児童文学と音楽の散歩道

♥子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれたネコパパ庵からお送りします

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盟友bassclef君がひさびさにブログ「夢見るレコード」を更新した。
最近はクラシックも満更じゃないような彼らしい内容。
いささかにんまりしたネコパパである。
取り上げているのはギル・エヴァンス編曲指揮、マイルス・デイヴィス演奏の『スケッチ・オブ・スペイン』、あの「アランフェス協奏曲」で有名な盤だ。

イメージ 1

同じコンビの前作『マイルス・アヘッド』がお気に入りのbassclef君だが、さらにクラシック寄りのアルバム『スケッチ・オブ・スペイン』はいまひとつのようで…
 
>「アランフェス協奏曲」はクラシック原典の曲で、哀愁感たっぷりのメロディーが素晴らしいものだが…全編、ゆっくりなテンポのルバート風なので、ビート感がないというか、いわゆるノリノリの4ビート場面はちっとも出てこないわけで…4ビートジャズを好きな方が普通のジャズを期待して聴けば…やはり退屈なものになるかもしれない。
 
そんなbassclef君が、マイルスの『アランフェス』1961年、スタジオセッションの翌年にカーネギー・ホールで演奏されたライヴ録音を聴いて
「今、ステージで演奏している」ような生々しさを魅力的に感じた。
そして、その耳でアルバム『スケッチ・オブ・スペイン』を改めて聴いてみて、
「これがまたいいのである(笑)」という印象を持ったという。
あるある。
ライヴ盤は観客を前にした一回性の緊張感、臨場感があって、それは録音からもある程度、伝わってくる。
ライヴ盤には「音以外の何か」も確かに収録されていて、オーディオで聞いているものさえも、誘引してくる気がする。
でも、セッションで丁寧に作られたものにも、それにしかない価値がある。これも確か。演奏家の音楽はライヴでなけりゃわからない、と簡単に言えるものでは決してない。
 
>そして、「アランフェス」の終わった後に、WillO the Wisp という曲が続くのも悪くない。このWill O the Wisp なる曲・・・原典は、スペインの作曲家;ファリャのバレエ曲〜El Amor Brujo から、ギルとマイルスが選んだ1曲とのこと。ジャケット裏の解説にそう書いてある。
 
それは聞き捨てならないねえ。
『マイルス・アヘッド』に含まれた「THE MAIDS OF CADIZ」と「BLUES FOR PABRO」が、ドリーブの『カディスの娘』と、ファリャの『三角帽子』を基にした曲で、ネコパパが原曲探しをしてみた話は、以前このブログでも報告したけれど、
ううむ…こっちにもあったのか。
その「Will O the Wisp」、これはファリャのもうひとつの舞踏組曲
El Amor Brujo恋は魔術師(1915)
に含まれた旋律だ。手持ちのフリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団1963年録音のSACDで確かめてみた。

イメージ 2

 
1925年版組曲の
5曲「Dance of terror恐怖の踊り
10曲「Song of the will-o'-the-wisp狐火の歌
と、二曲に使われているメロディで、後者にはソプラノ独唱が伴う。ここで歌っているのはレオンティン・プライス
前者は中間部に速いテンポで、後者は遅くねっとりと奏でられている、スペイン色濃厚の妖艶で魅力的な主題である。
マイルスは、その第10曲よりもさらに遅めに、乾いた血のような音色で歌い上げているが、原曲の味はまったく変えていない。
それと、今回気付いたことだが、メロディの前の序奏部分で出てくる「タタタターラ」という五和音、これは聞き覚えがある。
ビゼーの『アルルの女』第一組曲のメヌエット(有名な第二組曲のメヌエットではない、速いほう)の中間部と同じ音形ではないか。ぐっと遅いけれど…
この点のクレジットはなさそうだが、やはり引用かもしれない。
ギルもマイルスも、既存の楽曲を自分の色に染める名人だからねえ…
 
このライナー盤は63年録音で、マイルス達は聞いていない。
すると参考盤はアンセルメ盤(1955年録音)か。一方、「アランフェス協奏曲」の方は参考レコード番号が記載されているみたい。
ML5345というのは米コロムビアの番号。
レナータ・タラーゴのギター、オドン・アロンソ指揮マドリード・フィルハーモニーの演奏。1954年録音のモノラル盤である。

イメージ 3

これは、その頃米コロムビアと提携していたオランダ・フィリップスの録音。
当事みんなが聞いていたこの曲の名盤、ナルシソ・イエペスアタウルフォ・アルヘンタ指揮のスペイン・コロムビア盤(1957年録音)ではないところが、渋い。

残念ながらこのタラーゴ盤は聴いたことがないけれど、この人、あのドリーブの『カディスの娘』の名唱を残したロス・アンヘレスの伴奏を長年勤めていて、日本にも何度も来ていたはずだ。
彼女の「アランフェス」を探し出してマイルスのを比較するのも一興かも。
相方のアロンソは、スペインを代表する指揮者の一人で、イエペスの二回目のグラモフォン盤(1967年録音)では、急逝したアルヘンタに代わって彼が伴奏指揮をしている。
 
マイルスの「アランフェス」を聴いたのは、ネコパパの大学時代、
sige君の(どっ散らかしの)下宿に転がり込んだ、ある日だったと思う。
音源はソニーのデッキが再生するオープンリール・テープ。
本棚に無造作に立てかけられたsige手作りの平面バッフル・スピーカーから再生される、茫洋とした荒野に響くフリューゲルホーン…
私はまだろくにジャズを聴いていないころだったけれど、
「ジャズって孤独な音楽なんだな」と感じた。そのときの感想が、聞き返す度によみがえってくる。
人間はこうやって、生きる孤独を生きる充実に変換させていくのだ…

bassclef君の記事には
「ノンビートで10数分間を耐えるのはけっこうシンドイ」
とのコメントも…音楽を聴くのは愉しいけれど「耐える」部分もあるんだなあ
ネコパパのようなクラシック聴きは、はた迷惑なことだが、80分、90分の長尺ものも平気で聴いてしまう。仲間うちの聴き会でもときどき話題になるが、クラシック好きはノンビートとは思っていないのだ。ヒドゥン・ビート?
ジャズや他のジャンルの音楽と、クラシック音楽愛好の分水嶺は、どうやらその辺にありそうだ。

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閉じる コメント(12)

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クラシック音楽ベースのジャズというとMJQが真っ先に思い出されますが、少し前に私がハマっていたのはヨーロピアン・ジャズ・トリオの一連の録音です。
なかなかオシャレなアレンジもさることながら、ナチュラルで質の高い録音が気に入っています。

ご紹介の「スケッチ・オブ・スペイン」は、定かではありませんが、その昔、LPでアランフェスは聞いたことがあるような…

2016/1/8(金) 午後 11:59 gustav_xxx_2003 返信する

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グスタフさん、ヨーロピアン・ジャズ・トリオはクラシックの名曲を素材とした、洒落たアルパム「Sonata」(2004)を愛聴しています。「乙女の祈り」が入っているので、きっと日本企画。この曲がすっかりジャズになるのですから吃驚です。録音もいいですね。新しいと思っていたら、もう11年も前のアルバムになってしまいました。
マイルスのアランフェスは素晴らしいですよ。ジャンルを超えた音楽で、確か作曲者ロドリーゴ自身もも高く評価していたと思います。

2016/1/9(土) 午前 7:41 [ yositaka ] 返信する

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yositakaくん、こちらこそ今年もよろしくお願いします。クラシック曲の長時間・・・これは・・・(笑)ジャズ好き(ポピュラー音楽全般)にとって大問題であります(笑)ビート、ノンビートのことはさておき・・・まず、素朴になぜあれほど長いのか?! っていう驚き、ないし、困惑・・・の気持ちでしょうか。
まあ、特に長いのは、マーラー、ブルックナーの「交響曲」が主で、(以下、ごくごく一般的な話しとして)〜協奏曲だとそれほどでもなく(それでも30分〜40分か)そして、〜組曲とかになると、1曲が4〜5分でそれが幾つも繋がってる〜という形式なので、これなら(僕の場合は)だいぶんOKなんです。その中の、好きな曲だけ聴く、とかして(笑)

2016/1/9(土) 午前 10:45 [ bas***** ] 返信する

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(その2)
僕は元々「クラシックの名曲」は好きで、小学校・中学校の「音楽鑑賞」で聴いた曲はほとんどどれも気に入って・・・つまりそれくらいの名曲大好きレベルの子供だったわけです。一般に(ごく一般論です)ジャズも含みポピュラー音楽好きというのは・・・いいメロディ、いいハーモニー(コード進行)、かっこいいリズムパターン・・・そういう要素に反応して「この曲、いいな、この演奏、いいな」ということで、だから、例えば(いわゆる「名曲」で言えば・・・white Christmasとかyesterday とか「イパネマの娘」とかが、それこそ世界中でヒットしたのだな・・・と思います。
たぶん、音楽に対して「いいな」と感じるには、そのなんというか・・・いいメロディ、いいハーモニー(コード進行)、かっこいいリズムパターンなどの「美味しいところ」が、明快に即効で現われてくれた方が・・・まあより感じやすい、ということかとも思います。

2016/1/9(土) 午前 10:48 [ bas***** ] 返信する

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(その3)
それでつまり・・・ポピュラー音楽というのは、そういう「美味しいところ」だけを抽出して、ひとつの楽曲として作られてきたわけで、そこが、クラシックの「長さ」とは決定的に異なる点かな・・・と。
クラシックは、それこそ音楽の天才たちが、本当に苦労して多くの楽曲を(交響曲であれ協奏曲であれ組曲であれ・・・)創り上げてきて、だから、本当に素晴らしい「メロディ」が数多く存在してます。で、それをすぐに味わえる場合と、わりとそうでない場合もあって、それら素晴らしいメロディの「美味しいところ」が現われるまで、ガマンしないといけない場合も多いよな・・・というのが、僕の場合の正直な気持ちです。ごく簡単に言えば・・・ポピュラー好きは「せっかち」なんですよ(笑)
フォーム(形式)の種類が多すぎて、なにか逆にそのフォームに縛られている(例えば、交響曲は4楽章で創らないとダメとか)・・・そういうあまりにも肥大した形式というかクラシック音楽全体の構造に対しては、若干、批判的な気持ちも〜もっと「いい曲」「いいメロディ」だけを楽しむ・・・だけではいけないのかな?という気持ち〜あります(笑)

2016/1/9(土) 午前 10:50 [ bas***** ] 返信する

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(その4)
え〜、話しが脱線しました(笑) 以上は「長さ」についての僕の単なる印象の話しで、「ビート」「ノンビート」についてではありません。リズム、テンポ、ビート・・・この辺は、それぞれの用語の意味合いも含めて、実に難しい話しかと思います。また少しづつ(笑)

さて、D35さんへの応答コメント文中にチラッと書き入れた、マイルスやギルが聴いたとされるレコードのレコード番号〜ML5345。このところ、マイルスが採り上げたクラシック原曲の関わりに興味深々の yositakaくんがさっそく調べてくれました。僕もグーグルにこのレコード番号を入れてみました。我々は同じようなことをやってるようです(笑)
ML5345とは≪レナータ・タラーゴのギター、オドン・アロンソ指揮マドリード・フィルハーモニーの演奏≫でした。キレイな女性ミュージシャンの『アランフェス協奏曲』だったんですね。
なお、このbassclefのコメントは、<スケッチオブスペイン>という同じ話題の「児童文学と音楽の散歩道」と「夢見るレコード」の両方のブログに、ほぼ同じものを入れさせてもらいました。

2016/1/9(土) 午前 10:52 [ bas***** ] 返信する

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bassclef君、長文のコメントありがとう。

タラーゴの「アランフェス」は、グーグルで動画検索しても、なかなか出てきません。ロス・アンヘレスの伴奏はいっぱい出てきますが…案外これは、稀少盤なのかもしれない。ebayだと30ドル以上で、これだと送料込で最低でも5000円はかかってしまいますね。
どこかで聞けるといいです。

クラシックとジャズ、ポピュラー音楽の違い…
もともとは娯楽の為の、ソロ中心の短い音楽だった。これは変わりがありません。
ではどこで変わったのか。
転機はヨーロッパ音楽「消費」の中心地がローマ、ミラノ、ヴェネチア(貴族層・富裕層)からロンドン、パリ、ウィーン(市民層)に移ったことがあります。

2016/1/10(日) 午前 9:32 [ yositaka ] 返信する

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(つづき)
大きな変化は、「歌やソロ」を楽しむ聴衆ばかりだった時代から、「器楽合奏」を楽しむ聴衆が加わり、拡大したことです。
彼らはメロディーや名人の技を楽しむことも大好きでしたが、音楽独自の「構成」や「物語」を聞き取る楽しみを覚えていった聞き手でした。
おそらく長編小説の時代ともリンクしていたと思います。ロマン主義のロマンとは長編小説のことですからね。
音楽の物語にも、メロディだけではなく、主題感の対話、意外な展開、張り巡らされた伏線、緊張と脱力の対比など、いろいろな楽しみが求められました。長い曲を聴き終わったあとには、長編小説を読み終えたような満足感や達成感をもてる快楽をもたらすことになった…

構成や構造を楽しむ快楽を知った聞き手に対応して、必然的に、音楽はどんどん長時間化することになっていったのだと考えられます。

2016/1/10(日) 午前 9:36 [ yositaka ] 返信する

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(つづき)
クラシックファンが、そうした面白さの全てを舐めるように味わい尽くしているとは思えません。好きな部分を好きなように聞いている。私もきっと、面白さの片鱗をつまみ食いしているだけでしょう。不遜ながら、演奏する人も同じだと密かに思っていますよ。

が、それでも面白い。構成要素が多彩なので、どっかには引っかかる。
bassclef君もそうだと思います。
良いと思うところを自分流に楽しむ…ってところでいいのだと思います。

2016/1/10(日) 午前 9:38 [ yositaka ] 返信する

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yositakaくんのコメント返事 ≪ロマン主義のロマンとは長編小説のこと〜メロディだけではなく、主題感の対話、意外な展開、張り巡らされた伏線、緊張と脱力の対比など〜長い曲を聴き終わったあとには、長編小説を読み終えたような満足感や達成感〜≫
判りやすく説明してくれてありがとう。(一部の)交響曲などが長尺化してきた流れが判りました。なるほど・・・長編小説と考えれば・・・確かに文学全体としては、短編もあれば随筆もあれば日記もあれば・・・そうして、それぞれの読み手(聴き手)の好みというものもあってもいいわけで・・・。

2016/1/10(日) 午後 0:06 [ bas***** ] 返信する

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(その2)そうして、実際、クラシック世界には様々な形式があるわけですから、≪面白さの片鱗をつまみ食い〜が、それでも面白い。構成要素が多彩なので、どっかには引っかかる≫
うん、そうだよね! アレを聴かねばならん、コレの良さが判らんとは・・・みたいなことは気にせず、まずは、自分にピタッとくるものを見つけられたならば(たぶん、ここまでが大変なんでしょうけど)後はそれを聴けばいい・・・そう考えれば、だいぶ楽になります(笑)
なんにしても言えるのは・・・クラシックでもジャズでも、いい音楽ってのはいっぱいある!ということですね。いい音楽を聴きましょう!

2016/1/10(日) 午後 0:06 [ bas***** ] 返信する

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bassclef君、全く同感です。この音楽の「物語」について、年末のTVで指揮者のパーヴォ・ヤルヴィが面白いことを言っていました。
「アカデミズムの立場ではクラシック音楽には描写音楽と絶対音楽があって、絶対音楽に物語性を読むのは間違いだということになっている。私も長いあいだそう信じてきたが、今はその区別はなく、すべての音楽は物語なのだと考えている。だから私はリハーサルで、どんな曲でも具体的なイメージを語り、オーケストラと共有しようとしている」
なかなか腑に落ちる話だと思いました。

2016/1/10(日) 午後 2:09 [ yositaka ] 返信する

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