神の「霊」が合体し、そうして、私たちは神によって変えられていくのです。
 
この世は「自分で頑張れ」という世界であり、神の臨在はありません。神=イエス様と共に歩んで、神=イエス様に助けていただき成長していくことが、神の望んでいらっしゃることです。自力ではなく、神と共に歩む中で、神と合体し、神の御言葉によって変えられていくことこそ、神の臨在のなかに生き、成長するということなのです。
 
 
さて、「宗教=自分の力に頼って生きること」と申しましたが、最悪の宗教は所謂「キリスト教」だと私は思います。
私は中学くらいまで、この「キリスト教」をやっていました。隣人を愛さなければ!と思うあまり、無理をして苦手な人と率先して一緒に帰ってくるとか、「無理」を自分に強いていたのです。
しかし、高校生くらいになると、自分の中で分裂が起こってきました。
本当の自分と演じている自分の狭間で苦しみもがくわけです。「誰にでも優しくできる愛のいっぱいの私」は偽りだと気がつきました。私は誰にも相談しないでイエス様に相談しました。するとイエス様は、「正直になる」ことを教えてくれました。イエス様の前で正直になると、自分がさまざまなことをいやいやしてきたことを確認できました。
そして、「神様は良い子の私を喜んでいるのではない。ありのままの私を喜んでいる」と気がついたのです。
 
正直になって言い表すだけでいいのです。イエス様の十字架は、私たちのあらゆる罪と反抗を負ってくださったのです。
 
 
さて、ここで、気をつけないといけないことを話しましょう。それは【サタンは、一時的に、巧妙に、私たちの『わがままを許容し良い気分にさせる』という罠をしかける】ということです。そして『最後には死へと導く』。それがサタンのやりかたです。
アルコール、煙草、薬物、それらはドーパミンという快楽ホルモンを出させます。これは「快楽を求めるという人間の弱さ」を利用するサタンの罠です。一時的には快楽を得ますが、肉から来るものは死です。本当の愛(神の愛)を知らずに、一時的に私たちを満たそうとするサタンの罠に陥ってはなりません。
 神様との交わり、神を信じる人々との交わりを通して真のドーパミン=喜びを得る。これこそ求めるべき世界です。
神の国は、この世にはない神の愛によって成り立っている世界です。この国の中で私たちは、きよく傷なく非難されるところのないものへと変えられて行くのです。信仰生活もボーッとしていてはなりません。人間の本質は、「サタンとの関係を結んで快楽を得ようとする性質」なのです。だから、神様の御言葉は最初はストレスになりますが、賛美し、祈り、聖霊に満たされ、聖霊に助けられながら、神の世界に属するものとなるように、自分の魂に「主を待ち望め!」とダビデのように命令しなければなりません。そこから、神様の愛情、力を体験していきます。神様のドーパミンを体験していけます。薬物中毒ではなく「神の愛中毒」にならなければならないと言いたいのです。
神様がいなければやっていけない!という状況に自分をおかなければならないのです。
 
 生きることは神の声を聴く闘いです。神にのみ頼って選択し、前へと進んでいく闘いです。
 日々、選択です。《イエス様と共に歩むこと》を常に選択していきましょう。知性(魂の領域)はかえって邪魔になることが多いのです。
「霊の領域」を眠らせずに、この霊を神の霊と合体させて、歩んでいきませんか。
神様と歩むことこそ、平安の歩み、安全な歩みです。
神の言葉には力があるのです。
シンプルに神の御言葉を選び、歩んでいきましょう。その選択が、あなたを最善に導く道につながっているのです。
                      (要約 惠 敦子)
 
先週の学び
          YWAM台湾チーム
SBSでの聖書の学び方の三本柱は、
①【観察】記述内容を如実に把握。
②【理解】何回も出てきた言葉、表現、人物などについて、なぜそれが記述されたのかを深く考える。歴史的背景も考慮。
③【適用】実際の生活において、私たちが現実的にどのようにその聖書的真理を適用できるかを考える。
:というものです。このような方法で今回はエペソ人への手紙の一部を学びました。
 
エペソ人への手紙2二章一節~九節 
この手紙の作者はパウロであり、エペソという町の人々に当てて手紙が書かれました。  
当時、エペソはどんなところであったでしょうか? 『使徒の働き』を読めばわかりますが、エペソは偶像礼拝の地でした。偶像を制作して商売をして、それによって住民は生活の糧を得ていたのです。
そのような場所に、パウロが伝道旅行に行ってキリストの救いを述べ伝えました。
「自分の罪過と罪の中に死んでいた者」(一節)、「不従順な子らの中にあって、自分の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながらにみ怒りを受ける子ら」(三節)であったエペソの人々でありましたが、「キリスト・イエスにおいてともによみがえらせ、ともに天の所に座らせてくださいました」と、パウロは書き綴っています。
また、パウロは、「恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。誰も誇ることのないためです。」(8節)と書いています。
また、「私たちは神の作品であって、よい行いをするために、キリスト・イエスによって造られたのです。」(10節)とも書いています。
パウロは、エペソの町の人々に対して、〈どれほど彼らが罪の中にいたか、そしてただキリストの恵みゆえに救われたのか。神の作品は素晴らしいのであるから、それに見合う良い行いをしなければならないのだ〉というメッセージを語りたかったのだと理解できます。
この手紙はエペソの人々に書かれたものでありますが、では、これを私たちは今日の暮らし、人生の中でどのように適用できるでしょうか?
世界中にさまざまな問題がありますが、日本にも、自殺者数の増加、引きこもりの数の増加など社会的問題を抱えています。
そのような問題の中にいる人々は、キリストを知らない人がほとんどでしょう。
彼らをそのままにしておいてよいでしょうか? 
「良い行いをするために造られた私たち」は、聖書の真理を人々に伝えるという良い行いをするべきではないでしょうか?
私たちは、ただキリストの恵みのゆえに「救われた」のですから、この「救い」の素晴らしさを、まだ救われていない人々に伝えていこうではありませんか。   
要約 惠敦子)
   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(十一時の礼拝では、SBSメンバーのアメリカ人コーラ氏が、「台湾人のお母さんが、毎年台湾に里帰りして救いを伝え続け、長い年月をかけて台湾の家族が救われた。これは聖書という真理の本の力による」と証しをされました。)
先週のメッセージ
主を呼び求めよ   楠堂史昌牧師 
 
《エレミヤ書 33章3節》
わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を超えた大いなる事を、あなたに告げよう。
 
自分が義人であると皆さんは信じていますか?ローマ書6章6節にあるように、イエス様が私たちの罪の代価を支払ってくださったので、私たちは義人なのです。
しかし悪霊(サタン)は、あなたに偽りをささやき続けます。惑わされずに、自分が義人であると大胆に受け止めましょう。
 
《ローマ書 8章38節〜39節
 わたしはこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、その他のどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、わたしたちを引き離すことはできません。
 
又、神は私たちに直接語りかけてくださいます。心に思いが与えられる時もありますし、実際に声が聞こえたり、環境で示されたり、霊的な友人を通して教えられたり、さまざまなパターンがあるようです。イエス様だけが奇跡を行われるのではなく、信じる者には神の力が宿ります。カリフォルニアのベテル教会(ビル・ジョンソン牧師)では、町のスーパーで、信者の祈りによって松葉杖の人が歩き出すなど日常的にさまざまな奇跡的な出来事が起こるといいます。 理解を超えた大いなることは起こるのです。祈りもとめていきましょう。
 
 
霊的闘い    楠堂由美牧師  
 
エペソ書を読むと、私たちは霊的闘いに召されているということがよくわかります。
霊には、唯一の神様からの霊とサタンの霊しかありません。
私たちは、その二つをしっかり認識、区別する必要があります。
 
エデンの園で100%神の下に安全に住んでいたアダムが、サタンの偽りに聴き従ったために、全人類はサタンの勢力下に入ってしまいました。ガジマ牧師の言葉を借りれば、「生まれながらに地獄の書に名を記されているような者」である私たちが、イエス・キリストの十字架の贖いによって、地獄から救い出され、永遠の命を得て天国へ行ける権利をいただいたのです。
 
「信じる」とは、イエス・キリストの贖いを受け入れ、サタンの所属から、神の所属へと移ること。つまり、「信じること」は「命の書に名前が記されること」なのです。「命の書に名を記されること」を、「救い」と呼びます。かたやサタン(=罪の告発者)は、ほえたける獅子のごとく、獲ものを探してうろうろしています。私たちが日々犯す罪を材料に私たちを告発し、病や苦しみへと引き込もうと必死です。
 
《エペソ6章11節〜12節
悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
 
サタンの偽りに「ノー」を宣言し、自分の内側に偽りを招かない決心と態度が必要です。人間関係でトラブルがあっても、人間の背後に働くサタンを敵として闘う必要があります。 その闘い方は、
【①トラブルの相手を赦し祝福する。
②その人の背後のサタンをイエス様のお名前によって縛る。
③イエス様の勝利をサタンに宣言する。】
という方法です。
神に求めるなら、天が地に来るのです。
                           (要約 惠 敦子)
 
 
先週のメッセージ
【 愛のむち 】  楠堂由美牧師
 
  ヘブル十二章
 「わが子よ。
主の凝らしめを軽んじてはならない。
主はその愛するものを懲らしめ、
受け入れるすべての子に、むちを加えるからである。」
 
歴史にも人生にも、旧約時代と新約時代があります。私たちの生きているこの時代は、イエス・キリストを信じるならば全ての民に神の義が与えられる時代なのです。(参:ローマ書3章21〜22)
 自己鍛錬、修行、自己啓発によるのではなく、ただ100パーセント、神であるイエス・キリストを信じ、この方に頼るだけで良いのです。神はイエス・キリストの十字架の贖いを通して、全人類をご覧になられています。私たちの人生も、この「神の目を通した人や物の見方」を学ぶ人生であり、そのための訓練を日々受けているといえます。
 
さて、この訓練は、正しい人に来ないわけではありません。聖書のヨブ記を読めばよくわかります。
 ヨブは神の目に正しい人でした。(参:ヨブ1章8節〜)
しかし、サタンが神の前に来て神に挑戦をしてこう言いました。
「彼(ヨブ)のすべての持ち物を打ってください。彼はきっとあなたに向かって呪うにちがいありません」(ヨブ1:11)
 
神はサタンにヨブの持ち物(ヨブの身は除く)を攻撃する許可を与えました。その結果、あらゆる艱難がヨブの人生に起きたのです。
 
しかし、ヨブは一度も神を呪うことなく、最後に神はヨブの繁栄をもとどりにされ、ヨブの所有物も二倍に増されました。(ヨブ42:10〜)
 
 そうです。このように人生には理不尽なことが起きるものです。
同時に「種まきと刈り取りの原則」も人生にはあります。
良い種を蒔けば良い実を刈り取り、悪い種を蒔けば悪い実を刈り取るという原則です。
 
 
神は苦境を通して、私たちを訓練なさるのです。
その目的は「平安の実、義の実を結ばせるため」です。
本当のきよさがその人にある時、その人は初めて神の役に立つ者となるのです。
 
あらゆる困難は、感謝して受け取ることによって、神により必ずや益となります。
艱難の中に私たちは自分の不義を見つけ、それを神の前に言い表し、悔い改めて十字架のもとへと持っていくのです。
そうすると、不義は赦され神の義を受けます。
神は何度でも赦してくださるお方です。
 
ヨハネの手紙第一 1章9節
もし私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
 
ここで大切なのは、大胆に(あつかましく)その赦しを受け取るということです。
神からの赦しと祝福を、真理として受け取っていくならば、私たちは日々新しく生まれ変わります。
 
「私のような者は赦詩を受け取れるはずがない」
「私など祝福をもらえない」などと、サタンから来る嘘や偽りを捨て、感覚的、感情的に捕らえるのではなく、《真理》としてこの祝福を受け取りましょう。
 
人生は、キリストによって、すでに与えられている義を受けていく道なのです。
                        (要約 惠敦子)
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クリスマスメッセージ
                     楠堂由美牧師
 ヨハネによる福音書一章十四節
ことばは人となって私たちの間に住まわれた。わたしたちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
 「この方」が来られたことを喜び祝うのがクリスマスの意味であると考えます。
 ユダヤ教は旧約聖書のみを信じて、それを宗教としています。ユダヤ教徒にとってはメシア(救い主)はまだ到来してはいないというのです。
 しかし、真実は、「イエス・キリスト=救い主」は確かに来られたということです。そして不完全な人間の罪すべてを十字架で購ってくださったのです。人間は、どこまでいっても、完全を求めて修行し、努力し、わが力で自己を変革しようと、必死に前進する存在です。いわば、宗教を生きてしまうのです。けれども、どんなことをしても、不完全な存在である人間が完全に罪のない者になることなどできません。けれども、イエス・キリストを救い主として受け入れた者には『神からの義を受ける特権』が与えられます。2000年以上前に、十字架の上で、私たちの罪の処罰はすべて完了しました。これを信じて受け入れるなら、救われた人生を生きることが可能なのです。
 ヨハネの手紙第一章九節
もし私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。もし罪を犯していないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにはありません。
 この御言葉にあるように、自らの偽りを言い表すならば、清くなるのです。神は光です。光は闇を照らします。そして光は暖かく、そこには救いがあるのです。これに反してこの世は闇であり、ここには死があり、病があり、憎しみと責めがあります。
 もし私たちが光の中を歩むならば、信じる者たちとの交わりを楽しむことが出来ます。世の交わりは。えてして相手の罪を意識し、どこかで責め心、憎しみ、ねたみが介在してしまいます。しかし、キリストを中心に据えた交わりには、赦しがあり、そこには平和がもたらされるでしょう。人間にはみんな罪がありますが、それをキリストに在って告白し、キリストに在ってへりくだるとき、平和な交わりが可能になるのです。
 キリストを心に招けない人には理由があるでしょう。おそらく、一点のシミも傷もないきよい方=キリストを自分の心に招いたら、自分の汚さが見える・・という怖れがあるのかもしれません。しかし、怖れる必要はないのです。自分の中にある悪を告白するならば、十字架の恵みの力によって、その悪は即刻取り除かれるからです。
 また、私たちは苦手な人というものが存在します。しかし、その人のためにもイエス様が十字架で血を流し死んでくださったのだと理解するとき、その人を愛せるようにはならないでしょうか?
 ここに、神の命の結実を見るのです。
 クリスマスのこの時期、この愛と命のキリストをみんなに伝えましょう。
        
 

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