児童文学と音楽の散歩道

♥ 子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれたネコパパ庵からお送りします

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■なぜbeforeなのか?ー「学び」の原点

長野県須坂市で行われた信州岩波講座「高校生編」で、「学ぶ」ことについてお話したことがあります。
こんなお話です。

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若い頃、南アメリカの民話集「空にのこったおばあさん」を訳しました。
私の二冊目か、三冊目の翻訳書です。

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原書を見て不思議なことに気づきました。どの話も、はじまりがLong, long agoではなく、“Long, long before”になっているのです。
なぜbeforeなのか?

agoが「昔」なのに対し、beforeは「以前」。agoは、現在を基準に、beforeは、過去のある時を基準にしていることばです。
どうしても気になり、南アメリカの歴史を紐解いてみて、気づいたのがある時点からの死亡率の増加です。
それは、白人支配を断ち切って南米諸国が独立していった時期。
それまで先住民たちを支配していた白人たちは、独立後も残留。しかも本国の監視を逃れた彼らは、それまで以上に残虐行為に走った。
「独立」は、果たして誰にとってプラスだったのか…少なくとも先住民には、決して喜ぶべきことではなかったのです。
だからbeforeは、今ではなく、独立以前の時代を起点として「昔」ということ。
独立してから、時間は止まったのです。

「独立すること」が無条件にいいことだと思っていた自分には、そんな意識はありませんでした。とすれば、今まで私は何を勉強してきたのか?これまで「勉強」と思ってきたことは、何だったのか?
そこから私の「学び」はようやく、始まったように思います。
先住民たちがbeforeに込めた意味を受け止めなければ、この民話は訳せない。
「聞き取ろうとすること」歴史や他者を学ぼうとすることは、そういうことだ。

講座で若い人たちに語ったのは、「勉強」とは一番になること、競争に勝つことのためにあるのではなく、「繋がる」ためにあるということでした。
反響は大きく、「これまで一度も、そんなことを聞いたことがありませんでした」という声もいただきました。

教科書作りの問題は多々あります。
でも、編集方針を批判するよりも、それを批判的に読み、学びの題材とする姿勢を育てることのほうが大切です。なにしろ「恐怖を与える本はいけない」と「三びきのやぎのがらがらどん」を難ずる意見もある状況ですから。

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■学ぶとは片思い

2年前、学生たちに「片思いの人に出会ってほしい」と話しました。
「学ぶとは片思い。見返りを求めないことが大切なんですよ」
私の片思いの相手は高杉一郎先生でした。
大学では先生のゼミに在籍したのですが、10人もいない小さなゼミなのに、先生は、ゼミ生を一度も集めたことがありませんでした。
面倒見が悪くて、休講が多く、テストの日も来ないくらいです。そのころは『トムは真夜中の庭で』の翻訳に没頭されておられたのでしょう。私の名前も覚えてもらえなかったのでは?
でも、私は先生に惚れていました。授業が素晴らしかったからです。
横浜事件、シベリア出兵、抑留体験に、岡本かの子の話。どれもみんな。
英文で書いた卒論がやっと先生の目にとまり、存在を認識された私は、先生の紹介で評論の世界に足を踏み出すことができました。
まずは、凄い先生に圧倒されないといけない。そこから「学び」は始まるのです。

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見返り、といえば、現代の若者たちは、どうしてこんなにも、人から認められたいのか。学校の先生はほんとうに多忙です。そんなに忙しかったら、子どもにまともに向き合えない。そう思った私は、ある先生に、なぜ抵抗しないの、と聞いたことがあります。
返ってきた答えは「公務員だからできない」というものでした。
そういう中で、子どもたちは育っているのです。先生には、子どもを認めている余裕すらないのですから、そのストレスはずっと溜まっていきます。
棒を持って戦うのが抵抗じゃない。多忙な職員室から、時には「ずらかる」のも抵抗です。
子どもに向かって先生自身の好き嫌いをはっきり言うことも、抵抗のひとつ。
教師自身の価値判断を言わなければ、学生には半分しか、わからない。ある講義で私は学生の質問に「わかりません」と答えたところ、「えー、先生でもわからないことがあるの」と驚かれたことがあります。そんなに簡単に「わかる」知識なんて、なんと薄っぺらい知識でしょうか。

スウェーデンの教科書の冒頭は「あなた自身の社会」。
学びの最初に、「正しさの相対化」が教えられる。正しさは、住むところによって違う。イスラムの物差しは、日本とは逆のことが多い。それもひっくるめて理解するのが「学ぶ」ということなのです。

■物語は繋ぐ

今度の入院で、改めて「物語は素敵だ」と思いました。
夜明けの3時頃、寝静まった病室の窓から空を見上げるとそこにはオリオン座が見えます。そこに浮かび上がる戦士の姿のイメージは、古代アテネの人々が空を見上げて思い描いたもの。それを誰かが物語ったから、私にもそれが見える。
昔の人々と今の私は、こんなにもしっかりと繋がっている。
そこに物語の力を感じたのです。

本は情報、という見方の拡大が、心配です。
それよりも「書いてあること」そのものの強さと、書かれていることによって繋がる力を感じなければ…
イリーナ・コルシュノフは『ゼバスチァンからの手紙』で、家のローンと子育ての板挟みに悩む母親のストレスを、きちんと描いてくれている。

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E.L.カニグズバーグは『ベーグル・チームの作戦』で、子ども部屋でポルノ雑誌を発見した時の親の対処iについて書き、別の箇所では「努力しないでできる人ほど他者に寛容である」という、なかなか言いにくい言葉を書いています。
「それまで誰も書かなかったほんとうのこと」を初めて言葉にしてくれる作品にこそ、繋がる力は宿っているのです。

私は言葉を信じた子どもでした。今もそうです。

そして、そのことで損をしするより、得をしたことの方が、ずっと多かった。
本を読むことは、世界は先人の知恵で溢れていることを知ることです。言葉を通してその知恵と繋がることができる。
消費フル、イベントフルがもてはやされる世の中で、イベント続きでない日々の連続はよろしくないとする、イベント過信の価値観が蔓延っています。
でも、子どもにとって大事なのは、これからのスケジュールでも、一ヶ月後の学芸会でもなく、当たり前の、変わったことなど何も起こらない毎日に潜む至福、そして今、親の膝の上にいること、ではないでしょうか。


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2019年七夕の日。
久しぶりに四日市の子どもの本専門店「メリーゴーランド」にアヤママと出かけ、拝聴してきました。
清水眞砂子さんの講演会でした。
胸に染みる内容。久しぶりの「児童文学の時間」。

以下、ネコパパによる聞き書きです。

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メリーゴーランドは12年ぶりでドキドキしています。
「自分とは何かを考えるとき、文学は必要である」「文学への入り方を示すのが批評の役割」と加藤典洋は書いています。
子どもには本を読んでほしい。それは心を豊かにする」からだ。
私たちの周りでは、当然のようにそう言われています。でも、それ、本当でしょうか。今日のお話は、その「豊かさ」についての私の想いを伝えたいと思っています。

■翻訳について

昨年11月に乳がんの手術をして、6月4日に放射線治療も終了しました。
順調です。退院してから三週間、一日も休んでいません。夫も当然のように、病人扱いしてくれません。
入院していて、これは何かに似ていると感じました。
「軍拡」です。医療機器はたいへん高額で、日本は世界有数の市場だそうです。治療をとことん、突き詰める。「なんでここまで」と思います。
「イージスショア」みたい。
さしあたって困らなければ、まあまあ、一緒に…と生きられたらいいのに。
この世の中は、
「おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生は」 (斎藤史)
なのだから。

退院後、早速原稿依頼もきました。
またも『ゲド戦記』について書けと言われ、それでは、と2年連載のつもりで引き受けようとしたのですが、気が付けば私も78歳、残り時間でできることを考えて、お断りすることにしました。
書くべきことはもう書いてしまった気もするし…それでも「翻訳」については、いくつかは、書き残していることも残っています。まずは、その話から。

ひとつは男の子が成長するにつれ、言葉はどう変わるのか。高校生にでもなれば言葉も声も変わる。内面の成長が言葉に現れるはずだが、それがなかなか分からず、ぴったりくる言葉が出てこなくて苦労しました。
第2巻「こわれた腕輪」で、5歳のテナーが神殿の石段を登るときの感覚も言葉にできない。息切れするはずですが、具体的には見当がつきません。それで原作のイメージに近い神殿のあるペルーまで出かけて、自分でそれを確かめることもしました。
第4巻「帰還」では、大人になったテナーが、死地から救い出し養女とした少女テルーのために衣服を作る場面があります。テルーはこの時初めて「自分のもの」を「私有」する体験をします。かつて共産主義は「私有」を否定しました。老人ホームには私有物が少ない。人はこれで生きられるか。ソビエトが崩壊した時、私は思いました。すべて共用では、人は生きられない。「私のもの」は、きっとあったほうがいいと。テルーはほとんど言葉を話しません。でも初めて自分のものをもった彼女の気持ちをどう「翻訳」すればいいのか。ずいぶん悩みました。

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教科書から文学作品が削られ、2000年頃から、文学が読めない学生が増加していると感じます。
ブルドーザーのように本を読む学生を見ると、心配になります。言葉は取説と同じなのか。取説が読めることが読む力なのか。
ウイグル自治区の現状を心配しています。ここを訪問した時の体験が頭をよぎります。信頼できる人々。建前では家庭の実権は父親にある。でも、子どもにさらに尋ねると、急にドキドキして、泣きそうな声で「本当はお母さん」と。
「奥様は胸が大きいですね」と行ったガイドさん。「なぜ?」「私のガイドに一度もクレームを出さないから」「それは胸じゃなくて…」

翻訳をしたい本が2冊あります。
一冊は『ハル』の作者、ジーン・マクギボンの自伝的な作品と、息子さんの作品です。ジーンさんの作品はもう20年以上あたためています。これだけは、なんとか完成したい。

■浅い「豊かさ」では、してやられる

読書運動は今もさかんです。
けれど「心を豊かにする読書」という大義名分、大丈夫でしょうか。
「豊か」とはどうも、「穏やかになり、平らかになる」という意味があるように思います。その実態を検討せずに言っているみたい。「だって本を読むと、優しくなれるでしょう?」なんて。
みんな、陽のあたる方ばかり見ているようです。そもそも私は、読書で安らかになったことなんてありませんよ。
私は子どものころから、「言葉を信じる」たちだったので、本に書いてあることは概ね、怖かった。「ねむりひめ」の、魔女のための金のお皿が十二枚しかなかったので、一人だけ招かれなかった…という「お皿配り」のくだりにしても、今もトラウマで、私の家には同じお皿がないのです。

「明るく元気」は、今の若者たちの誰もが疑わない価値。
アピールや挨拶が上手な学生から就職が決まっていくから。みんな「自分がどう見えるか」に敏感です。でも私の学部の卒業生の進路先の多くは保育の現場。それで保育はいいの?と言いたくなります。
ある学生に人生の目標を聞いたら「私専用のATMの確保」と。そんな中で教育現場の先生や校長先生に読書推進の話を聞くたびに、私は暗然とした気持ちになるのです。
文学とは、むしろ自分もまた、殺人者になりうることを教えるものでは?

エリ・ヴィーゼル『夜』に書かれたユダヤ人絶滅収容所での体験。
収容者を走らせる。遅れたら射殺。自分が生き残るために手ての手を離す場面で「私もそうする」と思った。これは「私の中に魑魅魍魎がいる」ことを教えてくれた本でした。
それが文学。加藤典洋の言う「文学とは自分の中に入っていくこと」とは、そういうことだと思います。

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浅い「豊かさ」では、してやられる。これではヒトラーの時代と同じこと。
ハンガリーにも、同じ空気があると教えられました。そんな現在の状況で、「読書運動」なんて、むしろ、しないほうがいいのではと思えます。生徒の下着の色まで点検する先生に「それで教育するつもり?」と言いたいくらいです。

そんな私は、学生に守られてここまできました。

私の講義を聴いて三里塚闘争を見に行った学生がいました。映画を見るために休講するような教師だったのに。卒業生はいい仕事をしています。北海道の田舎の図書館で仕事をしている人もいます。ファッション会で活躍している卒業生は「先生に二回、素敵ねと言われたのがこの業界に入るきっかけでした」と話してくれました。
それを聞いてふと思ったのは、声高に「穏やかさ・優しさ」を主張するのは、もしかしたら子どもを愛することの手薄さの表れなのかもしれない、ということでした。

先日の岐阜県のいじめ自殺事件に関わる「生徒証言シュレッダー処分」のことが思い浮かびます。
こんなところでは、生きられない。




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京都アニメーション。
ここの作品には、制作会社独特のカラーが感じられ、関心を持っていました。
映画『聲の形』と
TVアニメ『けいおん』『響けユーフォニアム』の一部を見たくらいですが…
京都には、息子・銀老鼠君の出身大学があり、アニメの学部もあります。出身者も在籍しているかもしれません。

それが、こんなことに。

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大勢の死傷者が出ているようです。
救助活動はまだ継続中です。
亡くなられた方々には心からお悔やみを申し上げます。
被害に遭われた方々のご回復もあわせてお祈り申し上げます。

原因は放火のようです。
しかも報道を見る限りでは、意図的に狙った、暴力的なもののようです。
詳しい情報はまだありません。

ただ、間違いないのは、
経営的にも厳しく、労働条件も決して安定しない中で、
それでも懸命に子どもたちに向けた作品、若い人々の心情に寄り添ったコンテンツを生み出し続け、それを生業としている人々の仕事場を、無慈悲な暴力が踏みにじり、破壊したという冷酷な事実。

胸に突き刺さる現実です。


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名古屋市民管弦楽団の演奏会を聴いたあと、Sige君とネコパパは地下鉄で吹上ホールへ。
地下鉄、バス乗り放題で600円の「ドニチエコキップ」を二人とも買っているので、移動はらくらくなんです。

目的は…
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こんな感じでオーディオショップが集合して覇を競うデモ大会です。

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ネコパパは大体毎年冷やかしていますが、
sige君とは初めてかな。彼も近頃ちょっとオーディオに目が向いているので誘ったのです。

会場は初老の男性ばっかりです。「マンダム!」と意味不明なことを呟くSige君。

恒例行事のオーディオ評論家和田博巳氏のコメントによる試聴会もやっていました。満席です。
聞いたのは20分くらい、会の終盤でした。最後に登場したのが有名な大型スピーカーJBL  EVERESTの現行品 DD67000です。写真では最前列に見える一番横幅の大きいスピーカーですね。

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これでスティーリー・ダン、ビル・フリーゼル、それとジンマン指揮のマーラー、交響曲第3番の冒頭、ネルソンス指揮でショスタコーヴィチ交響曲第10番第2楽章などを聴きました。
どうしたわけかこの日は和田さんの話がマイク無しで聴きにくく、ちょっとストレスでしたが、音楽になるとさすがに広いスペースにいっぱいに鳴り渡る、迫真的かつまろみを帯びた響きが快感でした。これ、スピーカーだけで600万円。それだけの音はしますな。

いつもは冷やかしか、中古LPを漁るだけですが、この日は珍しくカートリッジなど購入しました。ネコパパの家電オーディオのそれも、やや疲れが見えてきたところなのです。まあまあ、安かったし。


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Sige君とこれに行ってきました。

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「平成音楽史」で片山杜秀氏が述べていた「アマチュアオーケストラの時代」の到来を思わせるような、渋い選曲。
それでいて、会場は満席です。

プログラムはベルリオーズ、ブラームス、ドヴォルザークの順。チラシとは逆のケースですね。当然その順だと予想していましたが。
演奏はとても良かった。何しろオーケストラの技量がプロ裸足で金管群をはじめ全く不安感がありません。
この日の指揮者、佐々木新平氏は容姿端麗、指揮姿も洗練されていますが、要求水準は高く、読みは緻密。そういう指揮に対応できる自信あればこその人選という気がしました。

明るく華麗な「ローマの謝肉祭」から、たちまち惹きつけられます。この曲、ベルリオーズの魅力を凝縮したような、「幻想交響曲」の小型版の様相を呈していますが、それがじつに愉しく、魅力的です。1曲目からこんなり張り切っていいのかと思うくらい。
それが二曲目のブラームスでは一変。リズミカルな主題をわざとレガートに、草書体の流れで始めたところから驚かされましたが、その後も強弱や楽器バランスが独特で、飄々としながらも決め所は鋭く決める。良く作りこまれた工芸品のような味わいがありました。

そしてメインのドヴォルザーク。
曲頭の高所を振り仰ぐような雄大な主題提示から、「これは隠れた傑作では?」という期待を抱かせます。ところが、この第1楽章がやけに長い。整理されていない感じなんですね。で、第2楽章はさぞかし、と思うとこれが暗く沈潜した音楽で、ドヴォルザークらしい歌が聞こえません。
それでも後半になると、俄然魅力が出てきます。スラヴ舞曲風のスケルツォは文句なしの愉しさ。フィナーレも闊達で、途中やや中だるみ気味にはなるものの、一気に加速していくコーダの盛り上がりには興奮させられました。

若書きゆえの未熟は確かにあります。でも、オーケストラと指揮者が一丸となって曲の魅力的な部分を盛り上げ、歌い上げるので、聞いたあとの気分は爽快です。マイナー曲を取り上げるなら、こうでなきゃいけません。
喝采に答えてのアンコールは、たぶんスラヴ舞曲と思いますが、耳馴染みのないものを選んでいました。あくまで渋さにこだわるところがいい。
途中、長めのホルン重奏が入るのですが、一部の隙もない合奏ぶりには息を呑みました。


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