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教育再生会議が
2次報告に向けて検討項目を決めた
テレビ、新聞に報じられた
いろいろな項目で
面白いアイデアが生まれてくる
現場の実態とかけ離れたものにならなければと思う
すばらしいアイデアも実行に結びついて効果を生む
こんな話がある
昔、時計工場に勤めた少年が工場長に聞いた
「どんな時計がすばらしい時計ですか」と
「寒いところ、暑いところ
平らなところ、傾いているところ
どのようなところに置かれても狂わない時計
ねじが巻かれている時も、そうでない時も狂わない時計だ」と
工場長は応えた
少年は笑顔で
「そのような人間になります」と応えた
すばらしい時計を作るためには
自分がそのようにならなければ作れない
教育再生会議の提言は
すばらしいアイデアがあるし
今後の教育の指針となるものもあるだろう
手法と本質は異なる
挨拶をかわした時のすがすがしさに挨拶の意味がある
挨拶は自分も他者もすがすがしくなる
それが挨拶という一言にこめられた意味だと思う
意味あるいは大切さを教えるのは実行しかない
実行の仕方が手法である
親でも教師でも誰でも
「おはようございます。」
「ありがとうございます。」
をまず自分が実行することが大切だ
すぐ言えるようになる者もいれば
そうでない者もいる
高速道路
私の車にはETCがついてない
早くつけたいがなかなか予算がない
不便だと思う
不便な中に
ひとつすばらしいことがある
お金を払うとき
私は挨拶をする
料金所は定年退職後の人生の方が立っている
私は
「おはようございます。お願いします」
とお金を払う
先日は
「おはようございます。さむいねーきおつけて
いってらっしゃい」
と返ってきた
今まで何百回も利用して初めての応答であった
「ありがとう」
一瞬のやり取りで送ってきた人生がわかる
あの方はおそらく多くの方を幸せにしてきたのだと思う
と語っていたら
挨拶をする若者の姿を助手席で見て感動した経験がある
いろいろな意見を提案する教育再生会議
騒がず真摯に見守りたい
大切なのはどのように実行できるか
例えば
親も教師も社会も一人ひとりが
感動したことを一つ実行する
必ず子どもらには伝わると思う
一灯照隅万灯照国
こんな言葉に出会う
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「美しい国」・・・美しい心を育てられる、教えられる人間になりたいです。まさしのまさは「雅」と書きます。ゆとりの中に工夫や上品さが生まれ優雅に毎日生徒と付き合えるといいんですが・・・
2007/2/23(金) 午前 11:14 [ まさし ]
遍路で出会った90歳のお婆さんに、言われた言葉があります。「修行は自分からするもので、他人から言われてするものではないよ。歩いていてしんどいとか辛いとか思ったらいかんよ。大師様に修行させてもらっているのだからね。」たぶん私が疲れて情けない姿に映ったのでしょう。バカな私はそれから「苦しさや辛さが心を美しくさせるのだ」と考えました。ちょっとMか。今じゃ「一歩一歩心がきれいになる」と思って歩きます。 美しい心になるのは難しいけれど、汚い心を少しでもきれいにしたいと思います。
2007/2/23(金) 午後 0:27 [ 巡礼者 ]
自分の足元を照らす提灯のほのかなともし火でも持てるといいのですが、なかなか中心点がぶれる毎日です。 積み重ねる毎日にあせりを感じたりしますね。
2007/2/23(金) 午後 2:13 [ おじさん ]
私の時間はとても急いでいます。こんな母親がきっとたくさんいると思います。ときどき心のお洗濯をゆっくりしたいですね。子供をとりまく世界は本当の意味のゆとりがないと感じています。物事に感動する時間、新発見を誰かと一緒に喜びを分かち合う時間、ゆっくり流れる時間が欲しいです。
2007/2/25(日) 午後 10:17
一灯照隅・・私には何ができるか?小さなことでいいんですよね。「感動したこと」恥ずかしい事に、ここ数年減ってきているような気がします。いや、小さなことに気づいていないと思います。一瞬一瞬を大切に、また生かされていることを感じながらがんばっていきたいと思います。
2007/2/28(水) 午後 7:40 [ 大歩危小歩危 ]