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こんな本が出ていました。
同じような企画が、よくもまあ次々に出るもの。
それなりに需要があるのでしょうね。ほら、ネコパパだって性懲りもなく買ってくるのだから。
フルトヴェングラーからヴァントまで 聴き巧者が熱く語る
黄金時代のカリスマ指揮者たち ■音楽之友社 編 ■ ¥1,680 (本体¥1,600+税) 「演奏家の世紀」と呼ばれる20世紀。とくにその前半は、作曲創造の黄金期であった19世紀後半(幕末〜明治初期)に生まれ、20世紀前半に活躍した、先人音楽家の精神と情熱の洗礼を受けた名指揮者たちが、今日では聴けないようなカリスマ性に満ちた多彩な演奏を聴かせた。
本書はフルトヴェングラーと同時代に活躍した5人の名指揮者を中心に、カリスマ性を持った指揮者を計20名選び、それぞれの生涯と音楽を詳しく解説し、強烈な個性を持った表現(演奏)の特長と魅力などを、実演を聴いた経験があり、思い入れが強い筆者たちが、熱く綴った評論&エッセイ集。もちろん、各指揮者の「極め付け」とうたわれる永遠の名盤にも言及、名匠たちが残した録音も再検証する。また、巻頭の『伝説の名演奏』は、多くの歴史的公演を実際に見聞したドナルド・キーン氏の貴重な「証言」である。 【内容】 ●特別インタビュー: ドナルド・キーンさんが語る「伝説の名演奏」 ●ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(吉田秀和/諸井誠) ●アルトゥーロ・トスカニーニ(萩原健太/浅里公三) ●ブルーノ・ワルター(粟津則雄/高橋昭) ●ハンス・クナッパーツブッシュ(鶴賀裕子/中野雄) ●エフゲニー・ムラヴィンスキー(富永壮彦/宇野功芳) ●ウィレム・メンゲルベルク(平林直哉) ●ピエール・モントゥー(満津岡信育) ●カール・シューリヒト(福島章恭)
●レオポルド・ストコフスキー(福本健) ●エルネスト・アンセルメ(渡邉芳之) ●クレメンス・クラウス(樋口裕一) ●オットー・クレンペラー(喜多尾道冬) ●シャルル・ミュンシュ(諸石幸生) ●カール・ベーム(池内紀) ●ジョージ・セル(中村孝義) ●ユージン・オーマンディ(俵孝太郎) ●ジョン・バルビローリ(深水黎一郎) ●ロヴロ・フォン・マタチッチ(金子建志) ●朝比奈隆(岩野裕一) ●ギュンター・ヴァント(船木篤也) ◆その他のカリスマ指揮者たち(近藤憲一) 本書の特徴は、執筆者の思い入れが相当入っていること。
冒頭のドナルド・キーン氏の談話がたいへん興味深いこと。彼が筋金入りのクラシックファン(特にオペラ)で、演奏批評の文章も緻密で味わい深いものであることを知る人は少ないでしょう。
ざっと読んだ限りでは、どのエッセイも気合いが入っています。筆者の思い入れの深さや個人的な体験が思い切って書き込まれ、「読み物」として面白い。
指揮者の人選もユニーク…といいますか、もしかすると問題の人選かも。
いわゆる「世界の三大指揮者」からスタートして、まあ妥当なセレクトに見えますが、よくみると、おや、こんな人たちが入っていません。
ヘルベルト・フォン・カラヤン
レナード・バーンスタイン
セルジュ・チェリビダッケ
この3人は、わざとでしょうか。
さらには
アンドレ・クリュイタンス
ルドルフ・ケンペ
オイゲン・ヨッフム
アンセルメが入っていて、クリュイタンスが入っていないの?
個人的には
エフゲニー・スヴェトラーノフ
パプロ・カザルス
シャーンドル・ヴェーグ
クルト・ザンデルリング
フリッツ・ライナーもいない。
旧東ドイツの人は完全無視ですか。
アーベントロート、コンヴィチュニー、スウィトナー。人によってはケーゲルは、というでしょう。
もちろん最後の「その他のカリスマ指揮者たち」で、ざっと取り上げられてはいますが…
いや、カザルスやヴェーグは名前すらなかったかな。
それに、こういう人たちを「その他」なんていったら、気の短い人は怒り出すかも。
ページ数が足りなかったのか…でも、この種のムックとしては、本書はずいぶん薄い本です。
音友さん、ここはもう少し、きばってほしかった。
それとも、第2集が進行中なのかな…
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ジャズやロックの世界でも同様ですが”日本では大物”という存在がいます。本国や欧米では大した評価をされていないのに日本では大御所扱い。また、その逆もいます。
内田光子や五嶋みどりなんて、欧米では日本では想像もできないほどのステイタスがあるようです。
この人選も”日本では”というただし書きが必要かもしれませんね。
萩原健太が原稿を書いているんですか。この人は畑違いだと思います。一緒に仕事をしたことがありますが、ビックリするほど嫌な人なんです。
2012/8/2(木) 午後 1:56
不二家さん、こんばんは。
国や地域による評価の違いは大きいのでしょう。
クラシックなら、東欧、ソ連、東ドイツの音源は、そもそも西側にはあまり出回らず、独自のルートを得ていた日本では評価のチャンスも多かったと思われます。ジャズも同様、フランスと日本は、本場アメリカ以上にジャズを音楽として高く評価していたのでしたね。少なくとも録音物を通しての評価、日本人の鑑識眼はたいしたものだと思います。
萩原氏のトスカニーニ論、全米ヒットチャート入りしたスターの一人として論じたもの。クラシック畑に分け入ろうとするそぶりもなく、ある意味、潔い論だと思いました。音友の編集部にも、こういう人に依頼する編集者がいたんですね。
2012/8/2(木) 午後 8:34 [ yositaka ]