児童文学と音楽の散歩道

8月13日 新ブログに移行しました。これからもよろしくお願いします。

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7月20日に名古屋淑徳大学で行われた「サマーセミナー」の報告の続きです。
高橋源一郎氏お話の講演は午前中だったのですが、本セミナー「校長」倉本聰氏のお話は午後です。
このセミナー、入場整理券とか一切なしの先着順なので、聴講者入れ替えはもう大変な混雑です。感想カードなど書いている暇はなく、さっさと会場から撤収。その足ですぐにまた行列です。
とてものんびり昼食をとっている暇はなく、ネコパパもアヤママも行列しながらパンをかじってやり過ごしました。
 
さて、倉本聰
ご存知の方も多いと思いますが、「前略おふくろ様」「北の国から」「君は海を見たか」「ライスカレー」「優しい時間」「風のガーデン」などのテレビドラマの名作や「駅station」「時計 Adieu l'Hiver等の映画シナリオなどで著名な脚本家です。
 
ネコパパにとって最も印象深いのは、理論社から大長編シリーズの一冊として出た「北の国から(1981/01)
この作品が、テレビ放送より10ヶ月前に、日本で始めての
「シナリオという名の児童文学作品」
として出版されたことを知る人は、今はあまり多くないかもしれません。
倉本なら最高の児童文学がかけると踏んだ小宮山量平今江祥智の要請に応えて彼が提示したのは「テレビドラマのシナリオという文学」でした。
初版挿絵は長新太。多分、この版はもう出ていないでしょう。

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これがまさか、21年も続く国民的ドラマになろうとは…
 
駆け出し教員だったネコパパ、しばらくして始まったドラマ「北の国から」はまったく見ていません。単身赴任で、オーディオは置いてもテレビは置かない生活を6年間続けていた頃だったからです。
文学作品として読みふけり、純、蛍、五郎たちの「悲しみ入りのサバイバル・ストーリー」に揺さぶられたのでした。
テレビを備えてからも「シナリオ先行読書」の習慣は続いたわけですが…おっと、これは余談が過ぎました。

では、倉本氏のお話をお楽しみください。
 
 
あなたは文明に麻痺していませんか
―真の文明とは

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息子が富士山に登ったのというので、「本当に登ったのか」と言い返した。
本当に登ったというのは、海抜0メートルから37776メートルまでを自分の足で登ることなんだぞ。
そうしたら息子、何度もやり直して「今度は本当に登った」といってきた。そういう奴なんです。
 
ものを考えるときに「五号目から登った」ことを今のわれわれは「登った」と言っている。
でも、エベレストを本当に登ったのは、二人しかいない。
一人はメスナー、もう一人はインド平原から自転車で出発した日本人、岩崎圭一
山というものは、ふもとに行くほど裾が広いのです。ところが今の文明は何でも五合目から考える。すると視界は狭くなる。
海抜0から思考する。それが私の作品作りの姿勢です。
 
昭和10年生まれ。国民学校に入り、国民学校を出た世代です。だから小学校は出ていない。6歳のとき戦争が始まり、3年生のとき配属将校が来る。
「特攻に志願するものは出ろ」といきなり言った。何人かが前に出たら、多くの子が続けて出た。出なかったものは二人だけだった。
「卑怯者だ」と仲間は言った。
家に帰って父にそれを話すと「どっちが卑怯者かな」と答えた。
そのことは今も僕のトラウマになっています。
自分だけ外れると、いじめが怖い。それでみんなに合わせてしまう。これは日本人の特質、なんて言われたりします。
しかしそうだろうか。
新約聖書では「ペテロの否認」が書かれています。世の中に巻き込まれ、自分を裏切る行為とは、いつの時代、どこの国にもあるものではないでしょうか。
 
太平洋戦争中の学童疎開は「強制」でした。
僕の疎開先は山形県上山。飢えがすさまじい。しかし、親から食料を送ってもらうのも禁止でした。子どもたちはみんな甘いものを欲しがりました。誰かが、親から「薬」を送ってもらうことを思いつき、送られてきた糖衣錠をなめた。こういうことを思いつく子どもはどこにでもいたらしく、同様なことが全国で行われていたらしい。
絵の具の中間色も甘かった。
甘い絵の具はみんな食べてしまい、みんなの描く絵は原色ばっかりの絵になった。
 
20代の教生が「戦争は喧嘩と同じだ」と小さい声で言ったことを思い出します。
スポーツと喧嘩の違いは、喧嘩は審判のような、納める奴がいないことだ。
竹槍訓練をさせられた。殺人のための訓練です。
兵士になれるかどうかのポイントは、人を殺せるかどうか。これを何も知らない阿倍さんたちが論ずること自体に怒りを感じます。
国のために死ねますか、という問いに、イエスと答える日本の若者は15パーセントだそうです。
先進国のドンケツです。
これで日本の若者が軍隊に入ったらどうなるか。世界最悪の軍隊になるでしょう。
僕たちの世代にはまだ「家族のために戦おう」という気力は多少ある。
でも若者にはありません。2014年、自民圧勝。理由は経済政策。金のために安倍を支持したら詐欺だった。
戦争法案はわれわれの責任です。
 
僕たちは洗脳されて軍国少年になった。
環境問題でドイツを訪れたとき、戦争からの国民の意識改革に30年かかったといわれました。ナチス・ドイツの犯罪をあらゆる分野で教えなければならなかった。日本はお金で教え、僕らは敵兵で教わった。
民主主義は権利と義務でできている。しかし戦後の日本人は権利の主張ばかりになった。、昭和20年、山の中の貯水池に子どもが落ちて死ぬ事故があった。家族はこれを国の責任として裁判に。親が勝ち、このときから「管理責任」という言葉ができた。
僕らの世代は体験で危機回避を学んでいます。今の子どもたちが教えられる一時情報では、生きることの役には立ちません。
 
資本主義では、壊れないものは作ってはいけない。日本は再生産して豊かになるんだ、と僕は教師に教えられました。それまでは、使い込んで接ぎ当てで分厚くなった靴下が僕らの自慢でした。価値はそこにあった。
資本主義では、使ったものは価値が下がります。浪費の奨励です。
当事電通の唱えた「広告戦略十訓」。

1.もっと使わせろ
2.捨てさせろ
3.無駄使いさせろ
4.季節を忘れさせろ
5.贈り物をさせろ
6.組み合わせで買わせろ
7.きっかけを投じろ
8.流行遅れにさせろ
9.気安く買わせろ
10.混乱をつくり出せ
 
日本人はこれに素直に従って、ブレーキとバックギアがない、日本というスーパーカーが出来上がりました。
動物で言えば、カツオ、マグロのような回遊魚。
それに慣れた日本人の豊かさは、リッチというだけです。
ヨーロッパでは真の文明社会の定義は「エコノミー、エコロジー、カルチャー」の三つの柱が支えていくものとされています。
日本はただ、リッチだけ。
 
大震災は、大戦後の瓦礫の山を僕に思い出させる。
東京大空襲も目撃しました。人手も、クレーンも重機もトラックもない。そんな瓦礫を、人々はどうやって除去したのか?それでも片付けた。そして今、瓦礫だったその上をスマホをもって歩く若者がいる。彼らを見ると僕は憤りを感じるのだが…
(次回に続く)

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