胃癌 陶芸 JBL 徒然に ケセラセラ

思いつくまま徒然にアップします (^ム^;)

発覚⇔入院

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【Photo】左が娘のベス、右の母親、レディは他界しました。


 改めてこれからお世話になる琵琶湖近くのK総合病院に妻とジムニーで向かう。ベス(11歳のコッカスパニエル♀)は留守番だ。

 電車だと乗換え等で約一時間半、掛り少ない本数のバス、高い電車賃と併せて甚だ不便、そこで高速走行の経験の少ない妻に運転させ。新名神の信楽ICから直行する。ナビ併用で何とか無事に到着。

 到着して見れば新しそうで中々立派で大きな病院だ。月曜日と云う事も有ってか、私の人生の一大事をよそに院内は外来患者でごった返して居た。紹介状の担当医、Hi先生に診断を仰ぐべく、信楽の病院から手渡された引継資料を提出、診断手続き完了。

お医者さんには色々なタイプが有る様で、髪の毛がボサボサで風体の上がらない様に思わず「エッ、この人がお医者さん?」、とかこちらが勝手に歳を食った事を棚に上げて「こんなに若い先生で大丈夫なのか?」とか色々な印象を持つ物である。

 暫くして診断室に通されHi先生と初おめもじとなる。後で解った事だがこの先生はこの病院の副院長兼、内科の副部長とか、中柄で矍鑠とした感の有る医師然とされた先生である。話し方も穏やかでは有るが燐としていて、眼光は鋭くは無いが目力があり説得性の有る話され方にも圧倒された。

 資料(胃カメラ映像、及びCTの結果)を見ながら早速先生曰く、

「資料を見る限り胃癌も大きく成長、外側にも拡散している様子で進行性胃癌と判断します。切開しないと断言出来ないが腹膜播種の可能性も否定出来ません。ついては入院して頂、PET、CT検査等正確な結論を出しましょう。ついては今日からでも入院可能ですか?」

 愕然とした私は正直な所、何やら地に足が着かない状態で、聞きたくも無い話を勝手に遠くで話されて居る如き先生が居られて、それを無理やり聞かされた感じでも有った。

 実を云うと本当はこの日からでも入院は可能で有った。ただ「少しやる事が有りますので二三日余裕を下さい。」と私。ただただシャバの空気を少しでも長く味わいたいだけの未練から来る逃げ口上、卑怯な自分に少し嫌悪を覚えつつ、二日後の金曜日入院、当日のPT検査を予約し帰路に付く。

 帰路も妻の運転、なんだか危なかっしげな運転ながら、「これからは忙しくなるかも知れない、気を付けて運転しろよ」と云いつつ少し感謝する私で有った。

 帰って年老いた母に報告、何処まで話して良いのか迷いつつ、結局は胃の切除をする、と云う事を話すに留めた。

 夕刻、山へ行ったらHiさんとKaチャンが焚き火をしていたので夕暮れまで世間話で過ごす。まだ山の連中には癌だとは言っていない。胃潰瘍の治療を兼ねた検査入院とだけ言って有るののみ。

「ゆっくりと、しっかりと診て貰って元気になって帰って来て!」と励ましを貰う。心中その通りで「元気で又、山に遊びに来たい!」と云う欲望がひしひしと沸いて来た。皆に何れ癌だと判るのは時間の問題だが「まーえーか。」

 九時半頃に就寝したがやはり漠然とした不安でアーダ、コーダ、と考えてしまい、あまり熟睡できず、決して楽しくは無い奇妙な夢ばかり見た。そう云えばここの所、情緒不安定の最たる現象で有ろうか、同じ様な変な夢ばかり見る。

 朝が白みかけた頃に必ず目が覚めるのだが、この病気を抱え込んでからは目覚めた時の虚無感は尋常では無い。一瞬は「あー朝だ、今日は何をしようか?」等と健康時と同じ楽しい錯覚を覚えるのだが、一瞬でその錯覚から現実に戻され「あーあ、今の俺は癌!」と空しく自覚してしまう。「起きてもしようが無いか?」と又、布団を被って無理やり寝ようとするが寝られずに結局はそのまま虚ろに起きてしまう毎日である。

こんな事ならすんなり入院しとけば良かったと反省。「入院前日の明日は何をしようか?」と虚ろに思う。正直な所、落ち込んで居る自分しか無かった。

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【Photo】入門四ヶ月目、自宅の70ℓ電気窯での初釜。我ながら良く出来ました。


【最初の診断】問診と腹診のみ。【対応】胃炎か軽い胃潰瘍と診断されたのか胃薬?のみの投薬、【結果】暫くは薬を飲んだが症状は改善されず、薬切れで再度その旨を医師に伝える。

【二回目の診断】CT検査
先生も異常を感じられたのか、CT検査を行う。造影剤を飲み検査の後の結果待ち。結果は胃に異常な影を発見、「次回は胃カメラをやります。」との事、「いよいよ本物の癌か?」と漠然とした不安が心の中一杯に広がるのを感じつつ帰宅。

家族には全て話すようにしているので、その旨を伝える。その夜は「大丈夫!」と「ひょっとしたら?」の相反する心理が家族に漂い、やや不安な夜を過ごした。

【三回目の診断】胃カメラ
生まれて始めての胃カメラに挑戦、最も全てが生まれて初めての経験でも有るが不安と一寸した恐怖心を抱いて病院に向かう。

早速、喉に麻酔を噴射されそれが利いたと同時にベットに横たわる。ディスプレイは横たわった私の目の上、まさにリアルタイムで中継されながらの胃カメラ挿入で有る。これほど面白くない実況中継は二つと無いだろう。カメラが入り出し、喉チンコから食道へと入る。

喉を通る時は麻酔のせいで痛みは感じないが、食道から胃に達するに連れ、かなりの違和感を覚える。それがグルグルと胃壁や腸壁を映し出す度に「ウーーーン」と呻く私、聞いてはいたが確かに気持ちが悪い。

「食道はかなり荒れて居る様だが異状は無さそうだ。」と先生。それが胃に入って徐々に下って行った瞬間、素人にも判別出来る何やら不気味な塊、「アッ、これが?」と思ったと同時に先生曰く「有りますね。」。

この世に生を得て64年余、人生最大の「晴天の霹靂」の瞬間だった。「グゥアーーーン!」と全身に知恩院の鐘よりも大きな音が響いたのと、色々な驚愕と畏怖の入り混じった言葉がミックスされて脳裏をよぎったのを覚えて居る。要は「悪い事もせずに生きて来たのに何でこの俺やねん?」が正直な思いだった。

「何でやねん、うそやろ?何で俺に来たんや?やっぱり?初期?末期?転移は?後、何年生きられる?全摘出?残る家族はどうなる?大好きな信楽の生活はどうなる?折角、終の棲家を見つけたのにもう死ぬの?」無数の疑問が走馬灯の如くグルグル駆け巡った。

「ここではこれ以上診られないのでPET検査機がある某総合病院に紹介状を書きますからそちらに行って下さい。ただ胃の下部と腸の間が癌で塞がり掛けてますので、これからは固形物の食べ物は禁止、エンシュア・リキッドをお渡ししますからそれで栄養補給してください。」「エーーーッ、今からずっと食事禁止かいな!」これぞまさしく”泣きっ面に蜂”の体たらくでした。

【エンシュア・リキッド】固形の食事が取れないときに用いる液体状の栄養補給剤です。バリユム程度のやや粘土がありコーヒー味、バニラ味、イチゴ味等が有りますが決して美味しい物では有りません^^

体の異変発生

     
 この日記を始めるにあたり、そのきっかけと何故始める気になったかを記したいと思う。

 私の性格としては、少々身体の調子が悪くとも、かなりの怪我をしようとも、先ず医者へは行かず、自然に治るまで我慢して直すタイプでは有りました。只、今回ばかりは違いました。その初期から始まって入院治療その後?に至るまでを思いつくままに書き綴って行きたいと思います。

 医学的な検査の数値や、薬の種類、その詳細な治療内容は他にも沢山書いて居られる方のを御参考いただくとして、精神的には強がりを見せてはいてもその実、はなはだ非弱でメンタルな私の一面を恥ずかし気も無く書いて行きたいとも思います。

 確か、11月初旬だったか?かつての旧友、Ta君、Na君、Shi君諸氏と旧交を温めるべく臨時招集を掛けて、新居になってまだ日が浅い信楽の家に集まってもらい、二泊三日に掛けての間しこたま美味しい酒を飲んだ時の事だった。

 初日のメインは庭で豪華刺身とバーベキュー、美味しい肉を庭で焼きながら思い出話に花が咲き、深夜近くまで飲んで全員ぐっすり、翌日は近くを散策、その日の夕食は近くの居酒屋”Ka”さんで済ませようと言う事になった。

 所がどうも気分が乗らないの。普段の二日酔いなら翌日の夕方には覚めていて、再び飲む意欲が沸くのだが今回は違う。胸焼けが止まらず軽い吐き気が続いて居たが、それでもみんなに悪いと思いつつ“Ka”さんに向かった。行って飲めば何とかなるだろう?と持ち前の無茶な心理が働く。

 店に入って先ず予約して置いた刺身盛りと揚げ出し豆腐に箸を付け、生ビールを一気に飲む。その直後、またウッと来る吐き気、流石にこれでは宴も台無しになるし、自分でもつまらないと判断し、「悪いが今回はパスさせてちょうだい!」と一人先に帰宅した。

 “てっちり鍋”で、と年明けの再開を約束し、みんなを送り出してその後しばらくはなんとも無かったので山へ毎日、手伝いがてら、冷やかしがてらで日参する日が続いた。

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【山とは】信楽は云うまでも無く陶芸と狸の町である。信楽に引っ越してきて四ヶ月あまりになるが自宅の前の山で陶房を構え陶器に携わる方Hiさんやその仲間の方と知り合い、暇を見てはそこへ陶器の勉強がてら遊びに行っている。今後はその場所や時間を総括して“山”と呼称する。
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 ただ思えば夜中に胸焼けが生じ、みぞおち付近にも軽い鈍痛が少し続いていたし、その内にゲップが出だしたので「妙だな?」と思いつつそれが何日も続くのでやっと重い腰を上げて近くの【S国立病院】へ向かう決心をする。思えばこの症状が正しく“進行性胃癌”の症状で有った。症状が出た場合はかなり進行して居る場合が有る、と後で解った次第。

”時、既に遅し”、若い頃から大病や入院などした事がなく、自信過剰でろくに検査も行かなかった報いがこの歳(64歳)になって出ただけかも知れないが・・・
              続く

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