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京都の刀剣研師です.

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紀州の刀と鐔

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紀州鍛冶と言えば和歌山で鎚を振るった新刀の巨匠南紀重国や、紀州石堂諸工が有名ですが、南の熊野にも入鹿鍛冶と言われる集団が居ました。
南北朝時代頃に大和手掻系の鍛冶が移住し興ったそうです。
 私は大和の十津川郷出身で熊野にも非常に近く入鹿鍛冶にも興味があります。
入鹿鍛冶の居た場所は十津川の玉置神社の南東側、玉置口と言う地の直近。
入鹿鍛冶は熊野水軍や熊野三山からの需要から興ったらしいのですが、玉置神社は熊野三山の奥の院と言われており昔は数百人の修行者が居たそうで、それらの需要もあったのでは・・。
 
十津川の伯母の家の敷地内を先日世界遺産になった熊野古道の石畳が通って居ます。
その家は屋号が”鍛冶屋”です。 
それについて今まで一度も話を聞いた事が無いので今度聞いてみよう。
 因みに享保年間に幕府から十津川内に刀鍛冶が居るかどうかの調査に対し「居ない」と回答している文書が残っています。

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