レックの色々日記

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《ブラジル》眞子さま=公式訪問最終日にベレン=市場視察や地元日系人と交流
https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180802-72colonia.html
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ブラジル日本移民110周年のための皇室公式訪問最終日の28日、眞子さまはパラー州都ベレンの汎アマゾニア日伯協会(生田勇治会長)で行われた日系社会歓迎行事のほか、同地の日系人や日本移民とのご引見、ヴェル・オ・ペゾ市場の視察などをされた。式典には約230人が参加し、3回目となった皇室訪問を歓迎した。

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 眞子さまは午前8時、アマゾン地域独特の多様な動植物や生産品が並ぶ市場のご視察を行なった。入り口でネルソン・フォンテ市儀典長らが出迎えて案内した。眞子さまは野菜やインディオ工芸品などの特産品を珍しそうに見学された。
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 その後、眞子さまは日伯協会に移動され、百歳以上の長寿表彰者の岩坂保さん(100、熊本)に移住年や最近の活動について質問され、「今自分史を書いているところです」と岩坂さんが話すと「完成したらぜひ日本にも送ってください」と返された。

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 北伯県人会会長の武田司平さん(77、山形県)は眞子さまとのご引見を振り返り、「わざわざベレンまで来ていただいてありがたい。これからも協会の活動を頑張らなければ」と気を引き締めていた。
 式典では生田会長が歓迎の挨拶に立ち、「眞子さまはブラジルの14カ所を回られ、当地移民の110周年を祝われた」とご訪問に感謝の意を示した。アマゾン移民の歴史を振り返り、「現在の世代は四、五世になった。農業だけでなく医療や教育の現場でも活躍をみせ、ブラジル経済に貢献している」と紹介した。
 その後、今年汎アマゾニアミス・ニッケイに選ばれたオオハシ・リジアさんが花束を贈った。
 眞子さまは「3年前に両親が訪れたマンゴー並木の美しいパラー州ベレンにて、このような歓迎行事を開催していただきありがとうございます」と感謝を述べた。「当地でも日系社会の活動により日本文化が受け入れられており、一方日本ではベレン料理を提供するレストランがある。双方の文化が紹介されていることを興味深く思う」と語り、同地と日本の関係を紹介した。
 お言葉の後、佐藤平治元会長が万歳三唱を行なった。同協会の筝の会、太鼓グループ「鼓ドン」が演奏を披露。眞子さまは拍手の中で退場し、来場者は2国の国旗を振って名残惜しそうに見送った。
 地元の牧野照子さん(71、群馬県)はご訪問について「皇室の日系社会への心遣いを感じる。来てくれて本当に嬉しい」と笑顔を見せた。



https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180802-71colonia.html

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眞子さまは7月27日午前、パラー州トメアスー郡クアトロ・ボッカス(十字路)のトメアスー文化農業振興協会(ACTA)で行われた歓迎式典に出席された。初めて皇室を迎えるため、同地では街の入り口や同会館前など4カ所に歓迎の言葉を書いた大看板を設置、ご訪問を記念して創作したデザートを準備するなど、心を尽くしたもてなしを用意し眞子さまも感激した様子を見せた。
 眞子さまが乗った飛行機が到着するのにあわせて、ニッケイ学校の生徒らが校庭に並んでハート型の絵文字を作り、日伯旗を振る「プロジェト・コラソン」で歓迎した。

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 歓迎式典には約220人が出席。眞子さまが入場すると大きな拍手で迎えた。柴田一宇シルヴィオ会長が開会の辞に立ち、「眞子内親王殿下を当地に歓迎することができる空前の歴史的な瞬間を迎えられる大変な名誉に感謝」と語り、同地日系社会やトメアスー総合農業共同組合(CAMTA)の活動、政府機関などとの連携による日本語教育プロジェクトを紹介した。結びに「忘れられない機会を頂き深く感謝を申し上げる」とご訪問に再度感謝した。
 両国歌斉唱、開拓先没者への黙祷の後、眞子さまがお言葉に立ち、「心温まる歓迎行事を開催していただきありがとうございます」と語った。同地で行なわれているアグロフォレストリー(森林農法)など農業分野での活躍にも言及し、「あらゆる世代の日系社会の人々が、農業を中心に多様な分野で活躍されていることを、嬉しく思っております」と述べた。
 花束贈呈後、眞子さまは会場に下り、出席者全員と記念撮影し、芸能発表と昼食会となった。眞子さまはACTA婦人部が早朝から準備したペイシ・アマレロのムケッカなどの料理に「美味しい」と笑顔を見せられ、ご訪問を記念して作られた創作デザート「パヴェ・ダ・プリンセーザ」に舌鼓をうった。
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  婦人らによるカリンボの踊りやニッケイ学校生徒らによる校歌や太鼓演奏が披露された。生徒が声を合わせて「遠くまでご訪問くださり、ありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えると、眞子さまは感激された様子を見せたという。その時、隣に座っていたトメアスー農業協同組合の乙幡敬一アルベルト理事長は「眞子さまの頬に涙が伝っていた」という。
 眞子さまは拍手に包まれて退場され、会館内の移民史料館を視察された。続いて峰下興三郎さんが手塩にかけて森林農法を実践する農場に向かわれる際は、2週間ぶりに雨が降った。地元住民は「眞子さまのご訪問を天が喜んだようだ」と口々に喜んだ。
 地元の乙幡正三さん(85、東京都)は「アマゾン移民の歴史も約90年。亡くなった移民の方々も喜んでいると思う。こんな遠いところまで、本当によく来てくれた」と喜びを語った。
 佐々木勇幸さん(81、秋田)は「今回のご訪問は大変な話だよ」としみじみ語り、「本当にこんなところまで感謝している。ありがとうございます」と笑った。
 花輪志津子婦人部長(64、北海道)は「一週間ぐらい前からパヴェをどうするか話し合ったり、皇室のご訪問に皆喜んで興奮していた。作った料理を食べてもらえる機会なんて、もう一生ないんじゃないかしら」と喜んだ。

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峰下さんの森林農法(アグロフォレストリー)を利用した農場を見学され、興味深そうにご覧になった眞子さま



眞子さまのお言葉=在トメアス日系社会歓迎行事にて=7月27日 トメアス文化農業振興協会
https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180802-62colonia.html
 ご列席の皆様、1908年の6月に、最初の移民船「笠戸丸」がサンパウロ州のサントスに入港してから110年が経ち、「ブラジル日本人移住110周年」という記念すべき年に、ブラジル政府のお招きによりブラジルを訪れ、皆様にお会いできましたことを、大変嬉しく思います。ブラジルは私にとって、地理的な距離は遠くとも、幼い頃より親しみを感じる国でございました。そして今回、皇族の公式訪問としては、初めて、トメアスを訪れ、このような心温まる歓迎行事を開催して頂きましたことを、誠にありがたく存じます。
 パラー州トメアスは、アマゾン移住発祥の地です。1929年に開始した日本人移住が、この地の日系社会の始まりと伺いました。そして来年は、「日本人アマゾン移住90周年」という節目の年を迎えられます。先ほど、トメアス開拓先没者慰霊碑に献花をし、原生林を切り開いて開拓に力を尽くされた方々と、トメアスの日系社会が歩んでこられた道のりに思いを馳せました。
 日本から長い船旅を経てアマゾンへ入植された方々は、大変な苦労をされながら、生活を築かれたと伺っております。入植された方々に続き、そのご子孫も、直面する数多くの困難を勤勉さと誠実さをもって乗り越えてブラジルの発展に貢献し、社会の厚い信頼を得てこられました。
 そして、紆余曲折を経ながらも、胡椒や熱帯果実などを特産品として生産してこられました。今、日本では、トメアスのカカオを原材料とするチョコレートや、トメアスのジュース工場で作られたアサイ・ジュースが多くの人たちの味覚を楽しませてくれています。また、環境に資するアグロフォレストリーも進められているとのことで、あらゆる世代の日系社会の人々が、農業を中心に多様な分野で活躍されていることを嬉しく思っております。さらに、トメアスでは、盆踊り大会も開催されるなど、日本の文化が広く受け入れられていると聞き、とても喜ばしく感じました。
 日本からの移住者をあたたかく受け入れてくださったブラジルの方々に感謝するとともに、今日の日系社会を築き、大切に支え、両国の架け橋となってこられた皆様のご努力に、心より敬意を表します。そして、皆様が歩んでこられた長い道のりに思いを馳せるとともに、その歴史が、未来を担う世代にも大切に引き継がれていきますことを願っております。
 終わりに、皆様がお元気で活躍され、日系社会が一層発展していきますように、そして両国の友好関係がますます深まりますことを願い、私の挨拶といたします。
 ありがとうございました。
 ムイント・オブリガーダ。

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